<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


記憶の欠片、輝きの源〜彼女の心、鏡の心〜

 ある日、自分の家の倉庫番を任されている少年ルガート・アーバンスタインは、倉庫群の隅でぼんやりと倉庫を見つめている少女を見つけた。
 見かけは十代半ばほどだろうか。輝くような銀色の髪に、透き通るような赤い瞳が印象的な、美しい少女だ。
 だが……どこか、儚い。
 いや、危うい……と言った方が正しいだろうか。
「ねえ、きみ」
 ルガートは歩み寄り、声をかけてみた。「ここいらで女の子1人でいると危ないよ。家はどこ? 送っていこうか」
 少女はゆっくりとルガートを見上げる。
「いえ……」
「うん。家」
「……家、ありません」
「へ?」
「なくなってしまいました。ご主人様と一緒に……」
「へ???」
 少女は顔をおろし、少しきょろきょろして、
「この……辺りに。クオレ細工師様という方がいらっしゃると聞いて来たのですが……」
「あ……ああ。それなら……うちの、うん、倉庫に」
 すると少女はもう一度ルガートを見上げ、赤い瞳をかすかにうるませた。
「紹介……して、頂けますか……?」

 ルガートの管理する倉庫の壁に、大きなタペストリが1枚かかっている場所がある。
 それは地下に続く階段を隠すためにあり、そこをめくると扉があった。
 ――地下へと、続く階段。
 足を踏み入れた瞬間、少女はくしゅんとくしゃみをする。
「あ、悪い。埃っぽいだろ?」
 ルガートは慌てて、「おっかしいな掃除なら一週間前にしたはず……って、ああ!?」
 突然ひっくり返った声を出したルガートを、不思議そうに少女は見た。
 同時に、「黙れ!」と地下室から怒鳴り声が聞こえてきた。
「ルガート! それ以上何か言ったらぶっ飛ばす!」
 びくっと少女は震える。
 ルガートは開いた口がふさがらないという様子でふるふるとしながら、一点を見つめていた。
 げほっ、と、地下室の中から咳が聞こえた。
 少女はそろそろと、視線を動かした。ルガートから――地下室の中央で怒鳴っている人物へ。

 短い黒髪。
 ――輝く、黒水晶のような瞳。

 歳の頃は少女の、外見年齢と同じほどだろうか……
 黒い瞳の少年は片手に箒を持って、仁王立ちしていた。
 掃除の真っ最中だったために、却って埃が舞っていたらしい。
「しししし信じられない……っ」
 ルガートが逃げ腰になっている。「フィグが、あのフィグが自主的に掃除を――あがっ」
「黙れと言っているだろう!」
 近場のがらくたを蹴り飛ばして見事ルガートのあごにぶち当てた黒髪の少年は、次にきっと少女の方を見た。
 少女は身を縮める。
「何の御用ですか。こっちは今立て込んでいます」
「お前それはいくらなんでも自分勝手……」
 ルガートがあごを押さえながらも少女を援護する。
「大体何の御用って、俺がお前のところに案内するんだぞ? 用事なんてひとつきりだろー」
「だーかーらー今は無理だと言ってるんだこの野郎!」
「お前最近口悪くなった絶対!」
「知るかっ!」
「あの……」
 少女は肩を縮めて、両手を前で揃えた。
「……わたくし、出て行った方がよろしいでしょうか……」
「あ!? いやちょっと待ってね!? フィグは大体がお天気屋で機嫌はすぐ直るから――」
「いちいち解説せんでいいーーーー!」
 再び何かが飛んできて、ルガートの後頭部を直撃した。

 何というか。
 後になってルガートがこそっと教えてくれたところによると、このフィグという15歳の少年は普段超のつくものぐさで通っていて、地下室は汚いことこの上ないらしい。
 それが、珍しく気が向いて自分で掃除していたところを、ルガートはもちろんよりによって客に見られたものだから、恥ずかしさが倍増して荒れたとのこと。
 ……こういうところではあいつ精神年齢がすっげえ低いんだ、とルガートが後頭部のたんこぶを撫でながら泣きそうに笑っていた。

 掃除をするのをやめて、げほんごほんと何度もわざとらしい咳払いをしてから、
「……クオレ細工師を探していたんですか。どうして?」
 フィグはようやく少女をまともに見た。
 少女は頭を下げて、
「わたくし、鏡亜理守と申します。……クオレ細工師様に頼めば、過去が見えると、風の噂で耳にしましたもので……」
 フィグは目を細めて亜理守を見た。
「きみ、過去に未練でもあるの?」
 ルガートが不思議そうに訊く。彼はただの人間なので、亜理守が抱えるものについてはさっぱり分かっていない。
 しかしフィグの方は大体のことを看破していたようだ。例えば――亜理守が人間ではないこと。
 フィグはあごに指をかけてしばらく沈黙していたが、やがてつぶやいた。
「……あまりいい過去が見られそうにないように思いますが、それでも?」
 亜理守は切ない瞳でフィグを見る。
「クオレ細工師様にお頼みすれば、過去を見るとその過去から何かが出来上がると……わたくしは、それが」
「………」
 黒髪の少年は目を閉じる。深く考え込んだようで、それからようやく薄目を開けると、
「……ルガート。この方に椅子を」
「ん? おう」
 ルガートは部屋の隅に置いてあった椅子を持ってきた。
「どうぞ、お座りください」
 フィグにすすめられ、亜理守はそっとその椅子に腰を落ち着けた。
 不思議な椅子だった。まるで体が吸い付くような……
 ルガートがきょとんとしていた。
「……すんの? クオレ」
 フィグが――『クオレ細工師』が、苦笑した。
「何言ってるんだ今更」
「いや……いつもはもうちょっと……何か……」
「俺だって変化していくんだ」
「………」
 ルガートはおとなしく引き下がった。椅子から離れ、地下室の壁にもたれて待つ体勢になる。
 フィグは、亜理守の真正面となるように近づいた。
 顔を上げると、亜理守の赤い瞳は不思議な色を灯す黒い瞳と出会った。
 その黒い瞳は優しく微笑んで、
「――さ、目を閉じて……」
 いざなうような声に吸い込まれて、亜理守は闇に落ちていく――……

 ■■■ ■■■ ■■■

 かつて。
 『鏡』と呼ばれるものとして存在していたことがあった。
 出来上がったばかりのころの記憶はおぼろげで覚えていない。それはひょっとしたら、まだ自分をしっかりと『所有』してくれる人がいなかったせいかもしれない。
 初めてぱっと意識が晴れたのは、こんな声が聞こえた時――

「鏡よ鏡よ鏡さん?」

 いたずらっぽく、『彼女』が口にした言葉。
 その瞬間、『彼女』と自分は重なった。
 そして自分は、5歳の少女となった。

「これから、よろしくね」

 『彼女』は自分は、そう言って笑った。

 少しおませな『彼女』と自分。
 ねえあなたに映っていたら、私も素敵な淑女になれるかしら――

 『彼女』は自分は、よく笑う人だった。
『彼女』が笑えば自分も笑う。
 『彼女』が泣けば自分も泣く。
 重なっている。当たり前。
 例えば『彼女』が着替えをするとしたら。
 いくつもの服を自分に合わせて映し、
 かわいらしい顔でむうっと眉間にしわを寄せる『彼女』と自分。
 やがて気に入る1枚を見つけ、
 にっこり笑う『彼女』と自分。
 そしてその後、髪のリボンは合わせるバッグは、いくつもいくつも鏡に映して悩みに悩む『彼女』と自分。
 本当は大富豪の娘なのに。
 着替えは自分でしなくては気がすまなかった『彼女』と自分。
 そして全部を自分で決めて、くるんと回って見せて満足そうに笑った『彼女』と自分。
 メイド、と呼ばれる人たちが、「とても素敵ですお嬢様」と褒めていた。

 重なっていなかった時もある。遠くに離れている『彼女』を見ていた自分。
 メイドが部屋を掃除しているのを、ベッドに腰かけ見ていた『彼女』。
 この、目の前での掃除について、『彼女』と重なった自分の唇はこう言った。
 ――自分の部屋の掃除も、いつか自分でしたい。
 だから、今のうちに掃除の仕方を見て盗んでおくの、と。
 いたずらっぽく自分は唇の端を微笑ませた。

 目の前で、『彼女』はすくすく育つ。
 活動的な人だった。よく外へ行っていた。その間自分は部屋に残されたままだったけれど、部屋に帰ってくれば『彼女』は真っ先に自分の前に来た。
 まず着替え。それが終わってからすとんと椅子に座り。
 友達の話、両親の話、お稽古の話……
 にこにこ、にこにこ。ああ今日も『彼女』も自分も機嫌がいい。

 そんな『彼女』は、いずれ社交界に出る少女として、若い内からお化粧を教えられていた。
 やがて1人でお化粧ができるようになった頃、少女は嬉しそうに色んなお化粧にチャレンジしていた。
 失敗しては『彼女』は自分は笑い、満足できずに『彼女』は自分はむうっと頬を膨らませ、成功しては『彼女』は自分は微笑んだ。
 誕生日が来るたびに、『彼女』はおめかしするために自分の前に来た。
 だから『彼女』の誕生日は自分の誕生日。

 ――赤いドレスを早く着てみたいと、『彼女』となった自分は言った。
 赤なんて色、お前には早すぎると。
 父親に止められているからと。

 12歳の誕生日。
 一段と『彼女』が嬉しそうだった誕生日。
 なぜなら12歳になれば――
 お金持ちの集まる社交パーティに、正式に招待されるから――

 そしてある日、初めてのパーティ。親とともに行くからねと。行ってきますと一言置いて。
 そして『彼女』の部屋で待つ自分。
 『彼女』の笑顔の報告を待つ自分。
 しかし帰ってきた『彼女』はいつもと様子が違って。
 着替えもせずに、鏡台にばんと両手を置いて、その顔は両親とけんかした時と同じ白い肌が紅潮した顔で、
 パーティの参加者とけんかしたと。
 そんなお怒りの顔。重なっていた『彼女』と自分。
 まるで、怒りが倍増したようで。
 相手がどんな人物だったのか。男の子。自分より少し歳上そうな。自分をふふんと見下しているような。
 その後、月に1回はあらゆる家で行われるパーティで、ことごとくその少年と顔を合わせると『彼女』はぼやいていた。
 会うたびに、その少年は自分にちょっかいを出してくる。
 やり返したくても親に止められると。
 どうしてどうしてどうしてと、『彼女』を映すたび、自分はぶつぶつつぶやいて。
 いつの間にか、パーティのない日までその少年のことばかりつぶやいていることに気づかずに。
 そして13歳のある日のパーティで――
 帰ってくるなり、『彼女』は自分の前にやってくると、椅子に座ることもせずぺたりと床に座り込んでしまった。
 顔を上げる。重なる『彼女』と自分。
 やがてその快活な瞳から、ぽろぽろと涙が流れ出して。
 『いつもの彼が』
 『他の女の子と』
 それがどうして涙につながるのか、分からず自分は泣きながら、『彼女』の言葉を代弁した。
 そんなパーティが毎月続いた。帰ってくるたび『彼女』は、自分は泣いた。
 ある日『彼女』はつらくてつらくて、パーティを辞退した。
 体が悪いのじゃないかと、両親やメイドがかわるがわる様子を見に来たけれど追い払って。
 ベッドにふせったまま、パーティに行かない月が続いて。
 ――ある日。
「さる方からプレゼントよ」
 パーティ帰りの母親が、そっと『彼女』の部屋に入ってきて、ベッドにふせっている『彼女』の傍らにまで行った。
「この間、貴女の14歳の誕生日だったでしょう? そのプレゼントですって」
 贈り主の名前を聞いた途端、『彼女』は跳ね起きた。
 母親がその様子を見てくすくすと笑う。
 そんな母親の手にある小さな小箱を受け取って、お母さまは早く出て行ってと『彼女』は母親を部屋から追い出した。
 はいはいと微笑みながら出て行く母。『彼女』はすぐに自分の元へやってきた。
 重なった『彼女』と自分。頬が紅潮して。
 綺麗にラッピングされた贈り物を、震える小さな手で開いていって。

 中身は、金の鎖のネックレス。
 トップはかわいらしい上下にならんだ2枚のハート。

『誕生日おめでとう。早く元気になれよ』

 そんなメッセージカードが添えられていて、それを何度も読み返しては涙があふれてあふれて止まらなかった。
 急いで身につけてみたネックレス。
 2枚のハートはかわいらしく胸を飾って、『彼女』は自分はこれ以上ないほど幸せそうな笑みを浮かべた。
 その次の月のパーティ。何ヶ月ぶりかなんて忘れたけれど、『彼女』はそのネックレスを胸に、いつも以上に時間をかけておめかしをして出て行った。
 帰って来たときの『彼女』の顔はふくれっつら。
 やっぱり言い争って帰ってきてしまった『彼女』。だって『彼』は『彼女』をからかうことしかしない。
 そこまでつんと唇をとがらせていた『彼女』と自分。
 でも。やがて。
 すとん、とその顔から怒り顔が消えて。
 胸の2つのハートをいとおしそうに撫でて。
 ようやく自分は、優しい声を出せた。
「……『元気そうでよかった』だって……」
 そんな『彼女』の、自分の今の気持ちにつける名前を、自分は知らない。

 やがて日常が戻ってきた。
 14歳になった『彼女』はとても大人びて、けれど自分の前では笑ったり泣いたり怒ったり表情豊かないつもの『彼女』。
 社交パーティもうまく行っているようだった。『彼女』の胸からあのネックレスが消えないのがその証拠。
 そして、かつて自分に言っていたように部屋の掃除も自分でやるようになった。
 やがて掃除に慣れてくると、毎日やってもすぐ埃が立つと鏡台の前で文句を言うようになって。
 とても淑女には思えない仁王立ちをし、気合を入れて『彼女』はものすごい勢いで部屋の掃除をしていた。
 それを全部……見ていた自分。

 心などないはずだった。
 けれど『彼女』を見ているのが――好きだったと、心から言える。
 今なら分かる。あの頃は――幸せだった。

 なのに。
 なのに。

 ああ、頭が痛い。心が、痛い。
 どうしてあんなことになってしまったの?

 目の前が真っ赤に染まる。
 あんなに『彼女』が毎日綺麗にしていた部屋が、今は血の海で。
 その中央で――
 『彼女』が、見るも無残な姿で倒れていて――
 悲鳴を覚えている。
 『彼女』が最後に残した悲鳴を。
 押し入ってきた男たち。
 『彼女』の返り血を浴びても平気な黒尽くめの服。

 ああ、あれは『彼女』が15歳になったばかりの日――

 皮肉にも、『彼女』が『彼』を、初めて誕生日パーティに呼ぼうとしていた日。
 そして皮肉にも、『彼女』が身にまとっていたのは、それまで「早すぎる」と父に止められていた赤いドレス。
 血、は、それで、も、ドレス、の、色、に、まぎれ、る、こと、な、く、

 くっきりと

 男たちが、すみやかに仕事を終えていく。強盗という名の仕事を。
 『彼女』の部屋を荒らしに荒らして。
 そして、部屋から消えていく……

 悔しい
 悔しい

 それは、誰の怨念だった?

 恨めしい
 恨めしい

 ――するっと自分の中に何かがすべりこんできた。
 綺麗に、重なった。
 自分と重なることができるのは、1人きり。

 時間をかけて人の形となった自分は、初めて「足」でその場に降り立った時、一言、つぶやいた。
 わたくしのご主人様――と。

 ■■■ ■■■ ■■■

 ――もう、いいですよ。
 優しい声にみちびかれ、亜理守は目をゆっくりと開いた。
 目の前に、黒水晶の瞳の輝きがある。
 ああ、戻ってきたと実感した。ここは赤くない。
「わたくしの……ご主人様は……」
 訊かれてもいないのに、亜理守はつぶやいていた。
「強盗に……殺されて……」
 背後でびくっとルガートが震えるのが分かる。
ああ、わたくしのご主人様――
 あんなに、幸せな顔を、なさっていたのに。
「……不幸とは突然訪れるものなのですね」
 つぶやいた亜理守の髪に、ふわりと手が触れた。黒髪の少年の手だった。
「できましたよ」
 髪を撫でる手の反対側の手が、何かを包むように握られている。
 その手の隙間から、光が漏れている。
「その……美しい光が、クオレというものなのでしょうか?」
 亜理守はフィグを見上げた。フィグはうなずいた。
「――少し、壊れてしまっているようなので。今修理します。大丈夫、すぐに直りますから」
「壊れて……」
「そんな悲しい顔をすることではありませんよ。本来クオレは、ちゃんとした形で出来上がってくるほうが珍しいんです」
 言って、フィグは亜理守に背を向け部屋の奥に行った。
 代わりにルガートが近づいてきて、そっと亜理守の肩に手を置き「お疲れ様」と囁いてくる。
 優しい声だった。ここには優しさがあふれている……
 それでも恋しいのはやっぱり『彼女』のあの部屋だけ。
 やがてフィグは、15分ほどで戻ってきた。
 両手に包んで隠していたものを、亜理守の目の前でそっと広げる。

 それは光に包まれた、
 金色の鎖の、トップに上下2枚のハートのついたネックレスだった。

 どくんっと亜理守の心が跳ねた。
 とくとくとくとくと、動器精霊であるはずの亜理守には滅多にないほど、心臓が早鐘を打つ。
「あ……ご主人様、の」
「鎖がいくつか取れていたのでね……新しくつけかえました」
 ぽろぽろと涙が流れた。震える手を伸ばすと、フィグはそのネックレスに触らせてくれた。
 ああ、輝いている。綺麗だ、ご主人様があの時頂いたものと同じくらい――
 やがてフィグは亜理守の背後に回り、そのネックレスを亜理守の首に飾った。
 亜理守は『彼女』がしていたように、2枚のハートを撫でてみる。
「……亜理守さん」
 後ろから、少年の声がした。「貴女は、ご主人様の生きていた証がほしくてここまでいらっしゃったのでしょう」
「―――」
 どうしてそこまで分かったのだろう。亜理守は肩越しに振り返る。
「……クオレは、確かにそのネックレスですが」
 黒い瞳の少年は微笑んでいた。
「貴女のご主人様が生きていらっしゃった証なら貴女の中にある。……今、ネックレスを見てとても強く心が反応しませんでしたか?」
「―――」
 亜理守は自分の胸に手を当てる。とくんとくんとくん。
 ネックレスをもらって嬉しいと、思う自分がいる。
「その心……ご主人様ご自身が、かの方からネックレスをもらった時と同じ心ですよ」
 それだけは、鏡では映せなかったもの。
 亜理守には知りようもなかったもの。
 それを今、亜理守は知った。

 ――だから、ご主人様はこの胸の中にいる。

 ぎゅっと胸元で手を握った。
 ああ、ご主人様。わたくしのご主人様――……
 亜理守は今、生きています。
 亜理守は今、幸せです……

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 それじゃあ、と地下室の出入り口まで、フィグは送ってくれた。
「あの、クオレ細工には、お金が必要だと……」
 亜理守は財布を取り出そうとしていた。フィグは苦笑して、「いいですよ」と言った。
「必要ありません。……まあただでやったとは秘密にしておいて頂けると助かりますが」
「あ、ありがとうございます、ありがとうございます……!」
 ルガートに促され、倉庫の外まで案内された。
 亜理守の微笑みが、フィグの心に残る――

 亜理守を倉庫の外だけではなくどこかまで送ったらしい、大分時間が経ってからルガートは地下室に戻ってきた。
 ルガートがぽつりと言った。
「……お前最近、クオレ細工に金取らなくなったよな」
「相手による」
 フィグはそこらの壁にもたれてぐたっとしていた。――クオレの取り出しには体力と精神力がいるのだ。客の前で平気な顔でいるのは凄まじい気力がいる。
「何で金取らなくなったんだ?」
「……アーバンスタイン家にはほどほどに礼をしてきたろ」
 フィグは元々、この倉庫に居候させてくれているルガートの家へ渡すお礼――というか家賃――のために仕事をしていた。
 決して好きな仕事ではない。他人の心など覗いていいことはない。
 だから嫌々やってきた仕事だった。だけど……
 フィグは大きくため息をつく。そしてつぶやいた。
「……最近は、クオレもいいものかもしれないなと思えてきたんだ。……他人の、希望になるかもしれないなら」
 目を閉じると脳裏に映るのは、亜理守の微笑み――
 それに重なって見えた、亜理守の主人の微笑み――
「……生きて、いるよ。彼女は、彼女たちは……」
 なぜならクオレは、心なき者からは取ることができない。
「だから……生きて、幸せに……」
 不幸を知った者なら。
 幸せをさらに知ることができる。
 過去を共有することは、心を共有すること。
 だから願える。願うことができる。

 どうか、幸せに――

 彼女たちの胸元を飾った、2つのハートが輝き続けることを祈りながら……


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3585/鏡・亜理守/女/15歳(実年齢100歳)/超常魔導師】

【NPC/フィグ/男/15歳/クオレ細工師】
【NPC/ルガート・アーバンスタイン/男/17歳/倉庫管理人】

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■         ライター通信          ■
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鏡亜理守様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルにご参加くださり、ありがとうございました。
お届けが大変遅くなり、心からお詫び申し上げます。

亜理守さんのご主人様の形見、何にしようかとても悩みましたが、こんな形にしてみました。勝手に作ったエピソードでしたが、いかがでしたでしょうか。
よろしければまたどこかでお会いできますよう……