<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


カラクリの里〜観客の消えた舞踏会〜

□Opening
 いつものように、見慣れた小屋に足を踏み入れる。
 目の前に広がるのは、壁一面の扉。扉扉扉。見慣れているはずの景色なのに、やはりいつ見ても奇妙な感じがした。
「あ、こんにちは、いらっしゃい」
 その小屋には、住人が一人待っている。ウサギのような耳と尻尾と持つ、彼はラビ・ナ・トット。
 トットは、座っていた椅子を飛び降りて、建一に走り寄った。
「こんにちは」
 建一も微笑みトットに歩み寄る。それから、トットの後ろにある少しだけ開いた扉を見た。
「あの扉はね、カラクリの里に続いているんですよ」
「カラクリ、機械の世界ですか……」
 二人は、ゆっくりと扉の前に並ぶ。
 トットは少しだけ不安そうに、「正確には、里があった、と言うべきですね」と呟いた。今は、もう無い。カラクリの里の跡地があるのだと。
「行かれるのでしたら、どうぞお気をつけて」
 トットの心配そうな声を背に、建一は扉に手をかけた。

□01
 いつものように、扉の中は別世界だった。
 跡地と聞いていた通り、辺りは崩れた壁や資材が放置されている。生温い風は、粉塵を巻き上げていた。埃っぽい空気が絡みつく。
 建一は、手にしたコンパスを確認し、東へ向けて歩きはじめた。
 道の端に積まれているのは、瓦礫や何かの機械の破片だろうか。錆びきった金属の塊が、積み上げられた年月を語っているようだった。
 耳を澄ますと、カチカチと規則正しい機械音が聞こえてくる。歯車が回る音に似ている。どこか遠くの印象だ。それも、一つ二つではない。廃墟になってしまっても、きっとどこかで動き続けているモノがあるのだろう。
 音は聞こえてきても、生物の気配は感じない。
 建一は、辺りに気を配りながら歩き続けた。

□02
 しばらく真っ直ぐな道が続いた。人影は勿論、小動物の姿さえ無い。
 道の脇にポツリと立っている案内板を見つけた。木の板を支柱にくくり付けてある簡素なもので、縛っている糸がもろもろと風にさらわれ崩れかけていた。塵が積もり、何が書いてあるのかも分からない。手を伸ばしざっと塵をはらってみると、木の板に彫ってある大きな文字が見えた。
「カ……、ラ、クリ」
 たった四つの文字が、全てを表している。この先に、かつて人の住んでいた集落があったのだろう。
 建一は、かろうじて支柱と繋がっている糸をしげしげと見つめた。綻び、ほつれ、擦り切れてなお、かろうじて糸の形状を守っている。せめて、ほどけている部分を結びなおしてやろうと、垂れ下がっていた糸に手をかけた。
 糸を少しだけ引いた瞬間、コトリと、小さく音がする。
 辺りに気配はなかったが、反射的に手を引っ込めて動きを止めた。ぴたりと静止した建一が次に見たものは、コトリコトリと控えめに音を立てながら、くるくる回る案内板。
「ああ、流石、カラクリの里と言うわけですね」
 創造主が滅びても、その機能は失われること無く、建一に披露された。
 コトリコトリ、やがて板は静かに動きを止める。見ると、糸が巻き上がっていた。千切れてしまったモノだと思った糸が、実は仕掛けの一部だったと気がつく。板に触れても仕掛けは動かなかった。それよりも、千切れたように見える糸を直そうとした者だけに披露されるひそやかな仕掛け。
 建一は、その仕掛けを作った者の心意気を感じ、静かに微笑んだ。

□03
 集落の跡地に足を踏み入れると、それまでの資材が積み上がっていた感じとは違う、建物の残骸が見て取れた。
 崩れた廃屋。
 ひび割れた壁。
 たまに吹く風に、さらわれる布切れ。
 人の気配はないけれど、人がいた気配は確かにあった。
 積み上がったレンガに触れてみる。指を這わせたその場所だけ、さらさらと崩れていった。
 ビッ。
 そのわずかな音を、器用に聞き分け、瞬時に身を屈める。ひらりと揺れた建一の髪を、一筋の光が焼いた。後少し、自分の体がスレていたら、その光は建一の顔を焼いただろう。盾の代わりにしたもろい壁に簡単に穴が開いている。
 ビッ。
 ビッビツ。
 同じ音が畳み掛けるように建一に襲いかかった。
 建一は、用意していたサングラスを素早くかけ、まずは目を守る事を考える。足は止めない、建一は壁を盾に身を屈めながら走り続けた。光は、全て直線。音と同時に弾ける。正確に音を聞き分け、着弾点を見極めた。相変わらず、生き物の気配はしない。光が確実に自分を追ってくると言う事は、生きている者に反応しているのかも。光を避けながら、光の元を追う。
「アレ、ですか」
 モンスターとは違う感じだ。
 人の頭くらいの大きさのソレは、崩れ落ち朽ち果てた風景にそぐわない、滑らかなフォルムだった。台座部分に球体が乗っかっていて、その部分がくるくるとこまめに動いている。頂点には小さなガラスがはめ込まれていて、一定の時間で赤、青と光を発していた。
 ビッ、と音がすると、球体が光を吐き出す。
 建一は光を避けて、指先で雷の魔法を構えた。間を空けず、球体を狙い撃つ。
 ピシャンと弾けた音がして、球体の動きが止まった。上部のガラスがパリンと砕け、静寂が戻る。
 がらがらと、背後で壁が砕け落ちる音が続いた。
 建一を追って放たれた光が、一層廃墟を廃墟と化したのだ。
 舞い上がる砂埃を避け、先ほどまで忙しなく動いていた球体を見た。朽ち果てた廃墟の村で、これだけが異質に感じる。砂埃を被っておらず、綺麗に磨かれていた。きちんと建一を狙ったという事は、機能も果てていないと言うことだろう。けれど、辺りに何の気配もない。この機械は、何の目的で建一を攻撃した? ここに据え置かれていると言う事は、ここでなければいけない理由があるのか。
 建一は、もう一度、機械の周辺を調べた。
 しゃがみこみ床に手を這わすと、かすかに振動しているのが分かる。すると、この床の下に、何かが?
 球体が設置されていた部分を中心に、一帯には石の床が綺麗に残っている。丹念に床を調べてみると、一箇所、少しだけ段差のある部分を発見した。遠くからでは分からない、小さなへこみ。しかし、きちんと整備されている機械を設置するには似つかわしくない。
 へこんだ部分に手をのせると、ガコンと乾いた音が響いた。
 集落の入口で見た案内板のように、計算されたカラクリのようだ。
 片膝をついていた建一のすぐ後ろで、ガコンガコンと音をたて組みなおされる石畳の床。綺麗な正方形の石畳が、幾重にも折り重なって仕舞われて行く。
 やがて、何も動かなくなったその場所を覗き込むと、人が一人通れるような地下への入口が出来上がっていた。
 そっと中の様子を見て見る。
 日の光は入らないけれど、壁自体が淡い光を放っていて中は明るい。これなら、明かりがなくても歩けそうだ。
 建一は、周囲に気を配りながら地下へと足を進めた。

□04
 目の前に現れたのは、獅子のようなモンスターだった。
 獅子の顔半分は機械に覆われている。躯体のそこかしこからチューブが伸び、およそ生物とは程遠い機械的な音が断続的に聞こえてきていた。
 決して広くない地下の空間で建一と獅子が対峙する。
 獅子は、建一の出方を伺うように、一定の距離を取ってゆっくりと立ち止まった。その後ろには、大きな扉。それを、守っているのか、獅子はじっと建一を観察しているようにも感じられた。
 建一は、静かに立ち止まった。
 こちらも、相手の出方をじっと待つ。
 無意味な戦闘は避けたかった。
 お互い、相手を見ながら、無言で向き合う。
 先に動いたのは、獅子だった。何かを伺うように、くいと少しだけ頭を上げる。前足を屈め警戒の態勢は解かないが、生物の瞳が、ガラスの片目が、何かを語っていた。
 建一は、ゆっくりとサングラスをはずし、真っ直ぐに獅子を見た。
 微笑み、静かに語りかける。
「戦う意志はありません、……その後ろに、何があるんですか?」
 獅子は何も語らず、じっと建一を見上げていた。相手を威圧する気合いは、変わらない。しかし、殺気は微塵も感じられなかった。建一は、動かない獅子へむかって一歩足を進める。両手には、何も持っていない。獅子は、建一の一歩を戸惑いながら許した。
「僕に、見せてはいただけないでしょうか」
 建一は、獅子と同じ目線になるように、片膝をつく。優しく穏やかに、そして、ゆっくりと獅子に語りかけた。獅子はじっと建一を見ている。砂塵の舞う地上と違い、地下はとても綺麗だった。埃が舞う様子もない。壁も綺麗に磨かれていて、うっすらと光っていた。誰か、いや、何かがこの地下のメンテナンスをしているからなのだろう。
 獅子の瞳は、壁の光を受けて、優しく光っている。 片方の瞳は、生き物の瞳。もう片方は、人工的なガラスの瞳。その両方ともが、優しく光っている。建一は、そんな風に感じた。
 しばらくそのままお互いを見やっていたのだが、獅子はついに警戒の態勢を崩しぱたりと尻尾を地面に付けた。
 それから、ゆっくりと、建一に背を向ける。
 獅子は、扉を見上げた。
 建一は、獅子の後姿と扉を見ていた。
 扉から一筋の光が伸びてくる。獅子は、迷う事無く自らの人口の瞳でその光を受けた。
 ぎいと、地下に響く扉の開閉音。
 ついて来いと建一に語りかけるように、獅子がふいと建一を見た。建一は静かに頷き立ち上がる。そして、獅子の後ろを追いかけるように扉をくぐった。

□Ending
 くるりくるりと人形が踊る。
 扉の向こうは、人形達の舞踏会だった。建一の腰の高さほどの人形達は、くるくると回りながら踊り続けている。ある者は一人で、ある者は寄り添いながら、豪華なシャンデリアの下楽しげに踊っていた。
 残念ながら、背景で演奏されている曲はない。
 カチカチと歯車の軋む音、人形の衣装がすれる音だけが、絶え間なく響いていた。
 ふと、隣で伏せる獅子を見る。
 獅子は、ただ優しく、人形達の舞踏会を眺めていた。この仕掛けを作った人間達はもう居ない。メンテナンスを任された獅子は、それでもずっとずっと人形達の舞踏会を守ってきたのだろうか。誰も訪れない、静かな舞踏会。ステージの住人達は、変わらず笑顔で踊り続けていた。
 遥かな時の流れの中、穏やかに続く舞踏会は、少しだけ物悲しい。
 建一は、獅子の隣に腰を下ろし、水竜の琴を取り出した。人形達に合わせて軽快なリズムの音楽を奏でる。地下の小さな部屋に上品な琴の音が響き、いつしか人形達が音楽に合わせて踊り始めたような気さえして来る。
 獅子はピクリと生きているほうの耳を少しだけ動かした。
 『素敵な舞踏会を見せてくれて、有難うございます』
 建一の優しい瞳が獅子に語りかける。
 獅子はちらりと建一を見てから、またピクリと耳を動かして舞踏会へ視線を戻した。
 もう少しだけ、この優しい時間を。
 建一の願いは、音楽に溶けて行った。

 ▼山本建一は隠された人形の舞踏会を見つけた!
<End>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0929 / 山本建一 / 男 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】

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■         ライター通信          
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□山本建一様
 こんにちは、いつもご参加有難うございます。
 カラクリの里での冒険お疲れ様でした。今回はあまり派手な戦闘はありませんでしたが、それもひとえに山本様の人柄と優しさだと思います。
 発見した物につきましては、後日Interstice of dimension内にも追加致しますので、ご確認下さい。
 少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。
 では、また機会がありましたらよろしくお願いします。