<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


あおぞら日記帳






 少し入り組んだ住宅街の先、山本建一はチラシを片手にある建物を探して歩いていた。
 それは、あおぞら荘と呼ばれる下宿で、ここ最近急に出来上がったペンションのような外観をした下宿だと風の噂で聞いている。
「ここですね」
 チラシに書かれた地図と、建物の特徴から考えてほかに該当するような建物はない。
 ―――カランコロン
 両開きの扉を開け放てば、鐘の音のようなドアベルが室内に鳴り響いた。
「こんにちは」
 足を踏み入れたホールは、たくさんのテーブルセットが並び、今らでも小さなレストランが開けそうなほどの造りになっている。
 確か朝と夕の食事は出ると書いてあったはず。きっとこのホールで食事を取るのだろう。
 しかし、外の建物大きさを思い返すに、このホールは少々大きすぎるような、そうではないような……。
「はーい」
 パタパタと足音を響かせて建一を出迎えた白い髪の少女は、チラシを手にしている建一を見るなり、ガッツポーズをしてみせた。
「チラシ効果絶大っ!!」
 そんな少女に、建一は目をぱちくりとさせてしまう。
 が、少女はそんなことお構いなしに変わり身の如くぱっと身を正すと、建一を迎え入れるように両手を広げた。
「ようこそ、あおぞら荘へ! お部屋、見ますよね!」
 少女の瞳は期待いっぱいだ。建一はそんな元気な少女に向けてにっこりと微笑むと、軽く頭を下げた。
「はい。よろしくお願いします」
 ホールから続く廊下を少女――ルツーセと共に歩けば、同じような造りの扉が続く下宿スペースに足を踏み入れていた。
 入り口の大きさを思い返してみても、やはり、あまり大きくなかったような気がする。
 縦に長い建物なのだろうか。
「建一さんはソーン長そうね」
「どうしてそう思いますか?」
 サンプルルームへと向かう道すがら、ルツーセはふと建一を見上げ呟く。
「場慣れしてるっていうか。年季はいってる感じ」
 確かに建一が持っている物や服装も、つい最近ソーンに来たというには馴染みすぎている。
 ルツーセの瞳は、ソーンが長いならどこかに居を構え、今更下宿に住むようなことではないのではいか、と言うことを告げている。
 建一はそんなルツーセの心配を汲み取り、自分が下宿を探す切欠を話し始めた。
「最近、仕事などでソーンの各地に出かけることが多いんですよ」
 その後、帰ってくる度に宿を取り直すのは些か骨が折れる。
 馴染みの宿だったとしても、あちら様も商売のため、いつ帰ってくるか分からないのに部屋を取っておいてほしいなんて言えず、部屋がなかったときは他の宿を取っていた。
「今まで泊まる所は宿が多かったんですが、できれば知人がいるところに部屋を借りたいと思いまして」
「そうよね、気心が知れてる人がいれば過ごしやすいものね」
 ルツーセはうんうんと頷いて、目当ての扉を見つけたのか軽く駆け出す。
「どうぞ。中の造りは何処も一緒なの」
 そして、開けた時に建一が見やすい位置に立つよう足を止め、扉を開けた。
 建一は見聞するように中に踏み入り、備え付けられているベッドやタンス、一組のテーブルセットを見る。
「なかなかですね」
 部屋の広さは8畳ほど。キッチンは共同で、風呂とトイレの水周りは各部屋に備え付けられている。通常のワンルームだと6畳ほどが平均的な中で8畳の広さはかなりのものだが、これが標準とするとこれ以上狭い部屋はないのだろう。
 加えベッドやタンスなどという嵩張る荷物が予め備え付けられているというのもありがたい。
「10畳ほどの部屋となると、やはり限られてくるのでしょうか?」
 普通に考えて、設計時に部屋の広さは決めて造るものである。
 もし、10畳として用意されている部屋が満室になってしまっていたら、もっと広い部屋か8畳の部屋で妥協することになる。
 一人暮らしならば8畳でも充分な広さなのだが、仕事で手に入れたアイテムを保管したり、茶器や楽器を手入れするスペースが欲しかったからだ。
 だが、そんな建一の心配など何処吹く風、ルツーセはあっけらかんとした口調で、
「そんなことないよ。入りたい部屋を教えてくれれば、そこを10畳にするから大丈夫」
 と、言ってのけた。
「10畳に…する?」
 部屋に入る時期を考えてリフォームを済ませておいてくれるのだろうか。
 いや、もしかしたら、次元でも少し歪んでいるのか?
 建一は外観と内装の広さを思い出し、そんな事を考えた。
「少し待ってもらえれば、今日中にでも直ぐに10畳には出来るから安心して」
 自分の希望した部屋が直ぐに出来上がるというのは、確かに昨日今日ソーンに来てしまった人には願ったり叶ったりの場所になりそうだと思いながら、建一は「ありがとうございます」と笑顔で答える。
 下宿はアパートやマンションとは違い、眼に見る場所に大家が居て管理していたり、共同生活部分があったりする。
 元々は他人でありながら、大きな家族にもなりえる場所なのだ。
(お帰りと言ってもらえる場所はいいですね)
 “ただいま”と“お帰り”。
 そんな何気ない言葉なのに、最後に言ったのはいつだろう。
 仕事で旅に出て帰ってきたとき、確実に帰る場所があるというほど安心できるものはない。
 いつか、ここに住む仲間に、自分の音楽を聴いてもらえたらきっと楽しいだろう。
 内装や希望が叶ったことに満足して、建一は部屋から出る。
 一旦ホールに向かう道すがら、何気なくルツーセは問いかけた。
「ところで、建一さんの言う知人って誰か聞いても大丈夫?」
「はい。マーニ・ムンディルファリさんと言うのですが」
「マーニ……」
 建一の口から出た名をルツーセは反芻し、記憶を手繰る。だが、そんな人が下宿しているという覚えはない。他の大家は初めてあおぞら荘に来た人の前に出てこないので、勝手に契約を交わしたとは思いがたい。
「ごめん。そういう人、居ないかも」
 ルツーセは申し訳なさそうに眉根を下げて答える。
「そう…ですか? 僕の勘違いだったのでしょうか」
 移り住んだのではなく、候補の一つに上がっていただけなのかもしれない。
「建一さんの知人は居なかったけど、部屋は結局どうする?」
 入る入らないは別として希望だけでも聞いておくよ? と、ルツーセは問いかけ、建一はそれではと希望を述べた。
「一応2階の5号室辺りに10畳の部屋を用意していただけますか?」
 それから、もしマーニがあおぞら荘で暮らすことになったら隣がいいため、一応隣も空けてもらう。
「OK。キープしておくことは簡単だから、しておくね」
 結論は直ぐに出さなくてもいい。
 知人が居るからとここへきて、目的の知人が居なかったのだから、わざわざここで契約を交わす必要はない。
「あたし達はいつでも大歓迎だよ」
 だから、建一の決意が固まったときに来てくれればいい。
「部屋をキープしておくことは、大変ではないですか?」
 建物の中身は限りがある。一部屋でも客を入れればそれだけ売り上げが上がるのだから。
「あぁ大丈夫大丈夫。ここ、部屋数に限りはないようにしてあるから」
 まさか100階100号室というほども人が増えるとも思えないし。と、笑って言うルツーセに、建一は納得しながら、
「では、お願いします」
 と、頭を下げる。
「此方こそ、入居お待ちしておりま〜す」
 同じようにルツーセも腰を折り、よろしくね。と笑った。

















☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【0929】
山本建一――ヤマモトケンイチ(19歳・男性)
アトランティス帰り(天界、芸能)


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 あおぞら日記帳にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 まずは申し訳ないことに、建一様とマーニの現状は夜と昼の双子が終わった時から進展しておりませんので、マーニの居所は変更されておりません。
 もしこの先、あおぞら荘にて暮らす場合、本当にまれにしか表にも出さないことが申し訳ないのですが『妖精と茨の輪』シナリオをクリアしていただかないことには、本当の結末は迎えられません。
 要するに、マーニが動かないソールを抱えたままの状態で、完全に個人として独立していないことになっています。
 ですので、今回はキープという形で入居にはしませんでした。
 マーニ関係なく入居を…ということでしたら、次回『あおぞら日記帳』ご参加いただけたときにでもご一筆添えてください。
 それではまた、建一様に出会えることを祈って……