<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】椿・落全





「おや、これはとんだところを見られてしまったな」
 降り積もった雪の上に寝転がった瞬・嵩晃の上に落ちる紅の椿。しかし、その下で雪を染めているのは椿の花弁ではない。
 瞬は見下ろす異国の旅人に、色をなくしてすっかり白くなってしまった手をかざして苦笑した。
「どうやら油断していたようでね」
 いつもなら跳ね返すのだけど、どうやら相手の想いもそうとうなもので。
「血がね、止まらないんだ」
 かざした手に自然と生まれた切り傷から零れた赤い雫は、瞬の上で椿の花へと変化する。
 流石に雪に染み込んでしまったものまでは変化させられないのだろう。どうりで言葉ほど周りが赤くないわけだ。
「そろそろ解呪したいと思うんだ。このままでは私は死んでしまうしね」
 血が椿に変わるなどそんな相手の美的感覚に感心して、ついついなすがままになってしまった。
「道具を、取ってきて欲しいんだ」
 お願いしてもいいかい? と、その場を送り出された。








 瞬から庵に誰か居るとは聞いていない。
 千獣は庵の中から聞こえる陶器が割れるような音に首を傾げながら、ガラッと扉を開け放った。
 千獣のきょとんとした眼差しと、つぼを振り上げた青年の瞳がかち合う。
 青年の顔色は酷く悪く、生気を失った瞳は濁り、少しの光さえも感じられない。
 二人の間に沈黙の時が流れる。
 先に沈黙を破ったのは千獣だった。
「……何、してる、の……?」
「いらなくなったつぼを壊しているだけですよ」
 どこか中世的な声音の青年はそう言って、手にしていたつぼをまた床に思いっきり叩きつける。
 ガシャーンと割れたつぼから中身が散らばり、床は破片と混ざり合った酒と薬湯の匂いに包まれていた。
「見たところ異国の方のようですが、迷ったのですか?」
 話す内容は一見穏やかで普通に聞こえるが、青年の顔は険しいままで、千獣のことを早く追い出したくてしょうがないと瞳が告げている。
「……ううん…」
 青年の問いかけに千獣は首を振った。そして、ここへ来た目的を告げる。
「…私、は、瞬……ていう、人、に、頼まれて……ここに、物、取りに、きた……あなたは、何、してるの……?」
 その瞬間青年の顔つきがいっそう険しいものになった。
「瞬憐に…頼まれた、ですって?」
 繰り返すように問いかけられ、千獣は素直に頷く。
「人に頼むなど……忌々しいことを」
 悪意の込めて吐き捨てられた言葉に、千獣はただただ首を傾げるしかない。
「私のしようとしていることなど詮無き事」
 貴女の気にすることではありません。と、締めくくられた言葉には、少しの感情も聞き取れない。
 千獣は青年が今まで口にした言葉一つ一つをゆっくりと消化し、生まれた疑問を唇に乗せる。
「……どうして、頼む、と、忌々しい…の……?」
 誰かに何かを頼むことは、人間には良くあることではないかと千獣は思う。
 千獣のそんな言葉に、青年の瞳が激昂に彩られる。そして、青年は話し始めた。どこか狂ったような表情を浮かべ、姿からは想像もつかないような饒舌さで。
 とりあえず、青年の名は賢徳貴人と言うらしい。瞬と同じように人であったころの名を口にするのならば、“姜・楊朱”。
「瞬憐に道具など必要ないのですよ! 私にそのまま返せばいいのですから!!」
 元々、人が仙人になるためには、身体の中に仙骨というものも持っていることが条件となる。しかし、姜は生粋の人と言う身でありながら、仙人になるための修行を受けることを許された、数少ない存在。だが、仙人にまで上り詰めたとしても、姜は只人という枠を超えられず、本気の瞬にとってみれば赤子とは言わずとも、子供のようなもの。
「……せん、にん、とか……よく、わから、ない、けど……」
 仙人とはエルザードで言うところの魔法使いとか、医者とか、そういった役目を一手に引き受けている人と例えれば正しいだろうか。
 それよりも、姜が語った話の内容は、千獣には首を傾げることばかりだった。
 姜は瞬を酷く憎んでいるような話しぶりなのに、直接何かしらの実害を被ったわけではなさそうで。
「…瞬、は、あなたに、何か、したの……?」
 ゆっくりと静かに紡ぎだされる千獣の声は、水に広がる波紋のようだ。
「あなたに、牙を、向けた……?」
「牙…?」
 コクン。と、千獣は頷く。
 千獣が言わんとしていることは、武器や敵対する力を持って、自分に襲い掛かってきたのか。ということ。
 千獣にとってその力が牙のため、そういった言い方をしたにすぎない。
「……私には……あなたは、あなた、自身の、牙、で、傷、ついている、みたいに、見える……」
 それは、誰かを憎んだり恨んだりする心が生み出した負の連鎖。
「その、牙は……誰も、何も、守れ、ない……」
 自分さえも傷つける牙が他人を守れるはずがない。千獣は人の心と触れ合うことでそれを知った。
「あなたを、瞬を……そして、いつか、関係のない、人、まで、傷、つける、だけ、だよ……?」
 問いかける千獣の瞳は何処までも純粋で、まるで全てを見透かされているような――いや、試されているような気さえした。
「ねぇ……あなたは、本当に、そんな、こと、望んで、いるの……?」
 沈みかけた声に、もう一度力を込めるように繰り返す。
「…………」
 返せない。返す言葉がない。千獣の瞳は姜を真正面から貫いている。
「もしも……本当に、そんな、ことを、望んで、いる、なら……」
 訴えかけるように言葉は続けられた。

 ―――どう、して……そんなに、辛そう、なの……?

 姜の眼が弾かれたように大きくなった。










 どれくらいの時が経っただろう。
 千獣は姜にしばらく待てと言われたまま、律儀に椅子に座って待ってしまった。
 瞬の状態を思い返してみるに、あまりいい状態ではなかった様に思う。
「…ねえ……早く、道具、持って、いきたい……の、だけど」
 千獣は庵の中を見回し、瞬に言われた道具を探すが、その道具は如何せん姜の手の中だ。
「お待たせしました。行きましょう」
「……うん、分かった……行こう……」
 術は、本人の姿身さえあれば何処にいてもかけられる。けれど、解呪には本人の居場所が必要だ。
 なんとも面倒くさい術をかけてしまったものだと姜自身思う。
 それに、何処で術にかかってしまったのか姜には分からないため、千獣を先に行かせるわけにはいかなかったのだ。
 千獣の案内で雪道を進み、開けた雪の広場に出る。
 足音に気がつき、瞬が視線だけをこちらに向けた。
「ありが―――…」
 言いかけた言葉が止まる。瞬は向けていた視線を空へと投げた。
「道具だけで良かったのだけどね」
「……ごめん、ね………?」
 姜をつれてきた事は瞬にとって良くないことだったのだろうか。千獣にはそう言われた理由が分からずに小首を傾げて謝る。瞬はそんな千獣を見てくすっと笑った。
「責めているわけじゃないよ」
 ただ、自分の状態を知られたくなかったのかもしれない。
「あなたは何時もそうですね」
 姜はぐっと唇を噛み締め、眉根を寄せると、沈んだ声音で搾り出すように呟いた。
「返せば…良かったんですよ……」
 自分が掛けた術の大きさが此処までとは思わなかった。
 そんな呟きに瞬はただ肩をすくめるのみ。
 千獣が持ってくるように頼まれた道具を使い、姜は術を解く。
 かけた本人が解呪を行えば、他に何の影響も出ない。
 瞬の肌からは、切り傷が消える。流石に椿に変わってしまった血や、雪に染み込まれた血までは元に戻せないため、血の気を失った青白い顔のまま起き上がった。
「すまなかったね。それから、ありがとう」
「……いい。気に、しないで……」
 困ったときはお互い様だ。
「お礼ついでにお茶でも飲んでいくといい」
 瞬は膝に力を入れて立ち上がるが、長く雪に埋もれていたせいか、力が入らず足元をよろけさせる。
「…大丈、夫……?」
 千獣がそう聞いたのは、よろけていながらも瞬の顔に笑みが浮かんでいたから。
「大丈夫だよ。そうだ、お茶は君が入れてくれるんだろう?」
 千獣の手を借りて立ち上がった瞬は、思い出したように姜を見る。
「仕方ありませんね」
 そう言いつつも、姜の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。















fin.





☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】

【NPC】
瞬・嵩晃(?・男性)
仙人

【NPC】
姜・楊朱(?・無性)
仙人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】椿・落全にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 楼蘭においては初めましてですね。千獣様の真っ直ぐで純粋な眼差しでアレを言われたらちょっと勝てないです(笑)
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……