<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


カラクリの里〜カラクリの円盤と〜

□Opening
 扉、扉、扉。
 小屋の中は、壁一面が扉だった。
 不思議な光景を見ながら、千獣は、ゆっくりと小屋の中を進む。
「こんにちは、いらっしゃい」
 すると、千獣に気がついたのか、小屋の住人ラビ・ナ・トットがぴょこぴょこと駆け寄って来た。ウサギのような耳と尻尾を持つ少年は、にこにこと挨拶をする。
「……、うん、来た、よ……」
 千獣の言葉に、トットは頷く。そのまま、一つの扉の前まで千獣は案内された。
「これはね、カラクリの里へと繋がる扉なんです」
「……カ、ラ、ク、リ……?」
 聞きなれない言葉……。
 それは、何だろう? 千獣は、小さく小首を傾げた。
「はい、里と言っても、廃墟です。……、中には機械と融合したようなモンスターもいます」
 トットは千獣の様子を少しだけ不安そうに見つめる。大丈夫なのだろうか、と、その瞳が語っているような気がした。
 千獣は、こくりと静かに頷き扉を見る。
「……とり、あえず……また、何かを、探して、くれば……いいん、だよね……?」
「えぇ? では、行くんですか? まぁ、その、里がどうなっているのか、見てきていただけるのなら嬉しいんですが……」
 よほど何かがある所なのだろうか。トットは怯えたように千獣を見た。
「じゃあ……西……に、向かって、行って、みる……」
 用心、して行くか。
 千獣は、心配そうなトットを小屋に残し、扉をくぐった。

□01
 生暖かい風が頬を撫でる。
 扉を抜けると、別世界が広がっていた。粉塵が巻きあがり、視界が悪い。
 辺りには、瓦礫の山ができていた。砂埃を被り、もう何年も人の手が触れていないことが分かる。積み上がっているのは、資材や金属片など様々で、元が何であったのかが全く想像できない。
「……、廃墟、って、……、こう言う、こと」
 何の気配もない。生き物の息遣いが聞こえない。
 ただ、朽ち果てたモノがそこにあるだけ。
 千獣は、風にさらわれる髪を押さえてもう一度ゆっくりと周囲を眺めた。
 耳を澄ませば、風の音に紛れて、何かが回る音が聞こえた。コチコチコチ。規則正しくリズムを刻んでいる。それはとても小さくて、きっと何処か遠くからだと思う。
 千獣は、コンパスを取り出して方角を確認し、西へ歩きはじめた。

□02
 西へ続く道は、下り坂だった。
 相変わらず視界は悪いけれど、道はきちんと残っていて歩くのには問題ない。ただ、道の端の柵は見る影もなく崩れているものが殆どで、残っているものには蔦が這っていた。この世界の入口は荒れ果てた土地に資材が積みあがっているだけだったのだけれど、道を進むに連れて植物が目に付くようになってきた。
 荒れ果てた廃墟。
 けれど、まだ、死んでいない土地。
 千獣は、ゆっくりと歩きながら、全身でこの世界を感じていた。
 光が少ないからではなくて、粉塵が舞うので視界が悪い。それは、どんなに目を凝らしても視界を確保できないと理解して、かわりに耳を澄ませた。加えて、嗅覚を研ぎ澄ませ、周囲の変化に気を配る。
 すると、遠くから、カチコチと規則正しいリズムが聞こえてきた。
 立ち止まり、音のする方向へ感覚を伸ばす。
 音は、だんだん近づいてくるようだった。
 念のため、道を外れて近くの木に飛び乗り様子を伺う。枝に掴まりじっと気配を押し、気配を木に同化させた。
――コチコチ
 規則正しいリズムが、
――カサリガサリ
 草を分けて近づく。
 そっと身を乗り出して、目を細める。
 西へ続く道を横断するように、それは這っていた。
 ちょこちょこと四足で地を這う姿は、げっ歯類を想像させる。つんと澄まし優雅に歩く様子は、愛嬌があって結構可愛らしかった。
 ただ、一つ怪しいと言えば、身体が金属のような光を放っている所だった。
 体毛も無ければ、生物の匂いも感じられない。その代わり、身体中にネジが埋め込まれている。
――あれ、が……、カラ、クリ……の、モンスター?
 歩くたびに、カチコチと無機質な音が聞こえた。
 カラクリとはどういったモノか、興味はあったけれど事を荒立てる真似はしたくない。
 千獣は、カラクリのモンスターが木の下を歩き過ぎて行くのを静かに見ていた。

□03
 なだらかな坂を下りながら、何度か生き物の匂いのしないモンスターとすれ違った。手のひらほどの小さなものから両手で抱えるほどの大きさまで様々なモンスターがいたが、どれも身体は金属に覆われていて生き物の匂いはしない。
 しかし、やたらと火を吐いたり木をなぎ倒したりするモノは無く、まるで自然界に住む動物のようだった。
 だから千獣は、ただ静かに、彼らを刺激せぬように、身を隠しあるいは迂回しながら進む。
 やがて坂道が途切れると、大きな建物が見えてきた。
 廃墟、と聞いていたけれど、建物は綺麗に残っている。
 レンガの壁に、木製の扉も、まるで建設された当時、そのままの姿のようだった。色あせていない、植物が這い上がってきているわけでもない、ただ、綺麗にそこにあった。
 辺りには、それ以外何も無い。
 背の高い木に囲まれた建物は、今も誰かが手入れをしているのだと思った。
 近づいてみると、扉の前に看板が立っている。
「……、は、く、……ぶつ?」
 大きくそれだけが書かれた看板には、小さなベルがくくり付けられていた。
 道はここでおしまいだ。
 辺りには建物以外に何も無い。
 しばらく考えたが、結局、千獣は看板のベルを鳴らしてみる事にした。一応、周囲に気を配り、何かあった時のために用心する。今まで出会ってきたようなモンスターの気配はない。
 人差し指を伸ばし、控えめにベルを弾いた。
 リンリン、と、涼しげな音が鳴る。
 次に、ガコン、と、乾いた音が聞こえた。
 一瞬の出来事に、千獣は腰を低く落とし、いつでも飛び退く態勢を整える。
 そんな千獣の目の前で、ガコン、ガコンと音を鳴らし、看板の軸が回り始めた。軸がくるくると回る。それにあわせて、ベルもリンリンと音を奏でた。
 やがて、看板が止まると、建物の扉がぎいと軋む音を立てて、ゆっくりと手前に開く。
 逆光になって建物の中まで確認する事はできなかったけれど、何かが飛び出してきた気配を感じた。丸くて、平べったくて、円盤のような、何か。どう言う仕組みなのかは分からないが、それが地面から少し上に浮いているのだ。
 丁度五本の指を開いたくらいの大きさの円盤は、ふよふよと千獣へ近づいてきた。
『おかえりなさいませ、ますたー』
 どこからか、声が聞こえる。……それは、人間が発したような声ではなかった。発音も、微妙に舌ッ足らずな印象を受ける。
『おかえりなさいませ、ますたー』
 同じ声が、再び聞こえた。
 間違い無い。
 地面の少し上をふよふよと浮く円盤から、それは、聞こえていた。
 千獣は、音を立てないようにそっと膝を折り、小石を拾い上げる。そして、わざと音が上がる様に、看板に石を放り投げた。
 カツン、と、小さく看板が鳴る。
 すると、浮いていた円盤が、看板に向かって移動をはじめた。
『おかえりなさいませ、ますたー』
 円盤は、もう動かない看板に擦り寄って、更に同じ声を発する。
 もう一つ小石を拾い、今度は何もない所へ投げつけた。がらんと音はしたけれど、円盤は動かなかった。看板の付近の音に反応するのだろう、と、判断する。
 言葉をそのまま解釈するのなら、誰かの帰りを待っているのだろうか。
 特に、危険な罠を感じる事は無かった。
「私、……、ますたー、じゃ、……ない、よ……」
 思い切って、円盤に話しかけてみる。
『ますたー、ますたー、ますたー』
 返って来たのは、騒がしいほどの歓迎の言葉だった。
 人間の言葉では無い声。抑揚の無い発音。
 けれど、円盤が、精一杯喜んで居る事は、良く分かった。
「ますたー、……じゃ、ない、……のに」
 一応、否定をしてみたが、円盤は『ますたー』と繰り返すだけ。やがて、円盤は、千獣を誘うように建物の中へと動きはじめた。
 道はここでお終いで、最後に建物があったのだから、きっとここが目的地なのだろう。
 千獣は、誘われるまま、建物へと足を向けた。

□04
『ますたー、ごきげんは、いかがですか』
『そとはいいてんきですね』
『だんさにおきをつけ、ください』
 それほど、自分は『ますたー』に似ているのだろうか?
 千獣はずっと自分につき従う円盤を伴い建物の中を歩いていた。どれだけ『ますたー』では無いと言葉をかけても、円盤は頑として千獣を『ますたー』と呼称する。
『ますたー、ごきげんは、いかがですか』
『そとはいいてんきですね』
『だんさにおきをつけ、ください』
 また、同じ言葉。
 円盤は、何度も何度も同じ言葉を繰り返すだけだった。
 かたん、と、目の前に飾ってあった絵の額縁が外れる。額縁だけが浮き上がり、また額縁として絵を囲む、それを何度か繰り返して、静かになった。
 それを見届けて、次の廊下に移動すると、今度は展示してあった人形が両手を上げ下げしてリズム良く踊る。
 どうやら、この建物は、色々な仕掛けがあるモノを展示している場所のようだ。
「ずっと、……、こ、こ、に……居るの?」
『ますたー、きょうの、おそうじは、おわっています』
 千獣の問いかけに、円盤が的外れな答を返す。
 掃除が終わっている、と言う事は、円盤が何かしら清掃をしていると言う事なのだろう。ずっと、ずっと、この建物で掃除をしながら『ますたー』の帰りを待っているのか。

□Ending
 最後に、出口までの通路案内があった。
 見上げると、大きな肖像画が展示されている。
「男、の……、人?」
 大柄で髭を蓄えた男の肖像画だった。がっしりとした体格、髭はあるのに髪はない。肖像画の下には、館長としての紹介も設置してあった。
「もしか、して……、この人、が、……ますたー?」
『はい、ますたー』
 はじめて、会話が成立した気がする。
 それにしても、本当に肖像画の人物が『ますたー』と言うのなら、あまりにも千獣と違い過ぎる。それでも、円盤は、千獣の事を『ますたー』と呼ぶのだ。

――生きている人、と言うだけで?

 人物の識別ができないのかも。
 それは、とても悲しい気がした。
 朽ち果てた廃墟で、無機質な建物だけはずっと昔のまま。
『いってらっしゃい、ますたー』
 建物を出る時に、当然のように円盤はそう言った。建物の館長も、いつかの昔、こうやって見送られたのだろうか。
 円盤は、ふよふよと浮かび、建物の扉の前で止まった。
 建物の近くから、離れる事ができないのだろう。
 けれど、千獣は、「いってきます」なんて、言えなかった。

 ▼千獣はカラクリ博物館を見つけた!
<End>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女 / 17歳 / 異界職】

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■         ライター通信          
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□千獣様
 こんにちは、ご参加有難うございます。
 カラクリの里での探索はいかがでしたでしょうか。派手な戦闘こそありませんでしたが、それも、千獣様の優しいお心遣いあってこそだと思います。
 発見した物につきましては、後日Interstice of dimension内にも追加致しますので、ご確認下さい。
 少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。
 では、また機会がありましたらよろしくお願いします。