<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


彫金材料捜索しませんか?〜深紅の炎を胸に抱き

―エルザードで名うての魔道彫金師が彫金セールやってるってさ
白山羊亭でたむろする同業者たちの間で聞いた噂。
気まぐれな節もあるが、その腕は確か。しかもあらゆる彫金に魔力を付与できるという天才。
そんなすごい奴がいるのかとリルド・ラーケンは鼻で笑った。
だが、実際に彫金を依頼した一人の同業者が自慢げに出した武具を目にし―噂の魔道彫金師・レディ・レムへと足を向ける。
同時に聞いたある鉱石を使えば、できるかもしれないと確信したからだ。
―凄腕の魔道彫金師・・・一体どんな奴だ?
期待に胸を膨らませ、訪れたエルザード近郊の瀟洒な館で出迎えたのは奴ではなく、腰まで伸びた長い銀髪に深い緑の瞳を持つ妙齢の女性・レディ・レムだった。
「いらっしゃい、どんなご依頼ですか?」
「なぁおいアンタ、俺がその鉱石を取ってきたら作れんのか?」
やや無骨な物言いをするリルドにレムは眉をひそめながらも、示された彫金依頼に目を通し―そのまま固まった。
厚手の紙に描かれていたのは―なんとも独創的なフォルムに特徴的なモノアイ。
様々な依頼を受けてきたレムだがこういった彫金ははじめて見る。
「ここがこうちゃんと光る奴だぜ?」
どういった反応を返せばいいか、考え込んだレムにリルドはカウンターに広げられたモノアイを指し示す。
―光る?
怪訝な色を滲ませた緑の瞳とまともに鉢合わせ、わずかにリルドは頬を紅潮させてしまう。
同じ種族―竜族ということもあるためか、妙に落ち着かないが対峙するレディ・レムの方は至って平静そのもので、リルドは我知らずため息をこぼす。
「お引き受けしましょう、リルド・ラーケン。その材料となる品を楽しみにしてます。」
額にかかる銀の髪を何気なくかき上げ、優艶な笑みを口元に浮かべるレムを直視できず、リルドは足早に館を後にした。


エルザードの東にある鉱石採掘場―貴石の谷。
優良な鉱石を産出し、大陸で一・二を争うほどの採掘量を誇っていた谷であったが、数十年前、突如天より飛来した隕石により壊滅的な災害を受けた。
隕石によって穿たれた円錐形のクレーターが大地に醜い傷を晒す。
かつての名残であろうか、坑道らしき穴があちこちに点在していたのを上空からひとしきり眺めた後、リルドは竜化を解く。
栄華を極め、大陸中から鉱石・貴石を求めて集まった鉱夫たち。採掘された貴石を一手に担い、各地に売りさばき一財産を築き上げた豪商で時代を作った谷も今では見る影もなく静まり返っている。
―どこの国でも似たようなもんだな。
どんなに享楽と繁栄に溢れても、それは一時の夢―虚飾の栄華でしかない。
この谷の場合は自然災害とされているが、単なる要因に過ぎない。
一度新たな鉱脈が発見されれば、どんなに危険であっても砂糖に群がるアリのごとく全てを喰らい尽くすまで採掘をやめようとしない。
結果、周辺の自然環境が激変。豊かな森はむき出しの荒野へと変わり、谷の周囲を流れていた川の穏やかな流れは凶暴な濁流へと変貌。
大雨が降ろうものなら、その牙を容赦なく谷へと向ける。
元々不安定な地盤はあっけなく崩落し、多くの犠牲者を生み出した。
やがて採掘量が緩やかな下降線を描き始めた時期、彼の隕石が落ちた。
―皮肉だな。
眼前に広がる荒野にリルドは口元を弧に描く。
その背後には深い緑の木々が広がっていた。
隕石による災害が人の手を退け、失われた緑の大地が甦りかけている。
「所詮は自然の前では無力ってことか・・・」
零れた呟きが風に飲まれ、急勾配の荒地を滑るようにリルドは歩く。
情報が正しければ、この谷の最も深き場所に求める品・『永遠の炎』があるはずと周囲を探る。
谷の繁栄を願った古代の人々に精霊たちが授けたといわれるシロモノ。
隕石の落下を受けて、なおも『永遠の炎』は無傷のまま存在し続け、谷を静かに見守り続けているという。
「ただし、そいつに手を出そうとする者には精霊の裁きを受けるってか・・・」
谷底についた瞬間、リルドは自らの武器に手をかけた。
あわ立つような揺らめいた影が無数に蠢き、彼の周りを取り囲む。
―魔物・・・じゃねえな。
胸のうちで呟きながらもリルドは緊張を解かず、出方を窺う。
魔物特有の気配とは違う。
霊的というだろうか、怜悧な刃を纏った意思が実体化したといった方が正確かと感じた瞬間。
何体かがはっきりとした殺気を放ち、襲い掛かってきた。
「ちっ!!」
舌打ちし、攻撃を受け流すと反撃に転じる。
繰り出された容赦のない鋭い一撃は確実に相手を取られていた。
が、それが届く寸前。
まるで霧のごとくその姿が掻き消え、逆に強い衝撃を腹部に喰らう。
「なっ・・・」
呼吸に詰まり、思わず身をかがめてしまうが相手の攻撃は緩むはずもない。
なんとか回避するが隙のない連携にリルドは絶壁へと追い詰められた。
「冗談だろ?おい」
冷や汗が背を伝い、血の気が下がっていくのをリルドは感じた。
正体さえ掴めないとはいえここまで一方的にやられるとは不本意だけでなく、冷たいものが這い上がってくる。
唇をかみ締め、突破口を見出そうと思考を巡らす。
「舐めるな!!」
ずるりと無数の影が間合いに踏み込まれ、反射的にリルドが一歩踏み出す。
竜としての血がざわりと騒ぎ立て、風が全身を取り巻くように吹き上がりかけた。
「そこを動くな!」
まだ少年の域を出ていない高い声が頭上から落ちたと同時に天を切り裂く雷のごとき閃光が駆け抜けた。
咄嗟に目を閉じたリルドの耳につんざくような金切り声が響く。
鋭い風切り音―そして、静寂。
ゆっくりと目を開けると、大きく息をつき、剣を鞘に収めた少年が立っていた。
「大丈夫か?」
「あ・・・ああ。お前は?」
フードつきの外套を翻し、問うて来る金髪の少年にリルドは訝しげな目を向ける。
正体不明の影からは脱したが、いきなり現れた少年をすぐさま信用できない。
経験上、無闇に信用することはできなかった。
鋭いリルドの視線を受け止め、やれやれと少年はその場に座り込むと頭を掻く。
「旅の吟遊詩人。知り合いに頼まれてここの調査に来てたんだけど・・・まさか先客がいるなんて思わなかった。」
「へぇ・・・それを信じろってのか?」
さらに表情を険しくするリルドに少年は完全に手を上げた。
仕方がないとはいえ、ここまで信用されないのも久方ぶりらしくどうしたものかと思うがすぐにやめた。
「信じる信じないは好きにしていい。」
「開き直るか?」
「言っても信じないだろ?私は事実しか言ってない・・・ってか、さっきは本当に危なかったな。」
あっさりと開き直る少年にリルドはやや面白そうな顔をする。
随分と正直な、と思うが言うことは的確。
確かに危なかったのは事実だ。
彼の助力がなければ、どうなっていたか分からない。ただ言えるのは最悪の事態は免れなかっただろうということだけだ。
「悪かったな、お陰で助かった。俺はリルド。見たとおりの冒険者だ。」
ばつ悪そうにリルドは砕けた口調で少年に礼を言うと、谷に来た目的―魔道彫金師への彫金依頼に必要な材料を取り来たことを告げる。
その途端、少年の表情が明らかに変わった。
「レムの依頼人だったの?あ〜助けてよかった。でなきゃ、はり倒されるだけじゃすまなかったな。」
何か苦いものを飲み込んだようなおかしな表情にリルドが怪訝な目を向ける。
「・・・レムの知り合いか?」
「弟子。」
ついて出た疑問に単純かつ明快に答える。
ざっと外套についた埃を払って立ち上がると少年はくるりと背を向けた。
「おい。」
「ついて来なよ。『永遠の炎』の場所まで案内するよ」
剣呑なリルドの呼びかけに少年は首だけこちらを窺うと、楽しげに笑った。


円錐の絶壁に穿たれた坑道を少年の手にある松明を頼りに進む。
長い年月を経たであろう両側の岩壁は鏡のように滑らかで、ひんやりとした感触が手のひらの熱を奪う。
「この奥か?」
「ああ、おまけに多種多様な鉱石が原石のまま転がってるから持って行くといいよ。」
喜ぶからとやる気のかけらもなくのたまう少年にリルドは肩を竦めた。
調査に来ていたというだけあって、かなり詳しく少年はこの辺り一帯について知っており、無数に点在する旧坑道から迷わずここを見つけ出し先導してくれている。
ただし、話がレディ・レムに及ぶと途端に不機嫌になってしまうのが傷だった。
単に弟子だからというか、なんだかんだと被害を受けているらしく係わり合いになりたくないというのが言葉尻に伝わり、リルドは細心の注意払って話題を避ける。
すると、意外に多弁な少年はこちらが必要とする情報を教えてくれた。
それらから判断して。他の坑道に潜らなくてもいいなとリルドは思いながら注意深く足を進める。
なだらかな道が続くかと思ったら、いきなり急勾配な道と化す。
先述したとおり岩壁は滑りやすくなっているので手を付いていても安全面ではあまり役に立たなかった。
いや、手を付いてるほうが危険で下手に転ぶと大怪我につながりそうだ。
―よくもまあこんな採掘したもんだな。
呆れを通り越して感嘆に値するなと思うリルドの視界が急に開ける。
そこには教会の礼拝堂ほどの広さと高さを誇る人工的な空間。
中央に作り置かれた巨大な杯からは青緑に揺らぐ炎の輝きが絶え間なく辺りを照らし出す。
目を凝らして周囲を伺い―リルドは息を飲んだ。
黒々とした壁のあらゆるところから無造作に突き出した塊は貴重といわれる鉱石の数々。
明らかに人の手が加わっているのに全くの無傷で残されている事が奇跡に等しかった。
「お探しの『永遠の炎』はあの杯。必要なだけもってくといいけど」
「なんだ?」
「『永遠の炎』もだけど、ここにある鉱石類持ち出したかったら覚悟しといてよ。」
何か文句あるのかと視線で問えば、少年は愛剣をすらりと抜き放つ。
一瞬、リルドの目に剣呑な光が宿る。
ゆっくりとした歩みでリルドは少年を睨みながら、杯に捧げられた『永遠の炎』を掴む。
キィィィィィィンと甲高い金属音が周囲の大気を震わせ、どくりと岩壁から打ち払ったはずの影が無尽蔵にあふれ出す。
真っ先に迫った影を少年は無造作に打ち払うと、一足飛びにリルドに背を預けた。
「どういうことだ?これは!!」
「古代の仕掛けってやつ。最初に調べた時もそうだったけど、ここにある鉱石を持ち出そうとすると襲ってくる仕掛け。」
「ほぉ、そりゃどうも。で、こいつらの正体もわかってたのか?」
呑気な会話を展開しながら、迫りくる影を打ち払うリルド。
先の戦闘と違い、こいつらの性質をリルドは正確に掴んでいた。
要は実体のない霊体。いわゆるアンデットやスピリットと呼ばれる存在。
物理的な攻撃は一切効かないが、魔術や精神力を高めた攻撃ならば通用する連中だ。
空中に漂う水に働きかけ、つぶて大の弾を瞬時に練り上げる。
わずかばかり雷を込めて解き放てば、断末魔を残して煙のように消えていく。
が、スピリットは沸き立つ雲のごとく溢れてくる。
面倒とばかりにリルドは口の中で力ある言葉を紡ぎだす。
同時に地鳴りにも似た振動が坑道を揺らす。
「わぁぁぁぁぁ、待て!!何をする気だ!!」
体勢を崩し、ひざを突いた少年が振り向き―目にした光景に顔色が青くして思わず絶叫を上げたが、リルドには届いていなかった。
にやりと口元を歪めたリルドに引き寄せられるように風の渦が起こり、陽炎のような青白い光が彼の身体を包み込む。
それに共鳴するように振動がさらに増していくのは気のせいではないと少年は本能で感じ取り、入り口である坑道に身を潜める。
「一撃で決めてやる!!消えうせろ!!」
咆哮がごときリルドの声に青い電撃が縦横無尽に空洞内を駆け抜けた。


「それで死にかけたの?馬鹿弟子。」
「んな事あるか!鬼師匠!!」
牙をむき出す弟子の少年をレムはそれは楽しそうに笑う。
とても麗しき師弟には見えないな、とリルドは他人事として見ながらも罰悪そうに頭を掻く。
多少の被害はあったが、どうにか『永遠の炎』と外装に使えそうな鉱石などを持ってくることは出来た。
が、スピリットを消し飛ばした際に誤って少年まで気絶させてしまった上、坑道の空洞が崩落寸前。
慌てていくつかの鉱石を風の刃で切り出し、気絶中の少年を背負って脱出した。
外に飛び出した同時につぶれたパンのように崩落した坑道を目の当たりにしてリルドの背中に冷たいものが走った。
無茶するもんじゃなかったな、と猛省しつつ、リルドは―たぶん当人は気が進まないだろうと思ったが―少年を連れてレムの館に戻ってきた。
大した怪我もなく、しばらくして意識を取り戻した少年はレムに散々にからかわれ、頭を抱えて唸ってしまっていた。
「あ〜悪かったな。少年」
「気にしなくていい。弟子の修行不足だから。」
頬を掻きながら謝罪するリルドにレムはにこやかに応じ、当の少年はややむくれながらも反論もせず沈黙を通す。
実際、そうなんだろうから文句も言えなかったのだろうとリルドは勝手に判断した。
「まぁ弟子はともかく、ご依頼の品、随分綺麗な鉱石が多かったから期待以上のものになりそうね。」
何事もなかったようにレムは感嘆の色を滲ませながら、カウンターに置かれた『永遠の炎』と鉱石を手にする。
楽しみにしてると頬を朱に染めるリルドと未だいじける弟子の姿を見比べながらレムは小さくため息をこぼした。
―全く・・・面白いわね。見事に対照で。
優美とも取れる笑みをこぼし、レムは彫金の魔方陣と向き合った。
淡い白の魔力光と『永遠の炎』が混じり合い、独特のフォルムを創り上げていく。
「久々に面白い彫金になったわね。」
空に浮かんだ『それ』がふわりと手のひらに乗ったと同時に『単眼』が命を吹き込まれたように輝く。
その出来栄えにレムは久しぶりに会心の笑みを称えた。


FIN


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■   登場人物
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【3544/リルド・ラーケン/男/19歳/冒険者】

【NPC:レディ・レム】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして緒方智です。
このたびはご依頼ありがとうございました。
お待たせして申し訳ありません。
彫金依頼は無事完了した模様でお気に召しましたら幸いです。
なんだか乱入した人物もいましたが、それなりにお役に立ったようで何より。
それではまた機会がありましたら、よろしくお願いします。