<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『天寿〜頼み〜』

 診療所のドアに、虎王丸はそっと耳を当てた。
 男女の話し声が聞こえる。
 一人は錬金術師ファムル・ディート。
 もう一人は……ウィノナだ。
 ウィノナ・ライプニッツ。魔女の弟子になった少女である。
 彼女もまた、ダランを治すために動いている人物であり、本当は協力しなければならない相手である。
 しかし、今は会いたくない。
「うー……」
 腕を組みながら、ドアの側をいったりきたりする虎王丸。
 ウィノナは盟約の腕輪をしている。
 よって、彼女の行動は魔女クラリスに筒抜けである。
 けれども、虎王丸が彼女と会い辛い理由はそれだけではない。
 夏祭りの日――。
 会場に来ていた彼女に、恥ずかしい姿を見られたのだ。
 あの時彼女が発した笑い声。あれは、虎王丸であると分かって発した笑いに違いない。
 ばつが悪くて、どうにも入れない。
「あ、女たらしの虎王丸だ!」
 元気な声に振り向けば、見知った少女の姿がある。
 彼女の名は、キャトル・ヴァン・ディズヌフ。相棒の蒼柳・凪から、彼女も魔女だと聞いている。同じく、今は会いたくない人物の一人であった。
「お、おう」
 軽く返事をして、立ち去ろうとするが、腕をぐっと捕まれてしまう。
「何の用? ここには女性はいないよ。パパをナンパに連れてこうってんなら、あたしが許さないよー!」
「そんなんじゃねぇよ」
 軽く振りほどこうとするが、キャトルは離さない。
「それじゃさ、ダランのこと? 虎王丸もダランの友達なんだってね!」
「まあな」
 目を逸らす虎王丸の前に、キャトルは回りこむ。
「なんで顔逸らすんだよ! あたしは腕輪してないってば」
「いや別に……」
 彼女もあの夏祭り会場にいたはずだが、あの時の話には触れてこない。見ていなかったのかもしれない。
「じゃあさ、ちょっと話がしたいんだけど。……ダランとあたしの身体のことで」
 気まずくはあったが、嫌とは言えなかった。
 虎王丸は、いつかの探索の後に作った倉庫に、キャトルを連れていった。

「あたしがクラリス様の失敗作って話……聞いた?」
「ああ」
 狭い倉庫の中、各々適当に腰かけて話し始める。
「あたし達魔女は、肉体が滅んだ後、天での生活が約束されてるってことは?」
「全部凪から聞いてる」
「そっか。それじゃ、話は早いね。……あたしさ、もっと生きたくなったんだ」
 言って、キャトルは笑顔を見せた。
「ホントは前からもっとこの世界にいたいって思ってたんだけどね。最近、あたしにこの世界にもっといてほしいって言ってくれる人ができて」
 その笑いは、照れ笑いのようだった。嬉しそうに、僅かにはにかみながら、キャトルは言葉を続けた。
「あたしのこと、生かそうとしてくれてる。だから、あたしもちゃんとファムルに頼んでみようと思ってる」
「ファムルになんとかできることなのか?」
 虎王丸の言葉に、キャトルは首を横に振った。
「わからない。だけれど、出来るかもしれない。そうクラリス様も言ってた。最初は、そういうつもりで近付いたんじゃなかったんだ。変な人だったから、興味が湧いてきて……だから、あたしは、パパを利用しようとかは思ってないんだよっ」
 必死な様子から、その言葉が嘘ではないと感じ取れる。
「ほら、あたしの身体を治す研究ってさ、多分ダランを治療する研究にも繋がるわけじゃん? だから、虎王丸達と協力できないかな? あたしさ、魔女の身体のこと多少なら知ってるし、ファムルの知らない魔法草の知識もあるし! 虎王丸達は材料の調達とか出来るだろ? お金はあんな豪邸に住んでるんだから、ダランがどうにかしてくれるんじゃないかな? ファムルって研究バカだし、金と材料と、あたしという研究対象が揃ったら、やらずにはいられないと思うんだ」
 一気に言って、虎王丸の答えを待つキャトル。
 虎王丸に断る理由はなかった。
「その話、乗ってやってもいいぜ」
「やったーっ!」
 にやりと笑って見せると、キャムルは飛び上がって喜んだ。
「だけど、ファムルね、ちょっと今腑抜け気味なんだよな……」

**********

 二人が玄関に戻ると、既にウィノナの姿はなかった。
 ファムルは診療室で、なにやらノートを眺めている。
「ああ、虎王丸。ちょうどよかった、預かりものだ。ダランに渡してくれ」
 虎王丸は差し出されたノートを受け取った。
「なんだよ、これ」
「ウィノナちゃんがダランの身体を診たそうだ。それらが記録されている」
 ぱらぱらと捲ってみる。しかし、虎王丸には全く意味不明であった。
「見せて見せてー」
 キャトルが虎王丸の手からノートを奪い取り、ソファーに腰掛けてテーブルの上に広げた。
「じゃ、私は研究に戻るから……」
「待て待て。用件を聞けよ。用もねぇのに来るわけねぇだろ」
 虎王丸はファムルの腕をぐっと掴んで、投げるようにソファーに座らせる。そして、自分自身はキャトルとファムルの向いに腰かけた。
「お前が作った、魔力破壊薬、アレ、投げて使ったんだが……」
「投げて使った!?」
「ああ、クラリスにぶっかけた。ハッタリにはなるだろうって言ったのはファムルだろ」
「うっ……」
 その言葉にファムルは押し黙る。
「うわあ……度胸あるね、虎王丸」
 キャトルはファムルの腕を掴んで、驚きの表情で虎王丸を見ていた。
「で、どうせ分析すれば、お前が作ったってバレるだろ? いずれはお前や凪にも関わる問題なんだから、とにかくダランの問題を解決すんのに協力しろよ」
「いや、別に、魔女に危害を加えようとして作ったわけではないぞ、断じて!」
「俺に弁解しても、どうにもなんねーよ」
 虎王丸の言葉に、ファムルは唸り声を上げている。
「しかし、ダランの体調は戻ったんだろ? 不思議な術で治したらしいじゃないか」
「さあな、俺もよくわかんねーけど、永続的なものじゃないらしい」
「なんだ、その場しのぎか」
 そう言うファムルの腕を、キャトルがくいくいっと引っ張った。
「そんな単純なものじゃないよ、これ」
 ノートを見ていたキャトルが、ダランの身体図と思われる図を指差している。
「魔女の力を、抑えこんで……る? 虎王丸、アンタ何者!?」
「いや、やったの俺じゃねぇし」
「では、凪君か」
 ファムルとキャトルは真剣な表情でノートに見入っている。
「あのさ、それはそうとして、だ!」
 虎王丸は、テーブルを叩いて、自分に注目させる。
「その、ダランの中で害になっている力を消す方法と、凪が狙われなくなる方法を知りたい。キャトルに聞いたんだが、シスの思念は個々にも届いたんだろ? どんな内容だったんだよ」
「いや……」
 途端、ファムルの声が暗くなる。
「特になにも。昔話をしていっただけだ」
「んじゃ、クラリスんところにも、シスの思念は行ったんじゃねぇかと思うだけど、それを聞いても、凪やファムルのことを諦めないと思うか?」
「当然だろ。ダランのことはともかく、凪君や私に関してはシスとは別件だからな」
 ファムルの言葉に、虎王丸はため息をついて、ソファーに深く腰掛ける。
 ちらりとキャトルを見ると、キャトルは小さく頷いて、隣に座るファムルを見上げた。
「ねぇ、パパぁ」
「変な声を出すんじゃない。普通にしてろ、普通に」
「んー、本にはおねだりをする時はこういう喋り方にすべし! って書いてあるんだけどなー」
 呟いた後、キャトルは普通の口調で話し始める。
「あたしの色素が異常だってこと、知ってるだろ? それ、ファムルになら治せないかな? それか、魔力のバランスを調整する薬が欲しいんだけど」
「何故、そんなことを言う?」
 キャトルを見たファムルの眼には、暖かみがなかった。
「友達が出来たんだ、たくさん。あたしと、もっと遊びたいって言ってくれる人がいるんだ。だから、もう少しここにいたい。何十年もとか我侭言わないから。失敗しても文句言わないから。人間と同じように生きたいとか言わないから、お願いッ!」
 キャトルはファムルの腕を強く掴んで、ぎゅっと目を閉じた。
「それって、ダランを治すことにも繋がんだろ? だったら、金はダランの親父が出してくれるだろうし、材料の調達なら、俺達も手伝える」
 虎王丸がキャトルを援護する。
「これは、魔女のシナリオだ」
 二人の想いに、ファムルはゆっくりとした口調で語り始めた。
「キャトルに幼い頃から、私の事を話し、興味を持たせる。お前を治せる可能性があるのは、私だけだと。そして、彼女を街に送り出し、私と会わせる。能力がなく、より人々に近い存在である彼女は人間に親しみを覚え、この世界で生きることを望み、そして……」
 ファムルは、キャトルの頭に、優しくて手を乗せた。
 ファムルがキャトルに初めて見せたやさしさであった。
「生きたいと、私に縋り付いてくる。私は断ることができない。魔女の片割れである彼女を側に置く――それは、魔女が私を手元に置き、使うことと大差ない。この結果は、ほぼシナリオ通りだ」
「ファムル……ごめん」
 キャトルは頭を下げた。
「わかってた。多分、そうだろうって。だから、初めは近付くのよそうと思ったんだ。巻き込んじゃいけないって考えて、でも変な人だと知ったら、興味が湧いてきて、そのうち、この人に好かれれば、あたしはもっとこの世界にいられるかもって思っちゃって。だけど、一緒にいるうちに、そういうんじゃなくて、ホントに自分のパパになってほしくて。それ、嘘じゃない、嘘じゃないんだ」
「わかってる」
 言って、ファムルはキャトルを軽く、抱きしめた。
 だけれど、そういう事も全て、魔女のシナリオ通りなのだろうと――ため息をつきいた後、虎王丸は歯噛みした。
「結果的にそうなりはするが、私は魔女のシナリオには何があろうと断固従わないつもりだった。……しかし、シスに頼まれたからな。ダランのことを」
 ファムルがキャトルの身体を優しく叩きながら、虎王丸を見た。
「君達に協力するよ、虎王丸」
 具体的な案はまだない。
 だけれどその言葉は、大きな前進を意味していた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
【NPC / 魔女 / 女性 / 345歳 / 魔術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。いつもありがとうございます。
以後、ファムルはダラン(及びキャトル)の身体を改善する薬についての研究に携わることになります。
しかし、魔女クラリスに関しては相変わらず、否定的ではないと思われます(魔女を倒す薬などは作らないかと)。
どのような研究をすべきか、案がありましたらよろしくお願いいたします。放っておくと魔力を消せばいいといった方向に進むかもしれません。