<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『あなたとの出会い〜成長期〜』

「遅くなってごめーーーん!」
 威勢良く診療室に飛び込んできたのは、やはりダラン・ローデスであった。
「よっ!」
 その後に、もう一つ少年の姿があった。虎の霊獣人の虎王丸だ。
「虎王丸が、旅先の風呂のこととか根掘り葉掘り聞くからさー」
「……風呂ぉ?」
 ダランの言葉に訝しげにディセットが反応する。
「い、いや、温泉とか入ったのかと思ってなー」
 言いながら、虎王丸はダランの脇腹をぎゅうっとつねった。
「いってーっ」
「でさー!」
 叫ぶダランの前に出て、虎王丸はディセットに近付く。
「外してくれよ、これ。ったく、いきなり嵌めるんだもんな、大変だったぜ」
「何がよ。普段通り過ごしてたように見えたけど? “完成した大人の女性美に惹かれてる”とか、“(エスメラルダが)好きだーーーー!”とか叫んでたわよねぇ、聖都では名高いナンパ師虎王丸君☆」
「うっ、人のプライベートを無断で覗きやがって……! とにかくはーずーぜー!」
 笑いながら、ディセットは虎王丸の腕に手を伸ばし、腕輪を外した。
「ちょっとあなたには似合わなかったわよね、その点だけは失敗したかなと思ったわ〜。でも、定期的に息子の様子も見れたし、あなたにつけてよかった。凪君じゃ申し訳なかったしね」
「俺には申し訳なくないってか」
「ま、飾ってない分、知られて困ること特になかったでしょ?」
 笑みを見せるディセットに、ふて腐れた顔を見せた虎王丸だが、すぐに「ま、いっか」と思い直す。もう腕輪はないんだし。
「じゃ、早く帰ろうぜー! 凪が待ってるし!」
 ダランが脇腹をさすりながら、声を上げる。
「そうね」
 ディセットが立ち上がりかけた時だった。
 トントン
 診療所のドアが叩かれ、ファムルが返事をすると同時に、ドアが外側から開かれた。
「虎王丸、来てますか……?」
 顔を出したのは、虎王丸とダランの友人、蒼柳・凪であった。
「おっす、凪」
「凪ー! ひ、久しぶりー」
 虎王丸を押しのけ、主人に走り寄る犬のように、ダランが凪の元に駆け寄った。
「ダラン、なんかまた少し成長したな」
 凪は駆け寄ったダランの姿に、僅かに驚いた。
 循環状態がよくなったお陰で、ダランの体調はとてもよいらしい。
 成長期ということもあり、また幾分身長が伸びたようだ。きっと体重も。
「そうか〜? でもまだ、俺の方が小さいし」
 ダランは嬉しそうににこにこと笑う。
 凪は笑みを返した後、診療室へ入り、ディセットと顔を合わせる。
「手紙で今日戻ってくると聞きましたので、先に帰らせてもらいました。旦那さんは休みをとって、息子さんと家でディセットさんの帰りを待っています」
「あら残念、今晩は皆でホームパーティでもしようと思ったのに。でもいっか、それは私達家族がこっちに来た時で」
「おう、パーティすんなら、俺ん家でやろーぜ! ここは狭くて人数入れねぇし」
 ダランの言葉に、ディセットが立ち上がり、コツンと頭を叩いた。
「相変わらず、我が物顔ね。親の心も知らずに。ま、その際にはお邪魔させてもらうわ。シスお姉ちゃんの旦那さんにも興味あるしね」
「それじゃ、凪帰ってきたし、俺も行かなくていいか? ……じゃなくて、いいですか?」
 頭をさすりながら、ダランが問う。
「あなたは凪君を迎えに行くのが目的じゃなくて、自分の荷物を取りに行くのが目的でしょーが!」
「あ、ダランの荷物なら全部持って来て、自宅に届けてあります」
 すかさず凪が言い、ディセットは苦笑した。
「さすが、しっかりしてるわねぇ。それじゃ、寂しく一人で帰ることにしますか」
「停留所まで送ります」
 凪がドアを開ける。
「俺も! ありがと……うございます、ディセットさん」
 ダランはビシッと敬礼をしてみせた。
 その様子に、ディセットはやはり苦笑をしたのだった。

**********

 停留所へ向う道中、虎王丸は凪とディセットに先日開かれた冬祭りについて、話して聞かせた。
「でさ、ダランの像を頼んだのに、何故か出来上がった像が少女でさー! ヒラヒラの服来てんの」
「なんだ、あの像虎王丸が頼んだのか!? そっか、虎王丸の好みにしてくれたんだな」
「いや、俺の好みじゃねーし。てかお前、あれは未来のお前の姿かもしんねーぞ。魔女の魔力に支配されたら、お前女になるんじゃねぇ?」
「え?」
 ダランは虎王丸の言葉に固まった。
「だって、魔女って女しかいねーだろ?」
「え、えええ?」
 ダランは不安げな目で、ディセットを見上げた。
「あはははは、それは面白い発想ねー。肉体の変化はどうかわからないけど、魔女の魔力が暴走したら、何か面白いことになるかもね」
 笑うディセット。ダランは更に不安気な目で、凪を見た。
「虎王丸! ディセットさん、脅かさないでください。面白いことって例えば何です?」
「さあ」
 凪の問いに、笑いながらディセットは首を傾げた。ディセットにも予測がつかないらしい。
「それでまあ、色々あったけど、華麗な技の数々で俺が優勝したってわけ」
 虎王丸は話を戻して、自慢げに凪に冬祭りでの武勇伝を語った。
「優勝商品は、冬祭り会場付近一帯の使用権なんだぜ。持ち主は今、俺のとーちゃんだし。今度3人で行こうな」
 ダランの言葉に、凪は笑顔で頷いた。
「そうそう、お前のせいで、凪は子守なんかする羽目になって、祭りも行けなかったんだからなー」
 虎王丸がダランの頭を軽く小突く。
「ごめーん。礼は何でもするからー、ってか、俺返せる礼がいつもなーんにもないんだけどさっ。凪、金とか要らないっていうしさ」
「いや、ダラン達も無事旅を終えることができたし、俺も色々勉強になったから、満足してるよ」
「はああ、やっぱりダランにはもったいない友達よね、凪君って」
 ディセットがペシペシとダランの頭を叩いた。ダランは反論せずに唸り声を上げている。
「ユラル……息子さんのお世話ですが、あんな感じでよかったですか?」
 凪がディセットに問う。時折、手紙でユラルの様子は伝えていた。また、ディセットは虎王丸を通じて、たまに凪達の様子を見ていたようだが……。
「うん、問題ないわ。でも、しいて言えば、ちょっと甘やかしすぎかな。ダランのことにしても」
「甘やかされてなんかないぞ! めちゃめちゃ怒られたこととかあるし……じゃなくて、ありますし!」
 以前、ダランとさほど仲良くなかった頃、凪はダランを強く叱ったことがある。
 今はその頃が遠く感じる。
 魔女の館にダランがいた頃も、今回の旅でも、離れてはいたが互いに心のつながりを感じていた。
「まあ、想像していたよりも、更にすばらしいお兄ちゃんだったわよ、凪君は」
 その言葉に、凪はほっと胸を撫で下ろす。
「俺は? 想像していたよりも、すばらしい甥だった……いや、でしたか? ええっとディセット叔母さん」
 途端、ディセットの鉄拳がダランの頭に飛んだ。
「素晴らしく馬鹿な甥だったわよ」
 トゲのある口調で、ディセットはにっこり笑った。

**********

 ディセットを見送った後、荷物の確認の為、凪とダランは一旦ダランの家に向うことにした。
「凪、これ。ありがとなっ!」
 ダランは服の中から銃型神機を取り出すと、凪に渡した。こうして毎日持ちあるいていたようだ。
 凪は受け取ると状態を確認する。……使用形跡はないように見えた。危ない旅ではなかったらしい。
「ディセットさんからは、どんなことを習ったんだ?」
 凪の問いに、ダランは眉を顰めた。
「礼儀とか、辛抱することとか。じーっと座ってろとか。……なんか、魔力のことより、日常生活にダメ出しされてたってカンジ」
 ダランの返答に凪は小さく笑った。
「多分、ダランの精神面を鍛えようとしてたんだと思う。魔術には大切なことだよ」
「そうなのかー? 俺はどかーんと凄い魔術なんかも習いたかったんだけどさー。あ、でも……俺の人間の魔力の属性については、なんとなく分かったかも」
「何?」
 ダランはちょっと不満気な顔で答えた。
「水」
 以前、ダランは火がいいと言っていたことがある。火は魔法戦士に適した属性だから、と。
 しかし、凪は、水はダランに合っているのではないかと、感じた。
 ダランは自己中心的ではあるが、根はとても優しく、人同士の戦いを望まない。そんな彼が、水――他人を癒す力を発揮できるということは、望ましいことなのではないかと。
「でも、いっかと思ってる。ほら、凪達とまたどこか行くことがあってもさ、俺が水の精霊魔法使えたら、サポートできるじゃん? 身体能力から考えても、虎王丸が前衛、凪が中衛、俺が後衛っていうのがバランスいいだろうし!」
 言ってダランは笑った。
「そうだな」
 凪も一緒に笑った。

 ダランの家に到着した2人は、まず庭で、ダランの魔術を見てみることにする。
 コントロールの訓練や、念動系の力の訓練は行なっていたが、大きな魔術を使う必要性も場所もなかったため、試してはいないらしい。
 久しぶりの魔術発動に、些か緊張しながらダランは呪文を唱える。
 凪は何が起きても対処できるよう、体勢を整えておく。
「霧の紗幕――」
 ダランが声を上げた途端、周囲に霧が立ち込めた。
 薄い霧だが、距離感がつかめなくなる。
 範囲も結構広く、近くにあるはずの建物も見えなくなっていた。
「ああ、なんかやっぱりしっくりくるかも」
 ダランの声だけが届く。声を頼りに、凪はダランに近付く。
「前は、指輪を見てこれくらいの力を発揮してたよな? 今回は見ないで使えた?」
「うん……って、あ! 指輪預けたままだった。そっか、指輪見なくても自分の力と精霊の力をコントロールできるようになってきたんだ、俺」
 指輪を嵌めていた指を見ながら、ダランは感慨深げに言った。
「でもま、指輪があったら、更に強力な魔術が使えるんだろうなー。うはーっ、俺もそろそろ役立てるかな!?」
 ダランの言葉に、凪は強く頷いた。
 この霧にしても、殺傷能力はないとはいえ、戦闘回避に大変役立つだろう。
「魔女の魔力を使いこなせるようになったら、どんなことが出来るようになるんだろ、俺」
 霧の中、目を輝かせているダランを見ながら、凪は不思議な感覚に陥っていた。
 魔術を覚える楽しさ、誰かの役に立てる嬉しさ。
 ダランよりも小さい頃、自分も確かに持っていた感情だ。
 今だって、失ったわけではない。自分の持つ力に、疑念を抱いてしまっただけで――。
 ダランも、魔女の力を使いこなせるようになったら、自分と同じような悩みを抱くことになるのだろうか。
「な、今日は夕飯一緒に食べようぜー! 虎王丸も呼んでさ!」
 霧が晴れ、ダランの明るい顔が凪の眼に飛び込んできた。
 ダランの笑みは、薄っすらと浮かんだ悩みを一気に吹き飛ばした。
 食事もいいけれど、久しぶりに3人で冒険に出かけたいものだ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】
ディセット

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
久しぶりに凪さんを書かせていただけて、とても嬉しいですー。
今回は後半部分が個別になっておりますので、虎王丸さんのノベルの方もご確認くださいませ。
ご参加ありがとうございました!