<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『命運〜表と裏と〜』

 毎日のように、城に足を運んでいた。
 しかし、何一つ情報は得られない。
 あの男のことも。
 事件のことも。
 そして、迎えに行くと約束をした、少女のことも――。

 フィリオ・ラフスハウシェは、早朝から足早に街を巡っていた。
 開いている店は少ない。それでも、時間を無駄にはしたくなかった。
 自警団の資料から、犯罪に利用されそうな場所……今は使われていない倉庫や、建物などをピックアップし、探し回る。
 国に届出を出していない施設には、直接赴いて探りを入れ、特に怪しい場所へは無茶を承知で踏み込んだ。
 上から、処罰を受けるかもしれない。
 しかし、「上」と接触できるというのなら、それはそれで好都合だ。
 自分達を操り、情報を掴み、握りつぶしている者が存在しているかもしれない。

「くっ……」
 この場所にも、何も手がかりはなかった。
 進展がないことに苛立ち、フィリオは思わず壁を殴った。
 考えが浅はか過ぎた……っ!
 近衛騎士団という肩書きの大きさに惑わされて、最も怪しい点から目をそむけてしまった。
 ……なぜ彼は、国直属とはいえ尻尾も出さずにいた連中から、こうも簡単に詳細な情報を得ることが出来た?
 “ゼルフェデク・ヴィザール”と名乗ったあの男が、金髪のキャトルの写真を持っていた。それは事後にエスメラルダから聞いた話だった。
 なぜ外に出る時は滅多にしない、元の髪のままのキャトルの姿を撮ることができて、その人物の名前を知ることが出来ない?
 キャトルは普段、薬で髪を黒く染めている。金髪の彼女を撮れるということは、親しい間柄のはずだ。
 フィリオ自身はその写真を見ておらず、エスメラルダに詳細を訊ねたのだが――。
 写真に写っていた彼女の状態、服装。それは、あの時の彼女だった。
 フィリオとキャトル・ヴァン・ディズヌフが初めて出会った場所。
 天井が硝子張りになっている、牢の中。魔物の巣に囲まれた場所、だ。
 彼女はそこで、捕らえられ縛られていた。
 あの時のキャトルの腫れた顔は、深く印象に残っている。
 なぜ、その写真を手に入れることができた?
 疑問が次々と浮かび上がり、フィリオを苦しめた。
 不安が消えない。
 湧き上がる疑念に、フィリオは首を大きく左右に振った。
 小さく息をつき、前を見据える。
「この予感、取り越し苦労であってくれればいいのですが……」
 キャトルは、近衛騎士団に匿われている。
 そう信じたかった。

 不安が拭えず、フィリオは無理矢理にでも時間をつくり、キャトルの居場所を探し回っていた。
 万が一の為、ユニコーンの万能薬など、効果の高い回復系の薬も購入しておく。
「おお、この二人に似た人物が、確かに通っていたぞ」
「本当ですか!?」
 老人の言葉に、つい大声を上げてしまった。
 キャトルとゼルフェデクと名乗った男の似顔絵に、その老人が反応を示したのだ。
「わしは、毎日外ばかり見てるからのー。多分この二人だと思うぞ」
 街外れの小さな民家である。
 その先に広がっているのは、広大な台地。
 若者が冒険を求めて進む以外、何の目的があって、この場所から外の地へ出る必要があるのだろうか。
 二人は、一頭の馬で、この場所から旅立ったという。

 不安が確信へと変わっていく。
 フィリオは、再び城を訪ねる為、大通りに戻ってきた。
「ワグネルさん!」
 見知った顔に、思わず声を上げる。
 振り向いた黒髪の男は――今回の事件を知る人物の一人、ワグネルだ。
「ああ、あんたか。あのさ……」
 ワグネルは浮かない顔だった。
「キャトルの行方知らないか?」
「キャトルの行方、知りませんか?」
 顔を合わせるなり、二人は同じ内容の言葉を、同時に発していた。
 フィリオとワグネルは、互いが集めた情報を交換することにする。
 ワグネルが集めた情報は、裏ルートの情報だ。といっても大した情報は得られておらず、ゼルフェデク・ヴィザールという騎士は存在しないということと、隣国アセシナートの手がエルザード城まで伸びているというそこそこ信憑性のある噂を聞いた程度である。
 一方、フィリオが集めた情報は、表ルートだ。彼女とゼルフェデクという人物が向った先を探り、怪しい施設へは無茶を承知で乗り込んだ。
「少女誘拐事件や集落の事件ですが、自警団の報告や調査依頼については、全て抹消されているようです。こちらから問い合わせても、一切の返答がありません」
「やはり相当な立場にいる奴が関与してんだろうな」
 フィリオの言葉に、ワグネルが目を細める。
「そういやぁ」
 ワグネルがため息をついた後、道具袋から小さなカプセルを取り出した。
「これは……!」
「自警団が押収した薬についても、結局効果は知らされてないんだろ?」
 ワグネルが取り出したのは、集落の子供達が飲んでいた薬であった。
「はい」
「国の息がかかった施設じゃダメだな」
 薬の成分を調べる場所として、二人は同じ場所、同じ人物――ファムル・ディートを思い浮かべ、頷きあった。

**********

 ファムルはキャトルが訪れる以前のように、無精髭を生やしたままの姿で、二人を迎えた。
 やはりキャトルはあの日以降、ここを訪れてないないようだ。
 キャトルからの手紙を受けとったファムルは、国に保護されているという言葉を信じ、さほど心配はしていないようだった。
 詳しい事情は話さなかったが、多額の報酬を約束すると、ファムルは喜んで薬の分析を引き受けた。
 二人は研究室に通され、分析を手伝わされた。
 合間に、本棚が目に留まった。
 薬品や錬金術に関する沢山の本が並べられている――片隅に、他の本とは違う本が収まっていた。
『パパに愛される娘になる(はあと)』
『お兄ちゃんに愛される10の方法』
『大切な人と、一生の親友になるためには』
『仲間と分かち合おう!』
『もっと男を知る本』
 キャトルの本のようだ。
 多分、手伝いの合間に一人で読んでいたのだろう。
 フィリオもワグネルも、その本に気付いたが、何も言わなかった。

 分析は数時間に及んだ。
 一通りの検査を終えたファムルは、厳しい顔つきであった。
 診療室のソファーに座り、フィリオとワグネルは結果を聞くことにする。
「これをどこで……とは聞かない方がよさそうだな」
 そう、ファムルは前置きをした。
「一日程度の分析では、詳しい製法などはわからんが」
 腕組みをして目を閉じ、ファムルはため息をつく。
「治癒能力を上げる薬、だろ?」
 焦れながらワグネルが言うと、ファムルは目を開き、二人を交互に見た。
「そう単純なものではない。これは、高い治癒能力、体力を有した生きた細胞だ」
「どういうことです?」
 フィリオが問う。
 続く言葉は、二人にとって衝撃的であった。
「高位種族の身体の一部だ。必要な能力に関係する細胞を取り出し、凝縮したものがコレだ」
「身体の一部って……髪とか爪?」
 ワグネルの言葉に、ファムルは首を横に振った。
「髪や爪は、死んだ細胞だ。生きた細胞でなければダメだ。生きた細胞が肉体に入ることにより、材料となった人物が持つ治癒能力や特殊な力を一時的に得ることができる――そういう薬だ」
 その薬は、生きた生物から作られたのだという。
 生きた細胞を殺さずに薬へと変える。
 体内に入った異種族の細胞が、肉体に変化をもたらす。
 拒絶反応により、服用者が死ぬこともあるだろう。

 一通り説明を受けたあと、フィリオは思わず頭を抱え込んだ。
 フィリオは、キャトル自身から聞いている。
 彼女は魔法耐性が非常に高い。
 身体組織が正常ではないため、魔法は使えないが「魔女」という特殊な種族であるという。
 そして、肉体が滅びた後、天での暮らしが約束されている――異世界の神に近しい存在であるということを。

 彼女が捕縛されたあの時。
 何者かが、彼女の身体の情報を得ていたのなら――。

 キャトルには多くの姉がいるという。
 そして、彼女が弟と呼んでいる存在、ダラン・ローデス。
 彼等もまた、キャトルと同じ異種族の血をひいているのだろう。
 しかし、キャトルが捕らえられているとしても、彼女がそれを漏らすとは到底思えない。
 奴等が彼女の血縁者に接触してくる可能性は低いだろう。
 そのルートからも探れそうにない。

「フィリオ君?」
 ファムルの言葉に、顔をあげる。
 既に、ワグネルの姿はなかった。
 フィリオは立ち上がる。
 時間がない。
 自分はどう動けばいい?
 君はどこにいる……?

 夜の風は思いの外冷たかった。
 月の光が広場を妖しく映し出している。
『待ってるからね』
 キャトルが発した言葉が、フィリオの脳裏に響いていた――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
どんな展開になるのかは、ご参加くださる皆様の行動次第ですが、おそらく今後も厳しい状況が待ち受けていると思います……。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
発注ありがとうございました。