<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


 ユカルの一人で出来るもん?

「……この、ぬいぐるみ、達……片、付、ければ、いいの……?」

 幼子のか細い声に誘われるかの様に、縫い包みで溢れ返る屋内を掻き分け立ち入った千獣が発する第一声に、ユカルは涙こそ見せずもそれと然して変わらぬ双眸を覗かせて、周囲の縫い包みから緩々と千獣へ視線を移した。

「………………」

 警戒とも、無関心とも取れぬ何処か虚ろな眼差しを以って、暫しの時、ユカルの瞳が千獣と対する。
 そして、ほんの僅かばかり。こくん――と、フードに覆われたかぶりを落として見せた。

「……ぬいぐるみ、達……大切……?」

 千獣が辺りを見回せば、物言わず本来の役割を果たす、数多の愛らしい縫い包みの中。明らかに禍々しい気を放ち、ユカルを含め、自らを待ち構えて居る玩具の気配がひしひしと感じ取れて。
 それを踏まえた上で千獣が問うた言葉に、間髪を入れず、ユカルは先と変わらぬ頷きを返した。

「大切、なら、傷、つけない、ように、片、付けて、いくね……」

 たどたどしい言葉とは裏腹に、千獣の動作は一見稚拙ながらも清々しい程に、迅速で、そして的確だった。
 一つ、口元に熱気を帯びる猫の縫い包みには、自身の内に棲まう獣や魔の者を抑える呪符を燃やさぬ様にと、背後へ回り込み首もとを素手でしかと捕らえ。
 二つ、掴んだ途端周囲に毒霧を散じた兎の縫い包みには、得体の知れ無い液体が千獣の肌へ触れ、触れたその箇所が焦げ臭い異臭を放つのも構わずに、一つ一つ丁寧に元あった箪笥の中へと、縫い包みを仕舞い込んで行く。
 傍目浅薄とも思える千獣の行為は、現在まで千獣が生き抜く上で得た驚異的な自然治癒の能力があってこその物ではあるのだが。其処まで来て、初めてユカルの瞳が、縫い包み以外の対象へと、己が感情を移ろわせた。

「――……いたい、の……」

 千獣の衣服の裾を僅かに引き、掛けられた言葉にユカル自身が怪我を負ったのかと、本能的に配慮をして居たのであろう、千獣が不思議そうに背後を見遣れば、思いがけず。裾を掴んでいた幼子の手は徐に布から離れ、既に傷の癒えかけて居る千獣の二の腕へと、労わる様に触れて来た。

「ジェイナス、だいじ……。ジェイナス、ぬいぐるみ、ユカルにくれる、うれしい。だけど……ジェイナス、いるから……それが、だいじ」

 千獣に似通い、言葉稚拙なユカルの言葉も、千獣へと行われる行為によっておぼろげながらも、その意味を察する事が出来て。恐らくこの幼子は、千獣を気遣って居る。そして自身の為に千獣が傷付く事を、少なからず憂い。だからこそ一層、未熟なその肢体を酷く、頼り無げな物とし、千獣の双眸へと強く印象付けて映るのだ、と。
 眼前の幼子を見詰め、我が身に触れる小さく華奢な手を取る千獣の指は、無意識にも柔らかく、優しい。

「私も、大切な、存在が、いる……その、人達が、傷つく、のは、嫌、だから……あなたに、とって、大切な、この子達、も、傷、つけない……」

 何れも指摘すれば有り余る、稚拙さ、たどたどしい、その挙動の一つ、一つ。
 けれど何処か温もりの宿る言葉の応酬の果て、ユカルの唇が何かを紡ぎ出さんと震えた、刹那。

 こて――と。
 バランスを崩し支えを失った、犬の縫い包みが、一体。未だ数多に残る、同胞の山の頂きから、力なく転げ落ちた。

「!! 伏せ、て……――」

 千獣がユカルを懐に覆う様に庇い、縫い包みへ対峙すると同時に、千獣と言う対象を察知した縫い包みの口腔に尋常ならざる冷気が集う。
 防御に徹し捕縛の機を計ろうにも、至近距離での攻撃に重ね、己が身は兎も角、懐の幼子にまで耐久による負荷をかける訳には行かない。
 決すれば間も無く、千獣は自身の聖獣装具、スライシングエアに手をかけ。疾風の如き速さで、縫い包みへと解き放った。

「……ぁ、あ……――」

 千獣の身を案じながらも、放たれた武器に縫い包みの末路を想い、無意識に吐息を漏らしたユカルが千獣へと指を縋らせ、その胸元に顔を埋める。
 直後耳に届く乾いた高音に、やがて恐々と言った風にユカルが顔を上げ、言葉を失い。
 ――……そして、少し。ほんの少しだけ、あどけない瞳を喜びに細めた。

 今や床上に転がる犬の縫い包みは、スライシングエアの鎖で捕縛され。けれどその何処にも、ユカルの危惧した傷と呼ばれる外傷が、見られなかった、から。


 やがて総ての縫い包みを箪笥へと仕舞い込み、日の傾き、紅く染まり始めた軒先で。千獣とユカルが出会ったその時の儘、互い向かい合う。

「……おねえ、ちゃん……」

「――…………?」

 幼子が愛用をして居るのか、少しくたびれた不可思議な動物の縫い包みをぎゅうと胸に抱き、先から千獣を称する単語を繰り返す様に、千獣がその先を要し僅かに首を傾げる。
 刻々と流れる時に、通り掛かる人々がいよいよ訝しみ、或いは微笑ましいとその場を行き過ぎる中……。ユカルが幼い足取りで千獣の眼前にまで駆け寄り、縫い包みの代わりとばかりにその腰元に緩く抱き付いた。

「ユカルの、だいじな……ジェイナス。だいじな、ぬいぐるみの、だいじをまもってくれた……だから、ユカルもだいじに、する」

「ユカルは……ユカル。……おねえちゃん、は……――?」

 幼子には不釣合いな、乏しい表情とは裏腹に、たどたどしく伝えられる感謝の念に、千獣の胸の内も、何処か暖かく満たされて行く様で。
 次いだ疑問符に、名を求められて居る、と判断し、腰元から自身を見上げるユカルに僅かに身を屈め、千獣が己が名を紡いで見せる。

 それから暫し、互いを窺い、見詰めあい、制止して……――。
 見る者も惚ける、あどけないかんばせで二人、夕暉を浴び微笑み合った。

 了

〔登場人物(この物語に登場した人物の一覧)〕

【3087 / 千獣 (せんじゅ) / 女性 / 17歳(実年齢999歳) / 異界職】
【NPC / ユカル (ゆかる) / 女性 / 9歳 / 傭兵・用心棒】

〔ライター通信〕

《千獣様》

 この度は、「ユカルの一人で出来るもん?」にご参加を下さり、誠に有難うございました。
 今回のノベルがユカルの初登場となりますが、近しい雰囲気を纏う千獣様に惹かれる物があってか、ユカルは千獣様に少なからず、懐ける要素を見出した様です。
 そんなシンパシーを元に、千獣様の新たな一面と、ユカルの成長を共有させて頂ければ、とラストを纏めさせて頂きましたが、こちらが千獣様の素敵なお人柄の一つとなれば幸いです。

 ご入り用で有りましたら、イラストレーター、ボイスアクトレスでも同名にて、NPCを共有する個室を擁しておりますので、興味を持たれましたらこちらもお目通しを頂ければ幸いです。

 それでは、千獣様のまたのお越しを、心よりお待ちしております。