<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『天寿〜力の流れ〜』

 街での仕事を終え、魔女達の屋敷に戻ったウィノナ・ライプニッツは、即座に図書室に駆け込んだ。
 ウィノナは今、人間の魔力について調べている。
 質問したいことがあったのだが、今日は図書室に誰もいない。
 そういえば、街へ出発した日も、誰もいなかった。
 数週間前までは、20歳前後の魔女がいつものように来ていたのに――。
 その理由はすぐに分かった。

 深夜、勉強を終えてウィノナは図書室を出た。
「あれ?」
 廊下で、意外な人物と出会う。
「何でここにいるの?」
 同時に、同じ言葉が口から出た。
 ウィノナの目の前にいる少女の名は、確かキャトル。ちょっとした実験で知り合った娘である。
「あ、そっか。住み込みで勉強してる子って、ウィノナのことなんだ。あの時はどうもね。楽しかったね」
 キャトルが言った。
「うん。キャトルはなんでこんなところに?」
 ウィノナの言葉に、キャトルは小さく笑った。
「ここ、あたしの実家だから。あたし『魔女』なんだ。魔法は使えないんだけどね」
「魔女なの!? もしかして、街にも魔女って沢山下りてきてるわけ?」
「そうでもないよ。あたし達は、人間を見下してるところがあるからさー、あんまり人間と上手くいかないことがあるんだ。だから、長く街に留まってる魔女は結構少ないかな。それより……」
 キャトルは言葉を切ると、真剣な眼をウィノナに向けた。
「ウィノナはさっき戻ってきたんだよね……だったら、知らないよね」
「何を?」
 キャトルは瞳を曇らせて、低く小さく言った。
「お姉ちゃんが一人、死んだんだ」

**********

 葬儀は小雨が降る中行なわれた。
 それは、魂を天に送る儀式だという。
 ウィノナは窓から儀式が行われている庭を眺めていた。
 魔術で生み出された花畑の中に、棺があった。
 亡くなったのは、数週間前までウィノナに勉強を教えてくれていた、あの20歳前後の魔女であった。
 彼女は確かソワサント(60)と呼ばれていた。図書室にいたのは、本好きであったこともあるけれど、それ以外何もできないほどに、体が蝕まれていたからだと、ウィノナは他の魔女から聞いた。
 参列している魔女達は、誰一人、泣いてはいなかった。
 キャトルもまた、姉の棺を真直ぐに見つめていた。ただ少し……少しだけ、姉に伸ばした彼女の手が、震えていたように見えたのは、気のせいだろうか。
 ウィノナは目を瞑り、黙祷を捧げた。

**********

 数時間後には、ウィノナは街に戻ってきていた。
 持ち出し禁止の魔法薬を手にしている。今はそれどころではないので、誰も気付きはしないだろう。
 ウィノナは魔法学院を訪れると、人間の生徒に声を掛け、交渉をするのだった。
「この珍しい魔法薬と交換で、実害のある魔法じゃないから魔法の実践を手伝って欲しいんだけど……」
 良い返事はなかなか聞けなかった。諦めず、交渉を続けたウィノナは、20人目にしてようやく同じ年頃の少年の承諾を得ることができた。

 それは、思いの外根気と時間のかかる作業だった。
 魔法薬だけでは申し訳なくなり、他の報酬も約束せざるを得ないくらいに。
 ウィノナは人の内臓を見たことがない。臓器の仕組みは本で読んだことがあるだけで、当然だが人体の解剖経験もない。
 だから、理解しろというのが無理であった。
 何も彼女は人体の仕組み全てが知りたいわけではない。魔女と人間の違いが知りたいだけなのだ。
 人間の男と女の違い全てを、体内を見ただけで理解はできないのと同じで、今の自分に違いを完全に理解できるなどとは思ってはいなかった。
 最低限、把握しておかなければならないこと。その最低限を理解する為に、数時間を要してしまったのだ。
 ウィノナは勿論、魔法学院の生徒も、終わった頃には、精根尽き果てていた。

 翌日――。
 ウィノナは、公園のベンチに座っていた。
 腕に嵌められた腕輪を外そうと試みるが、やはり外れない。
 自分の為ではなく、これから会う人の為に、少しの間だけ外しておければと思ったのだが無理なようだ。
「ウィノナ」
 その人物は走って現れた。
「手紙、ちゃんと読んでくれた?」
 ウィノナの言葉に頷いたのは、ダラン・ローデスだ。
 彼の手に握られた紙は、仲間に頼み、届けてもらった手紙だ。
 『寿命に関して調べたいことがあるけど腕輪があるからこちらからは近づけない。クラリスに位置を知られてもいいという覚悟が出来た時に会ってほしい』そう記した手紙に、ダランは即、返事を送ってきた。直ぐに会いたいと。
「魔女とは今は会いたくないし、近付きたくないって思ってる。でも、ウィノナとは普通でいたい。ウィノナが魔女の屋敷に戻れっていうのなら、俺……考える」
「そんなこと、言わないよ」
 相変わらず、ウィノナに対して、責任を感じているようだ。
「キミの体内の様子、見てみようとおもってさ。時間かかると思うんだけど、どこか場所ない?」
「それなら、近くにうちが出資してる施設があるから。そこで部屋借りよう」
 二人は施設に向かって歩き始めた。

 上着を脱ぎ、ダランが横になる。
 ウィノナはテーブルの上に本を置き、本を見ながら、ダランの体に手を翳した。
 長い呪文を詠唱する。ダランの内臓が脳裏に浮かんでくる。本や人体模型、魔法学院の生徒と比べ、ウィノナの知識でおかしいと思える箇所はないようだ。
 続いて、ダランに直接触れ、体内の魔力を探る。
 循環にも特に異常はない。
 だけれど、もう一つ。もう一つ以上あるはずだ。彼に害を及ぼしている力が――。
 大きく息をつき、ウィノナは一旦ここで休憩を入れることにする。
 ダランが買って来たジュースを飲みながら、ソファーに腰掛けて話をする。
「あの日、魔女の屋敷から出た日にさ……ある人が、術をかけてくれたんだ」
「術?」
「うん。その術を受けてから、すごく調子がよくて」
 ウィノナは考え込む。
 魔力を封じる術――とかだろうか。いや、それなら、魔力が正常に循環しているのはおかしい。
「だからもう、大丈夫なのかなって思ってるんだけれど、どう?」
 不安げに、ダランがウィノナを見た。
「今のところ、特に問題は見当たらないよ」
「そっか」
 ダランは安心したように、軽く吐息をついた。
「それじゃ、再開しようか」
 ウィノナの言葉に頷いて、再びダランは横になる。
 呼吸を整えて、呪文を唱えながら、ウィノナはダランに触れる。
 どこかにあるはずだ。
 体中を探り――ウィノナは異常に気付いた。
 全身に行き渡っているはずの魔力が、体の中心部……胴回りだけ、循環していない。だけれど、上半身の力が遮断されているわけではなく、きちんと下半身に行き届いている。
 よく分からない現象だ。少なくても、昨日の魔法学院の生徒とは違う。
 もう一度、と思ったウィノナは突如激しい眩暈に襲われる。
 自分は内在型だ。そう簡単に魔力が尽きたりはしないはずでは――。
「ウィノナ、今日はもうやめよう」
 ダランは瞬時に察した。
「ウィノナは、魔力を無駄に消費しすぎてる。なんか、俺の中に入り込んでくるのがわかるし」
 実力以上の魔術を使っているのだから、無理もない。この魔術を効率よく使う方法は、実践で学ぶよりほかないのだ。
「じゃ、もう1回だけ。大丈夫だから」
 そう言って、ダランを押さえつけ、もう一度体内を探る。
 彼の胴回り――不思議な力がある。無数の球体がある。何かが、何かを覆っている。力が力を覆っている?
 わからない。なんだろう、これは――。
「ウィノナ」
 崩れかけたウィノナをダランが支えた。
「大丈夫だって」
 額を押さえながら、ウィノナはソファーに腰かけた。
「とりあえず、ボクの知ってる範囲では、危ない所はないみたいだった」
「ホント!?」
「大丈夫だっていう保証はないけどね。わからないことも沢山あるし、いつどんな異常が起きるのかもわからない」
「うん……。主治医の先生にも、定期的に診てもらうことにする」
「そうだね。一応ボクが見てわかったことは、あとでノートに纏めて送るよ」
 ウィノナは立ち上がった。
「それにしてもウィノナって、男の体に平気で触れるんだなー」
 ダランが上着を着ながら言った。悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「男? 誰が男? 男なんているかー?」
 ウィノナは大袈裟に部屋を見回す。
「俺俺! くそっ、見てろよー、数年後には、ウィノナよりはるかにデカくなって、見下ろしてやる」
 二人は今日、初めて顔を合わせて笑った。
 明るい声で――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
【NPC / 魔女 / 女性 / 345歳 / 魔術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
いつもありがとうございます。
ダランの体内は不思議な状況になっているようです。
ずっとこのままなのか、何かのきっかけに異常が起きるのかは、分からない状態です。
今すぐに対処しなければ危ない状態ではないと思いますが、ご自身やダラン達の状況に対し、なんらかの進展を望まれる場合は、専用オープニングご指定の上(現在は天寿)ゲームノベルにご参加ください!
どうぞよろしくお願いいたします。