<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
『月の紋章―戦いの果てに<確認>―』
「あら? 健一さんは?」
エルファリアの別荘。
一際明るい陽射しが差し込む部屋に、王女エルファリアが顔を出す。
部屋の中では、キャビィ・エグゼインという盗賊娘が、一人菓子を食べていた。
「出かけたよ。王にナイショの話があるんだって」
キャビィの言葉に、エルファリアは軽く眉を顰めた。
「城、ですか。それならいいのですけれど……まだ本調子ではないのですから、無理はしないでほしいのですが」
「んー、でも早めに対処しておかなきゃなんないことが沢山あるんじゃない? 魔力も殆ど戻ったみたいだし」
そう言って、キャビィは腕をぶんぶん回してみせる。
キャビィの怪我も山本・健一の魔法で既に完治していた。
「うん、痛くない、痛くない!」
元気にお菓子を頬張っているキャビィの姿を見ながら、エルファリアは小さく微笑んだ。
「ホント、無茶なことはしないで欲しいのですが……」
事件の重大性をある程度知った今は、健一や手足れの冒険者に頼らざるを得ない状況下にあることは、理解していた。
理解はしていたが――大切な友人が危険なことに関わることを、エルファリアは悲しく感じずにはいられなかった。
城に顔を出した健一は、改めて報告書や資料などを見た後、囚われていた少女――キャトル・ヴァン・ディズヌフの元に向った。
彼女は城の一室で、療養生活を送っていた。
部屋の中にはキャトルのほか、看護士の姿がある。護衛も兼ねているようだ。
「あ、来てくれたんだ!」
健一の姿を見ると、キャトルは笑顔を見せて、体を起こした。
体力がかなり低下しており、キャトルは未だ眠っているか、呆然としていることが多いらしい。
今日は普段より調子がよさそうではあったが。
「遅くなってすみません。あの女性――ザリス・ディルダに呪いかなにかを掛けられたと聞いたのですが」
「うん、仕組みはよくわからないんだけど、魔力を送りこんで、あたしの魔力に絡ませるとか、そういう方法だったんだ」
健一がキャトルに近付くと、キャトルは額の髪を上げて、額に浮かんでいる月のような痣を見せた。
「失礼します」
言って、健一はキャトルの額に手を当てて、彼女の魔力を探った。
――特殊であった。
この子は普通の人間ではない。
この世界には人間以外の種族が多く存在している。別段珍しいことではないのだが。
しかしキャトルのこの、内に秘めた力の膨大さには危険性までも感じてしまう。
だが、彼女の身体では、その力をコントロールすることは不可能だろう。
そして、ザリス・ディルダの力。
キャトルの力をコントロールするほどの力ではない。中に入り込み、一体化させているだけである。
技量ではどうやら健一の方が数段上と思われる。解呪は可能だろう。
ただそれは、再びキャトルの身体に負担をかけるということになる。
「今は無理ですが……。掛けた相手より数段優れた魔術師には、解くことができるでしょう。ただ、同格の場合ですと、魔力を体内で戦わせることになりかねませんので、貴女がかなり危険な状態に陥る可能性があります。その点、念頭においておいて下さい」
「うん、でも何で今は無理なの?」
「体力が低下しているからです。当分彼等が干渉してくることはないでしょうから、今はゆっくり身体を休めていてください」
健一の言葉に、戸惑いの表情を見せながら、キャトルは頷いた。
促されるまま横になり、キャトルは目を瞑った。
すぐに、眠りに落ちていく。
異常なまでに、回復が遅い。
呪術は解けても、彼女の身体を正常な状態にしてあげることは、健一であっても……優れた魔術師であっても、ザリス・ディルダであっても不可能と思われる。
「毎日このような状態なのですか?」
健一は看護士に尋ねた。
「はい。起きている時間より、眠っている時間の方が長いです。来客には元気な顔を見せていることが多いですが……本当はとても辛いはずです」
それは健一も知っている。
キャトルは強い女の子だ。
痛くても、苦しくても、人の前では平気に振舞うのだ。
「彼女のこと、頼みますね。それから、術を解く手段について、王や彼女の知り合いにも話しておいてください」
「わかりました」
看護士の返事を聞くと、健一はその部屋を後にした。
**********
エルファリアの別荘には戻らず、数日かけて健一はあの場所に戻ってきた。
自由都市カンザエラ近くの草原――レザル・ガレアラが眠る場所へ。
例え、今彼女の封印が解けたとしても、体力、魔力は当時のままである。よほどの油断をしなければ、健一が倒されることはないだろう。
しかし、念には念を入れ、転移の魔法陣を馬車の停留所付近と、山の中に施しておいた。
さて……。
どうすべきかは、まだ考えあぐねている。
膝をついて、地面に手の平を当てた。
あの時は無我夢中であったため、正確な場所は覚えていない。
地中を探りながら歩き回る。
大地にはヒビが入ってはいるが、奥までは見えない。
歩き回り、ようやく目星をつける。多分、この真下だ。
地を割って、中を見るか?
その危険性に、健一は思わず唇を噛んだ。
報告書によると、レザルが所属する騎士団は、今回の件で多大な被害を受けたと思われる。当分の間仕掛けてくることはないだろう……が。
彼女が持っていた杖――あの宝玉は、彼等にとって重要なアイテムであったはずだ。その探索を最優先にする可能性も考えられる。
封印の場所を移動するのであれば、どこが適切だろうか。
考えられるのは永久氷壁の中。
もしくは、異空間。
……だろうか。
より確実を求めるのなら、氷の上から、急所を貫いておくべきかもしれない。
いやその前に、彼女と宝玉を離す必要があるのなら……この場所で作業するのはやはり危険か?
転移の魔法陣を施した山中。そこに連れていくべき、か。
数日前の戦いが脳裏に浮かび、健一の鼓動が高鳴っていく。
不足の事態に供え、肉体強化の魔法を自らに施す。
深呼吸をした後、静かに地を見る。
周囲を見回し、人や動物の姿がないことを確認すると、健一は呪文を唱え、印を結んだ。
激しく大地が揺れ、地割れが起きる。
闇の中。
暗い地の底に、あの女の姿があった。
差し込む光に映し出された彼女の脇腹に、あの宝玉のついた杖がある――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【NPC】
エルファリア
キャビィ・エグゼイン
キャトル・ヴァン・ディズヌフ
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
月の紋章後日談にご参加いただき、ありがとうございます!
封印した相手についてですが、完結に至りませんでしたので、またのご参加をご検討いただければ幸いです。
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