<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『ぼくたち、とうぞくだーん!』

 黒山羊亭のカウンター席に、見慣れない老人の姿があった。
 杖を持ち、足には包帯を巻いている。
「では、今すぐ動ける人が必要なのですね」
「お願いします」
 老人はエスメラルダに頭を下げた。
「わかりました」
 エスメラルダは老人の話を一通り聞いた後、作成したばかりの依頼書を持って、冒険者達に近付いた。
「あちらに座っているアリオスさんという方、今日クレモナーラ村からこの聖都にやってきたそうなのだけれど……」
 老人――アリオスは高価な楽器を売りに、クレモナーラ村からやってきたそうだ。
 しかし、その道中、追いはぎに遭い荷物を全て奪われてしまった。
 その盗賊だが、まだ年端もいかない幼子達中心の集団だったという。
 子供達は別段貧しそうではなかったので、ゲーム感覚なのではないかとアリオスは考えているそうだ。
「勿論、盗られた荷物も取り返したいのだけれど、それ以上に子供達が心配だと、アリオスさんは言っているわ。本当の盗賊や獣に襲われはしないかって」
 確かに、貴重品を持った幼子ならば、盗賊の格好の餌食だ。
 幼子達が、老人を狙ったのと同じ理由。つまり、自分より弱者であるから。
「荷物を取り返してくれたら、報酬として売上げの半分を下さるそうよ。誰かお願いできるかしら?」
「報酬はいらないわ」
 話を聞いて、真っ先に立ち上がったのは、セフィスという名の女性――竜騎士だ。
「当然、保護者や学校関係者の方とも、生活指導のあり方についてお話ししないといけないわね」
 彼女の青い瞳は、憂いを含みながらも厳しかった。
「……子供、達……遊び、で、やって、いるの……?」
 千獣という女性もまた、エスメラルダの元へと近付く。
 依頼書を不思議そうに見ながら、少し考えた後、こう言った。
「……わかった……少し……お、仕、置き……して、くる……」
 遊びで人の物を盗む。いや、遊びではなくても、人のものを盗むのは悪いことだ。
 小さな頃、人ではない存在と共に生きてきた彼女にも、今はそれがわかる。
「そうね。多分、同じ場所で同じ事やると思うから現場に行ってみるわ」
 セフィスはそう言って、即刻黒山羊亭を出るのであった。その後に、千獣も続いた。

**********

 太陽が連なる山に隠され、街がオレンジ色に染まっていく。
 行商人達が聖都を離れ、帰路に着く時間だ。
 セフィスと千獣は、アリオスが襲われた場所に着くと、周囲を調べ始める。
 地面に僅かに争った後と思われる形跡がある。
 そして……。
「……何か、を……ひき、ずった……跡……」
 千獣が見つけたのは、物を引き摺ったような跡であった。
 跡はいくつもあり、同じ方向へ向って伸びている。
「相手を選んでいるのでしょうけれど、これじゃ、まるで本当の荒くれ者に狙ってくれと言っているようだわ」
 ため息をつきながら、セフィスは地に刻まれた跡の先を見た。

 途中、岩場に差し掛かり、跡はなくなってしまったが、千獣の嗅覚を頼りに探索を続け、2人は見つけた。
 古びた小屋であった。
 子供達が盗賊行為を行なっていた場所よりも、聖都に近い。
 近付くと、元気な声が聞こえた。
 割れた窓の奥に、子供達の姿が見える。
「きょうのしごとおしまいー」
「おーう、たくさんかせいだな」
「がんばったから、うちあげしようね」
「でもこれ、どうやってうるのー?」
 悪いことをしたとは、少しも思っていないようだ。
 ――一体、どういう教育を受けているのだろう。
 セフィスはつかつかと歩み寄ると、ドアを勢いよく開いた。
「あなた達! 何やってるの。出てきなさい!」
 セフィスの声に、子供達がビクリと振るえ、一斉に振り向いた。
 20の瞳が、セフィスを見た。
「な……なんだ、おんなのひと、ひとり、だよ」
「うん、ひとりきりだね」
「ふつうのひとだねー」
 子供達の言葉に、千獣が窓枠を叩いて、自分の存在を知らせる。
「ふたり?」
「……そうよ」
 セフィスが穏やかに答えた。
「それじゃ、ぜんぜんこわくないしー」
「とうぞくだんをなめるなよー!」
「わたしたち、とうぞくおうになるんだからっ」
 子供達が立ち上がり、武器を手に取る。
「けがしたくなかったら、かえったほうがいいぞー」
「そうだそうだ、ぼくたちとうぞくだんなんだぞー!」
 木材や石などのほか、ナイフを手にしている子供までいる。
「そうやって、脅して奪ったの? 他人の物を盗むなんて、盗まれた人がどんなに困っているか考えた事あるの!」
「しらねーよ、んなこと」
 そう言ったのは、部屋の隅で金を数えていた8歳くらいの男の子だ。この子がリーダーのようである。
 部屋の中には、貴金属やアリオスから奪ったと思われる楽器がある。
「それ……盗んだ、もの、だよね……? 盗み、は……良く、ない、ことだ、よね……?」
 千獣のたどたどしい声が響いた。
「うるせーよっ」
 リーダー格の少年がレイピアを取った。
 千獣は、笑みを浮かべた。……怪しい笑みを。
「良くない、こと、したら……お、仕置き、が……いる、よね……?」
 そう言った途端、千獣の身体が黒く覆われた。
 黒い毛の中の二つの鋭い瞳。
 外は、既に闇につつまれている。
 黒い獣――それは、月明かりを背にした魔物の姿のようだった。
「ひっ」
「うわっ」
 子供達が、小さな悲鳴を上げる。
 バキッ
 窓枠がはじけ飛ぶ。
 ぐぉおおおおおおおおおおおおーーーーー。 
 響き渡る雄叫びに、子供達は震え上がった。
「あーっ」
「やーっ」
 逃げようとするが、ドアの前にはセフィスが仁王立ちしている。
 唯一、リーダー格の少年だけは、剣を持ったまま、千獣を牽制していた。……ただし、他の小さな子供達の後ろに隠れながら。
「よるなー! こどもを傷つけたら、厳しい罰を受けるんだぞー! わかってんのかー!」
「あら、知らないの? 他人を傷つけて物を奪った人は、もっと厳しい罰を受けるのよ?」
 セフィスが冷ややかに言った。
「でも、俺達は子供だぞー。子供は悪いことしても大人みたいな罰は受けないんだぜーっ」
「……だから、お仕置きが必要なのよ」
 セフィスがそう言った途端、千獣が小屋に飛び込んだ。
 突進してくる獣に、子供達はなす術もなく、立ち尽くした。
 泣くこともできないほどの恐怖で、子供達はただただ口を開いていた。
 千獣の腕が、テーブルに叩き落される。
 木で出来たテーブルは、大きな音を立てて、真っ二つに割れた。
「う、わあああん、わああああん」
 部屋の隅にいた子供が泣き出した。
 容赦はせず、千獣は逃げようとした子供に飛びかかる。
 子供達は武器を投げ捨てて、その子の側から離れる。
 千獣の爪が、その子の頭――の上の壁を破壊した。木屑が子供の頭に降りかかる。
「ひーひーひー……」
 尻餅をついて、動けずにいる子供の前に立ち、千獣は軽く手を振って子供が持っていた木材を裂いた。木材に、鋭い爪の跡が刻まれた。
 更に側にある椅子を強く振り払う。
 椅子は、反対側で固まっていた子供達の頭上の壁に当たり、大破して落ちた。
 破片が、リーダー格の少年の頭に落ちた。
「うっ、わああああっ」
 少年は剣を捨てて、セフィスにすがりついた。
「出せ、出して、ここからーっ」
 セフィスは呆れ顔で少年に言った。
「あなたが誘ったの? せめて、仲間を護るくらいの気持ちはあってほしいものね」
 厳しく言いながらも、千獣に目配せをして、セフィスはドアから離れた。

 一斉に飛び出した子供達だが、勿論そのまま帰してはもらえなかった。
 小屋の側、月明かりの中、正座をさせられていた。
「さて、力によって傷つけられる人の気持ちはわかったわよね!?」
 子供達はしゃくりを上げて、まだ泣いていた。
「返事は!?」
「「はいっ」」
 セフィスの厳しい言葉に、子供達が一斉に声を上げた。
 千獣は獣の姿のまま、うなり声を上げている。
「自分がやられらた嫌なことは、他人にもやったらだめよ!?」
「「はいっ」」
「誘われても、嫌だって断るのよ?」
「「はいっ」」
「それじゃ、盗んだ物を持って、謝りに行きましょう。ちゃんと謝れるわね?」
「「はいっ」」
「声が小さい!」
「「はいっ!!」」
 子供達が大きな声を上げた。
 千獣はそんな子供達の様子を見ると……元の姿に戻り、そっとその場を後にした。

**********

 セフィスは聖都に戻ると、教育関係者や親を呼び出し、今回の件を厳しい態度で報告をした。
 子供達はいずれも普通教育を受けはじめたばかりの、普通の子供であった。
 だけれど、彼等はまだ善悪に乏しい。
 それでも、自我や欲はある……だから、あのリーダー格の少年の誘いに乗ってしまった。
 リーダー格の少年は両親のいない子供のようだ。彼が暮す施設へもセフィスは顔を出した。
 他人の痛みがわかる子に育って欲しいと、セフィスは生活指導の改善について、意見を出すのであった。

 アリオスは怪我が治るまで、聖都に留まることになった。
 子供達はセフィスの指示により、アリオスが泊まる宿に毎日世話をしにやってきていた。
 セフィスのいない日も、子供達は言いつけを守り、アリオスの世話を続けていた。
 千獣は少しだけ心配になって、宿の外でこっそり聞き耳を立てたのだが、子供達とアリオスは終始和やかであった。
 互いの家の話や、家族の話。
 今日のお昼ご飯の話。
 将来の夢。
 そして、楽器の音が聞こえる。
 アリオスが作った楽器だろう。
 優しい音だ。穏やかで、美しい音色……。
 それから、子供達の奏でる、元気な音が響き渡る。
 建物の外の千獣も次第に和んでいった。
 だけれど、当分加わることはできなそうだ。
 なぜなら、千獣の姿を見ると、子供達は一斉に走り去ってしまうから。
 その恐怖が消えないうちは、彼等がまた同じ行動に走ることはないだろう。
 消えて欲しいような、消えない方がいいような……。
 千獣は複雑な気持ちだった。

 音は、周囲に響いていた。
 風に乗って、響き渡っていた。
 老人が奏でる音に混じり、子供達の元気な歌声。
 幸せを紡ぐ歌。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1731 / セフィス / 女性 / 18歳 / 竜騎士】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
甘やかすだけの家庭や教育に喝を入れるような行動、ありがとうございます!
この子達が立派に育ってくれることを、皆様と共に祈りたいと思います。
ご参加ありがとうございました。