<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の紋章―戦いの果てに<宣戦布告>―』

「……ま、今は凍らせた奴をなんとかする方が先……か」
 足を踏み出すと、激痛が走った。
 早く街に戻り治療をしたいところだが、このまま帰っては後味が悪い。
 身を隠しながら、身体を引き摺るように歩き、聖殿へと近付く。
 いや、隠す必要はないようだ。
 人の気配は感じられない。
 時折響いているのは、梟や獣の声のみである。
 不気味に静まり返った聖殿に、足を踏み入れる。騎士の姿も、兵士の姿もない。
 捕らえられていた若者達の姿もないようだ。
 ただ、痛む身体に染みるように感じている。大部屋から届く、波動を。
 顔を向ければ、薄っすらと赤い光が見えた。
 聖獣フェニックスの結界の光だ。今は、近付くことさえ危険だろう。
 制御室へと歩みを進める。
 人の気配は感じずとも、身体に緊張が走る。
 しかし、そこに部屋はなかった。
 爆発で壁もドアも崩れている。
 当然ながら、グラン・ザテッドの姿もない。
 おそらく、空間術で撤退したのだろう。
「く、くくく……っ」
 浅く笑いながら、リルドは周囲を見回した。
 生きた人間はいない。
 しかし、リルドが凍らせた人であったものは、多々存在している。
 赤黒く染まった手を、そのうちの一体に伸ばす。
「雑魚に用はねぇっつーかアンタ達の命まで取る気はねぇけどよ……」
 不敵な笑みを浮かべ、眼をギラリと煌かせながら、リルドは兵士の剣を持つ手を掴んだ。
 もう一方の手を、兵士に向けて、術を解く。
 一瞬にして、兵士の身体に暖かみが戻る。
 ただし、リルドが握り締めている腕より先は凍ったままだった。
「……奴の、失点になって貰うぜ」
 意識の戻った兵士は、利き腕の痛みに、悲鳴を上げた。
「後悔なら自分が選んだ道にするんだな」
 暴れる兵士を尻目に、リルドは同じように兵士達に掛けた術を解いていく。

 兵士達は完全に戦意を失っていた。
 リルドの魔術は簡単には解けない。
 一般兵である彼等には、凍らされた手を戻す手段はないようだ。
 命までは奪うつもりはない。
 しかし、兵士としての命は奪わせてもらった。
 生命を奪わず、戦力を殺ぐ。
 アセシナートの戦力を殺ぐためというよりは――。
「これは宣戦布告だ」
 聖殿から出たリルドは、満月に照らされた黒い聖殿をギラリと睨んだ。
「駒が減っただろ? 次はどう出る?」
 浅い笑みを浮かべながら、リルドは聖殿に背を向けた。

**********

 聖殿とカンザエラを結ぶ地下道を通り、リルドは自由都市カンザエラへと戻った。
 幸いなことに、リルドの裏切りは伝わっていないようだ。
 というよりも、カンザエラの方もかなりの騒ぎになっており、それどころではないようだった。
 研究所の一部が破壊されている。
 皆、復旧作業に負われているが、聖殿からの応援は望めない状況である。
 どうやら外部犯のようだが、今はそんなことを気にしていられる状態ではない。
 そろそろ、体力も限界に達しそうだ。
 宿屋――も、確かアセシナートの息がかかっていたはずだ。
 最後の力を振り絞りながら歩き、リルドは街の入り口付近にある空屋に辿りついた。
 使われていた気配はあるが、民家ではない。小さな集会場のような空き家だ。
 無断で入り込むと、暖炉に火を入れてベッドに倒れこむ。
 ……そのまま、リルドは深い眠りに落ちていった。

 目覚めた時には、太陽が高い位置にあった。
 もう、月は見えない。
 窓から挿し込む光が、まぶしかった。
 ふと、ベッドの側に救急セットがあることに気付く。
 まるで、今まで誰かが使っていたかのような。
 この空家は仮の治療院かなにかだろうか。
 そんなことを思いながら、救急セットを取り上げて、リルドは傷の手当てを始めた。
 痛みに、思わず顔をゆがめる。
 早めに聖都の治療院にでも行かなければ、後遺症が残りそうだ。
 痛む体を起こし、ベッドから下りる。
 暖炉の火は、既に消えている。
 服のいたるところが破けているが――まあ、冒険ではよくあることだ。さほど不信がられはしないだろう。
 家から出れば、街の人々の声が聞こえた。
「聖殿が聖都の攻撃で陥落したらしいぞ」
「次は、ここの研究所か!?」
「まさか、聖都の人達が、そんなことするわけないじゃん」
「だよなー、聖都の攻撃なら、先にこっちを叩くはずだしな」
「それじゃ、賊の仕業? 研究所も被害にあったみたいだし」
「かもな、この当たりに潜んでるかもよ」
「そうね、兵士も見回りに出てるし」
 ……賊と間違えられたら厄介だ。
 リルドは人目を避けて、早々に街を出る。

 空を見上げて、大きくため息をつく。
 自分を見下すあの態度。
 そして、余裕の嘲笑。
 果たして、次に会う時にも、その余裕を見せていられるか?
 足を踏み出す度に、体中に走り抜ける激しい痛み。
 今、奴も同じ痛みを感じているはずだ。
 身体の痛みだけではない。
 作戦責任者である彼が受けたダメージは、自分より大きいはずだ。
 リルドの顔に笑みが浮かぶ。
「本気のアンタを引き摺り出してやるぜ」
 しかし、心の底からの笑いではない。
 愉悦に浸るのは、次なる戦いの後だ。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
後処理、ありがとうございました。
次のお2人の対面が怖くもありますッ。
それでは、月の紋章後日談へのご参加、ありがとうございました!