<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『知への探求〜懇願〜』

「でもさ、でもさ、ずっと街ん中いたら、窮屈だろー?」
 ダラン・ローディスは上機嫌で女性の腕に自らの腕を絡め、くっついていた。
「そうでもありません。毎日充実していますから」
 女性は少し困り気味だった。
 前を歩くそんなダランの様子に、小さく吐息をつきながら……ウィノナ・ライプニッツは隣を歩く女性を見上げた。
 自分と同じ髪の色をした女性だ。
 年齢は30歳くらいだろうか。
 目の色は、自分よりも薄い。
 健康そうに見えるけれど……細い、腕をしている。
「何?」
 ウィノナの視線に気付き、その女性――ディセットがウィノナを見た。
「う、うん」
 特に、話があったわけではない。
 ただ、たまに不安になるのだ。
 まだ若いこの女性が……突然、いなくなってしまうのではないかと。
 もう、会えなくなるのではないかと。
 創造主の話も、神族の話も聞き、ウィノナにも大体のことがわかってきた。
 クラリスは、異世界の神族なのだろう。
 なんらかの理由で、この地で、人を生み出している。
 生み出された魔女は、ここで短い間生きて、学び。そして、天に昇る。
 そのクラリスの行いが正しいのか、間違っているのかは、ウィノナには判断できない。
 だけれど、一つ言えるのは“別れは嫌だ”ということ。
 ウィノナはまだ14年しか生きていない。
 だからまだ、人の死をあまり見ていない。
「あの、ね」
 ウィノナはゆっくりと歩きながら、自分の気持ちを語り始める。
「ボク、ソワサントが死んだ時に、もっと話がしたかった、恩を返したかった、ってすごく悲しかった。屋敷の皆やディセットさんとも同じように別れなきゃならないなんて、ボク、嫌だ」
 ディセットは黙って聞いていた。
「……今のボクには、ダランのことさえまだ満足な対処さえしてあげられないから、今のボクには見込みはないだろう、って思う。だから、先のボクにもし何とかできるかもしれない、って思える時が来たら、そのときに協力して、ディセットさん」
 その言葉に、ディセットは長い間沈黙した。いや、ほんの数秒だったかもしれない。
 だけれど、答えを待つウィノナには、とても長い沈黙だった。
「うんって、言ってあげたら、あなたを少し安心させてあげられるのかもしれないけれど……その場限りの適当なことを言って、あなたを縛ったらダメよね」
 前を歩くダラン達を見るともなく見ながら、ディセットは自分の思いをウィノナに語った。
「多分、その時、私は生きてはいないわ」
 血が引くような感覚を、ウィノナは覚えた。言葉が、出なかった。
「私の名前はディセット。17よ。寿命は30半ばくらいのはず。屋敷を出たのが15歳の時。あれから18年。つまり、私はそろそろこの世界での寿命を迎えるの」
「早、すぎる……」
「うん。でもね、もっと短命な種族も、長寿な種族もあるじゃない? たまたま、ウィノナが出会った魔女という種族の私達は、寿命が短かった、そういうことよ」
 ウィノナは首を横に振った。ただ、首を横に振っていた。
「あなたはまだ若いから、知り合いの死をあまり経験していないのでしょうけれど。私達にとって、それは普通のことなの。人間だって、還暦を迎える頃には、家族や友の死をいくつもいくつも経験しているはずよ」
「だけど……っ」
 ウィノナは搾り出すような声で続けた。
「ボクは嫌なんだ。若いうちに、皆がいなくなっていくことが。ボクの我が侭なら、それでもいい。ボクは皆に、もっとこの世界で長く生きていて欲しいって思うんだ! ディセットさんだって、生きたいと思ってるじゃないか」
「……うん……」
 小さな言葉を発した後、またディセットは沈黙した。
 黙ったまま、2人は並んで歩いていた。
 ――先に沈黙を破ったのは、ウィノナだった。
「ダランの中の力をもらったら、もっと生きられるかもしれないって言ってたよね。それは一体どういうこと?」
「血液が正常に循環しなくなるように、老化と共に、魔力がきちんと流れなくなっていくの。だけれど、お姉ちゃんの強い魔力があれば、もしかしたら……って思った。可能性でしか、ないんだけどね」
 寧ろ、強い魔力が悪影響を及ぼしているのではないか?
 だけれど、魔力の源を壊してしまったら、魔女は生きてはいけない……というようなことを聞いたことがある。
(どうしたら、ボクはディセットと……知り合った友たちと、長く一緒にいられるのだろう……)
 答えが出ない。
 答えが、出ない……。
「ファムルが助けてくれるんじゃないかって、心のどこかで思っていたことがあった」
 俯いていたウィノナは、ディセットの声に、再び顔を上げた。
「ファムルのこと、知ってる?」
 ウィノナはこくりと頷いた。 
「クラリス様は、シスお姉ちゃんを、錬金術師のファムル・ディートにあげたのよ。肉親の情でも、恋愛でもいいから、二人の間に強い絆を持たせようとしたのね。そうすれば、ファムルはお姉ちゃんを生かそうと、どんなことでもするだろうって……そうお考えになったんだと思う」
 15年前。
 ウィノナが生まれる前に、何があったのかは知らない。
 クラリスの目論見は外れ、シスはダランの父親と結ばれ、若くして亡くなった。
 ファムルは、それをきっかけに、魔女と縁を切ったのだろう。
「クラリス様だって、もう少し私達を生かそうと考えてくれているはず。特に、キャトルのことは……。だけど、技術が足りないんだと思う。無から有を生み出す技術、錬金術。そして、私達の魔力。その力が合わされば、可能性はあったのかもしれない」
「あった?」
「私がまだ小さい頃に、滅びた村があった。ファムルはその魔道学者の村の生き残りの魔道化学者……錬金術師だったらしいんだけれど、私にもよくわらない理由で、よくわからない状況になり、よくわからないことに」
 聞いているウィノナにはもっと理解のできない話であった。
 ウィノナが眉根を寄せると、ディセットは小さく笑った。
「子供の頃、シスお姉ちゃんから軽く聞いただけだからね。とにかく、お姉ちゃんが死んでからの、今の半ボケやる気なしのファムルじゃダメだってこと」
「その村の生き残りって他にはいないの?」
「何人かはいたみたいだけれど、そういうことはファムルにしかわからないと思う。……記憶を失う前のね」
 その言葉に、ウィノナは驚いた。
「ファムル先生って昔の記憶ないの?」
「うん、クラリス様に消してもらったみたい。覚えていたら生きてはいけないほど、辛い過去だったのよ、きっと」
 覚えていたら、生きてはいけないほど辛いことって、どんなことだろう?
 もし――なす術もなく、魔女の皆もダランも失ってしまったら。
 自分は記憶を消したいと思うのだろうか?
 ウィノナはふと浮かんだ考えに首を振った。
(ソワサントが死んだとき、ボクは忘れないと決めた)
「さて、もうすぐ、妹達に会えるわねー。数減ってないといいけどっ」
 ディセットが笑いながら言った。
 勿論、ウィノナは笑えなかった。
 魔力と錬金術――その方法を取るとしたら、今の自分が補えるのは、魔力の方だろうか?
 クラリスを蔑ろにしなければ、ディセットも、他の魔女達も、生きることを望んでくれるのだろうか。

**********

 10日後、ウィノナ達は、エルザードに帰還を果たした。
 ダランは、一先ず自宅に帰っていった。
 ウィノナもとりあえず職場の方に顔を出した。
 茶色の髪の女性――名前は、セスタという。彼女と魔女クラリスの交渉がまとまれば、ディセットは一旦家に帰るだろうし、クラリスはしばらくの間、眠りにつくそうだ。
 その前に、聞いておくべきことがあるような気がする。
「腕輪も、嵌めてもらわないと……」
 ウィノナは腕を見ながら呟いた。
 何故か、気持ちが沈んでいた。
 色々なことが、ありすぎたのかもしれない。 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
ディセット
セスタ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
引き続きのご参加、ありがとうございました。
なんだか、どんどん問題が増えていっているような気がします。すみません……。
何かやっておきたいことがありましたら、再び「知への探求」からご参加ください。
来月頃には、新たな展開のオープニングをどこかに設ける予定です。
よろしければ、今後ともよろしくお願いいたします。