<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『命運〜人間〜』

「そんなに一気に聞かれても……」
 蒼柳・凪は苦笑しながら、椅子に座った。
 目の前には、ダラン・ローデスの真剣な顔がある。
 視線を真直ぐに受け止めた後、微笑して、凪は目を伏せた。
「俺達の故郷は、ここほど平和じゃなくて……」
 ゆっくりと語り始める。
 懐かしく、今は戻れない生まれ育った場所のことを。

 その世界は大半が樹海に覆われていた。
 異形の禍津神達の襲来に、朝廷の進攻。
 争いの耐えない世界であった。
 多くの種族が存在していたが、その中で純粋な人間こそが、潜在能力から最も強力で神聖であるとされていた。
 人間こそが天の使いとされている。
「凪は人間……だよね?」
 ダランの問いに、凪は頷いた。
「なるほど、じゃあ凪は天使か」
「いや、そんなんじゃない。天の使いとされているだけで」
「ん、でも天使だよ。あんなことができるんだから」
 あんなことというのは、凪がダランに使った舞術のことを指しているのだろう。
「虎王丸も人間?」
「虎王丸は虎の霊獣人だよ」
「虎の霊獣人? でも、外見は人間だろ? まさか虎に変身したりできんのか!?」
「ダランは虎王丸の獣人状態見たことなかったっけ?」
「う、うん。ない……。今より強くなったりする……んだろうな」
 ダランが腕を組みながら考え込む。
「そっか、凪も虎王丸もやっぱ、異種族、なんだよな」
 ここまでの会話だけでも、ダランにとっては十分衝撃的な内容だったらしい。
「いつか……自分の世界に帰るんだろ?」
 ダランの言葉に、凪は首を横に振った。
「今は、帰ろうと思っていない」
 帰れない理由がある。
 なぜなら、凪は逃げてきたのだから。自分の力を、利用されないために。
 だけれど、詳しい説明はできなかった。
 その力を――結局、自分が大切に想う存在の為に、使ってしまっているから。 
「黙って、いなくならないでくれよ」
 不安げな瞳で、ダランが凪を見ていた。
「当たり前じゃないか」
 言いながら、凪は心に誓う。
 追っ手の手が、ここまで伸びたとしても。
 この世界に別れを告げなければならなくなった時には、自分がどんな状況にあっても、必ず目の前の少年に、別れは告げようと。

**********

 数日後、凪、虎王丸、ダランは3人で、ダランの母親が可愛がっていたという魔女、ディセットの元に向うことになった。

 魔女ディセットが暮していたとされる場所は、乗り物を乗り継いでも、半日以上かかる場所であった。
 道中、凪はウィノナ・ライプニッツが纏めたノートを興味深げに眺めていた。
「生命そのものの力が活性化され、魔女の力を押さえ込んでいるんだな……」
「凪の力じゃなくて、俺の生命力!?」
 凪の呟きに、真っ先に反応したのはダランだった。
「うん。あれは人物そのものの生命力を良い状態にする術だから」
「そうなのかー」
 ダランは凪の手の中のノートを覗き込む。……そして、手を伸ばして、次のページを開く。
「この絵、だけどさ……」
 そこには最近のダランの状態が書かれている。
 ウィノナは何も言っていなかったが、最初に書かれた図より、心なしか魔女の力を押さえ込んでいる力が少なくなっているように見える。
 凪は黙ったまま頷いた。
 ダランも、不安を言葉にしなかった。
「なあ、おまえ等は、ここ数日どんなこと調べてたんだ?」
 場の雰囲気を察してか、虎王丸が明るく二人に問いかける。
「寿命が延びたって話とか、長寿な人とか」
「生命に関わるアイテムや、薬なんかについても」
 ダランと凪が交互に虎王丸に話してきかせる。
 世界は広く、多くの逸話がある。
 どこから調べに行くべきか、それとも身近な存在と共に、方法を探求していくべきか――。
 ダランにはまだ時間があるが、あの魔女の少女……キャトル・ヴァン・ディズヌフにはそう時間はないだろう。

**********

 いくつ、山を越えただろうか。
 空気がとても澄んでいて、優しい虫の音が響き渡る村だった。
 籠を持った女性達が、立ち話をしている。
 籠の中には沢山の野菜が入っている。夕食の材料だろう。
 のどかな様子に少し安心をしながらも、警戒を緩めることなく、虎王丸は畑仕事をしている老人に近付いた。
「おっす! 美味そうな野菜だなー」
「ん〜? お前さん達は、冒険者かい? この辺りにはなーんもないぞ」
「いや、冒険じゃなくてさ、俺達、人を探してんだ。……ディセットって名前の女性なんだけど、知らねぇか?」
 虎王丸の言葉に、老人は手を止め、小さく唸った。
「うーむ。今はおらんが、確かどこかで聞いたことがある名なんだが……」
「あ、あのさ! ここに住んでるって聞いてきたんだけど!」
 ダランが虎王丸から地図を奪い、老人に見せた。
 その場所は、現在荒地と化している。
「うーん。お、おおそうか!」
 地図に書かれた方向を見た老人が、笑顔を見せる。
「クリスティーヌちゃんのことだな」
「く、クリスティーヌ?」
「うむ。ここに来た当時は、そのディ……なんとかと呼ばれていたんだがな、旦那に新しい名前をつけてもらったようでなぁ」
「旦那?」
 3人は顔を見合わせる。ディセットは結婚しているようだ。
「で、そいつは生きてるのか?」
「もちろん。ただ、最近はあまり見かけんようになったがなー」
 老人に彼女の居場所を聞くと、3人はお礼を言い、その場を後にした。

 その家は、小さいながらも、可愛らしい造りの家だった。
 庭に咲いている薄紅色の花が、来客を歓迎し、微笑んでいるかのようである。
 凪がノックをし、3人はドアの前で待つ。
 一番狙われる心配がないのは、虎王丸だ。自然と虎王丸が前に立つ。……もっとも、魔女クラリスから連絡が来ていれば、一番恨みを買ってそうな虎王丸が一番危険なのかもしれないが。
「はあ〜い」
 元気な声と共に姿を現したのは――5歳くらいの男の子だった。
 3人は再び顔をあわせた後、虎王丸が屈んで、男の子に話しかける。
「おう、坊主。ええっと……クリスティーヌって人、いるか?」
「いるよー」
 そう言うと、男の子は家の中に走っていった。
 数秒後、女性が現れる。
 30歳くらいだろうか。
 銀色の髪の女だった。
 鋭い目つきで、3人を見――。
「ようこそ、ダラン・ローデス!」
 突如笑顔を見せ、駆け寄って凪の手をとった。
「い、いえ、俺はダランじゃない、です」
「ええーっ? じゃあ、こっちか」
 女性が、ダランを見る。
「お、おおおお……」
 ダランはどう答えたらいいのかわからないらしく、挙動不審だった。
「うーん、顔は悪くないんだけれど、なーんかぱっとしないわね。まあ、上がってよ」
「なんで、ダランの名を知ってるんですか」
 女性が凪の言葉に振り返る。
「この間、お姉ちゃんがここに来たからよ。思念だけだけどね。ダランのことよろしくって言ってた。だから、そろそろ訊ねてくるころだと思ってた」
 彼女が見せた笑いは、どことなく寂しさが含まれていた。
 シスの想いはここにも届いていたようだ……。

 通された部屋はごく一般的な民家の一室だった。
「あの……クリスティーヌさん?」
「ディセットでいいわよ。あなた達にはそう呼んでもらいたい」
 彼女の言葉に、凪は言い直す。
「では、ディセットさん。俺達、ダランの寿命を延ばす……というか、ダランが人間と同じだけ生きれる手段を探してるんです」
「ああ、やっぱり寿命短いんだ」
 突如、ディセットがダランに手を伸ばす。ダランは大袈裟なほどの動作で、身を反らした。
「あははは、別に危害は加えないって。シスお姉ちゃんの子供のくせに、臆病なのねぇ」
 大丈夫だというように、凪がダランの背を押してあげると、ダランは覚悟を決めたかのようにディセットの方を向き、真直ぐ立った。
 ディセットは、そっとダランに触れた。
 目を半眼にして、ダランを見つめる。
「……確かに、あなたはお姉ちゃんの子だわ」
「そ、それ。あの魔女も言ってたんだけど、ど、どうして?」
 触れただけでわかるんだ? ダランはそう聞きたかったのだろう。緊張して言葉がきちんと出ないようだ。
「魔力の形。お姉ちゃんの中で形成されたお姉ちゃんの魔力の形を、あなたは持ってるから」
「や、やっぱ、俺の中のもう一つの力は、母ちゃんの魔力なんだ……」
 ダランが、ぺたんとソファーに腰かける。
 凪と虎王丸もソファーに腰掛けて、ディセットと向き合った。
「シスお姉ちゃんの魔力というか、それが遺伝して、あなたの体内で作られてるんだけどね。でもすっごい微量だなぁ」
「それは多分……」
 その理由については、凪が説明をした。
 自分が施した術の効果とまでは話さなかったが、ダランの体内では現在魔女の魔力の大半は抑えられているということを。 
「その魔女の魔力をアイテム作成などに、消費し続ければ、身体に悪影響を及ぼすことはないのでしょうか?」
「それは、ちょっとわからないわ。なにせ、この子は初めてのパターンだからね。私達魔女が人間の男性との間に、子供を授かるなんて……。うーんでも、魔女の魔力だけ使えるようにならなきゃ無理じゃない? それをコントロールする術がダランにあるのかどうかが問題よねぇ……」
「さっきの子供は? あんたの子じゃねぇの?」
 虎王丸の言葉に、ディセットは笑顔で頷いた。
「そうよ。私の子。でも、私が産んだんじゃない。孤児を引き取ったの。……私、今凄く幸せよ」
 微笑んだその顔は、本当に幸せそうであった。
 ディセットの笑顔に、一同の緊張感が薄れてゆく。
「さーて、じゃあ取引といきましょうか」
 しかし、次に彼女が発した言葉は、実に魔女らしい言葉だった。
「私、あなたを普通の人間にしてあげること、できるかもしれない。私の魔力コントロールは、シスより上よ。あの姿のクラリス様よりもずっと上。で、その対価としてあなたは私に何をくれる?」
「ふ、普通の人間に……?」
 ダランは戸惑いながら、凪と虎王丸を見た。
「そうね、そのシスお姉ちゃんの力、もらってもいい? それを上手く自分のものにできれば、私ももう少し生きられるかもしれないから」
 ディセットは、ドアの向こうで様子を見ている男の子に手を伸ばした。
 男の子はぱたぱた走りより、ディセットに抱きつく。
 優しく、ディセットは男の子の頭を撫でた――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。いつもありがとうございます。
今回は、序盤のみ個別になっております。
引き続き、この場所からの行動でも構いませんし、一旦帰ったとされても構いませんが、しばらく時間が空いた際には、一旦帰ったとさせていただきたいと思います。
続きの発注(『命運』をご選択ください)も心待ちにしておりますが、ご無理のないペースで、ご参加いただければと思います。
またどうぞよろしくお願いいたします。