<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


金色、木枯らし、夜の星


 扉を開ける、控えめな音。ガルドの青い瞳に移ったのは、それと同じくらい青い瞳・髪をした女性―――シルフェであった。ガルドがまだ不機嫌そうな顔をして彼女を振り返ると、彼女は目を合わせ、そして店内を見回した。不自然なほど店員の少ない店。そっと外へと首を傾げると、そこには小さな『Closed』の看板が掛かっていた。

「まあ。申し訳ありません。わたくし、気付かなくて。閉めてらしたんですね。失礼致しました」
 ぱちくりと瞬きをして、シルフェはお辞儀をした。ガルドは腕を組み、こつこつと足音を立てながら彼女へと近寄った。
「いンや、それはいいんだよ。元々閉まってるのか閉まってないのか解らない店だし、看板も小さいしさ」
両手を上げて、背中の羽をぱたぱたと羽ばたかせる。首を振るたびにさらりと揺れる金髪。シルフェは「そうですか」とほっと息をつき、やんわりとした笑みを浮かべた。エレメンタリス、それもウィンディーネ特有である透明感溢れる髪の毛は、それこそ流れる水のように肩から滑り落ちる。


「取り合えず、上がって。どんな時間に来ようと、お客さんはお客さんだ」
 軽く手招きをして、テーブルと椅子の位置をそれぞれ確認する。
「あら、お邪魔してよろしいんですか?ではお言葉に甘えて」
シルフェは再びふふと笑うと、木製の床へと足をかけた。一昔前の純喫茶を思い出させるような古臭い内装は、それはそれで趣があった。目に付くのは、いくつも並べられたこげ茶色のテーブルセットと、カウンター、それにコーヒーカップや紅茶葉の缶など。どこの地方にあるものだろうか、不思議な形をした置物も置いてある。
 まるで、この店の中だけ時間がゆっくりと流れている様だった。いや、時間がとある時から止まっていたと言う方がしっくり来るだろうか。
 こつこつ、と、手の甲でテーブルを叩く音。シルフェがそちらを振り向くと、窓際のひときわ明るい席、二つある椅子の片方に手を添えてテーブルを指すガルドが居た。どうやら、座って待っていろとのことらしい。シルフェは浅くお辞儀をすると廊下を進み、いくつものテーブルとすれ違いながら椅子へとたどり着いた。
 南向きの窓から日が差し込むその場所は、文字通り陽だまりの席である。長い間座っていたら、おもわず転寝をしてしまいそうなほど、暖かく優しい空間。

「ボクは作る専門じゃないから、取り置きのアイスティーでいいかい? えーと」
「シルフェ、です」
「了解。……ボクはガルド。まだキミの好みは解らないから、ボクの好きなやつを淹れるよ」

 カウンターの奥へと入り、グラスを取り出すガルド。シルフェはテーブルを擦ったり、窓から差し込む日の光に手のひらを透かしてみたり、椅子の背もたれに刻まれた装飾を興味深そうに眺めたりしている。
 透明なグラスにアイスティーを注ぐ音。森の中に流れる清流のような。背に生えた羽は不機嫌を訴えてはいない。
 もしもそこに詩人や画家が居たならば、すぐさま筆を走らせるであろう。美しい青年と美しい少女の喫茶店での刹那は、美麗な絵画や詩歌の一片の様であった。手際よくグラスをトレイの上へ乗せ、一人しか居ない、だがそれ故に存在感を醸し出している客人、少女の前へとそれを差し出す。気持ちの良い音を立てて廻る氷。


「まあ、素敵」
 透き通った紅茶は、すっきりとした香りを周囲へ振り撒いた。コースターの隣には、さりげなくミントの葉が添えられている。シルフェはうっとりとそれを眺めると、差し出されたストローを受け取った。

「今日は、他の店員さんはいらっしゃらないのですか」
「そう。皆ボクを置いて仲良くお買い物だよ。今ごろは寄り道でもして雑貨屋にでも寄ってるんじゃない?」
ガムシロップの入った小さな瓶を自分と客人の目の前へ置く。
「他の方が揃って出てしまわれたんですか。それは寂しゅうございますね。わたくしでよろしければ、お話相手になりますよ?」
目を細め、シルフェは小首を傾げた。自分のグラスをストローでかき混ぜ終わったガルドは、「そう!」と、心底嬉しそうに明るい笑顔を作った。思わず、目を少し見開いてしまうほど。心なしか先ほどよりも声が高く、背中の羽は喜びによってだろうか小刻みに震えている。
 年齢で言えば、ガルドの方がいくつか年上なのだが……表情を見ていると、立場はまるで逆だ。聞き上手の姉と、話したがりの弟の様な。


「このお店……、店員さんは何人いらっしゃるんでしょう?」
「ボクを入れて、四人……かな。住んでいる人、と言うと、また変わるけれどね」
「ガルド様は、見たところウェイターでいらっしゃる様ですが……店長さんは、どんな方なんでしょう」
「なんだろうね、暗い……と言うか、何を考えてるか解らない人だよ。いっつも無言でレジを叩いたり帳簿をつけたりして。反対に、キッチンの方はうるさいんだ。ボクがやることなすこと殆どにケチつけるような奴でさ」
 口調は尖っているが、表情は曇っていない。組んだ手の上に顎を乗せて、自分の中に居る『仲間達』を思い起こすように、目を閉じて。シルフェは彼の言葉に相槌を打ちながら、紅茶をそっと飲んだり、微笑んだり。尾羽を広げ翼を広げるガルドは、ひとりひとりの仲間たちを、絶賛はしないものの大切に話題へと取り出した。時折、ある日の事件を思い出したように話したり。その時の感情をそのまま表すように、羽はせわしなく動いた。ぱさぱさと小さな音を立て、時々二人の髪を揺らす風を作る。


「それにしても、随分とお手入れをしていらっしゃる様ですね」
 ふと、シルフェが言う。その視線は、長い金髪と艶やかな羽毛を指していた。
「勿論。毎日、暇さえあれば繕っているよ」
自慢げな表情を浮かべるガルド。指でくるくると髪をいじり、翼を広げてみせる。
「素敵ですね」
「そうかな。ボクだけじゃなくて、鳥人は皆そういうものだと思うけれど」
そう言いつつも、風切り羽を撫でる仕草には自信が滲み出ている。シルフェはふわりと微笑むと、椅子から立ち、ゆっくりとそれを移動させた。ガルドの背後へと椅子を置き、自分もそこへ座る。ガルドは笑みを消してその様子を見ていたが、シルフェが彼の髪にそっと触れ編み始めると、くすりと声を出して笑った。

「皆さんへの評価はそれぞれですが、しっかりと留守番はしていらっしゃるのでしょう。とても素敵だと思いますよ」
 どこから取り出したのか、女物の櫛で髪を静かに梳くシルフェ。なるほど自慢げな表情をするだけある、手のひらに乗せたら流れ落ちていってしまいそうな髪であった。彼女の言葉に、ガルドは小さな声で笑った。
「あっはは。その言葉、昔々の友人達にも聞かせてやりたいよ」
日の当たる店の一角。時間は流れるのを止めてしまったのだろうか。どこか懐かしい香りのする風。空気はあたたかい。




 紅茶の氷が溶け終わる頃、扉の開く音に、二人は顔を上げた。ほらあれが、と、ガルドが彼らへ向かって指を指す。シルフェはそれに頷いて、微笑んだ。買い物袋を両手一杯に抱えた店員達は、いつもより機嫌のよいガルドに驚きつつ、初めての客人を歓迎した。ミントに合うお菓子を、と、キッチンに駆けて行く者も居れば、楽しそうな表情で二人へ話を聞きに来る者も居る。一気に賑やかになった店内は、歌声と囀りで溢れ返った。

「またおいで。陽だまりの特等席は、ボクらの友達のためにあるんだ」
 日が傾きかけた頃。お辞儀をするシルフェに、ガルドは笑顔で手を振った。夕方の日の光に照らされた二人の髪の毛は、淡い緋色に染められる。
 遠くなっていくシルフェの背中が夕闇に溶けた時、喫茶店のドアは静かに閉められた。『BardCage』の看板は、小さな音を立てて揺れた。


おしまい

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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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PC/シルフェ/女性/17歳
NPC/ガルド・ゴールド/男性/21歳

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ライター通信
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お届けが遅くなってしまい、誠に申し訳御座いません。北嶋哲也です。
シルフェさんとガルドのひと時、ほのぼのと描けていればいいなと思います。
またご縁があれば、是非ご来店くださいませ。
発注ありがとうございました!