<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】荻・招霊 二日目





 次の日。朝餉に用意された海苔の佃煮は実に美味しく、エルザードでは余り食べる機会のない白米が実に美味しく感じた。
 潮の香りは、昨日の焼け焦げた匂いを全て吹き飛ばし、爽やかな香りを浜辺全体に漂わせている。
 ところどころこげた後は残っているが、それも程なくして気にならなく程度だ。
 山本建一は、呪の気配を強く感じた荻がやはり気にかかり、浜辺を歩く。
 何もないと思いたいが、何かあったときのために、建一は荷物の中からそれ系のスレイヤーを取り出し、装備しておくことにした。
 備えあれば憂いなしと言う奴だ。
 村の中では、あの亡者騒ぎが原因で、今日の漁は中止だったらしく、昨日よりも人が多く感じられた。
 漁に出ていなければ海頭の村もそれなりに人がいるようだ。
 しかし、平均年齢は高そうだが。
 もし、村人全員が陸にいる今日を作り出すための亡者騒ぎだったとしたら、建一一人でこの村全てを守りきるのは少々しんどい。
 なにせ村と言う名称を冠しているだけあって、広くはないのだが、狭くもないのだ。
 正直漁師を狙うなら船を転覆させてしまえば亡者も増えて一石二鳥のような気がしなくもない。
 それなのに、首謀者は海から亡者をわざわざ陸に呼び出し、村を襲わせたのだ。
 陸であることに何かしら意味があるのかもしれない。
 村と浜辺を隔てるものは厳密には無いが、やはり強いて言えば堤防のようなものが作られている土手がそれにあたるだろう。
 見渡せば、人が通る場所以外に咲き誇る荻が眼に入る。
 強い潮風が砂を巻き上げる。
 サラサラサラ――――
 風に遊ばれた荻の穂がゆらゆらと揺れる。
 それはまるで何かを誘う手のようで。
 呼ばれるように建一は荻の穂に手を当てる。
 何かしらの術の気配は無い。本当に唯の生えているだけの草だ。呪の媒介になりえるほどの強さもさして感じられないが、ここ蒼黎帝国に住まう仙人と呼ばれる人々が使う術にはその類のものがあるのだろう。
 魔法と呼ばれる力を扱う建一とはまた違う神秘の力。機会があるのならば、一度触れてみたいものである。
(………?)
 荻の穂に触れる建一を行過ぎる女性。
 建一はついその姿を眼で追ってしまった。
 なぜならば、この海頭の村では見かけないほどに若く、そして高貴そうな身形をした女性だったから。
 女性は建一の視線に気がついたのか、にっこりと微笑む。
 細められた眼はまるで狐のようだ。
 建一の気取られぬよう微笑み返す。
 横目で女性の姿を見遣れば、女性はプチッと荻の穂を手折り、そのまま浜辺へと歩いていく。
 女性は荻の穂を振りながら、歌っていた。

 踊れ。踊れ。
 眠れぬ哀れな魂たちよ。
 舞え。舞え。
 その望み叶えんがために。

 歌は続く。
 長い袖と肩に掛けられた羽衣が潮風に吹かれゆらゆらと揺れる。
(!!?)
 女性の手に握られた荻が、微かに青白く光った気がした。
 その光は徐々にその数を増やし、揺れる荻の周りを飛び交う。
 言うなれば、あの荻に集まっているのは鬼火だの霊魂だのの類に思える。
 建一は数度瞬きした。
 だが、その瞬きの間に女性の姿は掻き消えていた。
 女性が今まで居た場所には、微かに青白く光る荻が一房落ちている。
「…………」
 建一は荻に近づき、そっと持ち上げる。
 光っていたと思っていたのが嘘のように、建一が持ち上げた荻はただの草に成り果てていた。
 だが、草に残る確かなものに建一は瞳を細めた。
 荻から発せられている波動が、先日の荻と同じ力を感じるのだ。
「あの人が……」
 相当の余裕でもって建一の目の前で何か術を行使し、消えた女性。
 建一は炎の魔法でもって荻を焼き捨てる。
 この荻に集まっていた鬼火の類はどうなったのか。
 すっと建一はその場に腰を下ろし、竪琴を構える。
 効くかどうかは分からないが、建一は鎮魂歌を海に向かって奏で始めた。
 音楽に、言葉も国境も関係ない。本当に悼みの心を持って歌うならば、その言葉がたとえ異国のものであっても通じるものだろう。
「予定調和すぎるのぅ」
「―――っ」
 建一の歌と竪琴の音が止まる。
 ばっと振り返った後ろに立っていたのは、あの女性。
「こぅ、歌はもっと心躍るようなものがいいのぅ」
 例えば、眠っているものさえも無理矢理起こせるほど激しい音で。
「申し訳ありません。僕は吟遊詩人ですので」
 そういった歌は歌わないのだと、建一は告げる。
「なんじゃ。つまらぬの」
 簡単に背後を取られてしまった。歌に集中していたとしても致命的なミスである。
 建一は背後の女性に気取られぬよう、心内で魔法の準備を整える。
「ふと、聞くが、亡者を倒したのはお前かえ?」
「滅相もありません。僕はただ元ある姿に戻しただけです」
「口の減らぬ坊じゃ」
 女性はコロコロと笑う。
 背後から感じるプレッシャーが増す。

 ザンッ―――!!

 風を切る刃の音が響く。
「避けるでないよ!」
 先ほどまで建一が座っていた場所が見事に真っ二つだ。
 建一は避けながら呪文を唱える。
 かっと激昂で眼を見開いた女性の眼は縦に瞳孔が走り、畜生のもの……その背には尾の幻影さえ見える。
 妖仙か―――。
 詠唱が完成し、建一の足元から影が伸びる。
 妖仙はぴたりと動きを止め、忌々しげに建一を見た。
 建一はほっと息を吐く。だが、その瞬間、妖仙は鮮やかなまでの笑みの形に口の両端を持ち上げた。

 ザバザザン!!

 音は背後―――海から。
「!!?」
 振り返れば、一際大きな、たくさんの亡者が1つになったような妖怪。
 建一はうっと口を押さえる。腐敗臭が酷い。
 パサっと微かな衣擦れの音。
 妖仙は衣だけを残してその場から消えていた。
「いらない置き土産ですね」
 濡れている間は炎の魔法の威力は弱まってしまうかもしれない。
「スレイヤーを出してきておいて良かったですよ」
 建一は浄化の力を持ったスレイヤーを構え、妖怪に切りかかる。ちらりと村人がいやしないかと目配せするが、最初の騒動で家に引きこもったようだった。
「はっ!」
 建一はスレイヤーを操り、妖怪の腕や足に切りかかる。
 本体から離れた部品は砂浜に落ちると、溶けたマグマのようにとろけて消えた。
 その後を、微かな屑さえも残さぬよう炎の魔法で念入りに焼く。
 結局あの妖仙の目的は聞けずじまいだったが、あまり力を持った歌は好きではないらしい。
 建一は、お腹を押さえて焼け焦げた砂浜に立つ。今日は何を食べようかな。そんな事を思いながら―――




















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【0929】
山本建一――ヤマモトケンイチ(19歳・男性)
アトランティス帰り(天界、芸能)


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】荻・招霊に再度のご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 妖仙と少々おしゃべりしてみました。術戦というよりは腹の探りあいのような形になってしまいました。まぁお互いの力を直に認識したと思っていただければ幸いです。
 それではまた、建一様に出会えることを祈って……