<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


あおぞら日記帳





 確かこの辺りのはず。と、キング=オセロットは、住宅街を歩いていた。程なくして、おしゃれなペンション風の建物が視界に入り、オセロットはほっと胸をなでおろす。
 両開きの扉を開けて、オセロットは建物の中へと入った。
「お邪魔する」
 カランコロンと、ドアベルの音が入って直ぐの食堂ホールに響き渡る。
「はーい」
 食堂から続く廊下の先から、パタパタと足音を響く。
「あ、オセロットさん。久しぶり!」
 足音の主、オセロットの姿を見て、ぱぁっと顔を輝かせたのはルツーセだ。
「元気そうだな」
「うん! 部屋、見てく?」
 オセロットの言葉に大きく頷きつつ、ちゃんと営業も忘れない。
「いや、今日はルミナスと少し話したいと思ってな」
 そういえば下宿だったなと改めて思いつつ、オセロットは『あおぞら荘』へ来た目的を告げる。
「そっか残念。じゃ、ルミナス呼んでくるね」
「頼む」
 ルツーセは来たときと同じようにパタパタと足音を響かせて廊下の先へと駆けて行く。
 オセロットは待つ間、食堂を見回すようにゆっくりと顔を動かした。
 外から見た感じと、室内の広さが合わないような気がするが、空間利用の錯覚だろうか。
 しばらくして、ルツーセが駆けて行った廊下の先から、額にパールに酷似した輝きを持った銀髪の青年が顔を出す。
「お久しぶりです。オセロットさん。僕に話と聞きましたが?」
「ああ……少し、いいかな?」
「ええ、勿論です」
「じゃぁ、お茶でも淹れよっか」
 青年――ルミナスと共に戻ってきたルツーセは、そのままパタパタと厨房へと走っていく。
「ありがとうございます」
 ルミナスは駆けて行ったルツーセにお礼の言葉を投げかけ、オセロットに近場の椅子に腰掛けるよう促す。
「どうぞ」
 カップが2つと、ティーポットが1つ。
 カップが2つだけしか出していないことに、ルミナスは首を傾げるが、当のルツーセは気がつかないふりをして、そのままオセロットに「ごゆっくり」と言葉をかけると、奥へと戻っていった。
 そんな気遣いにオセロットの口から穏やかな笑いが零れる。
 そして何から話すべきかと考え、しばしの沈黙が流れた。
 オセロットは、何の話だろうと視線を向けるルミナスに、ゆっくり息を吸って切り出す。
「その後、体調はどうかな?」
「元気ですよ。昔よりも元気なくらいです」
 ルミナスはにっこりと笑ってガッツポーズをしてみせる。
 そんなルミナスの姿を見て、オセロットはほっとしたように微笑み、軽く瞳を伏せた。本題はこれからだ。
「……カデンツの体を壊すことで、結果、あなたを苦しめた」
「そんな! 気にしないでください!」
 沈痛な面持ちで軽く頭を下げたオセロットに、ルミナスは驚きと焦りで早口になる。そして、ゆっくりと呼吸をし、落ち着いて言葉を続けた。
「自ら望んで全ての負担を引き受けたのです」
 迷い込んでしまったオセロットたちを守るため、自分に出来ることを実行しただけ。
「それでも、カデンツとの戦いは、もう少しやりようがあったと思う。申し訳ない」
「オセロットさんが謝らないでください。謝るのは僕のほうです」
 ルミナスは体制を整え、深く腰を折る。
「巻き込んでしまい申し訳ありませんでした。僕たちが上手くやっていれば、オセロットさんたちを危険に遭わせずに済みました」
 また暫く沈黙が流れる。
「お互い謝ってばかりだな」
「そうですね」
 ふっと笑ったオセロットに、ルミナスもつられて苦笑する。
「……良ければ、少し質問をさせてほしい」
「僕に答えられることでよければ」
 オセロットは充分だ。と、言葉を続ける。
「いくつかあるが……まず、カデンツの目的」
 あの街をもって、何をしようとしていたのか。
 いきなり現れ、ある意味成り行きでカデンツを倒すことになってしまったが、その目的はなんら知ることは出来なかった。知る機会が無かったとも言うが。
「目的は…特に無かったと思います。アーティファクトは、力量に見合うマスターが操ってこそ、その力を活かすことができるのもの。カデンツは、強すぎる力に溺れ、破壊の道を辿ってしまった。ただ……それだけ」
 その力を誇示し、扱うことに喜びを見出し、ただ無差別に街を葬っていた。
「アーティファクト?」
「はい、この世界で言う魔法道具を僕たちの世界では“アーティファクト”と呼ぶのです」
 あの街も、本来の形は、街の形のオルゴールだった。それが、カデンツの暴走によって歪んでいっただけ。
 ―――いや、歪んでいたのは、街本体かもしれないが。
 オセロットは、なるほどと納得し、次の質問に移る。
「それと……カデンツ自身。この世界にはいろいろな『命』の形がある。人の言う血肉を持つだけが『命』ではないが……奴は一体何者だったのか」
 魔法力……いや、生命力にあれほどこだわる理由は何だったのか。
「カデンツはヒトです。扱う側のはずが、扱われる側になってしまっただけの、哀れなヒトです」
 道具に呑まれ精神が崩壊し、道具が持つ力を維持することのみに執着し、“自分”を全てなくしてしまったヒト。そして、それ以外を考えるような心は、もう、残っていなかったから、維持に必要な生命力に固執した。
 道具に使われた人間。
 行いは許せることではないが、それを聞くとカデンツが少しだけ不憫に思えた。
「……元には、戻せなかったのだろうか」
 その問いに、ルミナスはただゆっくりと首を振る。
「……そうか」
 一度手を出し、負けてしまえば逃れられない麻薬のようなもの。
 オセロットは気持ちを切り替えるように息を吐いた。
「最後に、あなたとカデンツの元いた世界。どういった世界なのか」
 これが、一番知りたいことかもしれない。
「あなたとコールは兄弟だという。変な質問だが……コールが元いた世界と、あなたとカデンツの世界は同じ世界なのか。夢の中とはいえ、コールの元いた世界に入ったことがあるので。ああいう世界なのかと」
 尚も言葉を連ねようとしていたオセロットだったが、はっと気がつくように言葉を止めると、申し訳なさそうに苦笑した。
「……質問攻めだな。済まない」
「気にしないでください」
 ルミナスは首を振り、順を追って話しますね。と、言葉を続ける。
「兄さんも僕も、そしてカデンツも…全て同じ世界の住人です」
 地域が違えば状況も違う。ただそれだけの話し。
「そして、僕たちが元いた世界は、あまり誇れるような場所ではありません」
 いつの頃からか人々は争い始め、“力”を求めるようになった。目的は領土を広げることではない。より強い“力”を手に入れること。
「オセロットさんの言う、ああいう世界です。正に……」
 オセロットは、心のどこかで少しだけ嘘であってほしいと思っていた。あれほど穏やかに笑うコールの世界が荒廃しているなんて思いたくなくて。
 夢の中だったから―――と、納得して、現実は違うと聞きたかった。
 だがそんな望みもルミナスの言葉で全てが崩れ去る。
「僕と兄さんは一緒に暮らしていたわけでは無いので、兄さんがこの世界に流れ着いていたことは偶然でした」
 まさか記憶を失くしてしまっていたなんて思いもしなかったが。
「……済まなかったな」
 呟いたオセロットに、ルミナスはきょとんと瞳を瞬かせる。
「?? 何がですか?」
「辛いことを、思い出させてしまったのではないか」
 あの夢の中と同じ、争いに溢れた世界ならば、それを語ることはあまりいい気分ではなかっただろう。
 だが、ルミナスはゆっくりと首を振り、どこか遠くを見つめるような眼差しで口を開く。
「こうして語っている自分自身を、なぜかとても客観的に捉えている自分もいるのです」
 物事の渦中にいるだけでは気がつけないことも、一歩引けば見えてくる。ルミナスたちは今、世界を離れたことで自分たちの居た世界を見直せるような状況になったのだろう。
「僕でお力になれましたか?」
 しばし口を閉ざしたオセロットに、ルミナスは伺うように尋ねる。
「ああ、充分だ。ありがとう」
 知りたいと思っていたことの答えは手に入れた。
「次はもう少し、明るい話題をもってこよう」
「はい。楽しみにしますね」
 話をしている間に冷めてしまった紅茶に口をつける。
 温度は冷たくても、紅茶はほっと心に広がった。











☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 あおぞら荘にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 頂いた質問には答えられるだけ答えたつもりですが、上手く伝わっているでしょうか……。
 尋ねた理由を勝手に想像して書いてしまいましたが、オセロット様の思いと差異が生じていましたら申し訳ありません。
 それではまた、オセロット様に出会えることを祈って……