<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『命運〜裏と表と〜』

 明け方。
 ワグネルは一人、黒山羊亭を出た。
 近頃、酒を美味く飲めていない。
 今日もまた、小さくため息をつきながら、頭を軽く掻いていた。
 人通りの少ない街路を歩き、路地裏へと進む。
 小汚く、近寄りがたい建物に近付いて、ドアを開けた。
 地下へ下りる階段がある。
 ドアを閉めれば一切の明りは届かない。
 闇へと続く階段を、ワグネルは躊躇することなく下りた。

 ここは、一般人には知られていない酒場だ。
 ワグネルはカウンターに近付くと、マスターに問う。
「ゼルフェデク・ヴィザールって名前に聞き覚えはねぇか? 偽名だとは思うんだが」
「ゼルフェデク? 聞いたことがねぇな」
「そうか……」
 ワグネルはまた一つ、ため息をつく。
 ギルドや酒場、聖都の様々な裏情報の集まる場所に足を運んだが、これといった情報は得られていない。
“ゼルフェデク・ヴィザール”
 そう名乗る者から、ワグネルに依頼があったのは、数週間前のことだ。
 報酬は破格であったのだが、依頼の内容にいくつもの疑問を感じた為、エスメラルダから話を聞いた時点で軽く断ってしまったのだ。
 断った選択は間違いではない……と思っている。
 後日聞いた結果によれば、やはりその依頼には裏があったらしい。その作戦において、自分や以前組んだことのある仲間達は罠に嵌められ、手ひどい目に遭っていた可能性がある。
 今回に於いては、集った者達の活躍により、彼等自身は事なきを得たらしいのだが――。
 しかし、それ以来、キャトル・ヴァン・ディズヌフの姿が見えない。
 エスメラルダの話によれば、ゼルフェデク・ヴィザールという男に連れていかれ匿われている。とのことだが、ワグネルは全く信用していなかった。
 事実、ゼルフェデク・ヴィザールという騎士は存在しない。

 ふらふら街中を回った後、昼過ぎにワグネルはあの場所へと向うことに決めた。
 キャトルが父と慕っている人物――ファムル・ディートの診療所だ。
 ワグネルの場合、キャトルが心配というか、キャトルを見捨てた自分の立場が心配であるため、近付きにくい場所ではある。
 エスメラルダから依頼を聞いた時には、彼女のことは深く考えてはいなかった。キャトルを囮にといという話は聞いてはいたのだが、ワグネルの意識に、深く印象づかなかったのだ。
 しかし受けた別の依頼で、キャトルの友人であるミルトという少女に、花火をプレゼントした際、言われてしまった。
『キャトルちゃんと、皆で花火を上げる時には……』
 今はまだ怖くて笑えないけれど、その時には笑顔を取り戻せる。
 そういう意味の言葉だ。
 その手前。
『危険なことに使われんのは知ってたけど、わが身可愛さにパスしちまったー』
 とか、プライドにかけて言えないし。
『囮に使われるキャトルがあのキャトルだとは思わなかったー!』
 などという誤魔化しが通用するとは思えない。
 黙っていても、ミルトがキャトルを探し始めれば、あの依頼や、ワグネルにも打診があったことは、そのうち彼女の耳に入るだろう。
「ワグネルさん!」
 突如、呼び止められ振り向く。
 走り寄ってきたのは――フィリオ・ラフスハウシェだ。
 フィリオとはキャトルやミルトが捕らえられた事件で、組んだことがある。彼は、あのゼルフェデクと名乗った人物からの依頼に関わった人物でもある。
「ああ、あんたか。あのさ……キャトルの行方知らないか?」
「キャトルの行方、知りませんか?」
 二人は、同じ内容の言葉を、同時に発した。
 昼間から街をふらついている理由は同じようだ。
 ワグネルとフィリオは、互いが集めた情報を交換することにする。
 ワグネルが集めた情報は、裏ルートの情報だ。といっても大した情報は得られておらず、ゼルフェデク・ヴィザールという騎士は存在しないということと、隣国アセシナートの手がエルザード城まで伸びているというそこそこ信憑性のある噂を聞いた程度である。
 一方、フィリオが集めた情報は、表ルートだ。彼女とゼルフェデクという人物が向った先を探り、怪しい施設へは無茶を承知で乗り込んだという。
「少女誘拐事件や集落の事件ですが、自警団の報告や調査依頼については、全て抹消されているようです。こちらから問い合わせても、一切の返答がありません」
「やはり相当な立場にいる奴が関与してんだろうな」
 となるとワグネルとしては、できることなら極力関わりたくない事件なのだが……。
「そういやぁ」
 ワグネルは何度目かのため息をついた後、観念して道具袋から、小さなカプセルを取り出した。
「これは……!」
「自警団が押収した薬についても、結局効果は知らされてないんだろ?」
 ワグネルが取り出したのは、集落の子供達が飲んでいた薬であった。
「はい」
「国の息がかかった施設じゃダメだな」
 薬の成分を調べる場所として、二人は同じ場所、同じ人物――ファムル・ディートを思い浮かべ、頷きあった。

**********

 ファムルはキャトルが訪れる以前のように、無精髭を生やしたままの姿で、二人を迎えた。
 やはりキャトルはあの日以降、ここを訪れてないないようだ。
 キャトルからの手紙を受けとったファムルは、国に保護されているという言葉を信じ、さほど心配はしていないようだった。
 詳しい事情は話さなかったが、多額の報酬を約束すると、ファムルは喜んで薬の分析を引き受けた。
 二人は研究室に通され、分析を手伝わされた。
 合間に、本棚が目に留まった。
 薬品や錬金術に関する沢山の本が並べられている――片隅に、他の本とは違う本が収まっていた。
『パパに愛される娘になる(はあと)』
『お兄ちゃんに愛される10の方法』
『大切な人と、一生の親友になるためには』
『仲間と分かち合おう!』
『もっと男を知る本』
 キャトルの本のようだ。
 多分、手伝いの合間に一人で読んでいたのだろう。
 ワグネルもフィリオも、その本に気付いたが、何も言わなかった。

 分析は数時間に及んだ。
 一通りの検査を終えたファムルは、厳しい顔つきであった。
 診療室のソファーに座り、ワグネルとフィリオは結果を聞くことにする。
「これをどこで……とは聞かない方がよさそうだな」
 そう、ファムルは前置きをした。
「一日程度の分析では、詳しい製法などはわからんが」
 腕組みをして目を閉じ、ファムルはため息をつく。
「治癒能力を上げる薬、だろ?」
 焦れながらワグネルが言うと、ファムルは目を開き、二人を交互に見た。
「そう単純なものではない。これは、高い治癒能力、体力を有した生きた細胞だ」
「どういうことです?」
 フィリオが問う。
 続く言葉は、二人にとって衝撃的であった。
「高位種族の身体の一部だ。必要な能力に関係する細胞を取り出し、凝縮したものがコレだ」
「身体の一部って……髪とか爪?」
 ワグネルの言葉に、ファムルは首を横に振った。
「髪や爪は、死んだ細胞だ。生きた細胞でなければダメだ。生きた細胞が肉体に入ることにより、材料となった人物が持つ治癒能力や特殊な力を一時的に得ることができる――そういう薬だ」
 その薬は、生きた生物から作られたのだという。
 生きた細胞を殺さずに薬へと変える。
 体内に入った異種族の細胞が、肉体に変化をもたらす。
 拒絶反応により、服用者が死ぬこともあるだろう。

 ワグネルは一人、先に診療所を後にした。
 キャトルは奴等に血を採られていた。
 彼女のなんらかの能力に目をつけ、攫われたのだとしたら――。
 もう、バラされてるかもしれねぇ。
 そんな言葉が、頭を過ぎった。
 生きていたとしても、指や、手や、足――身体の一部を失っていたとしたら。
 そんな彼女を見て、友人のミルトは笑えるんだろうか。

 暑い夏に、花火を見て飛び跳ねていたキャトルの姿が思い浮かぶ。
 例え、飛び跳ねることができなくなっていたとしても……。
 死んじまうよりは、マシなんじゃねぇか?
 そう思いながら、ワグネルは深夜の街を歩いていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
ワグネルさんが本気になれば、スキル的に色々探れそうな気がします。
しかし、少しでも踏み外せば、非常に危険な目に遭いそうですが……。
連作の方にもご参加いただければ幸いです。
この度は発注ありがとうございました。