<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


襲われた少女

 黒山羊亭に、駆け込んできた少女がいた。
 白い服が全身ぼろぼろ、服からのぞく白い肌は泥だらけのあざだらけの傷だらけだった。
「あなたは――セレネーちゃん!」
 エスメラルダは急いで少女を受け止めた。
 波立つ白い髪に赤い瞳の少女は、ぽろぽろと泣いていた。
「どうしたの? 落ち着いて言ってごらん?」
「……のひとたちに……」
「どうしたの?」
「おとこの、ひと、たちに」
 セレネーと呼ばれる少女は泣きじゃくった。
「おさいふ、とられちゃった……!」
 ――この子の保護者はどうしたのだ!
「ねえ、クルスさんは?」
 セレネーが住む精霊の森の守護者、クルス・クロスエアの名を出すと、
「い、家、で。おねつ、出して。寝てるの」
「―――」
「普通のおねつじゃないの。私おつかいにきたの」
 そしたら、とぐいっと目元を拭いながら、
「男の人たちに、クルスに預かってたお財布、取られちゃったの……!」
 ――セレネーの姿。ぼろぼろの姿。
 一体何をされたのか想像に難くない。しかも女の子だ、まさか――
「痛いでしょう、まず手当てをしましょう?」
「いたくない、いたくないの」
 セレネーは首を振った。
「ふしちょうさんが助けてくれたの。だけどおさいふ、取られちゃったままだから……!」
 きっと大切なものが入っているの、と少女はエスメラルダを揺さぶった。
「お願い、取り戻して……!」
 エスメラルダは怒りをこらえるために深呼吸した。
 それから、
「どうやって取られちゃったの?」
「うしろから、くち、ふさがれて。いえといえのあいだにつれていかれて」
「そこまででいいわ」
 黒山羊亭の女主人は、厳しい目で周囲を見渡した。
「これは強力な人に助っ人を頼まなくてはね」

 ■■■ ■■■ ■■■

 エスメラルダが辺りを見渡し、めぼしい人物に声をかけるまでもなかった。
「セレ、ネー!」
 匂いで追いかけてきたのだろう、セレネーのもう1人の保護者とも言える千獣[せんじゅ]が黒山羊亭に駆け入ってくる。
「おねえちゃん……」
 セレネーは千獣に抱きついた。涙はもう止まっていたが、ぎゅっと服をつかんで離さない。
 セレネーがエスメラルダに話しているのを聞いていた金髪の煙草をくわえた女性――ディーザ・カプリオーレが、近づいてきた。
「千獣。セレネーちゃんと一緒だったの?」
 千獣は一瞬、普段表情に乏しいその顔に悔しそうな色をにじませていた。こくんとうなずき、
「一緒に、お遣い……私、が、目を、離した、隙、に」
 ――自分の不甲斐なさと自分の大切なものを害した存在に対する怒りを心に渦巻かせながらも、外に出さず感情を抑えつけて、千獣はセレネーを抱きしめる。
「セレネー嬢、大丈夫かい?」
 心配そうな声がひとつ増えた。抱き合っている千獣とセレネーの傍らまでやってきて、
「ああ、ひどい怪我だね。ひどい目に遭ったものだ」
 黒い帽子をかぶったエル・クロークがそっとセレネーの頭を撫でた。
「まったく……」
 立ったまま彼らを見下ろすディーザの後ろから、歩み寄ってきたのは灰銀色の長い髪を持つ、アレスディア・ヴォルフリート。
「誰ならば狙ってよい、などとは決して言わぬが……抵抗もままならぬ少女を狙うとは」
 許せぬ。と。その眉にくっきりしわを寄せて。
 さしあたりセレネーの怪我の治療をしようと、エスメラルダを含めてクロークと女性たちは少女を囲んだ。
「子供が大人襲ったり、大人が子供襲ったり、世も末だね……まぁ、今回の相手は大人みたいだし、変な遠慮がいらない分、気は楽だけど」
 ディーザは煙草をいったん消してから、セレネーの髪を梳いてやる。
 踏みつけられた跡がある。顔をしかめ、泥をかきおとして。
 一通り応急処置が終わった後、さて……とセレネーに視線を合わせるために全員かがんだまま、話を始めた。
「えーと、まぁ、犯人を捜さなきゃいけないんだけど。セレネーちゃんは……」
 黒山羊亭で待ってる方が無難かもね、とディーザが言うと、
「いや、犯人を本当に特定できるのはセレネー嬢しかいないから」
 クロークが申し訳なさそうにセレネーの手を取りながら言った。
「セレネー嬢……安心して、財布と犯人は絶対見つけ出すから。でも、止むを得ないね。ごめん、一緒に来てくれるかな。大丈夫、……少し頼りないかもしれないけれど……僕が貴女を守るよ」
「……私も黒山羊亭で待って頂く方が安全だと思ったのだが……」
 アレスディアが口元に手をやった。
 千獣が視線を泳がせた後、
「セレネー……行き、たい?」
 ちょこんと少女の顔をのぞきこんで、本人の意思を問うた。
 セレネーはうるんだ赤い瞳で、「行く……」と訴えた。
「クルスの、おねつ、私のせい。私、行く……」
「――どういう意味かな?」
 ディーザが千獣を見る。
「クルス氏の熱が普通の熱じゃないという点は、僕も気になっていたけど……」
 クロークがうめく。
 千獣が顔を上げた。
「クルス、セレネー、の、背中、の……不死、鳥、の、あざ……調べて、る、うち、に、倒れ、ちゃった、から」
「ああ、そう言えば……」
 アレスディアが目を細める。そうだった、セレネーという少女はやたらと不死鳥に関わりがあるのだ。
「背中のあざを調べている内にか……千獣殿、今回のお遣いはクルス殿に頼まれたのだな?」
「そう……」
「クルス殿にどんなお遣いを?」
「薬草、を、買い、に」
 でも、と千獣は続けた。
「セレネー、が、首、に、かけて、た、方、の、財布、は……中に、薬、と、交換、する、クルス、の、作っ、た、薬が」
「おねえちゃん、おかね。おねえちゃんと、分けて、もってたの」
 セレネーが言うと千獣は腰に取り付けていた財布を見せた。布製の、簡易なものだ。
「私も、おねえちゃんとおそろい……」
「この形の財布ね。オッケー」
 ディーザが千獣の財布を触って確かめ、うなずいた。
「ふむ……お金の上に薬をつけて交換しなくてはならないほどの薬がいりようなのか……」
「というか……あの森にはお金がないんじゃない? 代わりに足りない分を薬でって方が正しいんじゃないかなあ」
 アレスディアのつぶやきに、ディーザが返す。あいにくと、千獣もセレネーもその辺りは分からないらしい。
「とりあえず、そのどちらでもいい」
 クロークはセレネーの頭をもう一度撫でた。「一緒に来てくれるんだね。セレネー嬢、ありがとう」
 セレネーはこくんとうなずいた。
 さて、まず第一にするべきことは……
「私は官憲に聞き込みに行きたい」
 アレスディアが言った。「セレネー殿、怖いことを思い出させて申し訳ないが、できるだけで構わぬから犯人達の人相を教えてほしい」
「にん、そう?」
「顔や、服装などだ」
「んとね、んとね……3人のおとこのひと。1人はね、えっと……えっと……」
 セレネーが一生懸命説明しようとしている。
 クロークがふと思い出して、エスメラルダに「紙と書くものを」と言った。
 女性陣がはてなマークを浮かべる中、エスメラルダが持ってきた紙をクロークはセレネーに渡し、
「ほら。絵で描けるかな?」
 セレネーはこくこくうなずいた。そして紙の上に信じられないほど早いスピードで似顔絵を描き出す。
 ――セレネーが異常なほど動体視力や記憶力に優れ、そして絵がうまいことをクロークは知っていた。
「そう、だった……」
 千獣もつぶやいた。「セレネー、クローク、に、もらっ、た、スケッチ、ブック……森で、まだ、いっぱい、描いて、る……」
 アレスディアとディーザが呆気に取られる。
 セレネーは必死の目で、出来上がった似顔絵をアレスディアに見せた。
「こんな、人たち! こんな人たち!」
 ものすごく精密な似顔絵だ。そこら辺の尋ね人の似顔絵よりよっぽどうまい。
「……これなら、官憲に尋ねるのは簡単だな……」
 受け取って、アレスディアがぼけっとした声でつぶやいた。
「……中身が薬だって分かってて奪っていったかな?」
 ディーザがあごに指をかけて思案する。「金目当てなら、中身見た時点で捨ててるよね」
「お金目当てなら、こんな少女を、ここまでぼろぼろにしてまで奪うかな……」
 クロークが痛ましそうにセレネーを見つめる。
「いや……ここまで痛めつけられたのは、多分――」
 ディーザはそこまで言って口をつぐむ。
 ――セレネーは精神年齢こそ幼い子供だが、外見年齢は立派な10代半ばだ。か弱い美少女。そしてセレネーの似顔絵を信じるなら、男たちはまだ血気盛んそうな若い男ばかりである。
 沈黙が落ちた。
 千獣がぎゅっと、再度セレネーを抱きしめた。
「絶、対……見つ、け、よう、ね……?」

 今回は、珍しくアレスディアが得物のルーンアームを黒山羊亭に預けて行った。
「そこいらの輩など素手でも充分。叩きのめす」
「とりあえず、まずアレスディアの言う通り官憲に行こうか」
 ディーザが苦笑しながら言った。
 セレネーの両手は千獣とクロークがそれぞれ握っている。似顔絵を持っているのはアレスディアだ。
「千獣、一応匂い注意しといてね?」
「う、ん」
 千獣は力強くうなずいた。
 ――できる限りセレネーの姿を周囲に見せないよう――犯人に見つかると逃げられるため――移動し、たどりついた詰所で官憲に似顔絵を見せると、
「いや、このような前科犯は……いませんねえ。貼り出しておきましょうか?」
 首をかしげられた。
「ううん、まだ私らの捜索に使うから後で」
 とディーザが断り、その横からアレスディアが。
「最近同じような事件は起きていないだろうか? このような若い3人組みの男に若い少女が財布を狙われるような。財布じゃなくても……そうだな、薬を狙われるような」
「薬?」
「珍しい薬などだ。高く売れそうなものと言ってもいいかもしれない」
「そうだね、クルス氏の作った薬だ。珍しい薬に違いない」
 クロークが話を聞きながらうなずく。
「それを言い出したら、狙われたのが若い女の子じゃなくてもいいかもしれないね。とにかく、こんな感じの犯罪だよ」
 ディーザが締めくくると、
「要するに若い男3人組に襲われた、という事件とまとめていいのでしょうか?」
 と聞き返された。
「ああ……そうだねえ」
「ううん、この似顔絵によると全員が――20代前半ほどですねえ。『男3人組』ならそこそこあるのですが、こんな若い男3人組は最近ではあまり……」
「なら一応、その『男3人組』の事件の分布を教えておくれよ。年齢問わないからさ」
 とディーザは持ちかけた。
 セレネーの記憶間違いだと思っているわけではない。単に見かけと年齢は必ずしも重ならないとこのソーンでは言い切れるからだ。
「もっともどの被害者も外見年齢しか被害届では言わぬだろうが……」
 アレスディアが嘆息した。ディーザは苦笑した。
 とりあえず官憲で描いてもらった地図、もらった情報は、あまりアテにしないことにしつつも、礼を言って彼女たちは受け取った。

 次は――
「セレネー嬢が実際に事件に遭った場所に」
 クロークが提案した。「現場周辺で目撃情報がないかどうかを」
「そうだな、男たちはともかくセレネー殿は目立つ故……」
 セレネーが自らすすんで案内した場所で、彼らは似顔絵とセレネーの姿を手がかりに目撃情報を探す。
 その間にも、千獣が匂いで周囲を警戒していた。
「千獣、近くに犯人いそう?」
 ディーザが千獣に小さく訊いた。
 千獣はある方向を向いていた。
「あっち……」
 その視線、まっすぐ行ってしまうと城下町郊外だ。ディーザはふむ、と腕を組む。
 そんな彼女たちの元へ、アレスディアがため息をついて声をかけてきた。
「なかなかないものだな。……相当計画を立てた犯罪かもしれぬ」
「そうだとしたら――お金より薬目当てって言った方がいいかもね」
「だとしたらセレネー殿が薬を持っていたことを知っていなくてはならぬ。難しいのではないか?」
「うーん……」
 ディーザは煙草をくわえ、揺らしながら周囲を見渡していた。
 人の波。ゆったりとした表情の人間、やけにむっつりとした表情の人間。
 誰も彼もが清廉潔白ではないのだろうけれど。
「………」
 ディーザは物憂げにふーと煙草の煙を吐いた。
「ディーザ殿?」
「……私の極々個人的な見解なんだけど……」
 前髪をかきあげながら、ディーザは煙草の端を噛む。「犯罪者の更生とかって、あるじゃない?」
「え? あ、ああ……」
「あれ、あんまり信じてないんだよね」
 ディーザは赤い瞳を細めて、視線を泳がせた。
「周囲の優しさだとかで更生できる人は、元々ちゃんと人の痛みとか優しさがわかる人であって、誰も彼も慈愛で更生できるなんて思ってない」
「ディーザ殿……」
「何が言いたいのかって言うと、つまり、今回全く手加減する気がないってこと」
 煙草を捨て、踏みにじると、ディーザは腰あたりをぽんと叩いた。
「聖獣装具で魂削って、イっちゃいけない世界イって来てもらおうかな、と」
 そこに、魔神銃クーデグラが装備されている。……弾が当たれば魂を直接削ってしまう銃だ。
「まぁ、こっちの世界に戻ってこれる程度にはしておくけどね」
 にっと笑ったディーザに、アレスディアはいったん呆気に取られながらも、
「まあ……私も今回は遠慮する気はない」
 と肩をすくめて笑った。
 その時、クロークがセレネーの手を引きながら近づいてきた。
 それとともに、主婦らしき数人を手招きして。
 主婦たちは当惑したように、「なあに?」とクロークに言った。
「今さっき僕に教えてくれたことを、こちらの3人の女性にも話してもらえないかと」
「え……だから、その絵の3人は」
 と主婦たちはクロークが手にしていた似顔絵を指差し、

「城下町の郊外に住んでいる薬師さんのところに、最近入ったお弟子さんたちだよ」

「―――」
 セレネーが手をばたつかせた。
「クルス! クルス、おつかい先のおくすりやさんのところに、とりさん飛ばしてた!」
 ディーザが舌打ちする。アレスディアが険しい顔をし、千獣が一瞬牙を見せかけた。
「ギシス、の、ところ、弟子、いなかっ、た。ギシス、が、危な、い!」
 千獣はつぶやいて走り出した。
「千獣! 待ちなよ1人で行くんじゃない――!」
 ディーザとアレスディアが慌てて後を追い、クロークは主婦たちに礼を言うと、しっかりセレネーの手を握り直してから、遅れて走り出した。

「ギシスって誰だい!?」
「そう言えば最近クルス殿は街に出た時は薬作りの師匠と呼ぶ人に会いに行くと訊いたことが――」
「クルス氏にもそういう人がいたんだね。ギシス氏自身は――信用してもいいか――」
「この3人の若弟子ってのは最近入ったんだ! なら話は早い――」

 ギシスの元に珍しい薬が届くことを知って。
 先回りして、手に入れる。
 売るためか研究のためか。後者のためならわざわざこんな犯罪を起こすまい。となれば。

 たどりついたのは城下町の郊外。
 先にたどりついた千獣は物陰からうかがっていた。
「――いるかい?」
 ディーザの囁きに、こくりとうなずく。
「顔、も、匂い、も、合う……」
「うん、あの人、あの人」
 セレネーがしきりにクロークの手を引っ張る。
 ディーザとアレスディアがそっと覗き込むと、ひとつのほったて小屋の横、3人の若者が樹の切り株に座って笑っていた。
「うわ……セレネーちゃんほんとに絵うまいねえ」
「まことに」
「って感心してる場合じゃないか、さてどうしようか」
「このままつっこんでは、3人散開してしまうだろうと思う」
 クロークが帽子を直しながらつぶやいた。「こちらとしては、むしろ3人の意識を一点に集めたい」
「そうだね、散っちまった3人を追いかけるのはホネだ」
「でもどうやって意識を集めればよいだろうか? 3人がこっちに来るように仕向ければよいか――」
「それなら、囮として僕が出るから」
 クロークは言った。セレネーを見下ろし、
「彼女と似たような背格好と雰囲気であれば……僕ならある程度姿を似せられるし」
 よし、とディーザは唇の端を上げた。
「一度襲ったはずの少女がこんなところまで来ているのを見れば……?」
 アレスディアがうなずいた。
「慌ててもう一度捕まえようとするかもしれぬ」
「こっちへ――来るか」
 よし、と誰ともなくうなずいた。
「クローク、囮頼むよ」
 承知とばかりに、クロークが懐から調合した香を取り出し、ふわりと香りを広げる。
 ――幻覚作用だ。クロークの体の輪郭が、セレネーのそれにそっくりになった。服装の破れ加減、汚れ加減も真似して。
「僕はこの姿で、あちらが気づいたらこっちに逃げることにする」
「首尾よくこちらに近づいてきたら――」
 アレスディアが拳を作った。「確実に捕まえ、叩きのめす」
 ディーザは腰のクーデグラを手に取る。
「私がそうだとは言わぬが、善良な市民を狙う輩。遠慮など要らぬ」
 アレスディアのつぶやき。ディーザの無言の同意。
 千獣がクロークに近づき、
「ねえ……」
 とセレネーに聞こえないように小さく囁いた。
「なんだい千獣嬢」
「……捕まえ、て、おし、おき、の、時、に、なった、ら……クロー、ク、セレネー、の、目、隠し、て……」
 クロークは千獣の鋭い赤い瞳に、言いたいことを察したようだった。
「分かった。その時は――僕はセレネー嬢を『かばって』いることにしよう」
 そして、囮が物陰からすっと姿を現す――

「なあ、ここの爺さんの元にいるのどれくらいの期間にすんよ?」
「馬鹿野郎。詐欺と盗みは1つの街で3回までだと決まってんだろ」
「でもエルザードは大きいからなあ……もったいないなあ……」
「捕まりたくなきゃ我慢するんだな」
 若い衆はギシスに言いつけられたように薬草の選別を行っていた。ここにいると薬草と毒草の見分け方もついでに身についてありがたい。
「でもま、爺さんだけに人を見る目は衰えちまってたな」
 一番歳上そうな青年がにやりと笑った。首にかけていた布袋をもてあそび、その中の重みを確かめる。
 一番のんびりした様子の青年が、
「その中身……なんだっけ……」
 とまぬけなことを言った。
「ばっか、遠くに住んでるここの爺さんの弟子が作った特性の、どんな毒にでも効く薬だよ。毒性のある魔物が近くに多い村なんかに売るといくらになるかねぃ。――あー、爺さんより前に鳩捕まえといてよかったな」
「おい……」
 一番表情の硬い男が、突然声を震わせて仲間2人を呼んだ。
「あん?」
「あの……小娘……」
「?」
 震える男が見る先。
 ――ゆっくりと、小屋に近づいてくる、見覚えのある白い服、白い長い髪、輪郭――
「………!!」
 男たちは立ち上がった。
「やべえ、こっちまで被害届に来たか……!? 爺さんに報告されるとまずいぞ!」
「でもあの小娘に手を出したら、また火が出る――」
「今から逃げれば、街の外に出るのに充分だ!」
「でもあの小娘は得体が知れない! 放っておくと何をするか!」
 ゆっくりゆっくり。白い少女は近づいてくる。
 彼らはその背後に、赤い炎を見ていた。
「俺……たちに、近づいてきてるのか? 俺たちを覚えているのか?」
「覚えてないだろいちいち。路地裏は暗かったぜ」
「なら……もう一度捕まえれば……?」
「しかし火が」
 言い合っていると、ガタッと小屋の入り口が揺れる音がした。ギシス爺が出て、くる――
 迷ってる暇はない!
 ――いったん捕まえて、あの物陰に連れて行って、もう口も利けないようにしてやる――
 3人は立ち上がった。
 そして一斉に、白い少女に向かって走りだした。
 それに気づいたのか、少女は徐々に後退しだした。やがてひらりと背を向けて逃げるように走る。
「待て……っ!」
 と――
 叫んだ時。

 いつの間にか白い少女は消え、代わりにざっと3人の娘が男たちの前にたちふさがった。

 クロークがかばうように抱くことで、セレネーの視界はふさがっている――
「襲われる者の痛み、身をもって知るがいい」
 静かに囁いた灰銀色の髪の娘。一歩で踏み込み、どっと掌底で男の1人のあごを打つ。
「がっ」
 男が、ふらりと体を倒しかける。すかさず腹に拳を一撃。
 そこから一拍置いて、頬を思い切りぶん殴った。そして一拍、反対の頬へも。
 男は鼻血を噴いてノックダウン――

 煙草をくわえなおした金髪の娘。手にした銃型聖獣装具の尻で目の前の男のこめかみを思い切り打つと、倒れた男に向けて銃を構えかけて――
「ん……その胸の布袋……盗んだやつか。返してもらうよ」
 男の首からするっと抜き、中身が薬であることを確かめてから、彼女は銃を構えた。
「イッちゃいけない世界へ」
 片眉をあげながら、
「……案外いい経験かもよ?」
 銃口が火を噴く――

 黒髪の、呪符包帯で体を巻いている娘はクロークがセレネーの視界を完全に隠しているのを確認し、一気に男の1人に詰め寄って強力なアッパーカットで空に飛ばした。
 そして自分も跳躍、今度は額に肘を落とし男をそのまま地面に叩き落し、体を仰向けにさせまたがって、当たるのを幸い――どころではない、正確的確に拳を男の顔に体にぶち当てる。
 男が何度も血を吐いた。それでも遠慮はしなかった。顔に表情は浮かばない。
 殴る音も本気になれば、音にならない。
 死ななければいい。後遺症が残らなければいい。最低ラインさえ守ればいい。

 そして、
「千獣、アレスディア、そっちにも1発ずつ撃ちこませてー」
 ディーザの言葉に、千獣とアレスディアは男たちから離れた。
 クーデグラが連続して火を噴いた。どっ、どっ、と男たちの肩をかすめる。
「……ま、これぐらいで許すか」
 千獣にもアレスディアにも徹底的にやられた男たちだ。自分が相手をした男――薬を身につけていたところからして主犯格だろう――にはまともに弾丸をぶちあてておいたが、残り2人には適当な手加減。
 男たちはそれぞれに、血を吐いたり激しく顔を腫らしたりしながら地面に倒れている。
「そんな状態を見せてはいけないね」
 新しい香の香りがした。
 煙が、男たちの姿を隠した。
「さ、セレネー嬢。薬は取り返せたみたいだよ」
 クロークがセレネーを物陰から出す。ディーザがにこりとして、布袋を少女の手に乗せた。
「これ、これ!」
 セレネーが飛びあがって喜んだ。千獣を見て、彼女がうんとうなずくと、うんうんと何度もうなずいて嬉しそうに微笑む。
 こんなに純粋無垢な少女を。
 襲った代償は――高い。

「おや、千獣じゃないかね」
 ふと声が聞こえた。
 千獣が振り向いた。
「ギシス……」
「これはどうしたことだ。この3人……」
 ギシスは彼女らの足元に倒れている男たちを見て――クロークの幻影により、ただ気絶しているようにしか見えなかっただろうが――、不思議そうに首をかしげる。
「この3名は犯罪者だ。クルス殿からあなた宛への薬を、途中でこの少女から奪った」
 アレスディアが真顔でギシスに向き直った。ギシスは呆気に取られた。
「クルスからの? む? その少女は?」
「セレネー……森、に、住んで、る」
 千獣がセレネーを紹介する。
「そう言えばそのような名の少女がいると……」
 しかし――とギシスは腕を組んだ。
「クルスからの薬だと? そんなものやつ本人が来るべきだろうに」
「クルス、おねつ! 私たち、おねつさげるおくすりほしくて、おつかいにきたの!」
 セレネーが訴えた。
「……鳥を使ったというけれど。どうやらこの男たちに先に取られてしまったんだね、手紙が……」
 クロークが転がっている男たちを見てつぶやいた。
 ギシスが目を見張る。千獣が自分の持っていた方の財布から紙を取り出し、ギシスに渡した。
「これ、もし、鳥、が、届いて、なかった、ら、って、クルス、が……」
 ギシスは熱心にその紙に書かれていることを読み、「何ということだ」とうめいた。
「不死鳥……不死鳥の呪いだと? 何ということだ。そんなもの、わしにも治せんことぐらい知っているだろうに――」
 え、とセレネー以外のその場にいる全員が目を見張る。
「な、治せ、ない、の……?」
 千獣がすがるような声で言う。
 ギシスがぐっと詰まる。
「や――やつは、当面動けるようになれればいいと言っておる……。確かに、それぐらいならわしにもできる……」
「これ、おねがいのおくすり!」
 セレネーが先ほどディーザから渡された布袋を渡した。
 千獣が、腰につけていた財布を合わせて渡した。
「クルス殿のことだ、何か考えがあってのことだろう」
 アレスディアが沈痛の面持ちながらもうなずく。
「大丈夫だって。クルスは不老不死だろう?」
 ディーザが軽く言う。
 クロークが苦笑して、
「死ねない苦労っていうのも、あるけれどね」
 とつぶやいた。そういうことじゃなくてさ、とディーザは指を振り、
「不老不死を利用する方法を知らないほど、お馬鹿さんじゃないだろうってこと」
 なるほどね、とクロークが微笑む。
 ギシス殿、とアレスディアは老人に声をかけた。
「この3名……官憲に突き出してもよろしいだろうか?」
 ああ、とギシス老は軽く肩をすくめた。
「役に立たんだろうとは予想していた……まさか犯罪に走るとは思わんかったが」
「妙にドライだね。役に立たないと察していたなら、弟子入りさせなけりゃいいのに」
「ハルフ村の薬師仲間からのすすめだったんじゃよ。役に立つからぜひ使えと」
「――ハルフ村でも犯罪を起こしてきたか……」
「きっと、そうなんだろう」
 クロークが改めてセレネーの書いた似顔絵を見た。
 今、幻影の奥では、似顔絵そっくりの男たちがぼろぼろになって倒れ伏している……

 ■■■ ■■■ ■■■

 3人は官憲に突き出され、そして似顔絵は官憲に渡された。他の村でのこの男たちの余罪調べに役立つだろうと。
 ギシスは千獣とセレネーを待たせることなく、「作り置きがある」と今のクルスが欲しているらしい薬をくれた。
「………? そのように頻繁に使う薬なのか?」
 アレスディアが不思議そうに首をかしげると、
「ただの熱冷ましじゃ。ただし、そうじゃな、精霊の森付近では採れん薬草が混じっておる。クルスのやつでは作れんだろう」
「根本的に治す方法は?」
 ディーザは煙草をつけようとして、「ここの薬草が焼けたらどうしてくれる!」と怒鳴られたので禁煙していた。
「それは、おそらく自分の足でわしのところまで来て……相談するつもりなんじゃろう」
 ギシスは問題のセレネーの背中のあざを見ようとして、セレネーに泣いて暴れられ達成出来ずに終わった。

 黒山羊亭に一度戻って。事の顛末を話すとエスメラルダは「とりあえずは安心……かな」と苦笑した。
 アレスディアはルーンアームを預かってもらっていたことの礼を言い、セレネーは「ここで、みんなに、会えた。ありがとう」とぺこりと頭をさげた。
 そしてセレネーは千獣に連れられ、森に帰る。
 クロークに新しいポプリをもらい、ディーザとアレスディアに「またね」と手を振って、千獣としっかり手を握った。

 ギシスからもらった薬は千獣が持っていた。
「そのおくすりで、クルス、なおる?」
 セレネーの言葉に、千獣は「うん……」とあいまいな言葉を返す。
 そしてセレネーの手を握る手に、改めて力をこめて、
「……怖い、思い、させて、ごめんね……?」
「ううん、おねえちゃん、見つけてくれる。信じてた」
「……ふしちょう、が、護って、くれたの……?」
 千獣は微笑んだ。「だったら、今度、お礼、言わなきゃ、ね……」
 セレネーはにっこりした。
「ふしちょうさんはみーんなを護ってくれるの!」
 ――それでいて、一方でクルスが不死鳥の呪いで苦しんでいる。
 千獣は物思いにふけり、セレネーに手を引っ張られて我に返った。
「ね、森だよ! クルスがおっきするところ、見たいね!」
「うん……見たい、ね」
 クルス。クルス。
 これから一体どうするつもりなの?
 セレネーを追い出したりはしない。それは信じてる。だけど、クルスの体はどうなるの?
 ねえ、ねえ……

 彼女の物思いをよそに、彼女たちの帰るべき場所は近づいてくる。
 ベッドに臥せっている彼はきっと言うのだろう。苦しそうな顔で、それでも微笑みながら。
 お帰り――ありがとう、と。


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3482/ディーザ・カプリオーレ/女/20歳/銃士】
【3570/エル・クローク/無性/18歳(実年齢182歳)/調香師】

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■         ライター通信          ■
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ディーザ・カプリオーレ様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回も依頼にご参加くださり、ありがとうございます。
お届けが大変遅くなり申し訳ございませんでした。
ディーザさんの聖獣装具は初めて使用したように思います。銃を構えるディーザさんはかっこいいだろうなあと思いながら書きました。
ディーザさんの持論にも深く思うところがありました。誰に対して漏らすかを少し悩みました。
よろしければ、またお会いできますよう……