<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『命運〜提案〜』

 子供を隣室へ連れていった後、ディセットは茶を淹れにキッチンへと向った。
 蒼柳・凪、虎王丸、ダランは彼女を待ちながら、小声で言葉を交わす。とはいえ、ディセットがシスに劣らぬ魔術師なら、自分達の声など、大きさにかかわらず、筒抜けなのだろうが。
「どうする?」
 凪の言葉に、ダランは顔を覆ってうな垂れた。
「できれば、なくしたくないんだ、かーちゃんの力」
 ダランは、凪と虎王丸に自身の想いを語った。
 この力は、自分と母親を繋ぐものであるから。
 自分の存在は、母の生きた証であり、この力が一番それを証明しているから。
 だから、消したくない。
 自分の中に、残しておきたい。……と。
「まだ、急を要するほどの事態じゃないし、時間はあるんだから、消さない方向で考えてみよう」
 ダランの言葉を聞いた凪は、そう言った。
 ……しかし、凪の頭の中に、先ほどのディセットの顔と言葉が浮かび、響いていた。
『それを上手く自分のものにできれば、私ももう少し生きられるかもしれないから』
 ディセットも、自分と子供の為に、幸福な今を続けたい――寿命を伸ばしたいと考えている。
 それは誰もが持つ感情。
 ダランが今、こうして元気に動いていられるのは、凪が持つ能力があってこそだ。
 万人が持つ願望に、関与する自分のこの能力――。
 一人の人間でしかない自分が、自分の判断だけで人の生死を選んでいいのか。
 凪は一人、能力を持つことの罪悪感を感じていた。
「凪」
 ダランに名を呼ばれて顔を上げれば、ディゼットが戻っていた。
 テーブルには、ティーセットが並べられており、既に虎王丸は紅茶と茶菓子を楽しんでいた。
「凪、どうかした?」
 思いつめた顔をしていたのだろう。ダランが心配そうに見ている。
「ううん、なんでもない」
 小さく笑みを浮かべた後、凪はディセットに赤い瞳を向けた。
「ダランの中にある力は、それもダランの一部だから、できれば消さずに残しておきたいんです。ですので、取引材料としては……魔女クラリス……さんから頂いた、マジックアイテムなんてどうでしょう?」
 言って、凪は斑模様のバンダナを取り出し、テーブルに置いた。
「おお? 見たことあるようなないような……」
 言いながらディセットは、バンダナを自分の頭に巻いて、目を閉じた。
 数秒後。
「これ、いい! 最高じゃん!! 是非戴きたいわ〜」
 ディセットは上機嫌になり、外した後もバンダナを離さなかった。
「アドバイス料としていただいておくわねっ」
「どう最高なんだ?」
 虎王丸には気分が悪くなるアイテムである。無論、使い道はあるのだが。
「頭の回転が早くなれば、より、素早く正確な魔術が使えるじゃない。魔術師向きのアイテムよ」
 そういわれると、少し惜しくなる。ダランが使いこなせれば、役立つアイテムなのかもしれない。
「で、その魔女の力は消したくないわけよね? だったら、私にもいい案はないのだけれど?」
 それでは何にもならない。
 一同、沈黙して考え込む。
「じゃあさ、ダランが時々ここに来て、子守かなんかの対価としてコントロール教えてもらうってのは? コントロールが出来れば、身体に及ぼす影響も少なくなるんだろ」
「えー! この子と遊ばせたら、私の子供が悪影響受ける気がする」
「そりゃそうだ」
 虎王丸は思わず笑う。ダランは唸り声を上げており、凪は苦笑しただけで、否定までは出来なかった。
「でも、ええっと……」
「蒼柳凪です。彼は友人の虎王丸」
 ディセットに指され、凪が名乗る。
「ん、凪君。君ならいいかな。賢そうだし、真面目そうだし、品もあるしー」
 それは、凪が子守をしている間に、ディセットがダランに魔力コントロールの手解きをしてくれる、そういうことだろうか?
 そう訊ねると、ディセットは首を左右に振った。
「しばらく出かけなきゃいけないところがあってね。お手伝いさんが欲しいと思ってたところなの。食事なんかは旦那が作ってくれると思うんだけれど、日中は働きに出ているしね。ダランには旅に付き合ってもらおうかしら。道中ビシバシしごいてあげるわ。体内魔力のコントロールが上手くなれば、確かに少しは改善するだろうし」
「旅って、どこに? どんな目的で?」
 ダランの言葉に、ディセットはこう答えた。
「クラリス様の新しい身体探しの旅。貴方達に手伝えとはいわないけれど、邪魔したら許さないわよ」
 その言葉に、3人の身体に緊張が走る。
「なんで……そんなことを? そもそも何故クラリスはこの世界で生き続け、魔女を作り続けるんですか?」
 そう聞いたのは凪である。
「それは私には窺い知れぬこと。神が人を創る真意なんて、創られた人に知る術がないのと一緒」
「それじゃ、天での生活って? キャトルが言ってたんだけど」
「色々と知ってるのね」
 虎王丸の言葉に、ディセットは僅かに驚きの表情を見せた。
 ティーカップを取り、紅茶を一口飲むと、語りはじめる。
「詳しいことは、誰も知らない。そう聞かされているだけ。豊かな自然が溢れ、誰も争いを望まず、病気も怪我も死もない世界。そんな美しい世界が天にはあると。その世界で私達は再び生を受けることができる。それが私達の本当の生となるってね。誰も行ったことも、見たこともない。だけれど、私達は皆、信じている」
 そんな世界が本当に存在するのだろうか?
 ない、とは言えない。だけれど、見たこともない世界での生活を、どうして望むことができるのか。
 いや、彼女達は天に行きたいわけではない。天で生きられるという希望を持っているだけで。
 今のこの、地上での生活をもとても大切に思っている。
 少なくても目の前のディセット、キャトル……そしてきっと、ダランの母親シスもそうだった。
「あのさ、キャトルには会ったことあんのか?」
 虎王丸の問いに、ディセットは微笑んで答えた。
「勿論、たまに実家に顔だしてるし。人一倍騒がしい妹よ、キャトルは。あんまり関わりはないけどね。
 シスお姉ちゃんと違って、クラリス様と決別したわけじゃないのよ、私。人間との結婚……にはいい顔されなかったけれど、命を削るようなこと……妊娠したりはしてないし」
「そんじゃ、クラリスが言うには、キャトルの瞳や髪の色は濁っているらしいんだが、「濁る」って何だか分かるか? あー、キャトルともこの寿命の件、協力してんだけどよ」
「んー、彼女は失敗作で、体内の機能が正常に動いていないって聞いているわ。色素が異常らしいんだけれど、そのせいで髪や目、肌の色が濁って見えるんじゃない?」
 聞いても虎王丸にはよくわからない話である。
「うー、寧ろ、純粋な魔女であるキャトルなら何のデメリットもなくエネルギーを調整出来るか?」
 その言葉に、ディセットはしばし考えこむ。
「直接身体に触れたことないから分からないけど……ああ、そうか。誰かがずっと側で調整してあげれば、彼女ももう少し生きられるのかもしれない。でも、四六時中制御してあげることはできないし、そんな精密なコントロール、機械やアイテムじゃ無理だから、非現実的だけどね」
「とりあえず、今度一度連れてくっからよ、診てやってくれ」
「それは構わないけど、期待させないでよね。妹も可愛いけれど……私、自分が少しでも長くこの世界にいれることを一番に考えてるから」
 自分の命を削ってまで、キャトルやダランに尽くせない。そういうことだろう。
「それはそれで構わねぇ。なんか変な動きがあるみてぇだから、ディセットも気をつけてくれよな」
 近頃、キャトルの姿が見られないこと、そして自分達とディセットの接触を知ったら、魔女が何かを仕掛けてくるかもしれないこと……それらを懸念して出た虎王丸の言葉だった。
 ディセットはにこっと笑い、突如虎王丸を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。
「可愛いこと言ってくれるじゃんっ! 私は大丈夫だよ。寿命尽きるまでは何にも負けはしない」
 思いの外強い力に驚きながらも、虎王丸は腕を逃れ、押し返す。彼女が魔女じゃなければ、堪能するところだが。
「さて、話を戻そうか」
 ディセットがダランと凪を見た。
「凪君、あの子の世話、頼めるかしら? ダランは一緒に来る? 魔力コントロールの他にも、色々勉強になると思うだけど。場合によっては私が戻ってきてから教えてあげてもいいけれど、どのくらいで戻ってこれるかは分からないわよ」
 凪がここに残り、ダランと虎王丸がディセットと行くか……しかし、罠ではないと言い切れない。
 魔女の息のかかったこの場所に、凪を残していくことが得策かどうか。
 それならば凪と虎王丸が残り、ダランだけがディセットと行くか……それも罠ではないと言い切れはしない。
 もしくは、ディセットに詳細を聞き、自分達が探しに行くか……。
 いや、クラリスの新しい体探しなどという行為に、協力をしたくはない。
「もう一つ、案があーる!」
 突如、ダランが言った。
「俺ん家の使用人をこっちに派遣する。もしくは、ホームヘルパー雇う代金、俺が払う。んで、全員で行く」
 ゴンッ
 ディセットの鉄拳がダランの頭を打った。
「うぐっ。なんだよー……っ」
 ダランは頭を抱えて蹲る。
「使用人とか、俺が払うとか、お前が稼いだ金か、それは!」
 ディセットは厳しく言いながらも、笑みを浮かべていた。
「まあ、別にいいけど、それでも」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
いつもありがとうございます。
ディセットと行くと選択した場合、しばらくエルザードに戻ってこられないかもしれません。
ダランは凪さんの意見次第と考えています。行く場合は一先ず自宅に帰り、準備を整えてから出発になります。
同行した場合、凪さんと虎王丸さんは、任意ですが、ダランはディセットの手伝いをある程度強要されます。
どうぞご検討の程、引き続きご参加いただければと思います。