<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


Tale 01 singing 千獣

 ひとの中にいる異形の自分。
 …そんなこと、考えたことも、なかった。



 森と言うには拓けていて。
 でも森じゃないと言うには緑が少なすぎる場所で――ひとの目が届きすぎる場所で。

 特に、珍しいことでもなかったのだけれど。
 怪我をした。
 すぐ治った。
 でもその時。
 ひとが、見ていた。
 私のことを。
 怪我したことは珍しくなくとも、それをひとに見られたのは、珍しい。
 見た、そのひとは。
 大丈夫!? と、大声上げて私に近付いて来て。
 目の前で怪我がすぐ治る様に、驚いて。
 …むしろ大声上げて迫られた時点でこっちが驚いたのだけれど。
 そのひとは私の怪我が治る様を見て驚いた後すぐに、今度はよかったよかったと心底ほっとしたような笑顔を向けてきた。
 …反応に困った。
 なんだか、くるくると表情がよく変わるひとだ。
 …このひとのすることは特に私の命に関わりそうでもない、と思えた。
 だからかもしれない。…目まぐるしく変わるこのひとの話す言葉に、表情に、態度に付いて行けない。
 森に棲む獣やら魔物の動きだったなら、ごくごく僅かな変化にもすぐに細かく反応して先回りして動けるのに。
 なのに今の場合は、反応できない。

 …気が付いたら、そのひとに手を引かれて連れて行かれていた。
 なんで大人しく連れて行かれたのだろうと後で思った。
 自分と同じ形のいきもの、だったからかもしれないと考えた。
 森に棲む獣でも魔物でもない――弱いようで強く、強いようで弱いこのいきもの。
 ほとんどまともに話したこともない。けれどずっと、興味があったから。

 ――――――人間、に。



 手を引かれ連れて来られたのは賑やかな街並み。
 ひと、ひと、ひと。
 自分と同じ形のいきものがたくさん歩いていることに驚いてくらくらした。
 ここは聖都エルザードのアルマ通りだよと教えられた。
 私の手を引いているひとに。
 赤みがかった淡い色の髪の毛の、軽やかに歩くひと。
 後ろから見える短い髪の毛のその毛先も軽やかにはねている。歩くたび、弾むみたいに揺れている。
 …それは勿論、森の獣の方がずっとずっと足の運びは軽やかである。素早いし力強いし、余計な動きは一切しない。それと比べればこのひとの歩き方は何か色々と無駄が多いし動きも鈍いんだとわかっている。
 でもそれでも何故か、このひとの歩き方を見て――軽やかで好ましいなと思ってしまう自分がいる。…自分もそうしてみたいように少し思う。でもきっと、同じようにはできないのだろうなとも思う。私も、人間の形をしたいきものなのに、こうは、できない。
 このひとは歩きながら私に話をしてくれる。
 私に笑いかけて、取り敢えず白山羊亭に行こう、って。
 …人間の場合、歯を見せるのは――笑うのは威嚇じゃないとは少し前に一応覚えた。
 それでもやっぱり反射的に警戒してしまうのだけれど。
 でも、このひとに敵意も殺意もないのは確かだから。
 だから今、私はこのひとの手を振り払わずに――このひとから逃げることを、このひとに牙を剥くことを考えずにいられる。

 じゃーん、と私の手を引いているひとが、ひとつのお店に向け、空いている方の手を翳すように差し伸べた。
 ここが白山羊亭だよっ、と、そのひとの元気な声が私の耳に教えてくれた。
 …いちいち大きな声を出されると、私はそれだけでもまた…少しびくりとしてしまうのだけれど。



 名前は一番初めに聞いた気はするけれど忘れていた。
 …と言うより聞き逃がしていた…と言う方が正しいらしいと店にいた他のひとたちの反応でなんとか理解した。…どうやらそんなことは多々あるらしい。
 私をここに連れてきたひと――シェリル・ロックウッドは元気過ぎて空回りすることが多いひとらしい。店の客らしい大柄なひとが、丁寧に噛み砕いて私をここに連れてきたひとのことを色々教えてくれる。彼女はここの近所にある店の主だと言うこと。こいつのセールストークに負けなかったとはなかなかのツワモノだな嬢ちゃん、とも言われた。何のことだかよくわからなくてきょとん。
 セールストークってなんだろう。
 取り敢えずここに来るまでの間、何やかやとシェリルから話を持ちかけられた気はするけれど…残念ながら私には内容がほとんどよくわからなくて、反応らしい反応が何もできなかった。そうしたらシェリルからは逆に残念そうな態度を取られもした。…興味ないか、と肩竦めて苦笑。
 セールストークってこの時の話のことだろうかとは漠然と思う。…何を意味する話なのかはよくわからないけれど。
 色々教えてくれた大柄なひとを改めて見てみる。
 …がっしりした身体の大きさとか髪とか髭とかからして森の中にいても違和感ないような見た目のひと。
 でも違う。
 そのひとは――動きやすそうな服の上に鎧をまとい、剣まで持っている。
 なら、このひとは絶対に森の中にいるようなひとじゃない。
 剣士とか戦士とか冒険者、と言う種類のひと。
 どうやらこの白山羊亭と言う店にはそんなひとが多く集まるらしい。
 飲み物や料理を持ってきてくれたルディアと言うひとが、そう教えてくれた。
 彼女はここの看板娘なんだよとも、他の客のひとが教えてくれた。
 …看板娘ってなんだろう?
 聞きそびれる。
 卓の上、私の前に置かれた飲み物をちょっとだけ飲んでみる。
 おいしい。
 毒の味はしない。森の果物の味がする。

 大柄なひとは私の前にあるものとは違った大きめの器に入っている飲み物をごくごくと飲んでいる。
 シェリルもそれと同じ器の飲み物をごくごくと喉を鳴らして飲んでいる。
 ほとんど同時にぷはーと息をつき、他の客――そこの席には私もいる――とまた話を始める。…そうは言っても私はほとんど口を開かない――私は何処のタイミングで何をどう話したら良いのかわからなくて口を開けないだけなのだけれど。ともあれ、私以外のひとたちの間では盛り上がっている。
 大柄なひともシェリルも、彼らと同じ飲み物を飲んだひとたちは、顔が赤い。
 酔っているのはわかった。
 …油断、している。
 私がいるのに――私のような、遇ったばかりの相手がすぐそばにいるのに。
 特にシェリルはさっきの私の姿――森の外れで倒した魔獣に、最期の足掻きで負わされた怪我が瞬く間に治ったところ――まで見ているのに。
 そんな私の前で平気で、そんな姿を晒している。
 くるくると忙しそうに店の中を動き回っている、飲み物や食べ物を持ってきてくれたひと――ルディアともよく一緒に話している。
 笑い合っている。
 楽しそうに。
 …そんな喜びに溢れているのだろう感情は、取り敢えず見てわかる。

 でも、話していることがすごく遠く感じる。
 多分『人間』なら、普通の話題なんだろうと思う。
 他愛無い話。
 あまり意味が無い気がする話。
 必要なのかどうかわからない話。
 …食べることに直接繋がる話じゃない。
 …縄張りのことに直接繋がる話じゃない。
 …子孫を残すことに直接繋がる話じゃない。
 …生きることに直接繋がる話じゃない。
 なんでこんなに色々、人間は必要そうじゃないことをたくさん話すんだろうと思う。

 …私のよく知ることが話の中にでてきた。
 魔獣、幻獣、数多の獣。
 森の中に潜む野生と魔性。
 でも。
 私はその話に入ってはいけない、気がした。
 話している言葉通りにだけ聞くならば、このひとたちの考えは私の考え方と同じだと思う。生きるため。襲われたから。だから倒した…でもなにか、言葉には出してない根っこの部分で、私とこのひとたちは考えていることが違うと思った。
 なんで襲われたか――縄張りを侵したから。
 そこまではまず同じ。
 ただ。
 なんで縄張りを侵したか――私の場合は、そこに獲物がいたから。ずっと各地を渡り歩いていたから、自分の縄張りなんか初めから持ちも作りもしていなかったから。…行く道は何処も誰かの縄張りになっている。留まることをしない以上、行く先々の縄張りに割り込んで進むしかないから。数多の獣を宿した酷く凶々しく獰猛な気配の自分。誰からも受け入れてもらえるわけもないから。食べていくためにはそうするしかないから。
 生きるためには仕方がなくて。必要で。
 でも。
 人間の場合は。
 なんで縄張りを侵したか――そこに魔物がいると何処からか話を聞いたから。それまでに直接襲われたわけじゃなくても見たこともなくても、何をされたわけでなくとも魔物であるだけで怖いからいつ襲われることになるかわからないからわざわざこちらから出向いて先に倒す。力試し。名声のため。富のため。…その魔物が財宝を守っていると言う話だから。縄張りを横取りできるから。住める場所、使える場所、ひとに仇なす魔物のいない安全な場所が増やせるから。…そうなる。
 生きるためにすぐ必要だから、じゃない。
 …生きるためにすぐ必要じゃないのに、どうしてわざわざ倒しに出向くのだろう?
 なんでそんなことができるんだろうと思う。
 私はただそこにいるだけのものを敵とは思わない。
 敵意を殺意を圧力を向けられて初めて、敵になる。
 お腹が空いている時じゃなければ獲物は殺してとったりしない。
 命に関わる時じゃなければ別に動かない。どんないきものでも、気にも留めない。
 でも。
 人間はそんなことにはこだわらない。気にしない。
 ただ、闇雲に先に手を出す。
 やらなければやられるなんて見当違いなことを言って。
 わざわざ自分から敵を作りに行く。
 必要以上に縄張りをどんどん広げる。
 野生の決まりは守らない。
 …ああ、そこが違うんだと漠然と思い至る。
 だからなんだか、落ち着かないんだとわかった。
 根っこのところで、違ういきもの。
 同じ形のいきものなのに。
 違うんだ。
 そう思った。
 そう思ってしまった。
 そう思ったら。
 …ここにいてはいけない気がした。



 気が付いたら店を飛び出していた。
 すぐ、シェリルの声が聞こえた――シェリルから呼ばれた気がするけれど、立ち止まらなかった――立ち止まれなかった。白山羊亭から飛び出して私はただそのまま走り続けた。何処に向かってどう走っていたかなんてわからなかった。周りの景色は皆同じに見えた。同じような建物が立ち並ぶ、ひとの手が入り丁寧に舗装された道。
 自分が何処にいるのかわからなくなるまでにあまり時間はかからなかった。通りすがりに見知らぬひとから話しかけられた。どうしたんだい。何かあったのかい。それだけでまたびくりと慄いてしまう。反射的に怖いと思ってしまう。ひと、だから。私は自分がひとだとは思っている――私がひとの形をしたいきものだと言うことは知っている。けれど私は長い間、ひとの中で生きては来なかった。獣や魔の中で生きてきた。だから私が教わってきたことは、獣や魔の考え方になるのだと思う。ひととは違う考え方なんだとひとの中に入って初めてわかった。
 逃げるように走り続ける。いや、事実私は逃げている。別に命の危険があるわけじゃない。でも怖くて逃げている。私は何に怖がっているのだろうと考える。…わからない。わからないから逃げている。わからないから怖いんだ。…そんな気はしている。でもはっきりとは言えない。ただ、ここにいてはいけない、早く行かなければとだけ思う。何処へだかまでは考えられていないのだけれど。
 ただただ逃げる中、誰かとぶつかりそうになる――と言うか、その誰かの方からわざわざ私にぶつかってこようとしているのがわかった。何故なのかよくわからなかったが、そのこと自体に何か鋭く研ぎ澄まされた害意を感じ、私はその相手に反射的に牙を剥いた。威嚇。喉から唸り声も捻り出す。これで、相手が退けば楽に済むのだが。
 思い、実行する。
 ひっと息を呑み、退いた相手。
 …見たらまだ、私より小さいような、子供。
 ぺたんと尻餅をついてしまいがたがたと震えている。
 怯えて声すら出ないような姿。
 …すぐに、相手が弱者とわかった。
 武器も何も持っていない、戦いを旨とするような種類のひとでもないことがわかった。
 途惑う。
 …今この相手から向けられた鋭い害意はなんだったんだろうと思う。
 相手を間違えた筈などないのに。絶対に今のは、この子供なのに。
 慌てて牙を引っ込め、次の一手のために獣化させかけた腕を途中で止める。…これ以上どうこうする理由は何処にもない。
 が。
 その時には――周囲から向けられる意識が明らかに変わっていた。
 恐怖と敵意。
 理由に、気付く。
 今、私がしたのは獣のやり方だ――そしていきなり牙を生やしたり腕を獣化させるのは魔のやり方だ。
 どちらもひとのやり方じゃない。
 ここは、街中。
 …ひとのルールを守らなきゃ、駄目な場所。
 騎士団を呼べ、魔物が紛れ込んでいる、暴れている――そんな声がところどころから聞こえる。やってしまった。ひとのルールに照らして一番まずいこと。
 理解するなり、できることは一つだけと悟る。
 その一つだけのこと――私はすぐに身を翻し、その場から再び駆け出し、逃げた。さっきまでみたいに闇雲にじゃなくて、目的を持って逃げた。街の外。とにかくひとのいない場所。ひとの来ない場所。
 思考とほとんど同時に、走るための手足は適した形に獣化させてある。
 …この身に宿る獣の力を借りた私の速さには誰も追いつけない。



 エルザードの外れまで来た。
 …ここまで来ればもう、追ってはこないだろう。
 手足の――四肢の獣化を解く。
 ほっとすると同時に、なんでこうなっちゃうんだろうと思う。
 普通にしているつもりなのに、ひとの中だとそれが普通じゃないから。
 自分が異形なのだと思い知らされる。
 ひとと同じ形のいきものではあるけれど。
 私は獣の中でずっと育って。
 魔の力さえ、取り込んで持っている。
 …私はどれでもあって、どれでもない。
 私はどこにいても普通じゃない。
 誰とも、違う。
 私はいったい何なんだろうと思う。

 思いながら、街を離れる。
 また、森に行こうかと思う。
 その方がまだ、楽だから。
 …森のルールはシンプルで、わかりやすくて守りやすいから。

 そう思い、歩く道で。
 不意に。
 大丈夫ですか、酷くお疲れのようですが、と控えめな声をかけられた。
 …寸前まで、何の気配もしなかった。
 けれど同時に。
 敵意も殺意も感じなかった。
 けれど、ぞっとした。
 自分と匹敵する獣の気配と思った。
 けれどその姿は、ひとだった。声のかけ方も、ひと。ただそこにいるだけの。…いや、ひとなのだろうか?
 反射的に振り返って確認するなり、そう疑問が浮かぶ。
 見る限りは、ひとの形。見慣れないゆったりした服を着ていて、長い黒髪を頭の後ろ高い位置で括って流してあるだけの。なにか布の包みを胸の前で持っている。持っているその手首には無骨な枷のような鉄の腕輪が見えている。そこから繋がり、同じ色の煌き――鎖がちらりと一本垂れているのも。
 よく見ればその鎖は、そのひと?のもう片方の袖口からも一本垂れていた。…こちらの手首にも同じ物が付けられているのだとわかる。
 …何処かに繋がっているわけではないようだけれど、ただの腕輪ではなく枷だと直感した。
 私の使っている呪符と何処か似ている感じがした。
 誰なんだろう、と思った。



 …わざわざ逃げて来た筈なのに。
 私はまたさっきと同じように、私に大丈夫ですかと声をかけてきたひと――佐々木龍樹と名乗られた――に連れられて、なにかの店らしい場所に訪れていた。街から随分外れている場所の一軒屋。どうやらこのひと自身がこの店の主でもあるらしい。
 筒状の器に入った飲み物まで出された。…こんなことまでさっきと同じである。
 今度は、毒ではないけれどなんだか少し苦い。
 と、私が何も言わない内から、すみませんお茶はお口に合いませんでしたかと龍樹はあたふたしていた。…苦いと思ったのが顔に出ていたらしい。
 私は違うと横に首を振る。そんなことは重要じゃないから。それより私がまたこうやって、さっきと同じように見知らぬひとに付いて来てしまったと言うことの方が問題で。何故だろうと考え込む。多分、この佐々木龍樹と言うひとから獣のような気配がしたからだと思う。でも、ただ獣の気配がしただけだったなら別にこんな気にはならないとも思う。そうじゃなくて、このひとはなんだか自分と似たような、そんな感じが少しだけしたから。だからだったんだろうと思う。
 それも――自分はいったい何なんだろう、と思った矢先にこんなひとに遇うなんて。
 このひとは、私と同じようなことを考えたことは、あるんだろうか?
 興味が湧いた。

 少し、話してみる。
 自分が人間であること。
 獣であること。
 魔であること。
 人間の考え方。
 獣の考え方。
 魔の考え方。
 …瞬く間に怪我が治るのを見られた時のこと。
 その時に遇ったひとのこと。
 白山羊亭に連れていかれた時のこと。
 その時の話で感じたこと。
 何だか居た堪れなくて逃げたこと。
 逃げている途中で、自分に害意を向けた上でぶつかって来ようとした子供に遇ったこと。
 その子供にぶつかられる前に威嚇をしたら、周囲の様子が変わったこと。
 今度は自分が魔物として追われることになったこと。
 それで街から更に逃げてきて今に至る。
 …全部確り話せたとは思わない。ただでさえ私はあまりひとの話す言葉を知らないから、上手く説明できている気がしない。上手く説明できていたとしても、それをひとが聞いて理解してくれるだろうかと言う不安もある――理解されたらされたでまた恐れられたり襲われたりする可能性も考えられる。でも今いるのはこのひと一人しかいない上に人里離れた一軒屋だったから、そんなことになってもどうにでもなる――必要なら倒すこともできるだろうし、いつでも安全に逃げられる余地がある。そう思ったから素直に話せたとも言うのだけれど。
 龍樹は私の話を黙って聞いていた。…こちらの言いたいことを全部理解した上で、確り受けとめて何か応えてくれようとしているようにさえ、思えた。
 少しして。
 まず、その子はかっぱらいだか巾着切り目的だったんじゃないですか、と言われた。
 …害意を持ってぶつかって来た子供のことらしい。
 かっぱらいとか巾着切りってなんだろう。そう思っていると――スリと言った方が通りがいいでしょうか。他人様の懐の金品を狙って掠め取る行為です、とこちらで何も言わない内に説明らしく続けられた。…考えていることが読まれた。そのこと自体に警戒の必要を感じる。
 けれど同時に、その説明で腑に落ちる。それならあんな弱そうな子供から、研ぎ澄まされた害意が向けられることもありうるのかもしれないと思う。正面切って戦う必要がないのなら。他者から必要な物を掠め取る。それが生きる手段なら、ひとの子供でもあんな形で牙を剥いたりするのかも。
 そんな風に生きるいきものは…森でもいないこともない。
 龍樹からは更に言葉が続けられる。…人の中で生きたいと願うなら、少しずつ慣らして行けばいつか普通に人の中に居られるようになりますよ、と。私の今日の失敗のこと。何処がまずかったかわかったら、次はそうしないようにして。少しずつ慣らして行けば良い。白山羊亭の人たちは確り話せばよくわかってくれる人たちだし、考え方の違いに引っ掛かるような話題になったのは、ひょっとするとタイミングが悪かっただけかもしれない、とも。…どうやらあの店は半獣な種族のひととか様々な事情や立場を持つひとも多く来訪するらしいので、本来、考え方は人間側にばかり偏る事もなく結構大らかなのだとか。
 一気に変える必要なんてない。いきなり馴染める訳がないんですから、そこで無理をしても自分が辛くなるだけです。…まぁ、かく言う私も、ある意味貴女と似たような状況だと言えそうなんですが。普通に人の中に居る事ができないからこそ、街から離れたこんな場所に住み着いている訳で。
 今度はそんな風に、続けられた。
 と。
 店の外――私たちがいる部屋の外から、おや珍しい感じの客人が、とまた別の声が掛けられた。
 顔を出して来たのはまた別のひと。
 そのひとが顔を出すなり、蓮聖様、と龍樹がそのひとの名前らしきものを呼んでいた。私は反射的に警戒する――椅子から飛び退りいつでも攻撃に移れる体勢になった私の目を見た時点で、蓮聖様と呼ばれたそのひとは降参とばかりに顔を出したその場で立ち止まり顔の横で両手を小さく挙げていた。それ以上は動かない。
「…誰」
「貴殿に危害を加えるつもりは御座いませんよ。不肖の弟子の様子をと顔を出してみたら、偶さか貴殿が客人として居たまでの事。どうぞ拙僧の事は気になさらず、続けて下され」
「驚かせてしまったようですね。すみません千獣さん。こちらは風間蓮聖禅師。私の剣の師になります」
「蓮聖の名でだけ覚えて頂ければ」
「…龍樹の、師匠」
「父親のようなものです」
「それおかしい。蓮聖、子供」
 少なくとも、龍樹より。
「に、見えますかやはり」
 頷く。…そう見える。
 蓮聖は苦笑した。
「仕様が無いと思っちゃあいますが指摘されるとやはり堪える。見た目こうでも拙僧は結構年食ってるんですよ。少なくとも龍樹程度の子が居るくらいにはね」
「…」
 俄かに信じられない。
「ところで」
「?」
「先程、エルザードから出る時にシェリル殿に呼び止められましてね、『包帯を身体中にぐるぐるに巻いた上にマントを羽織っている、白い肌に赤い瞳、長い黒髪靡かせた女の子』を見なかったかと聞かれました。酷く心配されてましたよ」
「…!」
 ほとんど反射だった。
 蓮聖からそう伝えられた途端、また私の身体は勝手に動いていた。
 この店から、逃げる形に。
 …まだ、ひとの世界が付いて来た。
 でも。
 今度は――龍樹の声も付いて来た。…逃げる私の背に一言、掛けて来た。
 今度は聞く、余裕があった。
 店の出入り口まで辿り付き、そこから駆け出す直前、立ち止まれた。
 でも、振り返れない。
 逃げたい自分と聞きたい自分がいる。

 ――…諦めないで下さい。きっと貴女は自分の居場所を見付ける事が出来ますよ。いつか、きっと。

 いつか?
 だったら、いつかそうなったなら、私はまた別の生き方ができるようになるのだろうか。
 …それは、いつ?
 そんなこと、言わないで欲しい。
 できるわけがない。
 私は人間であって獣であって魔であって。
 同時に人間でも獣でも魔でもないんだから。
 そう強く思い、私は再び一度立ち止まったその場から駆け出した――逃げ出した。
 後ろを一度も振り返ることなく。
 森に、向かった。

 でも。
 頭の隅の何処かには、龍樹に言われたその言葉が残ってしまった、気がした。
 ………………いつかきっと、私でも自分の居場所は見付けられる、と。

【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■3087/千獣(せんじゅ)
 女/17歳(実年齢999歳)/獣使い

■NPC(□→公式/■→当方)
 □シェリル・ロックウッド/『白山羊亭』の御近所さん(『シェリルの店』主人)で常連
 □ルディア・カナーズ/『白山羊亭』のウェイトレス

 ■佐々木・龍樹/エルザードからちょっと離れたところにある一軒屋な古道具店店主
 ■風間・蓮聖/龍樹の師匠

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております。
 今回は発注有難う御座いました。…やっと窓開きました。シナリオ(とも言えないようなシナリオですが)公開してからどれだけ募集しないんでしょうね自分(滅)。折角御期待頂けていたようだと言うのに…。
 某聖夜の悪夢な話から前回のシチュエーションノベルに掛けて、お気に召して頂けていたようで安堵しております。…どちらも(実は)かなりびくびくしながらやらせて頂いていたので。
 それから色々と嬉しいお言葉も頂きまして。有難う御座います(礼)
 今回、発注頂いたのが三回目ではありますが…ライター通信らしいライター通信を書いたのは今回が初めてになるような気がしますので、当方こんな感じで作成期間上乗せした上に目一杯時間掛け、しかも無駄に長文気味になりがちなライターである事も改めてお伝えしておきます。そんな輩ですが宜しかったらお見知り置き下さいまし。

 今回は人の中にある千獣様、と言う事で、人の集まるところをあちこち渡り歩きつつ…何だか何処に行っても違和感あるような気がして落ち着かなくて、と言った方向になりました。ただ、淡々・ドライと言い切るには少々千獣様の態度が柔らか過ぎたかなと言う気もしているんですが…人の中に居る状況でそこを重視し過ぎると私の頭では指定NGに少々掛かってしまいそうな気もしたので(苦笑)このくらいの態度になりました。…そして…何だかうちのNPC連中とのやりとりは蛇足気味な気も無きにしもあらずなのですが(汗)
 如何だったでしょうか?
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Tale」内での人間関係や設定、出来事の類は、当方の他依頼系に参加される場合、そちらでは引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Tale」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。01とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝