<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『冬祭り』

 辺りは一面真っ白であった。
 動物達の姿はなく、植物も全て雪に包まれている。
 白い、白い世界であった。
 ただ、細い道路であった場所には、沢山の足跡が残っている。
 一つの方向へ。
 雪に覆われた世界に、明るい声が響いている――。

「お届け物ですー」
 郵便屋の少女ウィノナ・ライプニッツは、主催者が集うテントに小包を届け、サインを貰う。
 小包の中には、女性用のアクセサリーや観賞用の木彫りの置物などが入っているらしい。
 見回せば、本当に色々な店がある。
 今年はドコゾの大金持ちが協賛し、大々的に宣伝をした効果で、店も客も例年の3倍ほど集まっているとのことだ。
「さて、今日の仕事はこれで終りだし……」
 会場を見回していたウィノナは、見知った顔を見つけて、にやりと笑った。

「せんせ、ファムルせんせ☆」
「うわっ」
 突然現れた少女に、ファムル・ディートは大袈裟なほどに驚く。
 背後から近付いたウィノナは、ファムルの肩越しに、並べられている袋を一つとった。
 そして、ファムルの耳元で囁く。
「このとっても甘いお菓子食べたら、なんだかとっても甘い気分になって〜。もいっこ食べちゃおうかなっ」
「だっ、から君は! その辺の年頃の男の子を襲ってくれー」
 ウィノナから、必死に袋を取り戻そうとする姿に、客からくすくすと笑い声が漏れた。
「おい、ファムルー! 全部売れたぜ。……って、ウィノナじゃん」
「あ、虎王丸。な、何してんの? その格好」
 一変、ウィノナは表情を訝しげに変える。
 目の前の虎王丸の姿――は、一歩間違えば変質者だ。
 毛皮のすっごく暖かそうな服を着ている。着ているのだが、袖がない。
 そして、後ろで紐で結んでいる。つまり、後ろ身頃がない。
「何って、我慢大会だよ。パンフレット見てないのか?」
 そういえば虎王丸は、我慢大会の文字とナンバーが記されたカードを首から下げている。
「おっさんの菓子を売りながら、アピールしてるんだぜ!」
「なるほど、沢山の人に絡めば、それだけ票集まりそうだしね。ファムル先生も儲かって一石二鳥かー」
「そういうこと! ウィノナも俺に入れてくれよな。それじゃ、またなー!」
 虎王丸はファムルからダンボール箱を受け取ると、人込みの中へと飛び込んでいった。
 ウィノナは店の中にあった祭りのパンフレットを手にとる。
 それによると、今日は「寒さの我慢大会」、「美女コンテスト」、「氷上押し合いバトル」……等の催し物があるらしい。
「ボクにはあまり向いてないかな」
 催しに限らず、大会を盛り上げた人物には、主催者からメダルが贈られるそうだ。
 メダル対象者は審査員の推薦の他、一般客からの意見や投票も加味されるとのことだ。
「先生、このパンフレット貰ってもいい?」
「そんなのでよければ、いくらでも。でも、君には菓子は売らんぞ」
 接客をしながら、ファムルはふて腐れたようにウィノナを軽く睨んだ。
「いいよ、虎王丸から買うから!」
「こらっ!」
 笑いながら、ウィノナはパンフレットを持って、その場を後にした。

「あっ」
「わっ」
 パンフレットを見ながら歩いていたウィノナは、きょろきょろ周りを見ながら歩いていた少女と軽くぶつかってしまった。
 ウィノナの方はなんとも無かったのだが、相手は滑って転び、尻餅をついていた。
「ごめん。大丈夫」
「うん、平気平気ー」
 少女が顔を上げ、ウィノナと目が合った。
「あっ」
 被っていた帽子が脱げかかっていることに気付き、少女は慌てて目深に帽子を被りなおす。
「キャトル、だよね」
 ウィノナはしゃがみこんで、周りに注意しながら、少女に囁いた。
「う、うん。よかった、ウィノナで。えへへっ」
 にっこり笑う様は、夏に会った時同様、明るく元気に見えた。
「出歩いて大丈夫なの?」
「うん、大丈夫! でも、早く帰んないと捜索とかされそうだから、ちょっとだけなんだけど」
 キャトルはウィノナの手を掴んで共に立ち上がり、雪を払った。
「じゃ、一緒に回ろうか。知られたくない人もいるんだよね? ボクが庇ってあげるよ」
「ホント! ありがと〜。あー、うずうずするー。大会も全部出たいのにー! 雪って冷たい。つるつる滑るっ。でも、とっても綺麗だ。あっちの方にね、雪の人形沢山あるんだよ! あたしも作りたいー!」
 キャトルは輝く笑みを見せていた。
「雪像があるの? どんなのだろう? ボクも準備手伝えばよかった!」
 ウィノナの気持ちもつられて、高揚していった。

「今度は、せめて滑り止めのついた靴を履いてきた方がいいよ」
「うん」
 キャトルは時折ウィノナに捕まりながら歩いている。
「ね、お腹空いたね。キャトルはお昼食べた? まだなら何か食べようか」
「うん、さっきから気になってる店があるんだー」
 キャトルが指を向けた先にあるのは――焼そば屋であった。
「ふふふ、知り合いが、やってるんだ」
「ホントだ。珍しー」
 2人、顔を合わせて笑い合うと、焼そば屋に直行した。

 目つきの悪い男だった。 
 男は鉄板の上に、まずキャベツを大量に落とした。
 その後、麺を入れ、蒸し焼きにする。
 具を入れた後、ソースを掛けて、二本のヘラを巧みに操り混ぜていく。
「……なんか、プロみたいだね」
「これが本職?」
 じっと見ていた少女達の声に、その男が顔を上げる。
 目が合うと、キャトルはにっこりと笑う。
「焼そば二ーつ! 大盛りでお願い!!」
 小声だけれど、元気なその声に、男――リルド・ラーケンは、眉根を寄せる。
 見せるべきは、こんな表情ではないのだが、なんだかばつが悪く、素直な表情は出せなかった。
 とある事件で別れた後……キャトルが無事であるということは知っていた。
 今、こうして無事な姿を見れて、共に安心したわけではあるが……。
「本職じゃねーよ」
 そうふて腐れ気味に言って、リルドは作業に戻る。
 前日、この焼きそば屋の親父が酔った勢いで、目の据わったリルドに絡んできた。
 その際、リルドとしては、ちょっと払ったつもりだったのだが、イライラしていたせいか思いの外力が入っていたらしく、相手を怪我させてしまったのだ。
 そして、店主の変わりに、焼そば屋でバイトする羽目に――。決して本職ではない!
 リルドは出来たての焼そばをパックに入れて、2人の前に出した。
「ありがと〜。いくら?」
「いらねーよ」
「いらないって……まさか奢り?」
 キャトルは大袈裟なほどに驚き、言葉を続けた。
「リルドが、あたしに? うれしー。なんで、なんでなんでーっ!」
 バン!
 リルドは、顔をしかめながら、ボトルを乱暴に台の上に置いた。
「ね、怒った? リルドの考えてること、あたしよくわかんないんだよ。あたしたち、友達だよね? あたしは勝手にそう思ってるんだけどさ」
 リルドは無言でそのボトルを、キャトルに差し出した。中には温かい茶が入っているようだ。
「これも持っていけ。……ちゃんと食えよ」
「わー、ありがと! 身体冷えてたんだ。それじゃ、リルドは仕事頑張れよッ!」
 キャトルは焼きそばと茶を受け取ると、手を振ってその場を後にした。
 一緒に歩きながら、ウィノナはちろりと焼そば屋を振り返る。
 黙々と焼そばを詰めていくリルドを見て、少しだけ笑みを浮かべた。
 昔つっぱっていたウィノナには、リルドの気持ちがちょっとだけわかった。
「ウィノナー! この焼そば美味しい、やっぱ、リルドはプロだよプロ。本職は焼きそば屋だって!」
「あははは、それは違うと思う」
 キャトルと並んで歩きながら、ウィノナも蓋を開けて、焼そばを一口、口に運んだ。
 暖かくて、香ばしく、とても美味しかった。

 昼を過ぎた頃から、更に来場者が増えてきた。
 時折空からは、雪が舞い落ちてくる。
 それは、ずっと晴れているよりも、この祭りに相応しい天気であった。
「ワグネルさん、肩貸しましょうか?」
 赤い顔をした少女が、冒険者のワグネルを見上げた。
 借りたいのは山々だが――この子は自分の体重を支えられる体格をしていない。
「大丈夫だ。滑ったりしなきゃ、痛みも感じねぇし」
「そうですか。でも、辛くなったら言ってくださいね。私、頑張ってワグネルさんおんぶしますから!」
「ははは、それは無理だろ」
 ワグネルは少女――ミルトと笑い合う。
 ファムル・ディートの診療所で療養中のワグネルは、ファムルから冬祭りが開催されると聞き、見舞いにやってきたミルトを誘って顔を出してみることにした。
 あの狭い診療所に篭っていたら、気が変になってしまいそうだった。
 雪の中の祭りは、夏の祭りより、厳かな感じがする。
 だけれど、子供達は、夏と同じように元気に走り回っていた。
「雪合戦とか、小さな頃はやったんですけれど、そういうの私は苦手で……」
 子供達を見ながら、ミルトが言った。
 確かに、ミルトは運動神経がなさそうである。それよりも、物を投げて相手に当てるという行為自体、好きそうではないように見える。
 しかし、あの子なら――。
 ふと、顔を上げたワグネルは、ウィノナ・ライプニッツの姿を見つけた。そして、その隣の厚着をした少女。
 長く見つめていたら、視線に気付き、少女がこちらに顔を向けた。
 目が合うと、少女はワグネルと隣ではしゃいでいるミルトを見て、目を細めた。
 ワグネルは軽く首を縦に振った。
 厚着をした少女……キャトルは頷いて微笑み、「じゃあね」と言うように首を軽く傾げて、察知をしたウィノナと共に、人込みの中へと消えていった。
「ワグネルさん? どうかしました?」
 ミルトの声に、ワグネルは視線を向ける。
「あ、いや……雪が綿菓子みてぇだと思ってな」
「はいっ。ここに降る雪って、大きいですね。でも、綿菓子にしては小さすぎるかなー」
 ミルトは手を開いて、雪を受けた。
 舞い降りたばかりの真っ白な雪は、まるでキャトルの肌……そして、ミルトの純粋な心のようだと、ワグネルは思った。

「あら、素敵じゃない」
 一人、会場に降り立った女性、いや、男性?
 自称おかまの彼女、いや、彼?は、とことこと歩き、主催者のテントへと近付く。
「なにか、お手伝いできる事は無いかしら?」
 突如そう申し出た歌姫、いや、吟遊詩人?の蟠一号に、主催者達の視線が注がれる。
 テントに集まっているのは、殆ど中年男性だった。亜人もいる。周辺住民とのことだが、この辺りには住居はないように見えるのだが……まあ、細かいことは、今はどうでもいい。
「それでは……ええっと、お嬢さん? それともお兄さん、かな?」
「どちらでもいいわ」
 蟠一号はにっこり微笑む。
「では、お嬢さん。審査員やってみませんか?」
「審査員?」
「ええ、会場では幾つかの大会が開かれていまして、その審査をしてくださる方を募集しているんです」
 男性の言葉に、蟠一号は顎の前でぱんと手を叩いた。
「まあ、素敵ね。是非やらせてほしいわ」
「そうですか、それはありがたい」
 言って、中年男性は点数票と筆記具を取り出した。
「その大会で活躍した方に点数をつけることは当然なのですが、大会に限らず、この祭りを盛り上げた方にも、点数をつけていただきたいのです」
「わかったわ。任せておいてちょうだい」
 冬祭りのパンフレットと、点数票、筆記具を受け取り、蟠一号はテントを出た。
 ふわりと雪が舞っている。
 子供達がはしゃぐ声が心地いい。
 店の呼び込みの声に、心のリズムが高鳴っていく。
「ほんと、素敵ね」
 首を傾げながら、にっこり微笑む。
「さて、どこから採点しようかしら」
 周囲を見回して、とりあえず人の沢山集まっているところに、行ってみることにした。

「健一さん、お体は本当に大丈夫ですか?」
「ええ、ご心配おかけして、申し訳ありません」
 続いて来場したのは、品のある2人であった。
「こんなお祭りが開かれていたなんて、知りませんでした」
 一般客達が驚いて思わず道を開ける。――王女、エルファリアだ。
 微笑むエルファリアに、山本健一も微笑みで返す。
 とある事件で負傷した健一は、しばらくの間、エルファリアの別荘の一室を借り、療養生活を送っていた。
 そのお礼も兼ねて、今日は王女を祭りに誘ったのであった。
 最初は王女の来場に驚いていた客達も、次第に落ち着きを取り戻し、皆祭りの中に溶け込んでいった。
「あれは、エルザード城ですね」
 エルファリアが指差した先には、雪の小さな城がある。エルザード城のようだ。
「別荘もありますよ」
「うふふ、お父様も」
 豊かな髭を貯えた、聖獣王の像もあった。
 近くには、エルファリアの別荘の雪像もある。他にもエルザードの有名な場所や人物が並べられていた。
「そこの素敵なお2人さーーーーーん!」
 声に振り向けば、30代後半くらいの無精髭を生やした男性が、手を振っている。
 場にそぐわない白衣姿の男性だった。
「チョコレートはいかがですか? とても甘くて美味しいですよーーーー」
 近付いてみれば、チョコ菓子が数種類並んでいた。
「素敵なお2人にお勧めなのは、こちらのとても甘いお菓子ですぞ!」
 丸くかたどってある。手作りチョコレートのようだ。シンプルだが、形はとても綺麗だ。
「では、こちらを3袋いただきましょう」
「おお、ありがとうございまーす!」
 健一は代金を支払い、袋を3つ受け取った。
「はい、どうぞ」
 そして、1袋エルファリアに手渡す。
「まあ、ありがとうございます」
 小さな袋を受け取り、エルファリアは嬉しそうな笑みを浮かべた。

「私も一ついただきましょう」
 続いて、ファムル・ディートの店に現れたのは、黒ずくめの有翼人トリ・アマグであった。
「なにそれ?」
「おー、いらっしゃい!」
 その隣の人物はファムルもよく知る女性、吟遊詩人のカレン・ヴイオルドだ。
「お2人さんの場合は――こちらがお勧めです」
 ファムルは『普通のお菓子』と記された箱から、ラッピングされたチョコレートを取り出して、トリに渡した。
「では、こちらをいただきます」
 代金を支払うと、トリはチョコ菓子を受け取った。
「意外ね。甘いもの好きなの?」
 カレンの言葉に、薄く笑みを浮かべた後、トリはカレンにチョコ菓子を手渡した。
「これは、キミへのプレゼントですよ」
「……やっぱり意外だ」
 カレンは小さく笑った。
「プレゼントをくれるような人に見えないもん」
「そうですか?」
「冗談よ」
 ふふふっと笑って、カレンが歩き出す。
 その足跡を見ながら、トリも笑みを浮かべる。
 まだ誰も踏んでいない雪の上に、足を運び、感触と跡を楽しみながら、トリはカレンの後を追った。
「見て、この雪像」
 カレンが立ち止まった先には、『謝罪する勇者と氷女』とタイトルの付けられた像があった。
「タイトル他の像と間違えたのでしょうか?」
「ううん、それっぽいのないし……」
 2人は首を傾げた。
 その像の男性勇者は、剣を振りかぶり、叫びながら、妖怪の類いと思われる氷女を倒そうとしているようにしか見えなかった。
 その隣にあるのは、妙に可愛らしい像だ。10歳くらいの女の子のようだ。タイトルは『氷女、来年版』。
「来年版?」
 これにも、2人は首を傾げるばかりであった。
「なんじゃ、こりゃーーーー!」
 その隣の像を見て、叫ぶ少年がいた。
「あれ、この子……」
「ああ、この子ですね」
 その像そっくりの少年だった。
 だけど、何かが違う……?
 トリとカレンはその像と口をぱくぱく開け閉めしている少年を見比べて、違いに気付いた。
「この像、女の子、ですよね」
「だよね」
「お、俺は女じゃねー!」
 像を壊そうとする少年を、トリは瞬時に押さえつけた。
「これはなかなかの芸術品ですよ。壊してはいけません」
「ううーっ」
「そうそう、可愛くできてるじゃん。キミって男性としても魅力あるけれど、女性のような美しさも持ってるってことだよ」
 カレンが唸り声を上げている少年をおだてる。
「ううー、そうだよなっ! ま、俺の未知なる魅力をも表した像ってことだよな。うん、なんか……かーちゃんにも似てるし」
 単純にも少年はころっと態度を変え、その像に見入っていた。
 トリとカレンは顔を合わせて微笑すると、2人並んで、次の像へ向うのであった。

「えー? ホント〜?」
「マジマジ! コレを一緒に食べれば、相思相愛になるんだぜ! 騙されたと思って、買ってみなってば」
「んー、それじゃ、一番小さいの一つだけ」
「まいどありー!」
 虎王丸は、ナンパに励みたい気持ちを必死に抑え、セールス……もとい、自身のアピールに動いていた。
「さーて、そろそろ頃合だろー!」
「何するの、ねえねえ」
「見てみて、後ろ素っ裸だよ。あははははっ」
 いつの間にか、虎王丸の周りには女性が沢山集まっている。
 ファムルから貰った試食用のチョコが効果を成し、虎王丸は今、かつてない程にもてていた。
「さあ、見てろよー」
 言って虎王丸は、ダンボールを置くと、雪に埋もれた木に近付いた。
 トントンと叩くと、枝からさらさらと雪が落ち、虎王丸に降りかかる。
「うわっ、冷たそう」
「寒そー。トラちゃん大丈夫?」
「全然平気だぜー」
 そう言って、虎王丸は木に身体を向けると、左右の拳を握り、右手を前方に真直ぐ繰り出す。
「はあっ!」
 声と共に、木が大きく揺れて、雪が一気に雪崩落ちる。
 その量は半端ではなく、虎王丸の身体はすっぽり雪の中に埋もれてしまった。
「お、おーい、大丈夫?」
 心配そうな声がかかる。
 反応がないことに、ざわめきが起きていく。人々もまた、集まってくる――途端。
 ずぼっと音を立て、虎王丸が雪の中から飛び出した。雪の中で服を全て脱ぎ、褌一丁で脱出だ。
「わー」
「きゃー」
「えー」
 周りから、感嘆の声や、小さな悲鳴が沸き起こる。……哀れみの声も混じっていたかもしれない。
「これっくらいの寒さ、全然平気だぜへっくしょん!」
 くしゃみで台詞は決まらなかったが、くしゃみをしてはいけないという規則はないので、オールオッケーだ。
 周囲から拍手が沸きあがる。
「うーん、褌ねぇ。美的センスがちょっと足りないかしら。でも、均整のとれた身体つきよね。正拳突きもなかなかのものだったし、なにより場も盛り上がってるから……高得点、入れておこうかしらっ」
 そう呟きながら、採点票に点数を記入しているのは、蟠一号だ。
「あら、そろそろ始まるかしら〜」
 蟠一号は中央のステージに向い、走り出した。

 ステージから、主催者の男性が拡声器を手に、参加者を募っている。
 もうすぐ、『氷の美女コンテスト』が始まるのだ。
「参加締切まで、あと5分ですー。特に小さな可愛い女の子大歓迎ですー!」
 ……小さな可愛い女の子というのは、単なるその男性の趣味だろう。
 舞台袖には若い女性達が集まり、観客席には沢山の人々が集まっている。
「お願いです、お願いですっ」
 会場から少し外れた場所で、眼鏡の女性が少女の腕を掴み、頼み込んでいた。
「そう言われても……」
 困り顔で少女――ウィノナは、隣のキャトルを見た。
「なんで困るのかわかんない。いいじゃん、出れば! あたしも知り合いが出てた方が楽しいしさー」
 一緒に断ってくれると思いきや、キャトルは眼鏡の女性側についた。
「もう時間がありません。お願いしますーっ」
 眼鏡の女性――服飾デザイナーの女性は、ウィノナの手をぐいぐい引っ張った。
「あー……」
「いってらっしゃーい!」
 キャトルを見るが、やっぱりキャトルは助けてはくれなかった。
 ウィノナは観念して、女性に従うことにする。
「あなたなら、大丈夫! スタイルもいいし、私の服にピッタリの女性よー」
 なんでもこの女性、このコンテストで自分がデザインした服をアピールしようと目論み、やってきたらしいのだ。
 モデル代をケチって、現地で調達しようとしたが、なかなか捕まらず……仕方なく若干幼いウィノナに頼み込んでいたというわけだ。
(仕方なくっていうのが……いや、そうじゃなくても、ボクはこういうのって……)
 深いため息をつきながら、ウィノナは控え室へと連れて行かれるのであった。
「あんなに若い子も出るようですね」
 客席に向おうとしたトリが、ウィノナとデザイナーのやり取りを見て、自分の隣の女性――カレンに目を向けた。
「どうです? キミも出てみては」
「どうもなにも……もちろん出るよ。既にエントリーしたし」
「なんと。これは意外です」
 トリの言葉に、カレンは満足気に微笑んだ。
「その言葉がほしくてエントリーしたんだけどね。まあ、客席からより舞台裏を見た方が、歌になるし」
「なるほど、これまた意外に勉強家ということですか」
「生活かかってるからねー、お互いに。じゃ、行ってくる。見てなくていいよ、恥ずかしいからっ」
 肩をすくめると、カレンは控え室へと走っていった。
 トリはカレンの後姿を見送った後、無論、観客席へと向う。
 祭りは大盛況であり、席も大半が埋まっていた。
 トリは後ろの端の方の席に腰かけて、ステージを見る。
 ステージでは見たこともない楽団が明るい音楽を奏でている。
「お茶、どうぞ」
 突如、カップが差し出される。
 振り向けば、知り合いの蟠一号の笑顔があった。
「お菓子も食べる?」
「いえ、お茶だけで十分です。キミも来ていたのですか」
「まあね。……それじゃ、あとでね」
 軽くウィンクをして、蟠一号は、他の客に菓子や茶を配りに向った。

「さー、出場者達の準備が整ったようです」
 司会の男性の声に、蟠一号はステージ脇の審査員席へと戻る。
「さーて、どんな女性が出てくっかなー」
 蟠一号の隣の席には先ほど、我慢パフォーマンスを行なっていた男、虎王丸がいる。
 さすがに今は服を着ていた。
「楽しみですね」
 反対側は、優しい雰囲気の男性だった。手に竪琴を持っている。
「あら? 演奏でもするの?」
「そうですね。今は必要ないみたいですが」
 ステージに、煌びやかな光が浴びせられ、楽団による明るい音楽な鳴り響いている。
 優しい雰囲気の男性――山本健一は、竪琴を机に置いて、出場者がステージに現れるのを待った。
「エントリーナンバー1番は、なんと! エルファリア王女です!!」
 司会の男性の言葉に、会場からどよめきが起こる。
 舞台袖から、王女が微笑みながら姿を現す。さすがにステージ慣れしているようで、照れは一切ない。
「くーっ、さすがに品があるぜ! 存在自体が他人を癒し、内面から溢れ出る慈愛のオーラが更に王女の美しさを引き出してるぜっ」
 虎王丸が興奮しながら捲くし立てる。
「では、せっかくですから、一言お言葉をいただきましょう!」
 司会の男性にマイクを向けられると、エルファリアは一礼して声を発した。
「皆様、本日は素敵なお祭りをありがとうございます。主催してくださった方々はもちろん、こうしてお集まりいただいた皆様方のお陰で、私もとても楽しい時間を過ごさせていただいております。本当に感謝いたします」
 王女が深く頭を下げると、会場から拍手が沸き起こった。
「ありがとうございました! しかし、エルファリア王女は特別ゲストです。審査の対象にはなりませんよー。続いて、エントリーナンバー2番!」
 2番目に現れたのは、可愛らしい少女であった。年は五歳前後と思われる。保護者に付き添われての登場だ。
「うーん……」
 虎王丸は眉を顰めながら、ペンをくるくると回している。
「とても可愛らしいですね」
 健一は迷わず高得点をつけた。
「顔は可愛いけれど、服装は合ってないわね。あれは母親の好み? 髪を結ったのも母親よね。彼女にはフリルのついた服よりも、もっとボーイッシュな服の方が健康的な可愛らしさを引き出せるはず。髪型もNGね。母親に捕まっているところも減点対象ね」
 蟠一号は辛口意見で……それでも、並の点数をつける。
「いやいや、最高にビューティフルだよ彼女は」
「きゃわいいー。らぶりー」
 ……他の審査員の中年男達は、気持ち悪いくらいに絶賛していた。
 その後、幼子や第二次成長期前の少女が続き虎王丸の不満が爆発しかけた頃、皆がよく知る人物が姿を現した。
「どうもー」
 袖から現れ、ステージ上から手を振ったのは、吟遊詩人のカレン・ヴイオルドだった。
「皆、楽しんでる? 今日のことは、ばっちり歌にするからね!」
 その言葉に、会場から歓声が上がる。
「服装は普段着だけど、普段着自体、手が込んだ服だからね……場の盛り上げ方も上手いし、申し分ないなー。でも」
 これは美女コンテストである。美しく魅せようと努力をしたわけではない彼女に対しても、蟠一号の評価は決して甘いものではなかった。
「さて、最後はこの方です!」
 審査員の声と共に、ゆっくりと袖から姿を現したのは――綺麗な女性であった。
 服装はドレス。
 混じりけのない白。ちょうど、この辺りの雪のような。
 結晶を模ったような小さく繊細なレース。
 散りばめられた宝石。
 襟元の雪のような綿。
 肩から腕は露になっており、細い手は真っ白な手袋に包まれていた。
 少女がそっと顔を上げる。沢山の観客を見て、そのまま目を伏せた。
 憂いを含んだその瞳に、観客達は一瞬見とれた。
「お、おおおおー!? なかなかいいじゃねーか。やっぱ雪と同化するような白い肌だろう! こんな寒い中で肌を露出させた度胸も買ってやりたいね! スタイルもいいし、あとは顔かー」
 虎王丸の大きな声に、少女がふと審査員席を見た。
 彼女の顔を見て、虎王丸は思わずコケそうになる。
 ウィノナだ。ちょっとヒネたカンジの活発な少女だ。そして自分より年下。
「確かに、素敵ですね。服装も誰よりも凝っていて、美しいですし」
「そうなんですー!」
 健一の言葉に、突如舞台袖から声が発せられた。
「清楚な湖の王女のイメージで作りましたー!」
 手を振って、しきりに自分の服をアピールしているのは、眼鏡のデザイナーだ。
 ウィノナは次第に恥ずかしくなり、俯きながら自分の身体を抱きしめた。
(さ、寒……それに、こんな形で人の前に出て見られるのなんて、恥ずかしいよー……)
 ほのかに赤くなる彼女に、観客席から拍手や応援の声が上がる。
(もーやだーーー!)
「では、出場者の皆さん、ステージにお集まりください」
 ウィノナが逃げ出そうとした瞬間、司会の声が上がり、コンテストに出場した女性達と付き添いの人々が次々にステージに現れはじめた。
 デザイナーもウィノナの隣にやってきて、そっとカーディガンをかけた。
「ありがとねー。優勝間違いないって!」
 パンパンと両肩を叩かれ、ウィノナは深ーいため息をついた。
 
 少し前、冬祭り会場に、新たな客が現れた。
 会場に降り立ったその人物――千獣は、不思議そうに周りを見渡した。
 雪を知らないわけではなけれど、雨のように頻繁に降るものではないから。
 心が浮いて、つい走り出す。
 走ると足についた雪がフワリと舞った。
 それがまた、気持ちがいい。
 ステージでなにやらコンテストが行なわれているようだ。
 人が沢山集まっている。
 しかし、千獣が目を止めたのは、その人ごみの先だった。
 雪の中を走って――その場所に近付くにつれ、少しずつ速度を落とし、ゆっくりと近付く。
 ……やっぱりそうだ。
 沢山服を着込み、帽子を目深に被った少女が一人、木にもたれながらステージを見ている。
 観客席からずいぶんと離れたその場所で。
 その少女のことを、千獣は知っていた。
 真正面に立って、首を傾げて顔を覗き込み、千獣は笑顔を浮かべた。そういえば、名前を知らない。
「あっ、あなたは……あの聖殿にいた人だよね。よかった無事だったんだ」
「……うん、お互、い……無事、よか……った……」
 2人、笑い合った後、周辺の雪を固めて並んで座った。
「あたし、キャトル。キャトル・ヴァン・ディズヌフっていうんだ。あなたは?」
「……千獣……」
「千獣、千獣ね。よし覚えた。よろしく、千獣」
 キャトルの言葉に千獣はこくりと頷いた。
「千獣、包帯沢山巻いてるけど、やっぱ怪我したの? あたしは殆ど怪我しなくてさー、みんなばかりに怪我させちゃって、ホント申し訳なくって……」
 キャトルは「大丈夫?」と言葉を続けた。
 千獣は、全然平気だよというように、微笑んで首を振った。
「……キャトル、あの、時……変、だった……どう、したの……?」
「えっ……あ、うん。ちょっと変な魔法にかけられちゃってさー。あはははは」
 空笑いするキャトルを、千獣は真直ぐな瞳でじっと見つめた。
 その様子に、キャトルは笑うのを止めて、小さく唸った。
「……その、魔法……とけた……?」
「んー、まだ、かな。だから、あの場所で会った人意外とは会えないんだ。巻き込みたくないから。だから、千獣も知り合いとかに、あたしのこと、話さないでよ?」
 頷いた後、千獣は質問を続ける。
「……魔法、解け、そう……?」
「うーん……自分じゃ、無理なんだけど、解ける人なら沢山いると思うんだ。けど、迷惑かけると思うとね。あと……あー……誰かに聞かれると困るから、今は言えないや」
 その誰かとは、アセシナート側の人物を指しているのだろう。
 千獣は質問を変えることにする。
「……アセ、シナート、キャトル、のこと、諦、めて、ない……?」
「どうだろう。多分、あたしのこと、素材として利用価値があるって思ってるとは思うけど……でも、本当に欲しいのは、素材じゃなくて、素材を作り出す能力や、素材を活かす能力なんだと思う。そんな風に感じたんだ」
 言って、キャトルはステージを見た。
 ステージでは、吟遊詩人のカレンが皆に手を振りながら、袖に戻るところだった。
「千獣はコンテスト出なかったの? 出ればいいのにー!」
 キャトルの言葉に千獣は首を左右に振った。
 たとえ、受付時間に間に合っていたとしても、参加を検討することはなかっただろう。
「……無理、だから……」
「可愛いのにね。でも、そうだよね、そんな包帯だらけの身体じゃ、無理だよねっ!」
 キャトルは明るく笑った。そして、言った。
「あたしと、一緒だね」
 次に、登場したのは、千獣もよく知っている人物、ウィノナだ。
「綺麗だね、ウィノナ」
 胸に沁みるような声だと、千獣は感じた。
 ステージ上の少女は、本当に美しかった。
 あれは、今日の為、彼女の為に作られたドレスだろうか。
「一緒にいたんだけどね。多分、あたしの方が年上なんだけどね……あたしの方が、女性らしくないんだよな」
 何が言いたいのかはよくは分からなかったが、この酷く痩せた少女が、あのステージに立ちたいと思っていることは、千獣にも感じ取れた。
「……キャトル、ご飯、食べ、てる……?」
「うん、食べてるよ。でも、太れない体質なんだ」
 キャトルは明るく笑っていた。
 立っているのもつらそうな身体で――。
 大好きな人にも会えず。
 自由もなく。
 そして、狙われて――。
「……キャトル、何か、あったら、手伝う、から……危、ない、こと、あった、ら、私、も、協、力、する、から……」
「うん、ありがとっ! でもあたし、あなたにも迷惑かけちゃうのかなっ」
 千獣の言葉にそう答え、キャトルは笑った。
 会場にいる誰よりも明るい顔で、彼女は笑っていた。
「ねえ、千獣。一つお願いしてもいい?」
 千獣が首をたてに振ると、キャトルは手を伸ばして、ある出店を指差した。
「甘いものが食べたい気分なんだ。あのお店のチョコ、買ってきてくれないかな?」
 頷いて、千獣は金を受け取ると、キャトルが指を指した店へと向った。
「……チョコ、レート、一袋……」
 一気に店に駆け寄ると、千獣は代金を置いて、小さな袋を受け取る。
「キミが食べるのかい?」
 店主である30代後半くらいの男性の言葉に、千獣は首を左右に振った。
「そうか、それじゃ、もう1袋サービスしよう。キミの分だ。ちょうどこれで品切れだからな」
 そう言って、その男性は千獣に小さな袋を二つ、手渡した。
「大好きな人と、一緒に食べるんだぞ」
 その言葉に頷いて、千獣はキャトルの元へと戻っていった。

**********

 美女コンテストが終わると、人々は池へと集まる。
 皆の目当ては、『氷上バトル大会』のクライマックスである。
 武器さえ使用しなければ、何でもOKな為、参加者は腕に覚えのある者が多かった。
 大会は一日を通して行なわれており、いつでも参戦可能だ。
「残念でしたねー、カレン」
「はいはいはいはいはいはい、もうその話は終り。氷上バトル大会の観戦楽しもうね!」
 くすくすと笑いながら、トリ・アマグは、カレン・ヴイオルドと共に、池の側へとやってきていた。
 美人コンテストでのカレンの評価は最下位に近かった。
 主催者がどうも子供好きだったらしく、カレンには、あまり点数がつかなかったのだ。
 優勝は主催者からも支持があり、他の審査員も高得点をつけたウィノナだった。
「なるほど……素敵な場所ですね」
 人の居ない場所を選び、まだ踏まれていない雪、木に積もった雪を見上げて、トリは淡く微笑んだ。
「雪は……美しい。私の記憶には、白い大地がありません。この記憶は一生忘れぬようにしましょう」
「一生だなんて、大袈裟な。今年もまだ何度も雪は降るし、来年も降るよ」
「しかし、初めて見た日は、今日。それは永遠に変わらぬ事実ですから」
 言って、トリは手を広げた。
「今日の私はただの鳥。鉤爪も鋭い嘴も無い、歌う鳥。楽しみましょう、心行くまで」
 誰に言うでもなく、トリはそう言った。
 カレンは少し不思議そうな目で、トリを見ていた。まだ、トリという人物の内心を計り兼ねているらしい。
 吟遊詩人である彼女にとって、そんなトリは興味深い人物でもあるのだろう。
「さーて、現在のチャンピオンは水操師の男性です。彼に挑む勇者はいませんかー!」
 水を操り、挑戦者達を近づけず、転ばして場外へ飛ばす戦法で10勝している男だった。
「よーし、それじゃ、あたしが!」
「いや、ダメだってば」
 氷の上に進もうとするキャトルを、合流したウィノナが引っ張っぱる。
「だよねー。はああ……」
「元気になったら、沢山遊べるって」
「そうだね! じゃ、代りにウィノナ行って来てよ!」
 ドン、と背中を押され、ウィノナは氷の上に落ちて転ぶ。……しかし、すぐに岸へと戻り、キャトルを軽く睨んだ。
「キャートールっ」
「あはははっ、ごめんごめん」
 そんなキャトルとウィノナのやり取りを、遠くから見守りながら、軽く笑みを浮かべた男がいる。
「ワグネルさん、どこ見てるんですか?」
「あ、いや、雪が綺麗だと思ってな。お、次の挑戦者が現れたぞ」
 ワグネルは少女の言葉に慌てて視線を池の中央に戻した。
「あの人……どこかで見たことがありますよね」
「ああ、酒場でよくな。って、ミルトとは接点なさそうだが」
 中央に躍り出たのは、リルドであった。
「うーん、あっ、そうそう、『焼そば屋』さんですよ、お昼に食べた! 目つきが悪いから、買うの怖かったんですけど、食べてみたら凄く美味しくてー」
「そういえば、的屋っぽいクセに、なかなかの味だったよな」
「ワグネルさんが屋台やっても、同じこと言われそうですけどねー」
 悪戯っぽく言ったミルトに、ワグネルはすっと手を上げる。笑いながら小さく叫んで、ミルトは頭を押さえた。
 ワグネルはぽんっとミルトの頭に手を置いて、彼女の顔を池に向けさせた。
 恋人同士――というよりは、年の離れた兄妹のような2人だった。

 氷の上に上がったリルドは、敵の水の攻撃などもろともしなかった。
 何せ、リルド自身、水を操ることを得意としている。
 水を受ければ逆に力が湧いてくる。
 浴びせられた水を凍らせて、自身の鎧とし、氷の上を滑って、相手へと体当たりをする。
 相手の男性は水壁でリルドの攻撃を防ごうとするが、その水の一部は弾かれ、男性を濡らし、残りは氷と化して砕け散った。
「ほらよっと」
 リルドは相手が呪文を唱えるより早く転ばせると、そのまま水の上を滑って、場外へと押しやった。
「楽勝!」
「いいぞー! 焼そば屋のにーちゃん」
「焼そば屋さん素敵!」
「焼そばちゃん最高!」
「いけー、焼そば!」
 周囲から歓声が上がる。……何故か全て焼きそば入りだったが。
 そして……。
「顔の割りに競技では暴力的じゃないし、焼そばも美味しかったし、満点ね」
 審査員の蟠一号は、リルドに満点をつけた。

 日が暮れかかると、雪や氷の像に光が点される。
 赤や青色の光の中の像は、昼間とは違う、美しさを見せていた。
 行なわれていた大会は全て終了し、一通り像を見た客達が帰路についていく。
「健一さん」
 エルファリアの声に、健一が振り向く。王女はにっこり笑って手を伸ばし、健一の口に何かを押し込んだ。
 甘い味が口の中に広がる。
「チョコレートありがとうございます。でも、本当なら私の方から差し上げるべきでしたね」
 異世界から流れてきた風習、バレンタインデー。
 今日はその当日であった。
 ファムルはそれをも狙って、甘いチョコ菓子を販売していたのだ。
 チョコレートを飲み込んだ健一は、僅かな違和感を感じる。ごく僅かだが、自分の魔力が浸食されていくような……。魔法薬が混じっているようだ。しかし、この程度なら自身で解くことができるし……なにより。
 エルファリア王女が、健一の腕に自分の腕を絡めてきた。頬を押し当ててくる。
 少しの間、彼女と寄り添い合っていたいと思った。
 楽しかった一日が、今日限りではないように。
 また来年も、聖都が平和であり、多くの人々が祭りを楽しめるように。
 竪琴を取り出して、健一は音を紡ぎだす。
 その音に、合わせるように、声が響いた――蟠一号であった。
 そして、もう一人……トリもまた、歌いだす。
「何故かな、今日はキミが素敵に見える」
 トリの指を掴んで、笑みを浮かべながら、カレンもまた声を出した。
 三人の美しい声が、日の暮れた会場に響き渡った。
 それは、終りを告げる、寂しい音ではなく。
 今を奏で、明日の希望を表す歌。

 一通り、祭りを見物して、お土産をいくつか買った千獣は、会場から出ようとしてふと振り返る。
 美しい音楽と、綺麗な声が響いている。
 子供達の笑い声も、その音楽に混じる。
 大人たちが子供を呼ぶ声も。
 今日を楽しんだ全ての人々の声もまた、音楽の一部になっていた。

 舞い落ちる雪は、妖精の踊りのようだ
 妖精達は、人々の笑顔と共に踊り
 大地に、魔法をかける
 白い魔法の中で、子供達は踊り跳ね
 大人は一時の安らぎを覚えた
 あなたに上に舞い降りた妖精は
 明日もまた、あなたと共に
 あなたの笑顔となって

**********

「ただいまー!」
 元気な声が、診療所に響いた。
 ポケットに両手を突っ込んでいるワグネルと、ワグネルの腕の服をちょんっと握っているミルトだった。
「お帰りー。随分遅かったな。ワグネル君、身体大丈夫か?」
「大会なんかは出てねーし、いいリハビリになった」
「先生は、途中で帰っちゃったんですか?」
「ああ、お陰様で完売したもんでな」
 ファムルは金袋を握り締めて満足げな笑みを浮かべていた。
「で、結局今日は誰が優勝したんだ?」
「虎王丸さんという方です。メダル11枚獲得でした。売り子や我慢大会、パフォーマンスで盛り上げた結果らしいです。……なんでも、女性客からの投票が多かったみたいなんですが……私はちょっと、どうかと思うんですけどね」
 試食用チョコレートの効果だろうか。
 しかし思春期のミルトには半裸の男性はイメージがよくなかったらしい。
「で、商品が凄かったんですよ! なんとっ! あの土地丸ごとです」
「土地?」
「そう、邂逅の池とその周辺丸ごとを、協賛者のローデスさんが買い占めて、優勝者に使用権をプレゼントしたらしいです」
「は、ははははは……」
 ファムルはワグネルと顔を合わせて苦笑した。
「あ、それから!」
 ミルトは上気した顔で、とても楽しそうに言葉を続けていく。
「準優勝は、『伝説の焼そば屋』さんです」
「……?」
「氷上バトルでの活躍と、美味しい焼そばの提供で見事メダルを5枚獲得してー。でもでも、商品がオーナー提供の焼そば1年分というのがとっても可笑しくて」
 笑い出すミルトの様子に、ワグネルとファムルも笑みを浮かべる。
「あー、ミルト」
 ベッドに戻ろうとして、ワグネルは立ち止まる。
「随分遅くなっちまったし、家まで送ろうか」
「えっ? 病人にそんなことさせられませんっ」
 そんなミルトの言葉に構うことなく、ワグネルは先に診療所を出た。
 この辺りにも、雪が降っていた。
 肌に触れれば、すぐに溶けてしまう、湿った雪だ。
「ワグネルさん、はいっ」
 遅れて飛び出してきたミルトが、ワグネルに大きな袋を渡した。
「……お礼、受け取りにくいみたいだったから。これ、もらってくださいっ! ファムル先生にとっておいてもらったものです。あの件のお礼としてでも、義理でも、ほ……ど、どう受け止めてくれてもいいですしっ! あ、お礼のお礼はいらないですからねっ」
 中身は大体察しがつく。ワグネルは差し出された袋を受け取ることにした。
 傘を差して、並んで歩く。
 明日は、この辺りにも雪が積もりそうだ。
 聖都を白く染めて――。
 皆に笑顔を与えてくれるだろう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3166 / 蟠一号 / 無性 / 26歳 / 歌姫/吟遊詩人】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3619 / トリ・アマグ / 無性 / 28歳 / 歌姫/吟遊詩人】

NPC
ファムル・ディート
ダラン・ローデス
キャトル・ヴァン・ディズヌフ
ミルト
カレン・ヴイオルド
エルファリア

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
冬祭りにご参加いただきありがとうございましたー!
楽しい一時を過ごせたでしょうか?
ここでのちょっとした出会いが、未来の物語に繋がるかもしれませんね。
またお目に留まりましたら、どうぞよろしくお願いいたします。