<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の紋章―戦いの果てに<月夜>―』

 安らかな寝息が聞こえる。
 決して寝心地のよい場所ではないけれど。
 それはとても、心地の良いリズムであった。
 だけれど、一人だけ。
 眠っていない女性がいた。
 千獣は身体を起こし、隣で眠る女性達――リミナとルニナを交互に見る。
 そっと、手を伸ばした。リミナの顔の前に。
 大丈夫、確かに呼吸をしている。
 意識はないけれど、確かに彼女は今、生きている。
 同じように、ルニナの呼吸も確かめた後、千獣は一人、立ち上がった。
 静かに、ゆっくりと歩き、木のドアを開いた。
 外に出て、空を見上げた。

 月が、浮かんでいる。
 半月だ。
 街灯のないこの村で、唯一の明り。
 耳に届くのは、小さな虫の音と、夜鳥の声。
 村の人々は、誰も起きていない。
 誰も、いない。

 いつか。
 そう遠くない未来に。
 もっと寂しい夜は来る。
 人々は、長い長い眠りについて。
 朝が来ても、目を覚まさなくなるだろう。

(……私、は……何も、出来、なかった……)

 目を伏せた。
 何一つ、出来なかった。
 何の役にも立たなかった。
“命”を助けることが出来なかった。
“未来”を取り戻すことが出来なかった。

 一人、村の中を歩く。
 リミナとルニナの家の庭。
 ここに、今日、2人と一緒に柿木を植えた。
 立派な実を付けることを願って。それは多分、数年後だろう。
 木を組んで、門も作った。女3人で。

 門から外へ出て、土の道を歩く。
 この道は、昨日整備した。
 皆で、踏んで固めて、平らにしたんだ。

 真直ぐ歩いて、水汲み場へと出た。
 まだ、水の汲めない水汲み場だ。
 だけど、看板だけは出来ている。
 皆で、掘って掘って、今日、ようやく水がにじみ出た。
 皆、とても喜んでいた。
 嬉しそうだった。
 水なら、川にいけばあるのに。
 雨が降れば、手に入るのに。
 珍しいものじゃないのに。
 皆、とても嬉しそうだった。

 思い浮かぶのは、皆の笑顔。
 一生懸命な姿。
 汗を拭う様子。
 助け合う人々。
 あの街――カンザエラでは見られなかった姿だ。
 同じ人々だというのに。
 千獣が始めてカンザエラを訪れた時、人々は皆、草臥れ果てた様子だった。
 人々からは、なんの希望も感じられなかった。
 だけれど、今、この新たな村では。
「……希望、ある……」
 希望に満ちた、顔に見えていた。
 辛く、苦しかった日々。
 アセシナートから受けた仕打ちの数々。
 千獣が知っているのは、結果だけだ。
 長くは生きられないという結果。
 皆がどんな仕打ちを受けたのか。
 どんなに辛い思いをしてきたのか。
 どれだけ大切な仲間を失ってきたのか。
 想像も出来ない過去が、彼等にはあるはずなんだ。
 それなのに、今の皆は。
 そのようなことを感じさせない顔だ。
 この新しい土地に、新たな街を作り、生きていくことへの希望に。
 リミナもルニナも、街の人々も光り輝いているように、見えた。

 自分は何だ?
 そんな人々の中で、ただ、後ろだけを見ている。
 何も出来なかったことを嘆き悔いているだけなのか?
 嘆いて悔いるということは、諦めたということ。
 皆は諦めていないのに。
「……私、は……」
 どうする?
 諦めるのか?

 月の光が降り注いでいる。
 冷たいだけの光だろうか?
 光が弱いと嘆くのか?
 それともこの淡い光は、闇の中の、唯一の希望?
 輝く世界へと導く、道標?
 どう捉えるかは、人の心次第。
 この村の人々はきっと、もう月を恐れてはいない。
 月の光もまた、彼等の輝きの一部になるのだろう。

「……明日、も……手伝、おう……」
 井戸はもうすぐ完成だ。
 道の整備も行ないたい。
 村の外には畑を作るんだ!
 手伝って、手伝って、手伝って――いつか、街が完成するその日には。
 伝えよう。
 自分の言葉で。
“自分も諦めない”と。
 不死鳥は手に入れられなかった。
 でも、まだどこかに、別の方法があるかもしれない。
 だって、自分はまだ理解していない。
 皆の身体の状況も。
 それを治す手段も、探してはいない。
 ただ、リミナが言っていたから。
 リミナが求めていたから、不死鳥を手に入れようとしただけで。
 本当の意味で、自ら動いてはいない。
 負い目や責任じゃない。
 友達、だから。
 友達だから、諦めたくない!
 そう伝えて。
 それから、受けとろう。
“ありがとう”を。

 村の中を回って、千獣は手伝える場所を探して回った。
 ここも、あそこも、まだまだ。
 沢山手を加える必要がある。
 やることが沢山ある。
 明日も、明後日も、人々は頑張っているだろう。
 皆、輝いているだろう。
 笑い合っているだろう。
 自分も、その中に。
 決して諦めず。
 彼等と共に、未来を求めていこう――。

 来た道を戻り、リミナとルニナの家へとたどり着く。
 リミナの隣に横になり、彼女の寝顔を見ながら、お休み、なさい……と小さく小さく囁いて。
 目を閉じた。
 朝が来るまで、隣で休もう。
 朝が来たら、共に歩もう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

【NPC】
リミナ
ルニナ

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
村が完成するころには、千獣さんも心から皆と打ち解けて、笑い合うことができるといいなーと思いながら、書かせていただきました。
引き続きのご参加、ありがとうございました!