<PCゲームノベル・星の彼方>


蛍を清流の上へ

「今年はこの辺りで蛍が見られないねえ……」
「この辺りは穴場で、知ってる人は本当に楽しみに来てくださるのにねえ……」

 一体どうしたのかしら、と地元のおばさんたちは井戸端会議で悩んでいた。
 自分たちももちろん蛍が好きだ。観光客のことを除いても、蛍の姿が見られないのは気になる。
 するとある日、ひとりの子供が言い出した。
「あのね、あのね、ほしのようせいさんと会ったの」
 大人たちがまともに相手をしない中、それでも少女は他の友達に話を続けていた。
「あのね、あのね、すきなひとどうしがこころからねがえば、ほたるさん、かえってくるんだって」
「すきなひとどうし?」
「すきなひとどうし!」
 じゃあぼくひとみちゃんと、じゃあわたしけんくんと。子供たちは無邪気に遊びまわる。
 それを空から見下ろす影が2つ――
「なんだあ。子供が遊ぶだけじゃつまらないじゃん」
 ヒコボシがつぶやいた。「何のために蛍一箇所に隠したんだか」
「ヒコボシ……もうやめようよ。蛍って寿命短いんだよ、放してあげてよ」
 オリヒメが懇願するように言う。
 何言ってるのよ、とヒコボシは憤然とした。
「まだまだ粘るのよ! 人間の仲のよさってのを、見せてもらおうじゃないの!」

     ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「ねえ……」
 ある日、千獣はクルス・クロスエアに尋ねた。
「“ほたる”……って……なに……?」
「………?」
 いきなり何を言い出すんだろうとクルスは千獣に視線を返す。
 千獣はぽつりぽつりと、
「ほたる……白山羊、亭で……噂に、なってた……」
「……ああ」
「きれい、なの?」
 ちょこんと首をかしげて訊いてくる彼女に、そりゃあ――と言いかけて、
「あー……」
 クルスは苦笑いをした。
「どう、した、の……?」
「すまない。俺も文献でしか知らない。本物を見たことがない」
「そう、なの……?」
 再びちょこんと首かしげ。
 クルスは眼鏡をはずした。目をこすりこすり、最近また精霊たちに外へ気晴らしに行けとせっつかれているんだっけな――と思い出し。
「それじゃあ千獣。一緒に見に行こうか」
「ほたる……?」
「そう」
 眼鏡をかけなおして、クルスはにこりと微笑んだ。

          ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「浴衣ってやつは、どうも着慣れないな」
 蛍の穴場があるという場所の近くに、宿場があったので、そこで訊いてみると、浴衣の貸し出しを行っていた。
 で、せっかくだしと借りてみたものの、いつも暑苦しい格好をしているクルスにはすーすーして落ち着かない。
「気持ち、いい、よ……?」
 千獣は浴衣を気に入ったようだ。というより、浴衣を着るのが初めてではなさそうだ。
 何だかいつも千獣に負けているような気がしつつも、クルスはそっと千獣に手を差し出した。
「はい手を取って。清流まで一緒に行こう」
「………? う、ん……」
 千獣は差し出されたクルスの手をぎゅっと握る。
 そういう手のつなぎ方じゃないんだけどな、と思いつつも、千獣らしいなと思って、クルスはくすくすと笑う。
「なに、笑っ、て、る、の……?」
「ん? 千獣はやっぱりかわいいなあと」
「―――! ク、クル、スの、ばか……!」
「いやだってかわい――痛い痛い叩くのはやめよう千獣!」
 べしべしと片手でクルスの胸当たりを叩きながらも、反対の手の、青年の手を握る手は離さない。
 千獣にとって、離したくない大切な手だったから。

 しかし――

 のんびりとやってきた清流では、ちょっとした騒ぎになっていた。
 カップルや夫婦や家族連れ。そういった人々が、ぶつぶつ何かを言いながら、こっちへ戻ってくる。
「どうかしたんですか?」
 足を止めて、クルスは帰ろうとしている人々をつかまえた。
「どうしたもこうしたも。あの川今年は蛍いないんだよ」
「―――」
「あんたらも諦めた方がいいよ」
 言い残して、彼らは去っていく。
「おかしいな……ここは毎年カタイってことだったんだけど」
 クルスが考え込む。
 と――

「もー! 人間ってつまんない!」

 遠い遠い上空から、そんな子供の声が聞こえた。
「簡単に諦めちゃってさ! つまんないじゃないのさ! 少しは絆見せらんないの!」
 千獣とクルスは空を見上げた。
 光が2つ、点滅していた。
「なんだ……?」
 クルスが目を細める横で、
「あの、光……、子供……」
「え?」
「……ちょっ、と、行って、きて、いい……?」
 千獣が上を指差して小首をかしげる。
「気になるなら行ってもいいけど――って千獣」
「な、に……?」
「……いや、分かってる。翼出すために浴衣の上が着崩れるのは分かってる。何でもない。気にしないで。……とほほ」
 クルスは千獣から目をそらして、る〜と泣いた。

 ヒコボシとオリヒメは、上半身裸に近い状態で自分たちのところまで翼で飛んできた少女に仰天した。
「な、何よあなた!」
 ヒコボシが逃げる準備をしながら千獣をにらみつける。オリヒメは目を覆っていた。
「2人、が……何を、してる、のか……気に、なって……」
 千獣は素朴に尋ねる。「何、してる、の……?」
 ヒコボシはふんと鼻を鳴らした。
「人間を試してるのよ」
「試す……?」
「人の絆ってやつを見てみたいのよ」
「………」
 千獣はヒコボシの言っていることを、咀嚼するかのように深く考えたようだった。
 やがて、
「……ねえ」
「なあに」
「……下、に……私の、……その、2人、にも、会って、ほしい、人、が……いる、から」
「ああ、あの緑と青の髪の人でしょ。あなたの恋人?」
「………」
 千獣は頬を染めた。恋人、という言葉の意味をはっきり分かっているわけじゃなかったが、何となく恥ずかしい言葉だという認識があった。
「会わせたいなら、会ってあげるわよ」
 オリヒメ! とヒコボシはまだ目を覆っている弟を引っ張った。
「下まで行くわよ」
「ううううん、でもその前にお姉さん、先に降りて翼しまって服ちゃんと着て……」
「………?」
 千獣は首をかしげかしげオリヒメの言う通りにした。
 下ではまたクルスが千獣から目をそらさなくてはならなくなって、千獣に「私が、嫌いに、なった、の……?」と泣きそうな声で言われて修羅場になったりした。

「キミらはひょっとして星の妖精だったりするのかな」
 クルスが見えるほど下まで降りてきた双子に、クルスは言った。
「そうよ。私たちは星の妖精」
「よう、せい……?」
 上空でふよふよ浮いている小さな2人に、千獣は不思議そうな声をこぼす。
「で、キミらは何をやっているんだい?」
 クルスは千獣と同じことを双子に訊く。
 双子は少し考えた後、
「……人間の絆ってやつを、この目で見てみたいのよ。せっかく下界に下りてきたしね」
「絆ねえ……」
「なのに誰もその絆を証明してくれやしない! 人間って絆ないの!? せっかく期待してきたのに!」
「キミらにとっての絆の概念がよく分からないが……」
「人間は心がある。だからこそ、つながりがあるんでしょ。それを見てみたかったのよ!」
 むき〜〜! とヒコボシが空中で地団駄を踏む。オリヒメが、「落ち着いてよ」と姉をなだめようとする。
「ああ、要するにつながっている『心』を……」
 ぼんやりとつぶやいたクルスの隣で――
「……なぜ、しょう、めい、が、いるの……?」
 千獣が悲しそうな声で訴えた。
 ぴくっとヒコボシが反応する。
 千獣の赤い瞳に、憂いの光が走る。
「……どんな、しょう、めい、が、あっても……人の、心、は……それで、もう、だいじょうぶ……なんて、ことは……ない……」
「ど……どういう、こと」
「人の心は移ろいやすいってことさ。……心はそうでなくては、保てないものでもあるからね」
 クルスはそっと千獣の肩を抱く。
 その青年の手の指先に、指をからめながら、
「好き、だから、不安……」
 そっと囁く。
「離れ、たく、ない……」
 それは、清流の流れのように純粋な心が紡ぐ声。
「……一緒に、いたい……」
 クルスの指先を離し、きゅっと胸元で拳を握り。
「でも、拒まれ、たら……すごく、不安……」
「そういうものなの?」
 ヒコボシは腕を組む。子供らしい戸惑いの表情。絆がどうのと言っているわりには恋愛には疎い反応だ。
「一人、だった、ときは……こんな、こと、なかった、のに……」
 千獣は目を伏せる。かつての自分を思い出すように。
「一人、だったら、不安、抱え、なく、ても……いい、の、かな、なんて……思う、ことも、ある……」
「………」
 千獣、とクルスが小さく囁く。
 “大丈夫だ”と。
 千獣は微笑した。
「でも……どんなに、不安、でも……」
 くるっと向きを変え、ぽすっとそこにいてくれる青年の腕の中におさまる。
 青年は拒絶などしたりしない。受け止めてくれる。優しく抱きとめてくれる。
 暖かい腕。今日は着ているものも薄い。肌から、直接鼓動が聞こえるような気がする。とくんとくんとくん。
「こう、して、いると……胸、いっぱいに、あった、不安、が……消えて、いく……」
 彼の腕の中で目を閉じた。
 何もかもを忘れられる。ここに在れば忘れられる。
 何かあった時も、彼の笑顔と声と、そしてこの腕の中があれば忘れられる。
 こんな優しい『居場所』、他にはなかったから。
「一人は、嫌……二人が、良い……そう、思う……」
「―――」
 クルスは何の言葉も返しはしない。
 ただ、腕の中の少女を見下ろすその視線だけで。その穏やかな視線だけで。すべてを物語っていて。
 ――ヒコボシは肩をすぼめた。
「……目の前だと、けっこう恥ずかしい」
「………」
 千獣がクルスの腕の中から少し体を浮かし、ひねって双子を見る。
 オリヒメが嬉しそうに拍手していた。
 ヒコボシが、素直に認めたくなさそうにむっつりしていた。
「千獣の、純粋な心は伝わったかな」
 クルスがいたずらっぽく言う。
「全部あんたに向けての言葉じゃないのっ」
 ヒコボシは怒鳴る。はははっとクルスは笑って流した。
「う〜。悔しいわ。何だか分からないけど悔しい」
「何、が……?」
 千獣はきょとんとする。そんな彼女の、本当に純粋無垢な視線にとうとうヒコボシも折れた。
「負けたわよ……蛍、解放する。存分に楽しめばいいじゃないのっ」
「え、蛍?」
 クルスが目を見張る。「ひょっとしてキミらが蛍を隠していたのか?」
「そうよ。気づかなかったの?」
「知っているわけないじゃないか」
「……知らずに今のラブラブモード展開したの!?」
「いや、千獣の純粋モードと言ってくれ」
 あんただって充分いちゃついてたじゃないのっと声をあげてから、ヒコボシはオリヒメに、
「ほら、解放してきなさいよ!」
「うん!」
 最初から閉じ込めてある蛍が心配だったオリヒメは、喜んで隠し場所へ飛んでいった。
 行ってしまったオリヒメと残ったヒコボシを改めて見た千獣は、
「……そっくり、だ、ね……」
「……まあね」
「かわいい、ね……」
 にこっ。
 千獣に褒められて、ヒコボシは頬をかあっと赤くしてから、慌てて胸を張った。
「ふ、ふん。だって私たちは星の妖精だもの」

     ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 双子の星の妖精が帰ってしまった後、残ったのは緑や金色に光るまたたきがたくさん。
 光が線を残して動く。千獣は不思議そうにその赤い瞳に蛍の光を映していた。
「……ほた、る?」
「そう」
 クルスは清流の際まで行き、かがむ。その辺りは雑草が多く、蛍も多く止まっていた。
 クルスが来たことでいったんは散った蛍たちも、静かにしていればしばらくして戻ってくる。
 緑の金色の光が、ちかちか点滅しながら尾を引いて目の前を通り過ぎる。
「クル、ス……」
「何だい」
「……実験、の、道具、に、しない、で、ね……?」
 クルスは呆気に取られて、それから苦笑した。
「信用ないなあ。俺が動物虫類を実験道具にしたことがあったかい」
「……だって、こんなに、綺麗、だから」
「心配ない」
 クルスの傍までやってきて、かがんだ千獣の頬に手を当てて、
「俺も光を知ってる。だからこれ以上いらないかな」
「………?」
「さ、蛍も寿命が短いからしっかり見ておくんだよ」
「じゅ、みょう……」
 やがて2人は光の世界に包まれる。
 右を見ても左を見ても、上を見てもまたたく光。
「蛍、は……なぜ、輝く、の……」
「つがいになる相手を探すためだ。オスがメスを呼んでいるんだ」
「………」
 つがい。
 ……子供を残すための。
「蛍の、光は、命を、繋ぐ、ため……誰かを、探す、光……」
 千獣はぽつりと言葉を紡ぐ。
「私は、あんな、綺麗に、光、れない……でも……」
 ――でも。
 光は、見つけられたかな。
 クルスに寄り添って、彼の肩にもたれかかった。
「ああ、千獣動かないで」
 ふと言われて体を硬直させると、彼は「ゆっくり左肩の方を見てごらん」と言った。
 見ると――
 美しく光る蛍が。
 千獣の肩にとまっていた。
「キミも蛍の仲間入りだな」
 クルスが小さく言って笑う。「もっとも寿命は似てほしくないけどね。――俺のたった1つの星」
「………?」
 どういう意味だろうと彼の浴衣を引っ張ってみた。
 彼は優しく微笑するだけだった。

 美しいものは寿命が短いと、青年がつぶやく。
 でも俺の知ってる美しい光は、俺が頑張ればずっと傍にいてくれるんだろうなと。
 何のことだろう。何だか胸を焼くような、彼の言っている存在が羨ましく思えて千獣は言う。私はずっと傍にいる。
 青年は嬉しそうに笑って千獣の手を取った。
 その笑顔が何よりの――
 彼女にとっての光、だった。


 ―FIN―


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【NPC/クルス・クロスエア/男/25歳(外見年齢)/精霊の森守護者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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千獣様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回は星ノベルにご参加いただきありがとうございました!
ラブラブモード全開でしたが(笑)あ、いつものことかとか思いつつ……
お届けが遅くなり申し訳ございません。クルスを相手に指名してくださってありがとうございました。
よろしければまたお会いできますよう……