<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】梅・散穏





 本当に一度だけでいい。
 そう願ったのは散る間際の一時だった。

 徐々に意識の薄れゆく中で、心だけは鮮明に激しく何かを訴える。
 このままでは……そう、このままでは嫌だ。と―――
 何とか意識を保って持ち上げた腕のこの細さ。
 こんな所で、こんな風に、終りたくない。
 けれど逃げること叶わぬ死出の鎖が、もう全身に巻き付いて身動きなど取れはしない。

 だから、一度だけでいい……
 本気の恋をしてみたい―――






 梅露は、ゆらりと立った。
 その瞳に生気はまるでない。
 ただの人形のように、ふらふらと屋敷中を徘徊する。
 強い願いは邪な力を呼び寄せた。
 願いは純粋であったのに、それに気がついた仙人は邪仙だった。






 山本建一は近づけずに居た。
 庭に立つ梅露まではあと数メートルなのに、梅露の周りには風が逆巻き、少しでも動けば屋敷や庭の木々をその風に巻き込んでいく状態。
 切欠は些細なことだった。
 病の床にある梅露のために、建一は少しでも心を慰めようと、屋敷の主人に依頼され梅露のために竪琴を引いた。
 この国のものではなく、外国のものならば、梅露も興味を持つだろうと思って。
 初めて梅露を見たとき、建一は一瞬で悟ってしまった。誰も何も言わなくても、梅露の死期が直ぐそこまで迫っていると。
 元気な頃だったならば美しかったであろう黒髪もばさばさで、頬も完全に痩せこけ、本当に一時の慰めなのだと、少しでも安らかに逝けるようにという父親の優しさなのだと、哀れな気持ちを抑えて笑顔を浮かべたあの時、もうすでに狙われていたのかもしれない。
 死を厭う者の叫びがどれほど強い力を持つのか。
 そこを、邪仙に狙われたのだろう。
 こと切れる寸前で、突然、痩せこけて動けなくなっていた梅露が、床から身を起こしたのだ。
 建一を始めとした、屋敷のものは奇跡だと一瞬思った。
 だが、眼を覚ました梅露は、まずそば近くに控えていた侍女を―――殺した。
 ただその手で触れただけで、侍女がミイラと化してしまったのだ。
 そこから混乱と騒動は始まった。
「梅露さん……」
 建一は虚ろな瞳の梅露を見つめ唇を噛み締める。
 どうしてこんなことに成ってしまったのか。
 梅露が何を願ってこの力を呼び寄せてしまったのか分からない。
 分からないから、対処のしようがない。
 最近出会った妖仙かとも思ったが、力の質が違う。
 死にかけであっても、意志のある人を操れるだけの力を持った仙人となれば、かなり高い力を持っている。
 何故そんな仙人が邪の道に落ちてしまうのか分からないが、善悪、陰陽、正邪……全ては鏡合わせ。どちらかが存在していれば、またその逆も存在している理。
 だが、今はそれどころではない。
 人の生気を吸い取り、幽鬼という存在として力を増していく梅露を止めなければならない。
 梅露の姿は、肌は青白いままだったが、骨と皮だった腕には肉がつき、こけていた頬も膨らみ、乾いていた唇は滴るほどに赤かった。
 生前の……いや、病に伏せる前の梅露は、きっとあんな少女だったのだろう。
 生きる人に触れるたびに吸い取った生気は、梅露の身体を甦らせ、収まりきらなかった力が風として逆巻く。
「梅露、梅露や」
「ご主人…!!」
 動き出した娘に向かって、屋敷の主人がふらふらと歩き出す。
 梅露はそんな父親を見てにやりと笑った。
 それは、娘が父に見せる微笑ではない。ただ、獲物を見つけた笑い。
「ダメですご主人!」
 建一は走りこみ、あと少しで梅露の風に飲み込まれそうになっていた主人の肩を引いた。
 一歩動いた梅露の風が建一の背を撫ぜる。
「ぅあ!」
「建一殿!?」
 抉るような風が建一の肌に走る傷をつけた。
「……っ」
 梅露の足が止まる。
 翳っていた瞳が微かにしかめられる。
 それは、ただ操られるだけの器ではなく、その中に何かしらの感情をまだ持っているということ。
「梅露さん……」
 後数メートルが届かない。いや、近づかせてもらえない。
 建一は風の外から声をかけた。
「梅露さん!」
 風の音にかき消されないように建一はその名を呼ぶ。
 もしかしたら、梅露の心はまだこの中にあると信じて。
 建一は衣の裾を整え、竪琴を支えるのに良さそうな岩の上に腰掛ける。
「貴方が好きだった歌を歌いましょう」
 戻ってこられるように。
 暗い呪縛から解き放たれるように。
 建一の歌によって梅露の周りに逆巻いていた風が止む。
 それが歌によって梅露が自分を取り戻し始めたのか、自身の中に取り込み切れなかった力の放出が止んできたのか、それは分からない。
 けれど、風が止んだのは好機だった。
 建一は歌を止め、そっと立ち上がり、梅露に向かって手を差し伸べた。
 梅露が建一の手を取ろうと一歩踏み出した瞬間だった。
「!!?」
 梅露は朽ち果てた。一瞬にして。
 まだ生きていた時の梅露の姿を通り越し、その場に転がるのは骨のみ。
 生きる人としても不完全だった梅露は、術が解けた事でその形をも失ってしまった。
 苦痛と未練が込められた瞳は、強い力を宿しながら悲しみに満ちたままで、結局その嘆きを払うことは出来ず、梅露が何を望んでいたのか、建一にはついぞ知りえなかった。
 歌を聞いていたときだけ、穏やかに笑っていたような気がするが、それも梅露の微笑だったのか、違うものに笑わされていたのか、それは分からない。

「他国の御伽噺のようにはいかないものですね」

 空の上、その様を見下ろしていた仙人が一人。
 多少心を動かされ始めていた人も、自分を止めることに事務的で、最後の一歩を踏み出せるほどの感情に育たなかった。
 屋敷の庭では主人が梅露の骨を抱きしめて泣き、梅露付きとして訪れていた楽師がそれを沈痛な面持ちで見つめている。
 楽師は口を開く。
「歌を、歌います。梅露さんのために……」
 せめて魂だけでも安らかに眠れるように。
 地上の人々は気がつかない。空の上に佇むその人を。
 高みの見物。
 羽扇を口元に当てて、善人面をしたその仙人は、そんな楽師の行動を一蹴する。
「無駄なことを」

 魂など、願いが叶わなかった時点で消えましたよ―――

 屋敷から空へ、空から風に乗って遠くへ、歌は広がっていくけれど、それはもう梅露には届くことは無かった。


















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【0929】
山本建一――ヤマモトケンイチ(19歳・男性)
アトランティス帰り(天界、芸能)


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 梅・散穏にご参加いただきありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 まず、申し訳ありませんが、成功はしておりません。
 建一様のプレイングは行動はあれど感情という部分が殆どありませんでしたので、今回のような結果になっています。
 次に「いろいろ」などの言葉は、的外れでもピンポイントでプレイングを書いていただけた人に失礼に当たるので、そういった便利行動はいたしません。
 それではまた、建一様に出会えることを祈って……