<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『夏祭り』

 その日は朝から快晴だった。
 蝉の声が幾重にも重なり、騒がしい。
 蝉の声だけではない。作業をする人々の明るい声が、庭に響いていた。
 強い陽射しに眼を細めながら、ダラン・ローデスは走る。
「おう! 遅いじゃねぇか」
「なんで、こんなに早いんだよー!」
 ダランは褐色の肌の少年に近付く。彼の名は虎王丸。祭りの開催が決定してから、時折訪れてはこの場所の準備だけを手伝っていた。
「今日中にすげぇ舞台完成させねぇと、だろ?」
 にやりと笑う虎王丸に、ダランも笑みで返す。
「うん。ライトとかも沢山つけてさ、華やかな舞台にしようぜ!」
 こういう事ではこの二人、結構気が合う。
 二人とも、今晩行なわれる祭りでの催し物、浴衣美人コンテスト狙いである。この機会に綺麗なお姉さんとお近づきになろうという魂胆だ。
 既に仕上がっている舞台に色を塗ったり、飾りをしながら会話を続ける。
「体の調子はどうだ? クラリスは治してくれたわけじゃねぇんだろ?」
「うん。そうそう、凪が俺に使ってくれた舞術ってさ、どういう効果があるんだ? あれ以来すっごく体調いいんだ。体も軽いし、疲れにくくなったみたいだしさ」
「おまえに使った舞術?」
 虎王丸は相棒の蒼柳・凪から、その舞術については聞いていなかった。
「なんかさ、白い花弁がわーっと舞い上がって、それが体に入ってきたら、なんだか不思議な感じがしてさ。……寿命に関係してくる舞みたいんだんだけど」
 言葉の最後には戸惑いが含まれていた。
 虎王丸は小さく唸る。考えてみれば、ダランの状態が回復していないのに、凪が平常心でいるのはおかしい。凪がダランに何か施した?――凪の奴、何か隠してやがんなあ。
「でもまっ、いっか」
「ん?」
「隠し事はお互い様ってな〜」
 虎王丸は、懐に手を置いて、感触を確かめる。
 先日、虎王丸と凪は身柄を拘束されていたダランをこの家に連れ帰った。
 後日、虎王丸は一人この家にやってきて、ダランの父から多額の報酬を受け取っていたのだ。
 凪には秘密である。話せば、金の為に助けたわけではないと、凪は受取りを拒否しそうだから。
「さて、早く完成させようぜ! 完成させたら街に出て、お嬢様方をスカウトだ!」
 不思議そうにしていたダランだが、その虎王丸の言葉を聞くと腕を上げて「おうっ」と答えた。

**********

 花火見学の絶好のスポットであることから、ローデス邸に続く道は大賑わいであった。
 道に露店も立ち並んでおり、大道芸人の芸も見ものであった。
「これ、一個人の家なのか? すげえというか羨ましいというか、恨めしいっていうかー」
 ローデス家の敷地に入った仲間達の反応は微妙だった。
「さ、出店の準備しなきゃね! 手伝うよ」
 ウィノナ・ライプニッツは仲間達の背をパンパンと叩く。
 仕事を変わってもらっている礼にと、仲間達に少しずつお金を配る。
 出店はウィノナの助言により、細工や料理に優れた者の得意とする分野で行なうことになっている。借金をしての出店だが、簡単に元は取れるだろう。
「交代で休みを取って、祭りも楽しもう!」
 ウィノナの言葉に頷きながら、少年達は店作りに勤しむ。
 一通り仲間の作業を手伝った後、ウィノナは一人、敷地を歩いてみることにする。
 中央のステージで、何か出し物が始まるようだ。
 近付こうとしたウィノナは、ステージの裾にいる人物に気付く。
 ……ダラン・ローデスだ。魔女の屋敷にいた時とは違い、とても元気そうだ。
 ウィノナは視線を落とし、腕に嵌められた腕輪を見る。
 近付かない方が、いいかな……。
 ウィノナはそっと、その場を後にした。

 ステージから、威勢の良い声が響いてくる。
 顔を向けたワグネルの眼に映ったのは、挨拶をするダランの姿である。
 しばらく見ないと思ったら、なんらかの事件に巻き込まれていたようだ。
 元気そうな姿を微笑ましく思いながら、それ以上気にすることもなくワグネルは店――くじ引き屋の運営に励む。
「お兄さん、1回〜」
 若い女の客が多い。こういった出店では、ワグネルのような不良っぽい男性の店に、危険な香りを好む若い女性が好んで訪れる。
「あいよー。好きなの引いてくれや」
 クジの入った箱を女性に向ける。
「じゃ、これ! ……ええっと、4等!」
「4等はこれだな」
 ワグネルは冷えたジュースを女性に渡す。
「残念〜。でもまあいっか。ちょうどジュース飲みたかったし」
 ジュースを受け取った女性客は、友達とともに、他の店へと流れていった。
「おおっ、ワグネルじゃねーか!」
 先ほど聞いた元気な声が、すぐ側から発せられた。
「よう、戻ってきたのか」
 寄って来て、店に手をついたのはダランである。久しぶりに見るその顔は、以前より更に明るく、健康そうに見えた。
「うん、ただいま! ね、復活祝いにおまけしてー! 俺主催者だから派目を外さないようにって、あまり小遣いもらってねぇんだ」
「そうか、じゃあ、3回で3Cだ」
「よっしゃー!」
 ダランは大袈裟なモーションで手を伸ばし、箱の中からクジを3枚取り出した。
 ……ちなみに、このクジ、元々1回1Cである。別にまけるとは言ってないし。
「げげ、全部5等」
「残念賞だな。好きな飴選んでいいぞ
「くそっ。もう一回だ!」
「毎度アリ〜。
 そんな調子で、少ない小遣い(大人の日当以上)を全てダランは使い果たす。それでも、特等はおろか、1等も出ない。
「ホントに当たり入ってんのかー?」
「運がわりぃな。ほら、飴だ」
「よーし、こうなったら親父に頼んで、店ごと全て買ってやる!」
「ははは、言うことがでかいねぇ」
「本気だからな、待ってろよー!」
 ダランは、主催者の集まるテントの方へ走っていった。
 見送りながら、ワグネルは箱の中にクジを3枚追加する。
 そう、特等も1等も入っていなかった。入っているとは書いていないし、言ってもいないしー。
「あ、ワグネルだー!」
 ダランとすれ違いのように、痩せた少女が現れる。キャトル・ヴァン・ディズヌフだ。
「ワグネルさん、こんばんは」
 隣では、女天使姿のフィリオ・ラフスハウシェが微笑みを浮かべている。
「何やってんの? くじ引き? どうせ当たり入ってないんだろー!」
 笑いながらキャトルが言う。
「人聞きのわりぃこと言うな」
 入ってますよ。今は。
「ねえねえ、今日の花火大会でね、私がお願いしたやつも上がるんだー」
「ほー」
「ふふふふふ。怪しい店なんかたたんで、ちゃんと見てよね。どどどどどどどどどーんって凄いんだから。ステージも見てよねー。あたし、フィリオと歌、歌うんだよ!」
 キャトルはとても楽しそうである。飛び跳ねんばかりの様子だ。
「あれ、ファムルさん?」
 キャトルがワグネルと会話している時、トラブルを警戒し周囲を見回していたフィリオは、一角にファムルの姿を見つけた。
「おおー、私の天使殿!」
 フィリオが近付くと、ファムルは店から飛び出し両手を広げて迎え入れた。無論、その両手は避けて、店に近付くフィリオ。
「クッキーを販売しているのですか?」
「ええ、試食いかがですかー」
「ありがとうございます」
 差し出されたクッキーを1枚フィリオは食べた。
「うわっ、美味しいです」
「でしょ? もう2,3枚いかがですか!?」
 ではもう1枚、とフィリオはもう1枚クッキーを口に運んだ。
「フィリオー! そろそろステージ行こー!」
「あ、はいー! あ、クッキー1袋いただきますね」
 金を払ってクッキーを1袋受取り、フィリオはキャトルの元に戻った。
 ステージでは、ゆったりとした音楽の中、少年が舞を舞っていた。
「あっ、あの子知ってる」
 キャトルが少年を指差して言った。
「ダランの友達。……確か、蒼柳・凪って変わった名前の子」
「優美な舞ですね」
「うーん……あたしにはよくわからない。なんか、不思議な踊りだね。騒いでちゃいけないような気がする。小さいのに凄いね、あの子」
 微笑ながら、フィリオはキャトルの頭をコツンと軽く叩いた。
「こら、男性に「小さいのに」なんて言うものじゃありません。それにあの少年は、私にはキャトルと同じくらいに見えます」
「そうかな? ……うん、そうかもね。なんか凛々しいかも」
 滑らかな足運び、たおやかな動き。
 まるで艶やかな蝶のようだと、キャトルは感じていた。
「それでは、そろそろ準備に行きましょうか」
「うん!」
 フィリオとキャトルは出演者の控え室として用意された部屋に向った。

「おお、ファムルさんも店出してたんだー!」
 続いてファムルの店にやってきたのは、ウィノナであった。
「ウィノナちゃん、その後勉強はどう? はかどってるかい? 早く成長して、私達をあの人の手から開放してくれよー」
「はははははは、大人のクセに、情けない」
 そういいながら、ウィノナは試食品のクッキーをひとつ手にとって食べた。
「あ、そっちは君にはちょっと早いかも……」
 言い終わらないうちに、ウィノナがファムルに抱きついてきた。
「そんな情けないところが好き。一生面倒みろって言ってたよね? 先生」
 ぎゅっと抱きついて、甘く囁いた。
「こ、こらーっ、私は子供には興味はない興味はない興味はないんだー」
 明らかに動揺しながら、ファムルはウィノナを剥がそうとする。
 ウィノナはまだ14歳だが、その身体つきは既に大人の女性である。
「なーんてね!」
 バッと離れ、ウィノナはクッキーを取り出す。食べたフリして隠し持っていたのだ。
「こ、こらー! 大人をからかうんじゃないっ!!」
 真っ赤になって、怒るファムル。初めて見る顔だ。
「あははははははっ。情けないこと言うからだよー」
 笑いながら、ウィノナはファムルの店を後にした。
 さて、そろそろステージのスケジュールでも見ようか。自分も何かの大会に出場して賞金稼げば、祭りを皆ともっと楽しめる!
 そう思いながら、ウィノナもステージの方へと足を運ぶのであった。

 控え室に戻った凪は、キャトルと遭遇する。
「おっ! 凄い素敵だったよー!」
 明るく放たれた言葉に、軽く会釈だけしてすれ違った。
 今はあまり関わりたくない相手だった。
 ……そういえば、ダランはどこにいるのだろう?
 用意された冷やしタオルで汗を拭った後、凪は部屋を出て、まずは虎王丸との合流場所へ向った。

「わー、人が沢山いる、沢山いるよ! こっち見てるよ!」
 ステージに上がったキャトルは、フィリオの服を引っ張りながら歓喜していた。
 曲のイントロダクションが流れる。
「ほら、キャトル。マイクマイク!」
「これ何?」
「声を大きくする機械です。口の側に近づけて」
 フィリオに習って、キャトルはマイクを口に近づける。
 二人が選んだ歌は『風の歌』。魔法歌である。
 キャトルはソーンで歌われている歌の殆どを知らなかった。しかし、魔法関係の曲だけは、小さい頃から聞かされていたらしい。
 高い音程の歌だ。男性は、キーを下げなければ歌うことのできない歌である。
 フィリオは女天使の姿で、初めて歌を歌った。不思議なもので、男性の時より歌いやすい。
 キャトルもまた、このような場で、しかも、伴奏付きで歌うのは初めてであった。
 打ち合わせの時間もそんなになかったので、振り付けなどはできなかったけれど、二人の澄んだ声。そして、天使が持つ、人々に安らぎを与える声は、ざわめく客達を静まらせた。
 曲が終わると二人は顔をあわせて微笑んだ。
 客席から歓声と拍手が沸き起こる。
「あーあー」
 キャトルはマイクを通した自分の声が周囲に響いていることを確認すると、大きく息を吸い込んだ。
「こら、ダラン・ローデス! ねーちゃんを避けるとは何事だー! あたしは腕輪してないぞー!!」
 言って、キャトルは腕をまくって両手を上げた。
 あまりの大音量に、フィリオは耳を塞ぐ。
「出てこーい! ダラーン!! どこだー!」
 キャトルは客席を見回しながら、叫び続けた。
「は、はい。ありがとうございましたーっ」
 司会の男性は驚きながら、キャトルからマイクを取り上げ、二人を下がらせるのだった。

 キャトルの声を聞いた瞬間、当のダランは飛び上がった。
「やべっ!」
 周囲の注目を受け、慌てて逃げ出す。
 合流したばかりの凪も後を追った。
 人波を縫い、ステージの見えない位置まで駆け抜ける。……ダランは以前より、更にすばしっこくなったように思える。
「腕輪、してないって言ってるけど?」
「ホントかー? なにが姉ちゃんだよ……。かあちゃんの妹みたいな存在だろ? だったら、叔母さんじゃねーか」
 ダランの言葉に、凪は思わず笑う。確かにそうだ。
 まあ、彼女に近付かないことに関しては凪も賛成なので、少し時間をおいてから、2人は祭りに戻ることにした。

 虎王丸は後を追わなかった。どうしても、この場所を外せない事情がある。
 そう、もうすぐ待ちに待った浴衣美人コンテストが行なわれるのだ!
「すげぇ絶好のポジションに店構えてやがるな」
「なんだ、お前か」
 ステージがよく見える位置に、ファムルの店はあった。
 虎王丸は、試食品のクッキーをひとつ食べる。かなり美味しい。
 袋詰め前のクッキーにも手を伸ばす。
「それは、売り物だ」
「食った分だけ金払えばいいんだろ」
 そういいながら、バリバリクッキーを食べるのであった。
「しかし、派手な浴衣だな……。どうしたんだそれ?」
 虎王丸はかなり高級な浴衣を着ている。
 施された虎の刺繍は、細部まで表現されており、本物の虎のような躍動感を感じる。
「買ったんだよ。ダ……あー、最近難解な事件を解決してな、その報酬で作ったんだ。いいだろ!」
「まあ、似合ってはいるがな」
「それよか、お前はどうなんだよ。対魔女薬は作ってるかー?」
「い、いや、そんなもの作るわけがないだろ。絶対敵に回したくはない人だからな」
 虎王丸の言葉に、ファムルは動揺を見せた。
「でも、念の為、作っといた方がいいと思うぜー。魔力破壊薬には驚いてたみてぇだし」
「って、あの薬見せたのか?」
「おっ、そろそろ始まる♪」
「私の名前を出したりはしてないだろうな!?」
 ファムルの問いには答えず、虎王丸は店を後にし、ステージの方へとふらふら足を向けたのだった。
 ……そうふらふらと。

 受付の段階で一通り参加者の容姿を拝見し、舞台製作者として挨拶をした虎王丸だが、その時にはまだ私服の女性が多かった。
 最前列の中央を陣取り、でんと構えて開始を待つ。箱ごと奪ってきたクッキーを食べながら。
「さあ〜。お待たせしました。浴衣美女達の登場です!」
 司会の男性の合図と共に、浴衣美女達がズラリとステージに並ぶ。
 一人ずつ、自己紹介をするようだ。
 1番左の女の子は、虎王丸好みだ。白い首元が美しい。
 2番目の女の子は、虎王丸好みだ。ピンクの浴衣がよく似合っている。
 3番目の女の子は、虎王丸好みだ。黒い髪が、一筋首に落ちている様がとても色っぽい。
 4番目の女の子は、虎王丸好みだ。愛らしい口元が刺激的だ。
 5番目の女の子は、虎王丸好みだ。艶やかな瞳が狂おしいほど愛しい――。
 鼓動が高鳴る。
 体中が熱い。焼けてしまいそうだ。
 湧き上がる感情が抑えきれない!
「あ、虎王丸」
「やっぱり最前列に――」
 凪とダランが戻ってきたが、二人の声は虎王丸に届かなかった。
「皆、俺のものだー!!!!」
 突如、虎王丸は浴衣を脱ぎ捨て、ステージへと飛んだ。
 赤い褌がヒラリと舞う。
 がばっと女の子数人に抱きつく。
 女性達が悲鳴を上げる。
「今夜は帰さねぇぞーーーーっ」
 突如、赤褌のバック姿を見た観客達も、悲鳴を上げた。浴衣美人にほわ〜っとしていた男性客など、倒れてしまった者もいる。
「トーラァー」
 ドスの利いた声が響く。
「俺の女に手ぇ出しやがって!」
 少年二人――凪と、ダランがステージに上がる。
「皆纏めて彼女にしてやるぅ〜」
 女の子を追っかけまわす虎王丸の前に、突如足が飛び出す。女の子しか眼中にない虎王丸は、足に躓き大転倒。
 髪をぐっと掴んで仰向かせたのは凪だ。表情は穏やかなのに、目が、目が異常なまでに鋭かった。
 更に、背に重みを感じた。後ろから腕を回し、首を締め上げる者がいた。
「よくも、抜け駆けしやがったなーっ! 俺の女の子達、帰っちゃったじゃねぇか!」
 ダランにぐいぐい首を締め上げられる。
 普段なら簡単に振り払えそうなものだが、凪にも押さえつけられているので、簡単には振りほどけない。
「うぐぐぐ……俺の、美女達が……」
 女性達は全てステージから飛び降り、逃げてしまった。
 観客からは、野次が飛んでいる。物がステージに投げつけられる。
 さて、どうしたものか……。
 凪は、未だ女性に手を伸ばし続ける相棒を、冷ややかに見下ろした。

「だから、あの妙なクッキーのせいなんだってば」
 散々な目に合った虎王丸は、褌姿のまま縛られていた。
 その後も女性を見るたび、虎王丸は発情して跳びかかろうとする。……確かに、いつもはもう少し自制ができていたはずだ。
「だってさ、あのクッキーって惚れ薬入りだから当然じゃん。沢山食べたらそうなるって、わかってた食べたんだろー!」
 ダランがファムルの店を指差す。見れば、商品名の欄に『恋がしたくなるクッキー』『Hな気分になるクッキー』『人を見れば好きになるクッキー』などと書かれている。完全に見落としていた。というか、客が多い場所である。店の前ではそんな文字など人に押されて見えやしなかった。
「それとも虎王丸、お前文字も読めないのかよ!」
「おめぇに言われたくねぇよ」
 どうやら虎王丸がバリバリ食べたのは、『恋がしたくなるクッキー』のようだ。もっと効果の高いクッキーを大量に食べていたら、恐ろしいことになっていたかもしれない。
「空いた時間、付き合ってもらうよ、虎王丸」
 虎王丸の足はステージの裾に括りつけられている。
 変なことをしだしたら、強力魔法の実験台にして構わないとダランに言い、ステージに向う。
 音楽担当者に曲の指示を出すと、凪は再びステージで舞い始める。
 今度はリズミカルな曲だ。
 虎王丸は、渡されていたくす玉をぽんぽーんとタイミングよく投げる。
 すると、舞っていた凪が、体制を崩さず、銃型神機を抜き、くす玉を打ち抜いた。
 中から飛び出した紙ふぶきが宙を舞った。
 観客達から、歓声が上がる。
「おおー!」
 感心しながら、ダランは虎王丸の頭をぺちぺち叩く。
「しっかり凪のサポートしろよ〜」
「おまえっ……後で覚えてろよっ」
 虎王丸は憮然とした顔で、舞う凪のサポートを続けるのだった。

 数分後。
 落ち着きを取り戻したステージで、カキ氷早食い大会が開始された。
 参加者は若い男女が多い。
「ウィノナも出るんだ。負けないよー!」
 そう言ったのは、少し年下の少年であった。
「ボクだって、負けるつもりはない。てゆーか、こんなに沢山のカキ氷、滅多に食べれないからね、今日は沢山食べてやる!」
 ウィノナと少年は楽しげに笑い合いながら、席につく。
「それでは、よーい、始め!」
 司会の号令と共に、食べ始める。
 最初の2,3口はとても美味しかったが、急げば急ぐほど、口が痛い。
「あつ……っ」
 頭に激しい痛みを感じ、つい手が止まってしまう。
「負けないんだから!」
 気合を入れて、ウィノナはカキ氷を流し込んだ。
「うう、やっぱイタイ……」
 ウィノナは頭を抱える。
「うわー、やめろ、凪ー!」
 突然、聞き覚えのある声が響く。目を向けたウィノナは思わず吹き出しそうになる。会場の隅に、踊る獅子の姿があった。
 余興のようだ。非常に気になるけれど、気にしてはいけない。
「……っ、あははははははっ!」
 ……しかし、その赤褌姿の獅子が、自分の前を通過した時には、思わずウィノナは笑い出してしまった。
 その声の主に心当たりがあったから。

**********

 パン、パパパン
 爆発音が響いた。
「おっ、始まったか」
 ワグネルは、店を一旦閉め、自身も祭りを楽しんでいた。
「ワグネル君、最後の一袋いかがかねー!」
 手を振るファムルの店に近付く。
 面白そうなので、クッキーを一袋購入した。
 どんどどん、パン、パパン
 空に光の花が咲く。
 ワグネルは花火のよく見える場所へと移動を始めた。

「見て見て、フィリオー!」
 フィリオはキャトルを連れて、ローデス邸の屋上へやってきた。
 既にここも祭り客で混雑している。
 バリバリバリバリ…
 変わった音を立てて、空が燃えた。
 浮かび上がったのは、猫の顔だった。その回りにふわっと浮かび上がった光の花がキラキラと輝いている。
 猫の顔はピンク色に変わり、続いて現れたハートマークに覆われた。
「あはははははっ。ハートマークは職人のお爺ちゃんのおまけだね」
 喜ぶキャトルを見つめていたフィリオだが……実は先ほどから、おかしいのである。
「うわっ、凄いよあれ!」
 キャトルが手を伸ばし、フィリオに触れた。
 途端、フィリオの心臓が強く波打つ。
 言いようもない感情が湧き上がってくる。キャトルが指す方を見れなくなり、フィリオは下を見下ろした。
「あれ?」
 一際目立つ店がある。ピンク色の屋根のその店には……『愛を売る店』と書かれている。
 媚薬入りクッキー販売中! とも。
「…………」
「フィリオ、どうかした?」
「い、いやなんでもありません」
 不思議そうに見るキャトルに、僅かに微笑んでみせる。
「キャトル、ちょっとここで待っていてください。すぐにもどりますから」
 そういい残し、フィリオは屋上を後にする。
「あっご、ごめんなさいーっ」
 人にぶつかる度に、心臓が飛び出そうになる。呼吸が苦しい。
 ふぁーむーるーさーーーーん
 フィリオは拳を握り締めた。
 ――数分後。
「あ、フィリオお帰り〜。なんか今ね、人が打ちあがったんだよ! すっごい勢いで飛んでいったの! この間参加したパラシュート打ち上げ花火の改良版かな?」
「そうかもしれませんね」
 フィリオはにっこり微笑んだ。

「ウィノナ、あれ!!」
 少年が驚いたように、空を指した。
 浮かびあがっていたのは、狼の顔だった。
 それ以上、誰も何も言わなくてもわかった。
 そのマークは自分達のシンボル。
 光が全て消えてなくなるまで、その場に集まった少年少女達は一瞬たりとも目を反らさなかった。
 その後に、皆で顔を見合わせて、少年達は歓声を上げた。

 ダランは、凪と虎王丸を自室のテラスに連れてきていた。
「ここが俺の特等席。景色も花火もよく見える。……あれから、父ちゃんと沢山話をしてさ。この部屋がもっと好きになった。今はずっとこの家にいたいって思ってる」
 少し、照れくさそうにダランは言った。
 屋上に用意された席もあったが、3人で見たかったのでダランは自分の部屋のテラスを選んだのだった。
 ズガーン!
 一際大きな音が響く。
「……あれ?」
 大きな音が響き、小さな光が昇っていったというのに、その後何の変化もない。
 どん、どん、どん。パンパパンパン。
 続く花火は3連発であった。
 真ん中が一番高く、左右は少し低く。だけれど、輝きは劣っていない。――まるで、今の自分達のようだと、凪は感じた。暴走しかねない虎王丸を中心に立つ、ダランと自分。
 バリバリバリ
 次に空に浮かび上がったのは、果物の絵だった。
「リンゴだ〜!」
 ダランが明るい声を上げた。
「いや、あれは梨じゃない?」
「なし?」
 凪の言葉にダランは消えかかっている花火をよくよく見てみる。
 ……確かに、模様からして梨のようだ。
「梨ぃ? どうせ作んなら、でっけえスイカだろ。食い応えがありそうだ」
 虎王丸は食べきれないほどの大きな西瓜を思い浮かべる。
「職人が梨好きだったんじゃないか?」
「うん、梨もうめぇもんな!」
「いや、やっぱスイカだろ。スイカが食いたくなってきたぜ」
「虎王丸はさっきクッキー沢山食べただろ」
 ダランが不満気に虎王丸を見上げた。
「うっ。あ、あれはだな。食うもんじゃなくて……ふふふ、食わせるもんだと俺は気付いた!」
 その手には例のクッキーが!
「没収」
 即座に凪は虎王丸の手からクッキーを奪う。
「わっ、返せよ!」
「俺にくれー。俺は虎王丸より有意義に使うぜー」
 その後も3人は他愛ない会話をし、笑い合いながら、空を眺めていた。
「おお!?」
 花火も終盤に差し掛かった頃、3人は不思議な光景を見た。
 月が光った。小さな光――ほんの一瞬であったが、3人とも確かに見た。
「月の住民も花火やってんのかなー」
 ダランが呟いた。
 ありえない話ではない。
 この世界の月ならば。

 ワグネルは客が集まっている本邸ではなく、ローデス家の別邸の屋上にいた。
 諸事情により、この家の造りは熟知している。
 関係者が集まっている場所は避け、屋上庭園の休憩所を陣取った。
 大刀を側に置き、売上金を数えながら、ゆっくりとした動作で首を回し、時折空を見上げていた。

 ドン、ドドンドン、ドドンドンドドンパーンパパンパンパンパンパン
 ……一体いつまで続くんだと思えるほどの、連打だった。これがキャトルが頼んだ花火だろうと、ワグネルは小さく笑った。騒がしい彼女らしい。
 ドン
 再び、大きな音が響く。
 見上げれば、一際大きな虹色の花が、優雅に美しく咲き誇っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
ファムル・ディートはお空のお星様になりましたが(!?)、皆様楽しい一時を過ごされたと思います。そして、一部の方はがっつり儲けたと思います。
また明るいお話も書いていければと思っています〜。
ご参加ありがとうございました!