<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『ファムルの診療所/お勧め探索地〜導火線・少女の依頼〜』

 なんとなく顔を出し難い場所になってしまったファムル・ディートの診療所。
 それでも、薬の調達には便利な場所である為、ワグネル時折は立ち寄ることにしていた。
 近場で薬草を採取し、常備薬の調合を頼もうと訪れたある日のことである。

「調合代いらんから、一つ頼まれてくれないか?」
 診療所内にてワグネルから薬草を受け取りながら、ファムルが言った。
「何をだ?」
「キャトルの保護先を調べてほしいんだ。詰所に行ってみたんだが、相手にされなくてな」
 キャトルはファムルのことを父親のように慕ってはいるが、二人の間に血縁関係はない。……いや僅かに遺伝子のつながりはあるのだが、それを証明するものもなければ、二人の関係を知っている者も少ない。
 ファムルがキャトルの居場所を知りたいと申し出ても、役所が応じないのは当然のことではあるが。
「保護されて随分経つだろ? さすがにキャトルと暮していた姉も心配しているだろうし」
 そういうファムルが一番心配しているように見える。
 キャトルがいなくなって既に一月以上経っている。
 診療所は彼女が訪れる前のように散らかっており、ファムルもまた無精髭を生やした冴えない男に戻っていた。
 ワグネルが頻繁に顔を出す酒場でも、彼女の姿が見られないことが、時折話題に上がる。
 街へ下りてきたばかりの頃は、つっぱって他人に心を開かない一匹狼――というより、扱い難い孤独な猿であった彼女だが、次第に皆に打ち解けて、笑顔を振りまくようになっていた。
 いなくなった彼女に関して、様々な噂が飛び交っている。
 大抵は、笑い話として、語られているだけだ。
 そんな時、黒山羊亭のエスメラルダだけは少し寂しげな目で、ワグネルや事情を知るものに目配せをするのだった。
 噂も長くは続かないだろう。
 このまま、皆の記憶から薄れていって……彼女が望んだように、皆の記憶の奥底へ消えてゆくのだろう。
「ワグネル君」
 ファムルに名を呼ばれ、現実に戻る。
「で、探してくれるか?」
「いや、それは無理だ」
 言って、所定の料金を払う。
「君なら裏からも調べられそうだし、簡単な仕事だと思うんだが……」
 ぶつぶつ言いながらファムルは金を受け取り、調合の準備を始める。
「簡単じゃねーんだよ」
 小さく呟きながら、ワグネルは診療室のソファーに体を投げ出して、待つことにする。 

 ファムルが研究室に入って数分後、控え目に診療所のドアが叩かれた。
 ファムルの耳には届いていないらしく、研究室から出てくる気配はない。
 もう一度、今度は先ほどより強く、ドアが叩かれる。
「今日は診療終わったぜー」
 気の無い声でワグネルが言った後……ゆっくりとドアが開いた。
「ワグネル、さん?」
 首を回して見れば、ドアの隙間から少女が顔を覗かせている。
 彼女の名は、ミルト。ワグネルは彼女絡みの依頼を、何度か受けたことがある。
 ミルトは茶色のワンピースに黒いカーディガンを羽織っている。女の子らしく、可愛らしい格好だった。
「ミルト? ここはあんたが来るような場所じゃねーと思うが」
 恐る恐る……といったように、ミルトが診療室に入ってくる。
「キャトルちゃんと何度か来たことがあるから」
 ミルトはある事件をきっかけに、キャトルと親しくしていた。
「キャトルちゃん、いる?」
「……いや、ここにはいない」
「じゃ、どこにいるの?」
 不安そうな瞳だった。
 外には、彼女の親が雇ったと思われる護衛の姿がある。
 まだ一人では外を歩けないのだろう。
「どこで、誰に聞いても、知らないっていうの。……ワグネルさんは、何か知ってる?」
「……いいや」
 軽く、目を背けた。
「ホントに?」
 背けた先に、ミルトは歩き、ワグネルを見上げていた。
 純粋な目を、悲しげに瞬かせながら。
「……あの人達に、攫われた……なんてこと、ないよね?」
 真剣な瞳で否定を求めてくる。
 否定の言葉を口にするのは簡単だ。
 彼女もそれを求めてはいる。
 だけれど、きっと信じはしないのだろう。
 キャトルがいないということは事実であり……多分、このまま戻らないであろうことも事実だ。
「キャトル、ちゃんは……変わった種族なんだって聞いてる。だから、今度はキャトルちゃんで実験をって……考え……」
 言葉を詰まらせ、ミルトは泣き始めた。
 攫われ、襲われた恐怖に怯えていた彼女の前から、同じ経験をしていた親友が忽然と姿を消した。
 その不安と恐怖に耐えられるほど、ミルトは強い人間ではない。
 肩を震わせて泣いている少女の前で、ワグネルは顔を顰め、ばつが悪そうに口元を歪ませていた。
「私を、私、達を助けてくれた時のように……キャトルちゃんを探してはくれませんか? もう一度……お願い……」
 零れる涙を拭いながら、声を絞り出して言う。
「無事で、元気なら、それでいいの。でも、理由があって、街に来なくなったのだとしたら、助けたい、出来る限りのことをしたい。キャトルちゃんは、私を支えて助けてくれたから。……お願い」
 ミルトがワグネルの腕をぎゅっと掴んだ。
「キャトルちゃんを探してください。もし、危ない目に遭っているのなら、助けてください。お礼に私、何でもしますから……っ」
 ミルトにとって、彼女を何度も助けてくれたワグネルは、超人のような存在だった。
 自分の出来ないことを、簡単にこなしてしまうパーフェクトな存在。
 “重い”と、ワグネルは感じた。
 ミルトの想いは重過ぎる。
 NOと答えるべきだと頭では思っていた。
 だけれど、口から出た言葉は……。
「ちょうど、ファムル先生にも同じ依頼をされててな。まあ軽く探してみようと思ってたところだ」
「軽くなんて、いわないでッ」
 嗚咽を漏らしながら、ミルトが言った。それは、僅かに安心して出た叫びだった。
「お願いします」
 深く頭を下げるミルト。
「それじゃ、成功報酬ってことでいいか? 額はこちらで決めさせてもらう」
「はい。お願いします」
 何度も何度もミルトは頭を下げた。
「できたぞ」
 研究室のドアが開き、ファムルが姿を現す。
「なんだワグネル、女の子泣かせてるのか?」
「ファムル様、ワグネルさんが、キャ……」
「おおっと、ミルト、そろそろ帰った方がいいぞ。このオジさんの姿は若い女の子には目の毒だ」
 言葉の途中で遮り、ワグネルはミルトを玄関へと誘う。
 外でまっていた護衛に彼女を渡すと、軽く微笑んだ。
「またな」
「よろしくお願いいたします」
 ミルトは再び深く頭を下げると、護衛と共に、帰っていった。何度も何度も振り返り、頭を下げながら。
「あの子、最近頻繁に来るんだ。キャトルを探してるらしいんだがな……」
「そんなことより、薬だ薬。あとこっちの傷薬も貰っていくぜ」
 ワグネルは出来上がったばかりの薬と、棚に並べられていた傷薬を無造作に取り、診療所を早々に後にする。
「おい代金!」
「代金はキャトルの居場所調査ってことで」
 追いかけてきたファムルにそう言うと、ファムルは立ち止り、声の調子を変えて言った。
「ああ、頼む」
 軽く手を上げて、ワグネルは広場を抜ける。
「さて、受けたからには、果たさねぇとな」
 口元に浅く笑みを浮かべ、ワグネルは人込みの中へと消えていった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
ミルト・ランバスール

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
こちらは、『命運〜裏と表と〜』の後、『月の紋章―第一話<出会い>―』より前の出来事です。
発注ありがとうございました。ご想像よりも、重い内容になっていたらすみません。
今後の行動が更に楽しみになりました。
本編の方も引き続き、よろしくお願いいたします。