<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


激闘!暴走ゴーレム〜救済は計画的に行いましょう

平穏なんてものはあっけないほど崩れ去るものだ、否応なしに痛感させられる。
はっきり言って気付きたくはなかったが、現実なんて無常で厳しいのを容赦なく突きつけられるのは常だ。
そう世の常。
常なんだが―不条理だと思うのは、間違いじゃないはずだ。
全く関係のない平和な街角を粉砕して暴れまくるゴーレムを追いかけながら、少年は心の内で叫んでいた。

「ふむ……まったく困ったものだな。」
崩壊していく街並みを眺めながら、豊かな銀の髪を翻す優雅な婦人が一人。
で、なぜかその足元で気絶している人物がいたりするが、後回しにしておこう。
この危機的状況下を明快かつ迅速に解決する必要に迫られているのだ。
眉をしかめ、さてどうしたものかと思案を巡らせるところに俊敏な動きで瓦礫の中を駆け抜けていく一人の少年を見とめ―笑みをこぼした。
「そこのボウヤ。」
やたらと迫力のある声に呼び止められ、少年は足を止め―優雅な足取りでやって来るご婦人を見つけた。
人使い―否、弟子使いの荒い師匠のはっきり言ってものすごく不条理な命令を受けて駆けずり回っている現状で声を掛けられても、よほどの事情じゃない限り気付かない振りして、師の命令を続行させるだろう。
普通ならそうしているところだが、師匠・レディ・レム級の迫力を持つご婦人とその足元に転がされている者を見て足を止めた。
「どうやら知っているようだな。」
白い口元に笑みをこぼす婦人に少年は怜悧な眼差しを送る。
主語を全く介さないが、即座に理解はできた。
足元でうめき声を上げてくる人物―この大迷惑暴走ゴーレム製造者ではた迷惑な魔道彫金師・リーディス。
「どこに行こうとしてたんですか?この人。」
はっきり言って、聞きたくなかった。
婦人が手にしているレイピアと上空を旋回してこちらを窺っているとおぼしき飛竜の姿。
状況を察するには充分すぎた。
聞きたくなかったが、一応聞いておかないといけないという義務感から平たんな声音で訊ねる少年に婦人―レニアラは楽しげに喉を鳴らして笑う。
「街の外へ逃げようとしてた。高名なレディ・レムとおぼしき人物が追い掛け回していたのも見えたのでね。」
破壊を限りを尽くしているゴーレムを知っていると見た、と言外に告げられ、少年は地に屈した。

やるとは思っていた。
あのレムの同族で―当人は絶対認めたくないだろうが、一応は古い知り合い。
自分の始末―今回で言うなら、あの暴走ゴーレムーをほったらかして行方をくらますぐらい、ごくごく当たり前の行動だ。
毎回毎回、それでとばっちりを受ける自分って一体?と泣きたくなる。
「それで、師…レムは?」
「さあ?知らないな…ボウヤはレムの弟子なのか?」
「まぁ一応は。」
どこ行ってんだよ、あの師匠と内心毒づきまくる少年を見下ろしてレニアラはふむと考えを巡らし―気絶させていた元凶たるリーディスを叩き起こす。
手加減はしてたが、それでも強烈な平手打ちを受けて悲鳴混じりに意識を取り戻したリーディスに突きつけられたのは一枚の紙。
なんだかよく読めないほど細かい文字でなにやら複数の文面が綴られているのにリーディスは首をかしげた。
「万が一の為だ。サインしてもらおうか。」
「ふっ…この私のサインが欲しいのね?見る目がなかなかあるようね。」
前後の言葉をすっ飛ばして機嫌よく自分の名を署名するリーディスにレニアラは結構と短く言い捨てると、それを懐にしまう。
思考の底から戻り、やり取りを見ていた少年はあれ?と頭をひねる。
自分の考えが正しければ、『あれ』は――
能天気に笑うリーディスとは対照的に状況を一瞬にして悟った明晰な少年にレニアラは滅多に見せない極上の笑みを浮かべた。
「なかなか鋭いな、ボウヤ。」
「もうしばらく気絶させておくのが得策だと思うけど。」
歩み寄ってくるレニアラに対し少年は肩を小さく竦めた。
普通に考えれば、『あれ』は間違いなく生命保険の契約書。
大体、『万が一』などという形容詞がついていれば誰でも分かるものだろう。
それでも撤回させないのは本当に『万が一』の事態が起こりかねないと判断してのこと。
だから止める気にもならず、物騒な提案していた。
「必要性があるならな。」
言外に必要ないと断ずるレニアラに少年は苦笑をこぼす。
肩越しに振り向くと、怒りの矛先・リーディスを発見して締め上げる師匠・レムの姿があった。
あれならば、しばらくは大丈夫だろう。
確かにリーディスが元凶であることに変わりはない。
が、現段階において最大の災厄は作り出された暴走ゴーレムだ。
容赦なく完膚なきまでに叩き潰さなくては気がすまない。
「まずはあいつを街から追い出さないと。」
「冷静かつ良い判断だ。任せておきなさい。」
頭にくるほど暴れ続けるゴーレムを睨む少年のすぐ横にぶわりと舞い降りる。
圧倒的な存在感と凄まじい生命力の息吹をまとう飛竜の背に飛び乗るレニアラに少年は驚くこともなく見上げた。
「驚かないな?ボウヤ」
「気付いてた。それに協力してくれるなら助かるし、レムには私から伝えとく。」
「それは助かる。名乗るのが遅くなったが、私はレニアラ。協力させていただこう。」
答えを聞く間もなく、レニアラは飛竜を舞い上がらせ、街を破壊し続けるゴーレムの頭上へと向かう。

景気よく―いや、周囲の被害など考えもせず背からミサイルを放つゴーレム。
悲鳴を上げて逃げ惑う人々に向かって単眼から高圧縮レーザーを打ちまくる。
誰がどう見てもこれはただの凶悪な兵器。
やれやれと思いながら、レニアラは放たれるミサイルの嵐を掻い潜る。
視界を何度もよぎり、攻撃を掻い潜って迫る飛竜の姿をゴーレムは疎ましげに感じたのだろう。
狙い済ましたように砲撃を開始する。
が、反応速度の違いか全てがかわされ、対象を失った攻撃は地表から放たれた雷撃を孕んだ竜巻によって無効化された。
さらに飛竜の乗り手たるレニアラが放った攻撃に進路をさえぎられ、一瞬立ち往生に陥る。
不満そうに前足を挙げ、思い切り地団駄を踏むと相変わらず視界を飛び回る飛竜を叩き落さんと躍起になって前足を振り回す。
しかも器用なことに後ろ足を動かしてレニアラを追いかけてきた。
きちんと制御されていれば、これは相当な兵器になっていただろうが、ある意味無駄な労力だとも思う。
「どうやら引っかかってくれたようだな。このままついてきてもらおう。」
目的を達し、レニアラは攻撃を掻い潜りながらゴーレムを街の外へと誘導し始める。
華麗に空を飛び回り、高圧縮レーザーをかわしていく飛竜の素早さもさることながら、その高い能力を難なく操るレニアラの腕前も見事としか言いようがない。
猛然と速度を上げて追いすがるゴーレムを眼前までひきつけ、高圧縮レーザーは放たれる寸前でその姿が掻き消える。
無常にも赤い光線が空間を切り裂くと同時に背中の砲撃台の一部が破壊され、機能が停止した。
慌てふためく暇を与えず、レニアラの飛竜が再び眼前を飛び交う。
既に壊れていた頭脳が完全に壊れ、単眼から無数の白い煙が上がった。
「あ、思考機能が壊れたな。」
飛竜を追いかけるだけに集中しているお陰で街への被害が軽減した隙に避難誘導しながら、状況を見ていた少年は小さく口笛を吹く。
リーディスが作っただけあって、あらゆる点で抜けているゴーレムだ。
思い通りにいかなくなれば、その原因を排除に没頭する。
まさに猪突猛進ゴーレム。
風に踊る舞踏のごとき腕前の竜騎士・レニアラの脅威にはならない。
怒りを爆発させ、加速する四足ゴーレムは咆哮高らかに目標たるレニアラ目掛けて突進。
少年があっと声を上げると同時に絶叫とも取れる悲鳴が轟いた。
見事な破壊音と共に崩れ去るのは街の景観を明らかに損ねていた趣味の悪い金銀を施した建物。
重厚な音を立てて崩れ去ったそれを見て、避難中だった人々からも歓声がどっと沸き起こる。
その最中、真っ白な彫像と化してひっくり返る人物が一名。
自業自得だろうと心の内であっさり評すると、少年は口の中で完成させていた魔力を解放し、レニアラを追いかけた。

「やってくれるな〜リーディス気絶してたよ。」
「ほう…あの趣味の悪い屋敷はリーディスのものだったのか。」
風の魔法を纏った少年を横目にレニアラは海上に追い立てられ、動きの鈍くなったゴーレムが暴れ続けるのを見下ろす。
このまま一気に沈んでくれればいいものを、これまた無駄な浮遊機能がついていたらしく、しつこく泳いでいるのだからある意味面白いが迷惑極まりない。
が、動きが悪くなったのは明らかで多少壊してしまえば、勝手に瓦解すると結論づける。
「壊すなら壊すよ?」
「必要はない。任せてもらおう。」
少年の提案をレニアラは断る。
魔法で空を飛んでいるだけでもかなりの高等技術が必要とされてる。
それをなんなく使いこなしているだけでも並外れた才を持っているが、この状況で別の攻撃魔法を使うのは相当な負担になると判断した。
意図するところを理解し、少年は苦笑を浮かべてうなずいた。
「海の底深く眠りにつくといい!」
レニアラから放たれた魔力が大気を震わせ、水面が激しく波立つ。
見えない何かに押しつぶされ、機体のあちこちから煙を巻き上げながらゴーレムは海中へと沈んでいく。
最後の悪あがきとばかりに単眼からレーザーを放つが、レニアラたちに当たることなく、天に消える。
水面が大きく裂け、海底にその巨体が叩きつけられ潰されるとゴーレムの単眼から光が消えた。
たけり狂った海が静まると共にはた迷惑極まりないゴーレムは完全に沈黙したのだった。

「に……逃げられた?!」
額に青筋浮かべたレムの言葉に少年は大地にへたり込んだ。
のどかで平穏な街を散々に破壊尽くした挙句、無関係だったはずの自分とレニアラが苦労してやっと沈黙させた暴走ゴーレムの製作者にして全ての諸悪―というのは少々語弊があるのだが、これだけの事態を引き起こしただけに言われてもある意味、仕方がない―リーディスが逃げた。
「今、街の住人が血眼になって探してるけど見つかるかどうか。」
「じゃあここの被害総額はどうすんだよ!!」
遠い目して現実逃避するレディ・レムに弟子である少年は食って掛かる。
―こうなるならゴーレムと一緒に海に沈めてやれば良かった。
心の底から後悔する少年。
「レニアラだったわね?協力してくれて助かったわ。」
完全解決ではないけどと乾いた笑いを浮かべるレムにレニアラは青い瞳を向けた。
「慰謝料が取れないのか?」
「張本人が逃亡中だから慰謝料は取れないわね。」
どうしてくれようと怒りを押し殺すレムを横目に完全に粉砕された街を眺めながら、レニアラはなにやら思いつき、口元を小さく歪めた。
(いっそう慰謝料が取れなければ、私が町を買いとってしまうのも良いな。まぁ投資というやつだ。)
大富豪たるレニアラならではの発想。
このまま終わるのははっきりいって癪だ。
ならばいっそ、とレニアラは思う。
見る影もなくした街を復興させるには莫大の資金がいるだろうが、その分はきっちりと取れるとの算段がつく。
それに、と呆然としている少年を見ながら思う
(勿論、リーディスの首に賞金をかけさせてもらおう。)
逃げ得などという真似をさせてなるものか。
何が何でも見つけ出して責任を取ってもらう。
(クックックしばらくは楽しめそうだ……)
ゴーレムに代わって追い掛け回されるリーディスの姿を思い浮かべながら、レニアラは楽しげに喉を振るわせた。
FIN

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■   登場人物
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【2403/レニアラ/女性/20歳/竜騎士】


【NPC:レディ・レム】
【NPC:リーディス】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして。こんにちは、緒方智です。
ご依頼頂きありがとうございます。お待たせして申し訳ありません。
今回のお話、いかがでしたでしょうか?
暴走ゴーレムは海の藻屑と消え、街は平和に。
元凶の彼女は逃亡。
もっとも賞金首となった以上、無事ではすまないでしょう。
お気にいられましたら幸いです。
またの機会がありましたらよろしくお願いします。