<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の紋章―戦いの果てに<遥か彼方>―』

 自分が回復した間に、相手も回復している可能性がある。
 封印術を施し封印したとはいえ、元々相手との力量は互角だ。封印の最中、相手もなんらかの対処をしており、魔力の回復と同時に内側から破ってくる可能性も考えられなくはない。
 また、かなり派手な戦闘であったため、カンザエラに滞在していたアセシナート側の人物の中にも、気付いた者はいるだろう。
 それが、魔術師同士の戦闘であったことに。

 やはりカンザエラで封印を解くことは無論、長くあの場所に留まっていることは危険と考え、山本健一は氷の棺を抱えて、施してあった魔法陣の場所――山の中へと飛んだ。
 茶色の土の上に、氷の棺を落とし、見下ろす。
 封印した当時から、変化はないように見える。
 裂けた服、無数の傷のある体。
 女を覆う、透明の氷――そして、朱色の氷。これは自分の流した血だ。
 あの戦いが思い浮かび、思わず目を細めた。
 自分が施した封印を解ける術者は、アセシナート側にも存在するだろう。いずれ、この封印は解かれてしまうかもしれない。
 封印を解かず、封印したまま滅する方法をとったとしても……この女は蘇る可能性がある。
 脇腹に括りつけられている、宝玉のついた杖。女を一度、復活させた杖だ。
 その杖だけは、女から離しておく必要がある。
 離せば、それだけで無効化できるのか。宝玉を砕けば無効化できるのか。
 詳しいことは、一切解らない。

 しばらく、健一は女を見下ろしていた。
 もし、キャトル・ヴァン・ディズヌフに、呪術を施したのがこの女であったら――。
 あの状態のキャトルを生かしたまま、解呪出来る者は、エルザードには存在しなかっただろう。
 この女は、アセシナートの危険な兵器である。
 高まる緊張。
 手を握り締め、呼吸を整える。
 失敗をすれば、深刻な状況に陥る可能性がある。
 自分も、カンザエラも、聖都エルザードも――。
 頭の中で、何度もシミュレーションを繰り返した後、ついに、健一は膝を折り、手を氷の棺に当てた。
 右手を、棺中央に。左手を、杖の上に。
「解!」
 封印術を解いた瞬間、間を開けず、次の術を発動する。
 呪縛の術だ。
 事態を理解する時間は与えない。
 左手で杖を取り、遠くへ投げる。
 女の身体が、僅かに動いた。
 無意識か、それとも意識はあるのか――呪縛の術に抵抗を始めたようだ。
 即座に、健一は再び女の腹に手をあてて、自身の魔力と周囲の精霊力により、女に封印を施す。

 透明の棺。
 色の混じっていない、透明な棺の中で、その女は再び眠りについた。
 健一は、大地に魔法陣を描き、中央に棺を置いた。
 詠唱を始める。
 長い長い詠唱を。
 詠唱を終えると、健一は一歩、後ろに下がり、手を魔法陣に向けて魔術を発動する。
 空気が不思議な音を発した。
 風が奇妙に吹き渡る。
 まるで、異なる空間が、そこに存在するかのように。
 どんな力も、干渉も受け付けない強力な結界に、女――レザル・ガレアラの棺は覆われていた。

 自分を超える魔術師であったとしても、魔力の波動を一切発していない人物を見つけだすことは、極めて困難だ。
 しかし、アセシナートの能力は未知数である。
 健一が今回垣間見たのは、1つの騎士団の、僅かな幹部に過ぎない。
 決して油断はできない。
 この女だけでも、確実に封印しておかなければならない。
 頭痛が、始まる。
 まだ完全ではない体で、強力な魔術を発動した所為だ。
 意識を失えば、帰る手段をなくす。
 遭難者のように、山の中で倒れる姿を思い浮かべ、思わず苦笑する。
「そうですね……全て終えたら、皆と――お祭りでも楽しみたいですね」
 いつものように、優しい笑みを浮かべた後、健一は空を見た。
 青い空の中に、薄っすらと月が見えた。
 月に手を伸ばす。
 ここではないどこか。
 人類は存在せず。
 月だけが存在する世界。
 別の次元の別の月の世界。
 意識を集中し、月の波動を感じ取り、異次元へのゲートを開ける。
 もう一方の手を結界の方へと向け、魔術で棺を浮かび上がらせ――ゲートの向こうへと飛ばした。

**********

 少しの間、眠っていたようだ。
 酷く、身体が冷えている。
 周囲は闇に包まれつつあった。
 健一は身を起こして、杖を探す――手の中にあった。
 眠る前に、無意識で確保したのだろう。
 出来る限りの術は施した。
 いかにアセシナートとはいえ、一人の女魔術師の為に、異次元の捜索までは行なわないだろう。
「あとは、この杖ですが……」
 宝玉の力が漏れぬよう、簡単な結界を張る。
 効果や仕組みまでは、健一には理解できないため、専門家に預けた方がよさそうだ。
「さて」
 もう一つ、魔法陣は用意してある。
 明日には聖都に戻れるだろう。
 エルファリアの別荘に現れる冒険者達や、友人達の笑顔を思い浮かべながら、健一は立ち上がった。
 疲労した顔に、穏やかな安堵の笑みを浮かべながら。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】

【NPC】
レザル・ガレアラ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
杖を離して封印というのは、人物の方の封印で間違いありませんでしたか?
杖は特にご意見がなければ、このまま国に預けたということにさせていただきます。
ご参加、ありがとうございました!