<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】荻・招霊





 女は長い袖をまるで風に遊ばせるようにして動く。
 袖に隠れたその手に握られているのは萩の一振り。
 そこは潮の香り漂う海辺の村―――海頭(みず)。
 浜辺に咲き誇る小さな純白の花を持った風の友。
 まるで薄と見まがうほどにそっくりなその荻の一輪は、妖艶に微笑む女の望みを叶えんがためにその穂先で嘆きを呼ぶ。
 荻の揺れは、女の動きは、哀れなる魂を呼び寄せる。

 踊れ。踊れ。
 眠れぬ哀れな魂たちよ。
 舞え。舞え。
 その望み叶えんがために。

 動きを止め、袖口を口元に当てて微笑んだ女のその瞳は、畜生のもの。
「ふふ、楽しませてたもれ」
 哀れなる魂は海より来たり、亡者となりて村を襲う。
 女はその様を楽しそうに見つめていた。






 机の上に並べられた海鮮料理は、高級料亭のソレとは言いがたいが、どれもこれも新鮮でいいものを使っていると見て取れる。
 ぐつぐつと煮立っただし汁に数回泳がせて食べる鰤しゃぶしゃぶは絶品だろう。
「いただきます」
 山本建一は箸を手に、両手を合わせて軽く頭を下げる。
 折角海頭くんだりまで来たのだから、名物の海鮮料理をお腹いっぱい心いっぱい堪能して帰ろう。
 これで温泉があったら言うことない。まさに。
「で、出たあぁああ!!」
 ポチャン。
 箸でつまんで、さぁしゃぶしゃぶするぞと持ち上げた鰤の切り身がだし汁に落ちる。
「どうかされましたか?」
 建一は部屋の窓から身を乗り出し、外を見た。
「これはいったい……」
 遠目からも見える、ゆっくりとした足取りで海岸から上がってくる人の影。
―――いや、亡者の影。
 これでは美味しい料理も台無しである。
 建一は立てかけてあった杖を手に、店から外へ走り出た。
 亡者はただ漠然と直進してくる。
 まだ距離は遠い。
 しかし、どうにか対処しなければ亡者の群れが海頭を襲うのは目に見えている。
 誰が一体こんなことを…目的は…?
 そんなことを考えてみても、見回してみても眼に入るのは怯えながら野次馬根性で集まってきた村人と、此方へ向かってくる亡者のみ。
「異国の冒険者さん、あんた強いんだろ? 助けてくれ!」
 どうやら蒼黎帝国内で、異国から訪れる人は強いと触れ亘っているらしい。
 建一は苦笑して、
「強いかどうかは分かりませんが、それなりに経験は積んでいるつもりです」
 とりあえず亡者―――アンデッドの弱点は炎。宗教の違いで聖水が効くかどうかは分からないが、どの宗教のアンデッドも皆一様に炎が弱点。建一は足止めと試しをかねて炎の魔法の詠唱に入った。
 魔法を唱えるための詠唱は意識が研ぎ澄まされいつも以上に集中する。
 それは、普段では見えないものもその瞳に捕らえた。
(どうやら、術により呼び出されたもののようですね)
 亡者本人たちに強い意志があって甦ったのではなく、誰かが無理やり起こした状態なのだろう。その反動か、ただの動く死体が出来上がっているのが、今。
(知能は、なさそうです)
 唯直進してくる亡者の瞳には何も映っておらず、ただ濁った水のように暗い色を浮かべるのみ。
 足止めのつもりで放った炎の魔法は良く効いたらしく、一番村に近づいてきていた亡者たちは灰と消えている。
「被害を抑えるためには倒すしかないですね」
 知能がある亡者であれば、流石に建一一人では骨が折れたかもしれないが、海から上がってくるのは数がいるだけの木偶の棒ばかり。
 それでも、戦闘能力の無い一般市民には脅威であることには変わりない。
「無事な家に非難して、鍵をしっかりかけてください」
「流石に一人で大丈夫なのか?」
 村にために行かなければならないが、しかし怖い。その怖いが少しばかり勝っている人々は、完全に腰が引けてしまって、ついてこられても邪魔になるだけだ。
「えぇ。暫く観察していましたが、僕一人で大丈夫そうです」
 そう言ったとたん、建一以外に亡者に立ち向かっていきそうな村人は完全にゼロになってしまった。
 何とも他力本願な村である。
 建一がいなくなって村が襲われたらどうするつもりなのだろうか。
 そうなってしまっても結果的にはなるようにしかならない。
 建一は村と浜辺の境目に魔法で炎の壁を作り、浄化しそこねた亡者が村に入らないよう保険をかけると、亡者に向き直った。
 これだけの亡者が一斉に眼を覚まし、襲い掛かってくるなんて、うっかり眼を覚まし、人を襲うことがあったとしても、それは単体で、大群なんて普通では考えられない。
 亡者を復活させる類の術だと思うのだが、それならばその源となるようなものがあるはず。
 建一の炎によって亡者の数が徐々に減っていっているように見えるということは、亡者を供給するだけの何かがもうこの近くには無いということだろうか。
 何か遠隔的に術を行使させているならば、その力を受け止めている媒介がどこかにあるだろう。
 建一はそれを探した。
 亡者は炎によって灰へと戻る。
 ベタベタと浜辺を引きずって近づく亡者の瞳は、四方八方を向いて焦点は彼方へ。
 魂の無い肉体は、苦痛の声を上げることなく、ただ腐った肉が焼ける匂いだけを浜辺に行き渡らせた。







 術をかけられた亡者が全て浄化されたのか、はたまた術者が遠くへ行ってしまったのか……その理由は分からないが、海頭の浜辺は落ち着きを取り戻し、荻が風に揺れてその花を躍らせていた。
 また亡者が出るのではないかと恐れる村人のために、建一はそこまで広くない浜辺を散策する。
 何か術の痕跡が残っているのではないか。そう思って。
 よくよく考えてみても、海頭の村はそう大きくもなく、地図にだって隅っこに書かれる程度の知名度もそこそこの村。
 今時話題のグルメ嗜好が流行りだしやっと脚光を浴びた程度の、言っちゃ悪いが過疎が進んだ港の村だ。
 そんな村をわざわざ襲うのだから、それなりの価値があるのだろうと思うが、どうも考えられない。
 一番簡単に言うならば、襲えればいい。みたいな。
「この荻だけ、別の波動を感じますね……」
 だからこうして証拠が残っても何とも思わない。
 手折られた花は程なくして枯れていく定めなのに、どれほどから此処に捨て置かれていたか分からない荻が、萎れもせず落ちている。
「この荻にどういった意味があるのでしょう」
 荻は浜辺を囲うように咲き乱れている。
 建一は微かに唇に呪文を乗せ、術の余韻が残る荻を焼き尽くす。
 もし、媒介が荻ならば、生えている荻全てを焼かなければ解決しないが、流石にそこまではしたくない。
 とりあえず原因の1つである荻も焼いたし、亡者の姿も無い。
 大元を叩かなければ解決はしないだろうが、当分の間は心配することも無いだろう。
 建一は持っていた杖を竪琴に変えて、浜辺にある適当な岩に腰掛ける。
 そして、高らかに海の向こう、不幸にして沈んだ命に向けて、鎮魂の歌を歌った。







 建一は元々お世話になっていた宿へと戻り、先ほど食べ損ねた鰤しゃぶしゃぶを今度こそ。と、両手を合わせた。
















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【0929】
山本建一――ヤマモトケンイチ(19歳・男性)
アトランティス帰り(天界、芸能)


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】荻・招霊にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 戦いに来たわけでもないのにお誂えな武器を持っていることは不自然ですので、魔法のみの対応とさせていただきました。
 それではまた、建一様に出会えることを祈って……