<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


のどかな休日!? - 深い住処 -



「さあ、朝げの後の一杯を召し上がって下さい」
 師匠であるサーディス・ルンオードがすすめる。
 レナはカップを手に取った。
 一口飲むだけで仄かに甘い味が舌の上に転がる。
「おいしい……。師匠の紅茶は最高級ね」
 満足に頷く。

 そこへ、扉をノックする音が。
 サーディスが扉を開けると、その向こうからのそっと長い黒髪が現れた。
「……レナ……いる……?」
 千獣が顔を出す。
「あ、千獣!」
 ガタッと椅子を鳴らし立ち上がって、千獣のそばへと近づく。
「来てくれたのね。さぁ、どうぞ上がって」
 居間の中央にあるテーブルに案内した。
 千獣とレナが席に着くと、サーディスが湯気を立ち昇らせながら紅茶を差し出す。
「あり、がとう……」
 琥珀色の湖に一口含み。上目遣いでレナに尋ねる。
「また……あの、森、に……案内、して、ほしいん、だけど……いい……?」
「え? 森に?」
 どうして、と聞き返す。
「あの、とき、いた……ねずみ、と……ウリ、坊……あのあと、どう、したかなって……大、丈夫、だった、かなって……思って……」
 以前、迷いの森に踏み込んだ時、ねずみとウリ坊に出会った。獣のサガで向かってきたけれど、正気を失った目だった。
「そう。……うん、分かったわ。私も気になってたから」
「案内……して、くれる、の……?」
「もちろんよ」

  *

 フィアノの家をあとにして、迷いの森へと足を運んだ。
 無垢で清澄な空気が木々の間を突き抜け、葉を揺らす。冬だというのに、この森は夏のように緑鮮やかで逞しい気がみなぎっている。
 精霊は千獣を迎い入れてくれ、軽やかに風が踊る。森と湿った土壌の香りが肺を満たす。
 落ち葉と枯れた草の中に足跡をつけて、深遠へといく。

「この辺りね」
「会った、ところ……?」
 ねずみとウリ坊に。
「そうよ」
 そんなに日が経ってないにも関わらず、以前来た時とは森の姿が変わっていた。まるで、木と草が移動したかのように。
 場所を間違っているのではないかと不安げな顔。
「大丈夫、ここよ。迷いの森、というだけあって、日々森の植物は自分の姿を変えたり、動いたりするの。迷い込む人間に位置を悟らせないように」
「……なん、で……レナ……には、分かる、の……?」
 首を傾げた。
「森の精霊が協力してくれるから……が、一番の理由、かな」
 その通りだ、というかのように、一陣の風が二人の間を駆け抜けた。
 にこっと笑って。
「さっ、探しましょ! きっと、どこかにいるはずだわ」
「うん」

 千獣は他者の縄張りである領域に入ったこと、探していた香水のためとはいえ、気絶させたことを気にしていた。自分の体内に宿る獣たちといつか共存したい、そう願っているからこそ。
 死なせたくなくて、自分の手で生命を取り上げることは出来なくて。ほんの一時でも意識を奪ったことは千獣自身痛かった。
 そして。
 操られていたと思われるような曇った目が忘れられない。自ら望んで挑んできたとは思えない。今も精神を支配されていたら? それとも自由に生きているのだろうか。

「千獣、見て」
 レナは下を指差した。その先には、見覚えのある足跡。以前、見つけた獣の足跡にそっくりだ。あの時、逃げたねずみの方向へ続いていた。
 千獣はしゃがんで足跡に残された匂いをかぐ。
「これ……同、じ……」
 二人は目線を合わせた。

  *

 永遠に緑の世界が広がってるんじゃないかと、足が疲れ息苦しくなってきた頃。
 森が抜けていないのに突然、ひらけた。足跡はここでぷつりと途絶える。
 小さな広場――芝生が敷き詰められ巨石が中央に置かれて。森中の動物たちが大勢集まっていた。談笑しているかのように頭を寄せ合う。

 二人は腰を低くして木陰に隠れる。
「なに、して……るんだ、ろう……?」
 風のようにささやく。
 だが、動物たちの耳がピクンと動いたかと思えば一斉にこちらを振り返る。
「「!」」
 一瞬にして背中に冷や汗が流れた。
 動物たちは耳をピンと立て、注意深く気配を読み取る。
 合図のように何かが一声鳴くと危機感を感じたのか、散り散りに飛び去っていった。

 このまま隠れていても仕方がない。二人はゆっくりと広場に出る。
 先刻まで動物たちが集合していたとは思えない静けさ。辺りはひっそり森閑としている。
 黒く光る巨石まで行き着くと、この場所が広場の中心だということが分かった。森の一部が丸く切り取られたかのような空間。

『――何用じゃね?』

 突然、頭に声がひびく。耳から聞こえたわけではない。聞こえたのは何かの鳴き声だけなのに、その台詞はすんなり頭の中へ侵入した。
 周囲をくまなく見回しても誰もいない。

『ここ、じゃよ』
 もう一度、ゆっくりと声を発した。

 二人は恐る恐る、声の主へと顧みる。
 それは、巨石の上――。
 石の一部になっていたかのように微動だにせず、こちらを伺っていた。
 黒い影は緩慢に動き、巨石を背に地面に降り立つ。その姿は、今まで背景に溶け込んでいた、ゴリラ。
 巨体のわりに小さな黒い瞳で、心を見透かすように人間を上から下まで眺める。
『何用じゃ』
 ゴリラの鳴き声と共に、頭をかすめる声。

「……ねずみ、と……ウリ、坊……に……会い、たい……」
『会いたい? どうしてじゃ』
「前、に……傷、つけて……しまっ、た、から……」
 瞳を伏せてうつむく。夜の光である黒髪が肩から滑り落ちた。
『それは、卑しい匂いが森を囲んだ時か?』
 主も千獣との戦いを体で感じ取っていた。目にしていなくとも。
「……う、ん……」
 じっと森の主は、厳格な目で千獣を見据えた。心の中をあぶりだすように。
 太陽だけが広場に流れる不穏な気を暖めていた。

 ――数分の時が過ぎて。
『……よかろう。だが、あれはわしのようには話せぬ。それでもよいか』
 強く、体の奥から痺れる声。
 千獣はこくりと頷く。

 森の主はすうっと大きく息を吸い、叫喚した。森中を唸り声の波が轟く。
 隅々まで行き渡る、主の呼びかけ。
 あまりにも存在感が違いすぎて、圧倒されてしまう。人間の何百倍も巨体が大きくなってしまったような錯覚。
 千獣の中に宿る獣たちも息をひそめて震えていた。
 召集命令が止むと、森側からこっそり覗く動物たちの顔。鹿、鳥、兎など様々な顔が見守っている。決して、広場へは立ち入らずに。
 しばらくして、ねずみ三匹とウリ坊が右方向から森を抜けて、主の前へと近づく。主に挨拶すると、二人をちらっと一瞥した。
『こやつらがあの時の者たちじゃ』
「この、こ、たち……が……」
「今は、操られていないようですね」
 一歩後ろで成り行きを見ていたレナは、主に尋ねた。
『しばらくして、拘束は解かれた』

「良かっ、た……」
 紅玉の瞳を揺らめかせて胸に手を添え、ほっと息をつく。
 見た限りでは体も無事で、意識も元に戻っている。千獣は心から安心した。
 森の主は、僅かに目を見開き細めた。
 ねずみとウリ坊たちは、おどおどしながらも千獣へ足を向ける。一歩一歩、自分の気持ちを踏み越えるように。
 千獣の足元に辿り着くと、体をすり寄せる。
『なん、という……。こやつらはお主たちに危害を加えたことを悔やんでいるようじゃ……』
「そんな……」
 レナが胸を痛めて呟く。

「私……こそ、手を……あげ、た、のに……」
 脅かさないよう、そっとしゃがんで、ウリ坊たちと目線を合わせる。
 彼らは、小さな体で頭を左右に振った。「ちがう。ぼくたちこそ……」という訴え。それが聞こえた気がして。
 その意思がじわりと染み込み。
「ごめん、ね……」
 ねずみとウリ坊の体を細い腕で包み込んだ。
 もう二度とこんなことが起こらないよう。ずっと”明日”をこの空の下で迎えられるように。

  *

 いつのまにか。森中の動物たちが二人の周囲に集まっていた。

 森の主とウリ坊たちに別れを告げ、「……また……くる」と残して立ち去る。
 いつか。
 ウリ坊を始め、森の住人たちと会える日が。
 きっと訪れることを願って――
 


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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 3087 // 千獣 / 女 / 17(999) / 獣使い

 NPC // レナ・ラリズ / 女 / 16 / 魔導士の卵(見習い)
 NPC // サーディス・ルンオード / 男 / 28 / 魔導士

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■             ライター通信               ■
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千獣様、発注ありがとうございます。

前回の依頼の続きが書けて嬉しいです。
森の住人たちは、また千獣さんが来て下さることを心待ちにしているかと思います。
冒険の合間にお会いする機会があれば、指定してやって下さいませ。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝