<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の紋章―戦いの果てに<眠り姫>―』

「フィリオ……」
 小さな声が胸を打つ。
「ここにいます」
「手紙、書かなきゃ……」
「今日はもう沢山書いたでしょう? 何も気にすることはありません。今はゆっくり寝ていてください」
 その言葉に、少しだけ微笑んでキャトル・ヴァン・ディズヌフは再び眠りにつく。
 意識のある時間は、比較的元気であった。しかし、その時間はとても短い。
 あとは長い間眠り続けるか、こうして時折朦朧とした状態で、虚空を見ている。
 苦しいとも、辛いとも一言も言わない。
 言葉に出すのは、感謝の言葉と多くの謝罪。
 体調が悪くても、笑っている娘だ。
 骨折をしても、笑っている娘だ。
 多分、今のこの状態は、想像も出来ないほど辛い状態なのだろう。
 フィリオ・ラフスハウシェは、立ち上がり、看護士を呼ぶ。
 現れた看護士にキャトルのことを頼み、眠り続ける少女の姿をもう一度見てから部屋を後にした。

**********

「でさー。結局何も手に入れないで引き返してきちゃったんだよねー。あはははははっ」
「ばっかだな、ウィノナ。それじゃ、行った意味ねーじゃん。ウィノナって、結構臆病なんだなー!」
 ダラン・ローデスが笑いながら言った言葉に、ウィノナは思ずムッとする。
「お前がそれを言うかッ! 弱虫ダラン」
 でも顔は笑ったままだ。
「しかし、ウィノナちゃん、危険な依頼って分かっていて行ったんだろ? あまり感心しないな」
 単純なダランは話の中身をあまり気にしなかったようだが、ファムル・ディートはウィノナのペースに引き込めなかった。
「いや、簡単な調査って聞いてたから〜」
「本当に?」
 緋色の瞳で見据えられ、ウィノナは罰が悪そうに苦笑した。
 多分、ファムルはある程度知っている。
「ゴメンナサイ」
「そうだぞ、ウィノナ。お前、成長早い部分もあるけど、一応子供なんだし、んで一応体は女なんだから、無茶したらダメだぞう」
「…………」
 ダランの間が抜けた言葉に、ウィノナとファムルは顔を合わせてため息をついた後、笑い合った。

 フェニックスについては、結局何もわからなかったのだが、確かにあの聖殿にいたことや、卵があったことは確認している。
 ファムルやダランに話したのは、あらましだけだった。今回のことの口外は国に強く止められているし、話せば、ファムルやダランがアセシナートに目をつけられる可能性もある。そのあたりはウィノナも心得ていた。
 何せ自分は、アセシナートの騎士達数人に、顔を見られている。
「フェニックスに、フェニックスの卵か……」
 ウィノナが手に入れようとしたものに、ファムルは深く考えを巡らせる。
「確かに、再生能力を利用することは出来るかもしれんが、あくまで再生だろうからな」
「というと?」
 ウィノナは診療所の診察室にあるソファーに腰掛けながら、ファムルに問う。
 ファムルはウィノナの向いに腰かけ、ダランはその隣に座った。
「怪我をした部分を再生する、とかだな。この力を体内に取り込めば、確かに改善はするだろうが、ダラン向きではないんじゃないか?」
「そうかな……うーん、そうかもね」
 フェニックスは老いた体を焼き尽くし、再生を果たすという。
 ダランの体がそのような機能を持つことは、望ましくないかもしれない。
「とにかく!」
 ダランがビシッとウィノナに指を向けた。
「今度からは、俺に相談しろよな! 勝手なことして……怪我して帰ってきたら、やだし。ウィノナは無鉄砲だから。それだから、俺なんかに構って、あんな屋敷にも出入りしてるんだし」
 後半は、声のトーンが落ち、目も背けて呟くような言葉になっていた。
 ああ、やっぱり心配かけちゃったか。
 そう思い、ウィノナは謝罪の言葉を口にしようとした。
 トントン
 その時。診療所のドアが叩かれ、続いてドアが開く音がした。
「ファムル先生、いらっしゃいますか?」
 現れたのは、自警団員のフィリオ・ラフスハウシェであった。
 フィリオはダランとウィノナの姿を見ると、申し訳なさそうに会釈をした。
「すみません、急ぎで相談したいことがありまして……」
「あ、うん、平気平気ー。何?」
 まるで、自分が相談を受けるかのように、ダランが言った。
「失礼します」
 頭を下げて、フィリオはウィノナの隣に腰掛けた。
「実は、キャトルなのですが……。手紙では、元気に装っていますが、相当体力が低下していまして。そして……」
 この先は、言うべきかどうか、散々迷った。
 しかし、彼女を助けるためには、自分よりも彼女のことを知る人物――このファムル・ディートの協力は欠かせないものだと感じていた。
「とある人物の、魔術にかかっているのです」
「えっ? キャトルって……」
 真っ先に声を上げたのは、ウィノナだった。
 キャトルのことはよく知っている。キャトルは魔女という種族の少女だ。仕事で一緒になったこともあるし、魔女の屋敷で顔をあわせたこともある。
「俺パス!」
 突如、ダランが立ち上がった。
「その話は聞かねー。外で魔術の特訓してるな〜」
 そう言って、ダランは一人外に飛び出していった。
「あ、ああ。ダランはキャトルを嫌っているわけじゃないんだがな、あまり関わりたくないんだろうな……」
「はい、分かっています」
 そう言った後、フィリオは話を続けた。
「彼女が掛けられた魔術は精神系と思われます。魔術をかけた相手は、離れた場所から彼女を自由に操りました」
 その言葉に、ファムルは絶句した。
「魔術を解く方法も探していますが、とりあえず先に、体力を回復させる薬を作っていただきたいと……」
「ボク、診ようか? 魔力の流れを見る魔術、知ってるし。……それに、キャトルのこと心配だから」
 フィリオの言葉を途中で遮り、ウィノナが言った。
 フィリオはウィノナを知っている。仕事で一緒になったことがあるのだが、ウィノナは医者でもなければ、魔法に関しても本を見て発動しているくらい、初心者であった。
「あ、ああ。ウィノナちゃんはキャトルの実家で魔術を学んでいる子だ。時々ダランの体も診てくれている。だから、その辺の医者に見せるよりは、きちんと彼女のことを考えてくれるし、診てくれると思う……が」
 ファムルは一旦言葉を切った後、2人を見回した。
「魔女の体は、彼女の作り主にとっての機密事項だ。私も知らん。たとえ診たとしても、彼女の実家でそれを話したりはしないことだ」
「う、うん……」
 ウィノナは緊張しながら頷いた。
 彼女の実家。機密事項――フィリオには理解の出来ないことではあったが、今は気にしている余裕はなかった。
 それに、彼女のことをもっと深く知るには、このような場で探るように聞くのではなく、彼女自身から聞いた方が良いとも感じた。
「それでは、一緒に来てくださいますか?」
 ウィノナはフィリオの言葉に頷いて立ち上がった。
「今はこれくらいしかないんだが……」
 ファムルは薬棚から、薬瓶を取り出して、フィリオに渡す。
 栄養剤のようだ。
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。すまない。よろしく頼むよ」
 ファムルの言葉に返事をした後、フィリオはウィノナを伴って、診療所を後にした。

**********

 今回の件の報告書には、ウィノナの名前も記されていたため、フィリオはウィノナがあの事件に関わった人物であるということを知っていた。
 ウィノナの方は報告書を見ていないので、詳しいことまでは知らなかった。
 病室に入り、キャトルの姿を見る。
 数ヶ月前、彼女の実家で会った時より、ずっと痩せていた。
 骨と皮だけのようなその体に近付いて、ウィノナは声を掛けた。
「キャトル。身体診るよ? キミを呪術から開放する方法を見つけるために」
 その言葉に、キャトルは薄っすらと目を開けて……確かに頷いた。
「額に、印があります。そのあたりから探っていただけますか?」
 フィリオの言葉を受け、ウィノナはキャトルの額の月のような模様に手を当てた。
 意識を集中しながら、呪文を唱える。長い、長い呪文を……。
 ウィノナの脳裏に、彼女の魔力の様子が浮かび上がる。
「うっ……」
 途端、強い吐き気を感じ、ウィノナはキャトルから手を離した。
 これは異常だ。
 異常に大きな力が、この少女の体内にはある。
 こんな華奢な身体で、耐えられるわけがない。
 探るだけで、強いめまいと吐き気を覚えるほどの状態だった。
 不規則に循環するその様子は、攪拌機を連想させる。
 ウィノナは唾を飲み込み、歯をかみ締めながら、再び彼女に触れ、彼女の中の魔力を見るのだった。

 ――数時間後。
 全ての作業を負えたウィノナは、別室のベッドで横になっていた。
 彼女に付き添っていた看護士の話では、ウィノナの他にもキャトルを診た人物がいたらしい。
 それによると、術をかけた相手より数段優れた魔術師であれば、解くことが出来るだろうとのことだが……。
「だけど、体力が戻る気がしない」
 キャトルの魔力の状況を記したノートをぎゅっと抱きしめた。
「自力で回復するのは、無理な状況だよ、これ」
 小さく吐息をついた後、ウィノナは目を閉じて短い眠りについた。

 フィリオは、ウィノナが帰る際、彼女の後をつけて、彼女を尾行する者の有無を確認した。
 彼女は、自分より認識が薄い一般人だ。ウィノナの会話や今回のことから、彼女がアセシナートの者につけられている可能性を危惧した。
 しかし、特に変わった様子はなく、ウィノナはファムルの診療所へと入っていった。
 周囲にも警戒を払いながら、フィリオはキャトルの元へと戻る。
「フィリオ!」
 今日、3度目に見た彼女は、笑顔だった。
「薬飲んだよー。苦かったけど、元気出たっ」
「そうですか、よかったです」
「うん! ……あのさ」
 キャトルは元気な笑顔でこう言った。
「あたし、大丈夫だから! ほら、こんなに元気元気っ。たまに眠い時もあるけど、ただ眠いだけで、どこか調子悪いってわけじゃないからさー。だから、帰っていいよ、ねっ!」
 一切の苦痛を表すことなく。
 一切の悲しみも表すことなく。
 キャトルは笑っていた。

 ウィノナは診療所でノートを書き写し、ファムルに手渡した。
 ファムルは深く唸りながら、体力回復薬の作成に取り掛かる。
 ウィノナは――迷っていた。
 彼女を呪縛から解き放つには、体力の回復の他、魔術的な処置が必要だ。
 やはり、最適なのは、彼女を作った人。もしくは、彼女と同じ魔女である姉達。
「たとえ折檻を受けることになっても、確実をとって魔女に診てもらうか……。体力を薬で十分回復させてから、優れた魔術師に解いてもらうか……」
 どしらにせよ、方法はあるようだ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】

【NPC】
キャトル・ヴァン・ディズヌフ
ファムル・ディート
ダラン・ローデス

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■         ライター通信          ■
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月の紋章後日談にご参加いただき、ありがとうございました。
解呪につきましては、方法としてはいくつかあると思いますが、手段によっては今後に響くと思います……。
それではご都合がつきましたら、またどうぞよろしくお願いいたします。