<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の紋章―戦いの果てに<開拓>―』

 作業を始めて1週間後には、テントを張れるくらいのスペースは確保できた。
 クロック・ランベリーは急ぎカンザエラへと向い、深夜住民達に移住を呼びかけて回った。
 ……しかし、それは非常に危険な任務である。
 顔は見られていないとはいえ、装いからしても、クロックがここの民ではないことは一目瞭然だ。
 いや、顔を見られていないという確証もない。
 アルメリアを守っていたあの男は……おそらく手足れの騎士だ。
 顔を合わせれば即、理解するだろう。クロックがあの時、弓と魔法を打ち込んだ人物であると。
「急いでくれ」
「そんな事いってもなー」
「この荷物、どーやって運べばいいのよ!」
 分かってはいたが、貧民街の人々を纏めるのはかなり大変であった。
 皆、自分勝手なことを言い、こちらの話を聞こうともしない。
 そんな時――。
「ほーら! 皆なにやってんのさ。荷物なんていらないよ、全部聖都のヤツらに用意させればいいって」
 軽快な声が響いた。
 ルニナという女性だ。
「ケッ、聖都のヤツら、今更おせーんだよ」
 唾を吐いた男に近付いて、ルニナは男の背をバンバンと叩いた。
「ま、私達も結構聖都のヤツ等見捨てたしね。そのお陰で、生きてるわけだ。お相子ってことにしとこーよ」
 更に男の背をパンと叩く。
「さ、行くよッ」
 その言葉に、男はしぶしぶといったように、歩き出す。
「皆も、荷物なんて置いて! 欲しいものは、このおじさんが何でも買ってくれるからさ!」
 皆の眼が一斉にクロックに注がれる。
 クロックは思わず苦笑した。
 しかし、ルニナのお陰で夜が明ける前に出発できそうである。

**********

 それからの作業は、今までと比べ物にならないほど順調に、早く進んだ。
 これならば、最初からカンザエラの民に作業を任せるべきだったとクロックは考えるのであった。
 土木、建築のことは業者に指揮を任せ、カンザエラの民のことはルニナに任せて、クロックは一旦聖都に戻ることにする。

 聖都に戻ると、まずは必要な援助や当分の食料、物資の手配を済ませる。
 その後、クロックは城へと向い、聖獣王と面会をする。
「居住地の開拓も必要ですが、物資を運ぶための道路の整備がまず必要と思われます」
 クロックは、現在の状況について、聖獣王に説明をする。
 住民の人数は100人に満たず、移住先の土地は広すぎるくらいである。
 しかし、新たな土地で生活していける手段がなければならない。当分の間は聖都で面倒を見るとはいえ、聖都にも暮らしに困っている人々がいる。彼等だけを特別扱いし、いつまでも援助することは出来ないだろう。
「彼等は今、活き活きと村づくりに勤しんでいます。生活の手立てがなければ、鳶の者として生きる道も考えられなくはないですが……」
 聞いた話では、カンザエラの民達はそう長くは生きられないのだという。
 研究所の試薬の実験体となったから……とルニナが言っていた。
 故に、重労働は勧められない。
「彼等の身体、診てやることはできますかね?」
 クロックの問いに、聖獣王は頷きはした。
「だが、手立てはないだろう」
 重い言葉であった。
 彼等の中にも、聖都の治療院で診察を受けた者もいたらしい。
 しかし、たとえ金を積まれたとしても、完治させる技術はないと言われてしまったらしい。
 聖獣王が吐息を一つ、ついた。
「基本的に、我々が出来るのは生活を始めるための支援だけだ」
 突き放すような言葉であったが、憂いが込められていた。

 数分の面会を終えて、クロックは外へと出た。
 釈然としない気持ちだ。
 ここに来るまでは、何故自分に開拓を任せているのかという疑問があった。
 適任者は他にいくらでもいるはずだ、と。
 しかし、今回の一件については、どうやら機密資料として管理されるようなのだ。
 閲覧は聖獣王と側近、そして軍の幹部。及び今回の事件に関わった者のみ許されるらしい。
 要するに、公にしないために、軍や民間組織の投入に慎重になっているようだ。
「アセシナート公国と事を構えたくない、というのは解るが……」
 そのために、どれだけの犠牲を払うつもりだろうか。
 そして、どれだけの備えをしているというのか。
 あの騎士団の強さを垣間見たクロックは、聖都の未来に不安を感じずにはいられなかった。

**********

 物資と共に、再び開拓地に戻った時には、その場所は随分と村らしくなっていた。
 丸太で組まれただけの家であったが、雨風を防げる建物も出来ており、簡単な菜園なども見られた。
「カンザエラでは、作物あまり育たなかったけれど、ここだと野菜とか沢山作れそうだ」
 相変わらずルニナは皆の中心となり、泥だらけになって作業をしていた。
「他に、何か必要なものはあるか?」
「うん、みんなからの要望まとめておいたよ」
 ルニナはポケットの中から、メモを取り出した。
 クロックは受け取って、内容を確認する。
・農具
・野菜の種
・家畜
・馬車
 ……その他に。
・金金金
・可愛い踊り子
 ……更に。
・カンザエラ
・命
 などという言葉もあった。
「……わかった。用意できるものはしよう。必要な施設なんかはあるか?」
「今のところない。診療所とかあるといいと思うけど、医者いないしね。聖都への移動手段があればいい。でも、できれば医者の派遣もしてもらえば助かる」
「一応要望は出してみよう」
「頼んだよ」
 言って、ルニナは背を向けた。――とても華奢な女性の背中だった。
「聖都、私達のこと、やっぱり受け入れてくれなかったね。でも、それでよかった。……同じ土地で暮したら、聖都の皆と同じ暮らしがしたくなる。同じ、幸せがほしくなる。自分達だけ不幸だと感じてしまう。だから、私達は私達だけで、生きていくんだ。これからも」
 振り向かずに言った後、ルニナは皆の元に駆け出した。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】

【NPC】
ルニナ
聖獣王

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
月の紋章後日談にご参加いただき、ありがとうございます。
村が出来上がってきました。
何も無い村のようですが、ここに生きる人々が平和に暮していけるのなら、何かを生み出していくのではないかと思います。
彼等の生きる場所を共に造ってくださり、ありがとうございます。