<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『天寿〜模索〜』

 この部屋に入ったのは久しぶりだった。
 ダラン・ローデスの部屋のうち、一番奥の部屋。
 天井が硝子張りになっている何もない部屋だ。
「俺、最初に凪に白銘神手教わったじゃん? そのせいか、念動系が結構得意みたいなんだ」
 言って、ダランは部屋の隅に丸めてあるマットに集中する。
 さほど時間も要さず、マットはふわりと浮かび上がった。
「元々、ダランは詠唱とか合ってないからなー」
「そうそう、術覚えらんねーし……って、凪、今俺のこと馬鹿にしただろ!?」
 してないしてないと蒼柳・凪は首を横に振り、二人は笑い合った。
「精霊魔法だって使えるぞ。見てろ〜」
 呪文を唱え、ダランは両手で印を結ぶ。
 途端、二人の前に炎の弾が現れ、そのまま破裂した。
「……失敗?」
「失敗じゃねぇって! わざと破裂させたの! 下手に放って、部屋が燃えたら大変だろーっ」
 凪の言葉に、向きになるダラン。
「じゃあさ、舞術でフォローするから、本気でやってみなよ。ダランの成長、見てみたい」
「お、おおーし」
 部屋の隅へと下がる。
 深呼吸をして、ダランは詠唱を始める。先ほどより長い。
 周囲に炎の力が湧き上がるのを感じ、凪は少し距離を置き、舞を始めた。
「燃え上がれっ!」
 ダランが叫んだ途端、炎が湧き上がる。同時に、凪も舞術『氷砕波』を発動する。
 湧き上がった炎は一瞬にして、吹雪に飲まれた。
「今のは威嚇向き。獣なんかはこれで追い払えると思うんだ! ……って、ハックション!」
 ダランは大きなくしゃみをすると、両腕を抱えた。
「凪、寒い。やりすぎだー!」
 吹雪の影響で部屋は冷え切っている。
「いや、ダランの魔法、結構威力ありそうだったから」
 思ったよりも威力がなかったのは、経験が浅いからだろう。
 それにしても、魔女の屋敷に行く前とはまるで別人のようだ。当時は極小さな炎を生み出すことだけで精一杯だったはず。
「ヘックシッ! よし、それじゃ全部蒸発させてやるー!」
 ダランが右手に嵌めている赤い石の指輪を見た。
「窓を開けてからの方が……」
 凪の言葉は、届いていないようだ。
 前を見据え、ダランは炎の魔法を発動させた。
 湧き上がった炎は先ほどの5倍ほどの威力があった。雪は水に変わり、水蒸気と化す。
「う……あちちっ!」
 正気に戻ったダランは、今度は暑さのあまり部屋から飛び出す。
 無論、凪は先に避難している。笑いながら、凪はダランを迎えた。

**********

「父ちゃんが色々調べてくれてはいたみたいだけれど……」
 ダランの身体については、父親が幼い頃から気にかけ、定期的に検診を受けさせたり、医学に詳しい人物の元を訪ねたりしていたらしい。しかし、これといった解決の糸口は見つからなかったのだという。
「でもそっか、やっぱり今調子がいいのは、一時的なものなんだ」
 言葉も顔も、暗かった。しかし、一瞬にしてダランは表情を明るく変える。
「でも何とかなるよな、凪も一緒に探してくれてるんだし!」
「勿論」
 力強く言って、凪はダランの背を叩いた。

 二人は、ダランの家を出て、魔法学院の賢者の館にやってきていた。
 人造人間に携わる人物や、クラリス並に魔法の知識がある人物、寿命を延ばすアイテムなどについて調べるために。
「人造人間って、この技術が近いんじゃない?」
 凪が取り出した本は、クローンに関する技術だ。
「そうかも? でも、このあたりで人体実験をやってる人はいなそうだよなー。……てかさ、そういうことで有名な奴っていうのは、アセシナートに引き抜かれてると思うだよな。向こうでなら存分に研究できそうだし」
 隣国アセシナート公国は、エルザードでは禁忌とされる魔術や研究にも手を染めているという。
「うーん。人物辞典には、不死王や、老化しなくなった人物のことなんかが載ってるけれど、それって違うよな、やっぱり。ダランを吸血鬼にするわけにはいかないし」
「や、やややだよ、吸血鬼なんて!」
 慌てるダランに、凪は笑みを浮かべる。
「あと寿命というと……」
 ダランは地図を広げて、ユニコーン地域外の何も書かれていない場所を指差した。
「このあたりに、フェニックスが祭られていた場所があったらしいんだけれど、今はアセシナートの占領下にあるんだよな」
「よく知ってるな、そんなこと」
「ふっふっふっ。家庭教師のねーちゃんから習った。他の勉強はダメなんだけど、俺地理だけは勉強する気がなくても、頭に入ってくるんだ〜」
 そういえば、ダランはマッピングもなかなか上手い。
「で、アセシナート方面には行けないけど、逆は未知だと思うんだ」
 ダランは指を動かし、アセシナートとの国境の反対側を指差した。
「ユニコーン地域を挟んでこちら側。こっち側にはアセシナートの手は伸びてない。だからこっち方面には魔術に優れた人物とか、未知のアイテムなんかがあるんじゃないかと思うんだ」
 地図には何も書かれていない。
 調べてみても、国名や簡単な文化くらいしか記されてはいない。
「異世界人や冒険者の受け入れには積極的じゃないみたいだけれど、俺なら大丈夫だろうし、多分都市なら家からの送金も受け取れると思うし……。将来的にはそうして他国に滞在しながら、色々調べてみる必要があるのかもって思ってる」
 帰宅してから、ダラン自身も自分の身体について相当考えたらしい。
 薬では、エリクサーが、寿命に影響を与える薬として有名だ。また、賢者の石の名もよく耳にする。但し、成功例はどこにも記されていない。
 いずれも錬金術の分野である。
 ファムル・ディートが本気でダランの体質改善に動いてくれれば、少しは状況が変わるのだろうけれど……。
 凪は吐息をつきながら、本を棚に戻した。
 ファムルの説得については、虎王丸に任せてある。良い返事は聞けただろうか。
「でもさ、凪〜」
 口調はのんびりとしているが、ダランの瞳の奥の真剣な光に、凪は気付いた。
「あの術で、ずっと俺を治してくれることって、できないの? 俺にも覚えられる? 今、凄く調子がいいんだ! 呪文を覚えることが苦手だったのとかも、多分魔力の状態が悪かったからだと思う。勉強も頭に入るようになったし。身体も軽くて、食欲もあって、凄く元気で……。ずっと、このままだったらいいのにって思うんだ。調子が悪くなったら、またかけてくれる? これってどれくらいもつんだ?」
 ダランの言葉に、凪は「わからない」と首を横に振った。
 途端、ダランは視線を落とした。
「次は、あの本を……」
 話題を変えようとした凪だが、ダランはそれを許さなかった。手をぐっと掴み、自分の隣に凪を座らせた。
「命を創ったり、吹き込んだり、生命力を増やして寿命を延ばすのって、人間には無理なんだ。不死鳥とか、吸血鬼とか、神とか、神の使いの天使とか……そういう特別な生き物しか無理だと思うんだ。だから、俺はあの魔女は神か、聖獣の化身じゃないかって思ってる。俺の中には特殊な血が混じっている。
 ……凪はなんなの? あの術は何? わからないのは、術についてよく理解してなかったから? それとも、ここには長くいられないから? そもそも、どうしてこっちの世界に来たの? 虎王丸とは同じ世界から来たんだよね? 一緒に来たの? どんな風に知り合ったの?」
 浴びせられた質問の数々に、凪は混乱した。
 それは今まで、聞きたくても聞けなかったことなのだろう。
 一気に捲くし立てたダランは、今はじっと自分を見ている。
 どう、答えるべきか――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
【NPC / 魔女 / 女性 / 345歳 / 魔術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。いつもありがとうございます!
今回、前後編にはしませんでしたが、内容的には次回に続いておりますので、引き続きご参加いただければ幸いです。
同時納品の副題の違うノベルもご確認ください。