<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『秋のミニ化パーティー』

 高齢化が進んでいる集落に、元気な若者の姿が見られた。
 エルザードに依頼した害虫駆除に参加してくれた若者達と、今日の為に呼ばれた虹師である。
 自然溢れるのどかな集落が、この日は賑やかで活気に溢れていた。
「テーブルはこの辺りでいいかー」
 虎の霊獣人の虎王丸が、民家から借りてきたテーブルを会場の中央に置いた。
 打上げを兼ねた味覚の秋食べ放題パーティーを、集落の広い公園を借りて行なうのだ。
「このままだと、小さくなった時には手が届かないかもしれませんね」
 そう言ったのは、虹師のリリィという女性だ。
「そうか、そんなら脚切るか」
「あっ」
 テーブルをくるっとひっくり返すと、止める間もなく虎王丸は刀で脚を切り落とした。
「ちょっとガタガタすっけど、まーいいだろ」
「ミニサイズだね。わーい」
 リリィの姉、レディは小さくなったテーブルが気に入ったらしく、早速虹を描き始めている。
「脚を切ってしまったら、お返しできなくなりますよ?」
「そんなの、接着剤でくっつければいいじゃねぇか。さっ、飾りつけしようぜ〜」
 そう言いながら、虎王丸はリリィの腕をぐいぐいひっぱる。
「ミニサイズだから、虹も小さくしようか」
 筆を手に、レディが言う。
「俺の手にも書いてくれよー。おそろいのヤツ」
「いいよー」
 姉と虎王丸の楽しそうな姿を見て、リリィの顔も自然にほころぶ。
「それは最後にして、先に準備を終わらせてしまいましょうね」
「うん」
「おう!」
 リリィの言葉に、素直に二人は返事をした。

「よし、上手く焼けた!」
 ウィノナ・ライプニッツは虎王丸同様、害虫駆除の疲れは全くないようで、集落唯一の飲食店の厨房を借り、意気揚々とイチョウ芋ケーキ作りに勤しんでいる。
 使った芋は、自分が貰ったものではなく、ダランが受け取った分だ。
 18cm型2個分のケーキが焼きあがったが、人数的には多いとはいえない……が、今回は小さくなって食べるのである。ファムルへの土産分を除いても、皆が十分楽しめる量だ。
 より美味しく食べれるように、少し甘めのシアンベリーソースも作る。
「うわっ、美味そー、食ってもいい?」
「ダメダメ、料理できないんなら、邪魔だから会場準備手伝ったら」
 手を伸ばしてきたダランを、両手が使えないので軽く蹴って追い払う。
 ダランは昨晩魘されてよく眠れなかったらしく、蒼柳・凪と共に、今起きてきたところだ。
 凪の方は、そのまま厨房に残り、気分転換も兼ねて料理を始める。
 集落の人々から提供された食材のうち、キノコを主に使うことにする。
 凪は材料を準備すると、鍋にバターを入れて火にかける。バターがほどよく溶けたところで、小麦粉を加え、木べらでかき混ぜる。
 少しずつ、調子が戻ってくる。せっかくのパーティーだ。楽しまなくては損だ。
「おはようございます……」
 続いて厨房に現れたのは、フィリオ・ラフスハウシェだ。昨日の駆除では一番動揺していた人物である。忘れるためにも、元の姿に戻りたいのだろうが、今日も女天使のままであった。
「私に手伝えることありますか?」
「……サラダを盛り付けてくれ」
 フィリオの言葉に答えたのは、ヴァイエストである。料理人の彼は、本格的な料理に勤しみながら、時折皆に指示を出している。
「はい……」
 ぼーっとしながら、野菜を洗い始めるフィリオ。
 水の冷たさで、次第に目が覚めてくる。
「あ、いけない!」
 普通サイズのサラダを作ってしまっていることに気付き、一旦手を止めたフィリオだが、すぐに思い直し再び盛り付け始める。
 これはこれで面白いかもしれない。ミニ化した際には、ちょっとした森に見えそうだ。
 せっかくだから、大皿にしようと思い、フィリオは皿を変えることにする。
 普通サイズに切った野菜を散らばせて、ブロッコリーやゴボウで森らしさを出していく。
「そうだ……これ、お菓子の材料に使っていただけませんか?」
 凪がヴァイエストにイチョウ芋を差し出す。虎王丸と自分の分だ。
「……いいのか?」
「はい。よろしくお願いいたします」
 凪から貴重な食材を受け取ったヴァイエストは内心うきうき♪ほくほく状態で、外見険しく、眉間に皺を寄せつつ、スイートポテトの作成に着手する。
 自分の分は、朝市で購入した玉茸と一緒に炊き込む準備ができている。甘く美味しい炊き込みご飯が出来るだろう。
 玉茸と唐辛子カバネーヌを使ったスープは煮込んだ方が深い味が出そうだ。
 パンは生地から作っている。現在発酵させているところだ。
 あとは……。
「柘榴が欲しい」
 この辺りで収穫できると聞いていたが、朝市ではみかけなかった。
「山で採れるそうです。小さくなった姿では大変かもしれませんが」
 ヴァイエストの言葉にそう答えたのは、ウィノナだった。ウィノナも柘榴を求めて、買いに出た際、集落の人に聞いたのだった。この辺り一帯の柘榴は害虫により、食い荒らされてしまったとのことだ。
「では、そろそろ行くか」
 ヴァイエストの言葉を受け、一同作業を終わらせる。
 スープ以外はまだ途中である。出来立ての方が美味しいため、仕上げは集落の料理人に頼むことにする。……もっとも、ヴァイエストだけはミニ化しようとも自分で仕上げるつもりであったが。

 虎王丸達会場準備班と合流し、ミニ変化の洞窟へと向う。
 昨晩のことが思い出され、メンバーのうち数人はあまり気分がよくないようであった。
 凪とダランは足早に洞窟を抜けて、湖に出る。
「待てよ!」
 虎王丸も後を追い、駆けて来た。
「ひるまに来ると、きれいなところだよなー」
 ダランは小さな身体をぐっと伸ばす。
 あまり人の入り込まない湖は、優しい美しさを湛え皆を迎えてくれた。
「子供にもどって、ゆっくりするにはいいばしょだな」
 のんびりとした会話をする二人の間に、同じく三頭身化した虎王丸が入り込み、肩に手を回した。
「おい、おまえら。あの……なつまつりん時のような手だし、すんじゃねーぞ」
「なんだよー、あれは虎王丸が悪いんだろー」
 虎王丸がダランの頬をつねる。
「俺じゃねぇ、ファムルのクッキーのせいだっ」
「バカなことしなければ、何もしないよ」
「バカなことってなんだよ?」
 虎王丸の言葉に、凪は少し考える。
「いやがっている人にむりやり抱きつくとか、しつこく付きまとうとか……」
「嫌がってなければ、いいってことだよな?」
「そりゃ……同意の下なら、口をはさむつもりはない」
「絶対だぞ」
 虎王丸は睨みつけながら強く念を押すと、二人を離し、くるりと向きを変える。
「レディさーん、リリィさーん、山道は危ないから、おっ供するぜー!」

 小さくなった体で山を登るのは非常に辛い。
 しかし、ミニ化した体は、フィリオの風の力で軽々と持ち上がる。
 風の助けを得、急な坂道を一同は一気に登りきることができた。
 下り坂では、果物やキノコを採りながら下りることにする。
 柘榴は主に、フィリオが収穫を行なう。白く美しい翼を広げて舞い上がり、紫紅色の実を抱えて降り立つ。
 凪はブルーベリーの一種シアンベリーを主に採る。シアンベリーの木は背が低く、ミニ化した姿でも問題なく採ることができた。
 手の届く範囲に重そうに実がぶら下がっている梨も、幾分採ることにする。
「ダラン、キノコが生えてる」
「おお、ホントだー!」
「待て」
 キノコを採ろうとしたダランの手を、ヴァイエストが掴んだ。
「これは玉茸ではない。色がちがうだろ」
 言われてみれば、水玉の色が違う。
「弱い毒をもったキノコだ。食うとげんかくを見るぞ」
 それだけ言い、ヴァイエストはすたすたと一人先に行く。
 ウィノナとダランはそのキノコは諦めて、凪を手伝いながら、下りていくことにする。
 その後から、虹師の姉妹にいちゃいちゃくっつきながら虎王丸が現れる。

 沢山の収穫物を集落に置いて、一同は再びミニ変化の洞窟へと向う。
 身体は更に小さくなり、2頭身になってしまった。
 お互いの姿に、笑い合いながら、山道を下ってゆく。
 流石にこの姿ではバランスも悪く、収穫は無理なようだ。
 みにみに姿でも、虎王丸はレディ、リリィ姉妹にべたべたしていた。妹のリリィ嬢は流石に少し困り顔だ。

 集落に戻ると、最後の準備に取り掛かる。
 自分達用のテーブルは、虎王丸が借りてきた家庭用テーブル一つで十分だった。
 回りの木々には、煌びやかな七色の飾りや、虹色のランプが括りつけてあり、眩しいほど綺麗であった。
 椅子は、小さな丸太だ。
「みんな、ふみつぶされんなよー」
 ダランの言葉に、皆が笑った。
 集落の人々が巨人に見える。
 逆に、集落の人々から一同は、可愛らしい子供のように見えており、皆とても優しい笑みを浮かべていた。
 ヴァイエストはそんな巨人達に混じり、料理の仕上げを行なっていた。
 鉄板も根性で持つ。彼には料理を自分の手で仕上げたいという、料理人としての強いプライドがあった。小さくなっても、相変わらずの険しい表情で料理を続けている。
「ジュースかんせいー」
 ウィノナがちょこちょこっとやってきて、集落の老人達と共に柘榴ジュースを作り、持っていく。
「なぎのつくったグラタン、やいてくれってー」
 その後、虎王丸がやってきて、ヴァイエストに鍋を渡す。元々力のある虎王丸。なんとか自力で鍋を持ち上げられた。
「う、うわっ」
 フィリオは自分の作ったサラダに驚く。
 森をイメージして作ったのだが、これではまるで密林だ。小さな身体で見ると、探検をしたくなってしまう。
 集落の人に頼んで会場に持っていくと、皆も一様に驚いた。
「たべるのもったいぜー」
 そう言いながらも、大胆に、ダランがブロッコリーを引き抜いた。その様子は、大収穫に喜ぶ子供のようだ。
 フィリオのサラダを初めとし、次々に料理が運ばれてくる。
 熱々の玉茸カバネーヌのスープ。少し辛味のあるスープだ。玉茸の甘さが絶妙味わいを出している。
 シアンベリーパンは、ほんのりと甘い紫色のパンだった。スープとよく合う。
「できましたー」
 虹師姉妹の妹、リリィが作ったのは、肉料理だった。牛肉と色とりどりの野菜に、バジルソースをかけたものだ。食材は全部で7色。会心の出来であった。
「できたー。にじいろのおかし」
 姉、レディが作ったものは……黒い塊だった。
 紅柘榴に、シアンベリー、イチョウ芋、をリリィが絶妙な配分で七色に仕上げた……と思ったら、その全てを混ぜ、台無しにした。
「うわーうまそうだなー」
 言いながら現れた虎王丸の手には、出来上がったばかりのスイートポテトがある。
「これ、おれのぶんのイチョウイモでつくってもらったモンなんだけど、たべてくれよー。そのかわり、おれはこの……おかし? もらうなぁ」
 二人にスイートポテトを配り、レディの作ったお菓子?を受け取って食べる虎王丸。
「……な、なんていうか、いろんなあじがギョウシュクされてて、さいこーだぜっ」
「あははは、そう? しちみとうがらしとか、あきのななくさもいれたよー」
 それって、食べれるのだろうか。姉の言葉に妹リリィは苦笑する。
「そっかー、だからこんなにしげきてきなあじなんだ」
 虎王丸はばくばくと黒い物体を食べ続ける。味よりも女性に気に入られることの方が優先なのである、彼の場合。
 勿論、リリィの料理にも、真っ先に飛びついて、こちらは本当においしそうに食べる。
「これもすごくおいしいよー」
「ほんと、とてもおいしいですね」
 ヴァイエストが作ったスイートポテトは程よい甘さで、柔らかく、女性好みの味であった。
「だろー、とくべつひんなんだぜっ」
 言いながら、虎王丸はちゃっかり姉妹の腕に自分の腕を回すのだった。
 会場に、次々に招待客が集まってくる。まるで遠足の子供達のようだ。世話をする集落の人々は、昨日と違い、明るい表情だ。
 無論、一番賑やかなのは、打上げを兼ねている冒険者ご一行だ。
「ざくろジュースだよー。でも、このなかに、ひとつカバネーヌをたくさんいれたジュースがあるんだ!」
 ウィノナが盆にジュースを乗せて現れる。カバネーヌは集落特産の激辛唐辛子だ。
「じゃ、カンパイしよーぜ!」
 柘榴ジュースを受け取ったダランが、立ち上がった。
「カンパーイ」
「かんぱいっ」
 乾杯の声と、グラスを合わせる音が響き渡る。
「さーてだれにあたるかな! ちゃんとぜんぶのんでよ」
 ウィノナが皆を見回す。
 皆、緊張気味に柘榴ジュースに口をつけた。
「あまい〜」
「うん、おいしい」
「おいしいです」
「わたしのもおいしいです」
「おいしいねぇ」
「……はっはっはっ、うまいぜ、これ」
 全員大丈夫なようだ。
 ……ってことは!
 ウィノナは恐る恐るジュースに口をつけた。
「……あれ? ボクもへいきだ」
 普通に美味しかった。
 見回せば、なんだか一人妙に汗を書いている人物がいる。……虎王丸だ。
「うめーうめーぜ」
 そういいながら、飲んではもう片方の手にある水をも流し込む。
「こおうまるさん、あせだくですよ? だいじょうぶですか?」
 リリィの心配そうな言葉に、
「いやあ、びじんしまいにかこまれて、きんちょーであせかいてるだけさー」
 と、答える虎王丸。
 間違いない、大量のカバネーヌ入りジュースを飲んだのは、彼だ。
「このじゅーすのあまさは、まるできみたちとおれの、あまいじかんをあらわしてるようだー」
 しかし、根性で痛みに耐え、口説き続けている。
 そう、辛いとか、痛いなどと言って、恥ずかしい姿は晒すまい。今日こそ勝負だ男虎王丸!
 ……彼の女性を口説くための根性は筋金入りのようだ。
「それじゃ、おかわりもってくるよー」
「い、いいいや、じ、じつは、おれはみずがすきなんだ、みずが!」
 にやりと笑っていうウィノナに、慌てて答える虎王丸の姿がおかしく、周囲から笑いが漏れた。皆、分かっているようだ。
「そだ、ファムルからのさしいれもあるんだった」
 ダランが瓶を3本取り出す。ミニ化しても持てるよう、先ほど小さな瓶に入れ替えておいた「葡萄ジュース」だ。
 瓶の蓋ほどのグラスに、赤い「葡萄ジュース」を注いでいく。甘い匂いが漂う。
 皆のグラスに注ぎ終えると、ダランは「葡萄ジュース」を一気に飲み干した。
「お、みょうなあじだけど、なかなかおいしいじゃん」
 上機嫌でもう一杯注ぎ、それをも一気に飲んだ。
「それ、ボクたべたい!!」
 ヴァイエストの運んできた料理に、ウィノナが飛びつく。紅柘榴とシアンベリーのパイだ。
 ヴァイエストはナイフで切り分けて、ウィノナの皿に乗せた。
 更に小さな器に、紅柘榴ティーを注ぎ、ウィノナに差し出した。
「うわー、いっただきまーす」
 甘酸っぱい味が口の中に広がる。
 ティーには殆ど砂糖が入っておらず、ジュースとはまるで違う柘榴の味を楽しめた。
「とってもおいしい」
「どれどれー」
「こらっ!」
 ダランが手を伸ばし、ウィノナの食べかけのパイを取って食べた。
「ホントだ、うめー」
 再び、ヴァイエストはウィノナに皿に、パイを乗せる。
「ありがとー。いっただきまーす♪」
「おれも、おれもー」
 ダランが皿を差し出す。
 ヴァイエストの険しい表情は少しだけ緩んでいた。
「あ、これはダランのイモでつくったケーキだよ」
 ウィノナがイチョウ芋ケーキを差し出すと、ダランは即座にフォークで刺す。
「ちょっとまって!」
 ウィノナはダランの手を押さえると、シアンベリーのソースをかけた。
 直後にダランがケーキを口に運ぶ。
「おいしー。やっぱしじぶんでとったものはかくべつだぜー。サイコー」
 作ったのはボクなんだけどなーと思いながらも、ウィノナは嬉しかった。
「なぎのグラタンもできあがったようだぜー、さあ、くえよ〜」
 何故か親切に、虎王丸がグラタンを皿に取り分けてくれる。
 ダランは受け取って、早速一口食べてみる。
「んー、まろやかなあじだ〜」
「ダラン、こっちのジュースもどう?」
 凪がダランに差し出したのは、シアンベリーのジュースだ。
 ブルーベリーは目にいいと聞くため、ダラン用に作ったのだ。
「ありがと〜」
 にへらーと笑って、ジュースを飲んだダラン。
「うにゃ……」
 へらへら笑いながらグラスを置くと、突如、凪に抱きつく。
「なーぎーあいしてるぜー」
 すりすりと、まるで猫のように擦り寄ってくる。
「ちょ……ダランっ」
 ダランの突然の行動に照れる凪だが、振りほどこうとはしない。
 先ほどから頭がぼーっとして変なのだ。妙に身体がだるい。
「あははは、おとこにだきついてる。ダランってそーゆーしゅみだったんだー」
 ウィノナがダランを指差しながら笑う。
「なにおー。おれはなぎと、せいべつをこえたなかになるんだぞー。ひくっ」
 しゃくりあげながら、ダランがウィノナを見る。
 ダランが、ふらふらと立ち上がり、ウィノナの側に寄ってきた。
「な、なに?」
 赤い顔で不思議そうに、ダランはウィノナを真直ぐ見ている。次の瞬間。
「かーちゃーーーーん」
 ダランが勢いよく、ウィノナに飛びついた。
 ダランに押され、ウィノナは尻餅をつく。ウィノナの皿とフォークが地面に落ちて音を立てる。
 ギラリとヴァイエストの鋭い目が皿に飛んだ。幸い皿は空であった。そのままヴァイエストは、手の中のグラスに視線を戻す。皿に何か料理が乗っていたのなら、ダランの命は無かったかもしれない……。
 ヴァイエストはその後は、紅柘榴とシアンベリーの果汁で割った酒を飲みながら、パーティーを楽しむ人々を穏やかな顔で眺めていた。
「んぐ、げほげほっ」
 玉茸とイチョウいもの炊き込みご飯を、幸せそうに食べていたフィリオが突如咳き込む。一度に詰め込みすぎたようだ。
 ダランが入れてくれた「葡萄ジュース」を手繰り寄せ、一気に飲み干す。
「ふは……」
 何とか飲み込むと、フィリオは口の中に残る少し苦味のある甘さに気付いた。
「ぶどうジュース、おいしかったですー。もういっぱーい!」
 言いながら、瓶を掴んで自分の前に持ってくる。グラスに注いで、思う存分飲むのであった。
「よおおおおーし、それではー、このステージれ、うたをひろうするのら〜」
 気持ちよさそうに笑いながら、フィリオは瓶を片手に、突然歌いだした。
「よっ、いいぞ、お嬢ちゃん!」
 集落の人々が手拍子をしてくれる。
「かぜよーなれーあららをーつれれーいっれーしまううー♪」
 フィリオは上機嫌で歌っていた。舌がもつれて上手く言葉が出ていないことにも気付かずに。
「いいかげんに、はなしてよ、ダラン!」
 ウィノナは抱きついたままのダランを引き離そうとするが、ダランは強い力でウィノナにしがみついている。
「かーちゃーん……」
「ボクはキミのかーちゃんじゃない! ウィノナだっ」
 ぐいっとダランの額を押し、目を合わせる。ダランは焦点の定まらない目をしていた。酔っ払っているようだ。
「なんらー、ウィノナかー」
 そういいながらも、ダランはウィノナにぎゅっと抱きつき続ける。
「はなせってば!」
「いいじゃんー。おれたち、たがいのからだをさわりあったなかだろー」
「なっ……」
 ウィノナは絶句する。更に、ダランのその後の言葉は、聞き捨てならないものだった。
「ウィノナはかわいいなー。まりょくをちょーっともらったら、すやすやねちゃうしー」
 ……なーるーほーど。
 先日、ウィノナはダランと互いの身体の状態を魔術で調べあっている際、急激に眠くなり、眠ってしまったのだが――。疲れのせいだと思っていたのだが、どうやらダランの仕業らしい。
 そういえば、ダランは魔術を終えた後、全く疲れを見せていなかった。
 つまり、ウィノナの力を奪い朦朧とさせ、好き放題しようとしたのか、コイツは?
 そもそも、身体の状態を調べるということ自体口実で、それが目的だったとか!?
「ば、ばかーーーーーっ!」
 ウィノナはぐっと拳を握り締めると、ダランの顎を思い切り殴った。
 ポスっと可愛らしい音が響いた。どうにも力が入らない。2頭身化した身体のせいだ。
「いてえよー、ウィノナー」
 懲りずにダランは擦り寄ってくる。
 ぽかぽかぽか!
 ウィノナは両手でダランの頭を叩き、
 げしげしげし!
 足で踏み潰す。
「うーん、ふじゅんいせいこうゆうはだめですよー」
 ふらふら状態のフィリオが、ウィノナの叫び声を聞き、ダランに向けて風を放った。
「あれ〜」
 しかし、風を思うようにコントロールできず、周囲に強風が吹き荒れた。
「よーし、ここいらでいっぱつ、おれのしんわざをひろうしてやるぜー」
 言って虹師の姉妹の前で刀を抜いたのは虎王丸。新技など、今のところないのだが。
「すごいすごいー、カタナだ、カーターナー。あははははは」
 刀を抜いてみせただけで、レディは大はしゃぎである。対照的に、リリィは何故か泣き出した。
「そうだろー。かっこよすぎて、なけるかー?」
 虎王丸は更に調子に乗りながら、レディ、リリィ嬢にべたべたでれでれくっついては、誘っている。「葡萄ジュース」も美味しく飲みながら、料理を思い切り食べておくことも忘れない。
 回りを見回せば、凪はぼーっとしており、ダランはウィノナと絡んでいる。夏祭の仕返しにとこっそりグラタンに入れておいた幻覚キノコの効果もあったようだ。
「なんか、かぜもつよくなってきたし、そろそろパーティーぬけだして、3にんでたのしいことしようぜー!」
 葡萄ジュースを瓶ごと飲みながら虎王丸が言った。
 既に魔法の薬はゲットしている。あとは、二人を誘い出して、三人だけの楽しいひと時を――。
 ふわり、と、欲望に燃える虎王丸の身体が突如浮かんだ。
 振り向けば、感情のない笑みをにこにこにこにこ浮かべながら、見るともなしにこちらを見ている天敵にして宿敵フィリオがいる。
「ふじゅんいせいこうゆうきんしですー」
「そんなんじゃね〜〜〜」
 言いながら、虎王丸は夢心地だった。
 身体が浮いているのは、自分に羽が生えたからだ。
 何故か、そんな気がした。
 レディ、リリィに手を伸ばし
「いっしょにそらのたびをたのしもうぜぇーーーーーーーーーー!!!」
 そう叫びながら、虎王丸ぐんぐんと上昇し、ついには空の彼方に消えていった。
「おかわりなのれすーっ!!」
 飛ばしたフィリオは上機嫌で、ダランが座っていた場所から、更に葡萄ジュース……アルコール濃度の高いワインを手繰り寄せ、自分のグラスに注いだ。
「あははは、そらのたびたのしそうだよ、あはははは」
 レディは空を見上げながら、ひたすら笑っていた。
「ねえさんが、ねえさんで、ねえさんなんです。でも、ねえさんが、ねえさんだから、ねえさんといっしょじゃないと……」
 ねえさんを連発しながら、リリィはしくしく泣いていた。
 ガスゲシボスドスッ。
 ウィノナはダランを踏み潰すのに必死だった。
「ふげっ、ぐほっ」
 ダランはウィノナの足の下でつぶれていた。
「すーすー」
 凪は眠ってしまっていた。
「ええ、ここでは皆、石焼で食べます。あとは、果物とも相性がよく、蒸した後、シアンベリーで作ったジャムなどをつけて食べると格別で……」
 ヴァイエストは、住民が語るイチョウ芋の伝統的な食べ方に熱心に聞き入っていた。
 ――よって、虎王丸が消えたことを誰も全く気にせずに、パーティーは日が落ちるまで賑やかに続けられたのである。
 めでたしめでたし。

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「ここは……どこだ?」
 目を覚ました虎王丸は、見慣れない景色に戸惑う。
 森の中のようである。
 身体を起こし、自分の身体が異常に小さいことに気付く。
 そういえば、自分はパーティーを楽しんでいたはずだが。
 まあいい。とにかく、この身体で森の中を歩くのは危険だ。
 所持していたファムルが作った薬を取り出すと、一気に飲み干すのだった。

「おお、これは美味そうだ」
 翌日、街に戻ったウィノナは、ケーキを持って診療所を訪れた。
 先にダランが立ち寄ったらしく、診療所内にはパーティーの残り物がある……が、非常に少ない。まるで人形遊びサイズだ。
 ウィノナが作ったケーキだけは、ファムルのことを考え普通サイズに作ってあったため、とても喜ばれた。
「魔女の屋敷で習ったケーキだよ」
 一口食べたファムルに言った。
「なるほど、食べたことのある味だ。うん、美味しいよ」
 懐かしげに言う様に、ウィノナは幸せを感じた。
「ところで……ダランが体中が痛いと嘆いていたんだが、ウィノナちゃんは平気か? 薬の副作用じゃないといいんだが」
「あ……」
 ファムルの言葉に、ウィノナは苦笑した。
「えーと、それは薬の副作用じゃないよ、うん。ボクは平気。は、ははははは……」
 ちょっと強く殴りすぎたかもしれない。
 しかし、あのダランのことだ。この程度じゃ懲りないだろうが。

 ヴァイエストは、黒山羊亭の前に荷物を降ろす。
 袋の中には、土産の他に、ちっちゃな女天使が入っている。酔いつぶれて幸せそうに眠り続けるフィリオだ。揺すろうが擽ろうが起きなかった。
 ファムルが作った薬は、服までは元に戻らないため、とりあえずこのままの姿で運んできたのだ。 
 そのまま帰ってしまったヴァイエストに代わり、共に街に戻ってきた凪がエスメラルダに報告をする。
 酒場を探してみるが、虎王丸の姿はない。一体いつの間に、どこに消えたのだろう。

 ――数日後、街に一つの噂が流れる。
 “ミニ変化の洞窟付近の森を、裸の原始人が徘徊している”
 凪にはその裸の原始人に心当たりがあったが……そのうち戻ってくるだろうと、一人宿に戻ることにした。
 何せ凪は今忙しい。
 そう、自分の料理に幻覚キノコを入れた相棒への、スペシャル仕置きメニューを完成させなければならない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【3139 / ヴァイエスト / 男性 / 24歳 / 料理人(バトルコック)】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
パーティーにご参加ありがとうございました!
美味しい料理をお腹一杯食べられたと思います。
皆様の可愛らしい姿を想像しながら、楽しく書かせていただきました。
こちらのノベルは陵かなめイラストーレーターとのコラボです。ご都合がつきましたら、是非イラストの方にもご参加ください!