<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の紋章―戦いの果てに<宝玉>―』

 街の広場には、多くの人が集まっている。
 詩を奏でる吟遊詩人。
 はしゃぐ子供達。
 笑い合う女性達。
 手を繋いで微笑みあう恋人達。
 ……平和な人々の姿。

 それが王都エルザードの今だった。
 人々を穏やかな表情で見て、その中に自分も混じりたいと思いながらも、山本健一はその日、足早に城へと向った。

 アセシナートの女魔術師を封印して数日が経った。
 多少迷いもしたが、健一は宝玉のついた杖を持ち、エルザード城に赴いたのだった。
 城もまた穏やかだった。
 争いの気配を全く感じさせない。
 健一は王と面会を果たし、簡単な封印を施した杖を見せる。
「以前ご報告した杖です」
 そしてこう言葉を続けた。
「簡単に封印をしてありますが、複数の術者でもっと強力な封印術を施すべきと考えます」
「ご苦労だった」
 エルザード王は労いの言葉をかけると、手を伸ばした。
 健一は礼をした後、王に近付き、杖を出しだした。
「ううむ……」
 宝玉を見ながら、王は小くうなり声を上げた。
「詳しい効果は判りませんが、エルザードの少女達が誘拐された事件の際、対峙した魔術師は同じ杖を利用し、少女達からエネルギーを吸収していたようです。更に、報告の通り、レザル・ガレアラという魔術師はこの杖……おそらくは宝玉の力により、一度復活を果たしています」
「いかな石とはいえ、この程度の石にそれほどの力が備わっているとは思えんが」
「石だけの力とは限りません。少女達が誘拐された時のように、宝玉の力と、魔法陣等によるエネルギーの供与があって、効果を発揮するものと見ています」
「なるほど……」
 健一の封印により、宝玉は光を失っていた。曇った石を見ながら、王は顔を顰めていた。
「一度、封印を解いて調べておくか」
「聖都での調査は避けるべきです。アセシナートの騎士団がこの杖の奪還を狙う可能性が高いと思われます」
「では、城内で」
 その言葉に、健一は首を横に振る。
「いいえ、城内であっても、彼等の手は伸びるでしょう。お忘れですか? 近衛騎士団にスパイがいたことを」
 王は再び、唸り声を上げる。
「それほどまでに、重要な道具だと思うか?」
「はい」
 王の言葉に、健一は強く頷いた。
「ですが、ご判断は王にお任せいたします。国として他の活用方法を見出せるかもしれませんから」
 効果が判明すれば、有効な使い方があるかもしれない。
 正しく使えば、エルザードにとって有益になる可能性もありはする。
 王はしばらく考えた後、こう言葉を発した。
「わかった。しかし、とりあえずはお前の意見に従い、封印を施すことにしよう。手伝ってくれるか?」
「もちろんです」
 健一は微笑んで答えた。

 その日のうちに、王の側近の術者と健一で、杖の封印を行なった。
 決して力が漏れぬよう、幾重にも術を施し、城の深部にある保管庫に保管の上、その場所にも封印結界を張った。
 それだけのエネルギーを秘めた宝玉であるのなら、破壊した時に起こり得る事態も想定しかねるため、現段階ではそれが最良と王も判断したのだ。

 その後、健一はエルファリアの別荘へと向った。
 城やエルファリアの別荘は、比較的安全な場所といえる。
 しかし、いつまでこの日常が続くのかはわからない。
 あの騎士団は、宝玉も探すだろうが――自分達のことも、探すのかもしれない。
 報告書には、ザリス・デルタは生存していると記されていた。
 カンザエラの研究所の所長にして、レザル・ガレアラと親しい人物。
 聖殿では、卵入手の際に指揮を務めていたようだ。
 要するに、カンザエラの施設で人体実験を行なっていた人物も、聖殿にエルザードの人々を誘き寄せたのもあの女性だろう。そしておそらくは、あの騎士団がらみの研究施設を束ねる人物。
 彼女の笑みは底が知れない。
 再び、あの騎士団が動き出した時――。彼女の手のものが、自分の前に現れるのだろうか。
「……まさか、クローンがもう2、3人いるなんてことはありませんよね」
 健一は一人、苦笑をした。
 笑ってられるうちはいい。
 それが、本当だったら――エルザードにとって脅威である。

「お帰りなさい、健一さん」
 エルファリアの別荘では、王女自らが出迎えてくれた。
 青色のドレスを着ている。髪には金色の髪飾り。首には宝石のついた首飾り。
 いつもより派手な格好だった。
「どうなされたのですか、その格好……」
「今日はささやかなパーティを行ないますの。このドレス、私に似合っていますでしょうか?」
「ええ、とてもお似合いですよ」
 健一の言葉に、エルファリアは微笑んだ。
「エスコート頼めますか?」
「ご指名でしたら。ですが、王女のエスコートは他にも候補が沢山いるのでは?」
「ええ、もちろん」
 エルファリアはわざとらしく胸を張って言った。
「だけど! 今日はあなたにお相手してほしいのです。健一さん」
 優しく微笑みながら、エルファリアは言葉を続ける。
「先ほど、窓から外を見たら、あなたが見えました。とても、険しい顔をしていました。……らしく、ないです。ここでは、いつも微笑んでいますのに」
 騎士団のことに意識が囚われていた為、硬い顔をしていたのだろう。
 エルファリア王女には、見せるつもりのなかった顔だ。
 どうやら、心配させてしまったようだ。
「……何を、考えているのですか?」
 エルファリアの問いに、健一は穏やかな顔で答えた。
「今は、今夜のパーティのことを考えていますよ」
「そう、ですか……。それなら、いいのです。では、参りましょう」
 エルファリアが手を差し出した。
 健一は彼女の細い手をとって、共に歩き出した。

 美味しい食事を食べて。
 優しい音を奏で。
 穏やかな時間を過ごし、明日を迎える。
 決して失いたくはない時。
 失いたくはない空間。人々。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
今後、王が調査を行なう場合も、健一さんのご意見に従い、慎重に行なうものと思います。
引き続きのご参加、ありがとうございました!