<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


大掃除≒大整理





 箒よし。ちりとりよし。はたきよし。三角巾よし。エプロンよし。
「準備は出来た」
 師走。
 それは1年で一番忙しく、そして、1年の汚れを落とす月でもある。
 アレスディア・ヴォルフリートは自分の部屋を仁王立ちで見つめ、気合充分にパタパタとはたきでほこりを落とし始めた。
 正直自分の部屋にはあまり荷物がない。
 何時も羽織っている外套と、剣が重なり合ったかのような突撃槍。
 この2つがあれば、他のものにはさして未練はなく、必要だと言う人や、困っている人が居れば、迷いなく与えてしまっているため、アレスディアの手元にはなかなか物がたまらない。
 加え、この部屋自体もハウスキーパでも入っているのかそこまで汚くもないのだ。
 師走に大掃除をする。それは即ちアレスディアの自己満足の部分もある。……いや、アレスディアのことだから、年末は律儀に大掃除をするものだと思い込んでいる可能性もあるのだが。
 はたきで壁や灯りの埃を落とし、殆ど汚れていない床を箒ではいて、その後固く絞った雑巾で拭く。
 少し磨いただけなのに、部屋は見違えるほどにキラキラと輝いているように見えた。
「よし」
 アレスディアは自分の部屋の出来具合に大仰に頷くと、掃除セットを持ったまま大家たちが居るであろうホールへと足を運ぶ。
「ど、どうしたの!? アレスディアさん!」
 出迎えたのはルツーセだ。アレスディアの掃除ルックを見てあまりの驚きに口をあんぐりと開けている。
「ん? そろそろ大掃除の時期だと思ってな」
「あ…えーと、この世界の慣わしかなにか?」
「まぁそんなところだ」
 アレスディアは、大晦日に大掃除を行い、綺麗になった家や場所でまた新しい1年を始めるのだと手短に説明する。
「へぇ…」
 どうやらルツーセたちが元々いた世界には、年末に大掃除という風習はないらしい。
 加え、年末という概念もないようなのだ。
「1年に1度、普段はやらない部分も含め掃除する時期…かぁ」
 ルツーセは考えるように腕を組み、うんうんと頷いて、よしっと顔を輝かせた。
「うん、やる! イベント毎は合わせなくちゃ」
 何処からやる? と、問われ、アレスディアはあごに手を当てて宙を見つめ考える。
「まずは…一番手間がかかりそうな場所から順にやっていこうと思うのだが」
 意気揚々とやる気になっていたルツーセがその一言で止まる。そして、視線を虚空に泳がせた。
「それなら…コールさんの、部屋…かなぁなーんて……」
 ルツーセはえへへと誤魔化し笑いで振り返る。
「承知し……」
 笑顔で承諾しかけたアレスディアの言葉が止まる。
 コールの部屋、それは即ち……本の魔窟。
 まさか最近下宿を始め、移り住んだばかりだというのに、もう自分の部屋を本だらけにしてしまったというのか。
 エルファリア別荘にまだ部屋を借りていた頃に一度頼まれて掃除に加わったことがあるアレスディアは、その時のことを思い出した。
「えへへへへ……」
「あはははは……」
 お互いがお互い顔を見合わせ笑いあう。
 笑いが徐々に小さくなり、暫く沈黙のうち、真剣な眼差しで見詰め合う。
 そして、
「人手が足りないね」
「人手が足りないな」
 同じタイミングで同じ事を呟いた。
 コールの部屋は、大掃除など関係なく定期的に1ヶ月…下手をすれば1週間毎にやらなければ直ぐに魔窟と化す。今手をつけてしまったら、他の掃除などする暇はなくなるだろう。定期的に少しずつ……もし、やる機会があるならばやってみようとアレスディアは思う。
 キッチンという手もあるのだが、共同使用にしているため、住人の一人がやってしまってはそれが習慣になってしまいかねない。それでは共同…平等のルールが崩れてしまうため、キッチンはなしということになった。
「次だと…どこも変わらないかな」
「では、ルツーセ殿の部屋の掃除を手伝おう」
「ほんと? ありがと♪」
 ルツーセの部屋は、女の子らしい可愛らしい内装をしていた。
 ソーンに暮らし始めたのも最近のためか、物も少ないが、そこ此処に溜め込み気質が見て取れる。
 長く住み続ければ住み続けるほど物が増える性質。
 この先荷物が増えることを考慮して物を移動させていく。
 掃除はオートで……と、言っていたとおり、部屋自体はあまり汚れていない。これで汚れていくのは物が増えるからか…と、妙に納得したアレスディアだった。
 ルツーセの部屋も終わり、次に近い部屋の扉を開ける。
 アクラの部屋は……何も、なかった。
 外を眺められる出窓の窓枠に座って、逆光を浴びるアクラは、扉に立ち尽くすアレスディアに気がつき、ぱぁっと顔を輝かせた。
「あっれ〜、どうしたの? アレスちゃん」
「大掃除を手伝おうと思って」
「オーソージ? んー…まぁいいや。でも必要ないよ。ここ、何もないでしょ」
 確かに。だが、それならば別の疑問が生まれてくる。
「アクラ殿は普段何処で寝ておられるのだ?」
 アクラの部屋だと通されたのに、この部屋にはタンスや机だけではなく、ベッドさえもなく、本当に“何もない”部屋だったのだ。
「あぁ。ボクのものはね、“ここ”に入ってるの」
 ちょんちょんと帽子を指差し、にっこりと笑う。そして、アクラは被っている帽子に手をかけ、敬礼するようにすっと外した。
「手品の始まり〜」
 くるりん。と、つばを回して、帽子の口を天井に向ける。
 ―――ポンポンボン
「何と!」
 帽子の口から、まるで膨れ上がるバルーンのようにベッドやタンスが現れ、部屋の中に配置されていく。
 その様はまさに手品。
 だが、逆に考えれば、アクラは自分の持ち物は全て何時も持ち歩いているとも取れる。
「どうせ掃除するならさ、ボクのお昼寝場所のコールの本片付けようよ」
 アクラは部屋に広げた自分の荷物をまた帽子の戻し、アレスディアの手を引いて、こっちこっちと連れて行く。
 開けた扉は隣の扉だったが、どう考えても同じ階のはずなのに、入った部屋はまるで屋根裏部屋のような場所。
「こんなところまで……」
「でしょ!? コールったら部屋に本が入りきらないからってここに置くんだよ。酷いよね!」
 おかげで昼寝をする場所がなくなってしまったとアクラは嘆く。この程度の本の量ならば、そこまで時間がかからずに終わるだろう。
 予想通り、それほど時間もかからず整理を終えることが出来た。だが、流石に本の整理は骨が折れる。アレスディアは休憩がてら外の空気でも吸おうと街へ出た。
 気分も新たにエプロンを付け直し、コンコンとドアをノックすれば程なくして扉が開き、ルミナスがアレスディアを快く迎え入れる。
「お手伝いありがとうございます」
 アレスディアは、少し心配して壁全面に設えられた本棚を見るが、コールとは違い綺麗に整理されていた。
「いや、私が手伝いたくてやっているのだ。気にしないでほしい」
 昔は書記系の仕事をしていただけあって部屋はそれなりに片付いていた。
 しかし、一応この下宿を牛耳っている大元締めだけあって、仕事用のデスクの上には、それようの書類みたいなものが積まれている。
 やはり事務仕事は大変なのだろうと、アレスディアが関心した瞬間だった。
「書類があると様になって見えませんか?」
 眼が点になる。視線を向けたルミナスは、期待いっぱいの眼差しでこちらを見つめていた。
「いや…、片付けたほうがいいと……思う」
「そうですか…」
 あまり必要がないものを出しておくと、本当に必要なものが何処にあるのか分からなくなる。それを考えれば、いらないものは片付けたほうがいいだろう。
 ルミナスはしゅんと肩を落として、書類を消す。
 書類が消えた後の机の上や、床を少し掃いたり拭いたりして、ルミナスの部屋も労せず終えることが出来た。







 新築、不思議構造のおかげか、物の整理以外の部分は殆どやる必要がないくらいだった。
 この大掃除で主に何をしたかと思い返せば、多すぎる物の整理ばかりだったように思う。
「どうしたの? このお菓子」
 食堂の机に並べられたお菓子を見て、アクラが感嘆の声を上げる。
「先ほど街に出た時に買っておいたのだ」
 掃除が終わったら皆でお茶にしようと思って。
 テーブルには湯気香る紅茶が淹れられている。
 少し遅いおやつの時間。
 甘いお菓子と暖かい紅茶が、今日の疲れを癒してくれるようだった。












☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 大掃除ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 年末の話なのに、納品は新年になってしまい間に合わず残念でなりません。
 お部屋の掃除の手伝いありがとうございます。奴らは自分からはしませんので、いい機会だったのではないかと思います。
 それではまた、アレスディア様に出会えることを祈って……