<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


彼女の秘密

□Opening
 ある日黒山羊亭に若い男女が訪れた。
 高級そうなマントを身に付けた男、薄手のワンピースを着た女。二人は固く手を繋ぎ、それぞれ決意を込めた瞳でエスメラルダを見ている。
「いらっしゃい、って、お酒じゃないわよね?」
「お願いです、僕達は賊に追われています。どうか、二人を追っ手の届かない離れ小島まで連れて行ってください」
 エスメラルダの問いかけに、男はすぐに声を上げた。
 まぁ、そんな所だろうな、とは思ったがエスメラルダはとりあえず必要なところから確認する。
「ふぅん。まずは、どうして追われているか、それと賊の規模ね、教えてくれる?」
「賊は、大陸の南の方からやって来た十数人の集団です。ナイフや銃を使って、常に集団で襲ってきます。それから、理由は、その……」
 そこで、男は言いよどんだ。
「シッチ、それは私がお話します。少し、席をはずして」
「でも……!」
 かわりに、女が男――シッチを押さえ、一歩前に出る。シッチは、女から離れる事に戸惑ったが、結局、不安そうにエスメラルダを見つめて、席を離れた。
「私は、ムムと申します。追われている理由は、これです」
 黒山羊亭の片隅で、ムムは壁に背を向け目を閉じる。エスメラルダが見たものは、女の背中から出現した淡く光る羽だった。繊細な、ガラス細工のような羽は、四枚、小さく開いたり閉じたりしている。
「でも、羽の生えた人なんて、珍しくないと思うけど」
 確かに、それはとても綺麗な光景だけれど、賊に追われるほどなのだろうか?
 エスメラルダの言葉に、女は小さく首を振った。
「大陸の南には、生きたままの身体から光る羽をもぎ取り、すぐに口にすると不老不死になる、そんな伝説があるそうなのです。それを信じた賊達は……」
「でも、それって、迷信じゃないの? いかにも、どこにでもありふれた」
「それは……、実際に試せば分かると、そう言って襲って来たのです」
 何とも、呆れた話だった。エスメラルダは、いきり立つ賊を思い、肩をすくめる。
「けれど、いつか誤解は解けます。ですから、お願いです、シッチを安全に元の屋敷に送り届けてください」
「え? だって、彼は」
「シッチは、領主の跡取りなんです。彼を危険な目にあわす事はできない。私ならきっと何とか逃げます。ですから、お願い、彼を護衛してください。そして、安全に屋敷まで送り届けて! 彼は、私とずっと一緒だと言ってくれた。けれど、今回賊から逃げる事ができても、また違うところから狙われるかもしれません。その度に、彼を危険に晒すことになるのは嫌なんです」
 さて、彼の依頼と彼女の言い分、どちらを取るか。
 ともかく、賊が迫っているというので、エスメラルダは簡単に彼の主張する離れ小島までの道を確認して、依頼を受けてくれる者を集めた。

□01
 さて。
 エスメラルダの話を聞き、集まった者達は小さく震える男女を見た。
 ムムの考えを知りシッチはどうにか彼女を納得させようとおろおろとしているし、ムムはそんなシッチをどうにか屋敷に戻そうと言葉を探している。
 二人の様子に、リルド・ラーケンは肩をすくめた。
「俺は逃げるのが嫌いでな。アンタの言い分を聞くけど、島に行くってのはどうにかなんねぇのか?」
 冷ややかにシッチを見つめる。
「……、それは、どう言う?」
 強い視線を受けて、シッチは一歩後ろに下がりおろおろと視線をさまよわせてようやくリルドに返した。
 その質問がまるでばかばかしいと言うように、リルドがため息をつく。シッチはその様子に、黙り込んでしまった。
 そこへ、キング=オセロットが静かにこう切り出す。
「ムムから聞いたが、あなたには継がねばならない家があるとか。離れ小島に逃げ込むにも、家はどうするのかな?」
 その言葉を聞いて、シッチははっと顔を上げた。
 リルドも同じ事を思っていたのか、『領民どうすんだこいつ……』と言わんばかりの呆れ顔を見せる。
「そうよ、シッチ……。貴方は領主の跡取り、屋敷に戻ったほうが……」
 リルドとキングの意見を聞いて何も言い返せないシッチの様子を見て、諭すようにムムはシッチの手を取った。
「何を言う。君と離れる事なんてできない!」
 しかし、シッチはこれだけは譲れないと、首を横に振る。どうして、と、悲しげにムムは眉を寄せた。
 そこへ、すいと千獣が歩み出る。
「……誤解、は、いつか、解ける……」
 羽をむしり取って不老不死になる。そんな馬鹿げた迷信は、所詮迷信でいつかは間違いだと分かるだろう。その、”いつか”が来ることなく賊が壊滅するかもしれないが、それは知った事ではないけれども。
「シッチ、の、あなたへの、気持ちは、消えない……今、ここで、シッチ、送り、届け、ても……あなたを、探しに、勝手に、出て、しまう」
 千獣は、じっとムムを見つめ、ゆっくりと語って聞かせた。
「私もそう思う。彼を思ってのこととは思うが、しかし、それで彼は納得するかな?」
 キングも千獣の意見に肯定の意を表す。
 納得しないまま屋敷に送り届けても、自分達の目がなくなった途端、ムムを探しに一人飛び出すかもしれない。考えは千獣と同じ、と言うことだろう。
「それは……」
 ムムは二人を見比べて口ごもった。
「……そっちの、方が、危ない……」
「そうなっては意味がない」
 千獣とキングの駄目押しに、いよいよムムは下を向く。
 ムムとシッチの繋いだ手を見て、リルドが二人の間に流れる独特の雰囲気を感じ取った。そして、囁くようにムムの耳に近づけ、にやりと笑う。
「好き合ってるなら、身を引くなんて馬鹿げてると思うぜ」
 好き合っているのなら……。
 その言葉に、二人がそっと頬を赤らめる。
 それまで黙って一同を見ていたアレスディア・ヴォルフリートも二人を見ながら静かに語った。
「……ムム殿の、シッチ殿を心配されるが故に離れようとする気持ちも、わからぬでもない」
 ムムの心からの気持ちだという事は十分理解できるのだ。打算ではなく、相手を思いやるがゆえ身を引く思い。しかし、と、アレスディアは小さく首を傾げこう繋げる。
「ムム殿。あなたにシッチ殿から離れて一人生きていく覚悟があるように、彼にも、どのような危険が迫ろうとあなたの手を離すまいという覚悟がおありのようだ」
「そ、それは……」
 ムムはアレスディアの言葉を受けて、困ったように目を伏せた。
 それは、分かっている、だからこそ頼んでいるのだ、と、無言の彼女の言葉が伝わってくるようだった。
「彼の覚悟を折って屋敷に送り届けることは、賊を十数人相手取ることよりも遥かに困難なことに思う」
 最後にこう締めくくる。
 どうやら、アレスディアもシッチの依頼を取るつもりらしい。
「久しく黒山羊さんに来ましたけど青春真っ盛りですね」
 くすくす、と。
 様子を見守っていたみずねが笑い声をもらした。
「シッチクンとムムちゃんでしたか? 離島に行く意味も、逃亡する意味も、親元に帰す意味もないかと」
 優しくゆっくりと二人に語りかける。
「ムムちゃんは覚悟を決めている。シッチクンもそんなムムちゃんにぞっこん」
「……そりゃ、死語だよなぁ」
 みずねの言葉を聞きながら、リルドがこそっと隣に立つ千獣に耳打ちした。千獣は、良く分からないと、首を傾げる。アレスディアは何事もなかったかのようにみずねの言葉を待ち、キングは口の端を持ち上げて少しだけ微笑んで見せた。
「なら、多少の試練はいい人生経験かと思うわ。まずは、跡取りのシッチクン、今すぐ継ぐ必要はないのでしょう?」
「あ、はい。確かに、父がまだまだ健在ですので」
 みずねの提案に戸惑いながらも、シッチは確かに答えた。
「なら、聖都で領主勉強や社会修行を兼ねた留学、ムムちゃんは黒山羊亭でアルバイト」
 ここ、と、みずねは手のひらで店内を紹介するように腕を伸ばす。この辺りは、それこそ羽のある子なんて普通にいるのだから。
「でも、それでは、いつ危険が迫るか」
 シッチが首を振る。
 本当は、ここまで辿りつけた事だって大変な事なのだ、と暗い顔を覗かせた。
「荒事になりそうなら専門家を雇って対応する」
 冒険者とかね、と、みずねは言う。
 しかし、それにはリルドが首を振った。
「いや、それよりアンタが強くなりゃいい。それで守りきってみせろよ。別に腕っ節が強くって意味じゃねぇよ」
 シッチは、みずねとリルドを見比べてからムムの手を取り、一度強く頷く。
 何か思うところがあったのかもしれない。
「今から追ってくる賊は何とかしよう。けれど、家はあなたが何とかしなければならない。良いかな?」
 キングはそう言いながら残弾を確認する。
「あ、はい。……お願いします。ムム、僕について来てくれ」
 今までにない強い口調でシッチはムムにそう告げた。
「いきり立った賊をやり過ごすため、一度は島に行かせてください。落ち着いたら、彼女と屋敷に戻ります」
 それから、ぐるりと依頼を請け負った面々を見渡し、しっかりとそう言う。
 シッチの依頼を受ける、しかし島に逃げても問題は解決しない。メンバーの意見を聞いたので、ムムもそれで異存はない様子だった。
 意見がまとまったのは良いけれど、今この場に留まっているのは得策じゃない。
 一同は、すぐに黒山羊亭を後にした。

□02
 島へと続く道をムムから聞き出し、千獣は皆に向かって提案した。
「先に……、行く、よ……、数が、違う……から、道を、探す」
「宜しく頼む。賊は相当の数のようだ。……そうだな、橋でもあればなお良い」
 賊と自分達との数の差を考え、キングもその案に賛成する。取り囲まれれば面倒だし、散開されればその全てを防ぐのは難しいだろう。そうなれば、多人数での行動を活かせない地形で迎撃するのが理想的だ。
 戦うことに関して柔軟に対応のできるリルドは、特に異を唱えない。二人に合わせる様に頷いた。
 その他に意見も出ないので、千獣は音もなく先へと進む。まだ道は真っ直ぐなので、一同がそれを追いかける形となるが、迷うほどの事はないだろう。
 アレスディアはシッチとムムのすぐ後ろを歩き、みずねはムムの隣で彼女の手を引いていた。

□03
 歓楽街を抜け、シッチの持っていた地図通りに進む。
 島には、岬から小船を出す。地元の漁師にいくらか金を握らせ、段取りをつけた。
 丁度その頃、ようやく二人の行方を掴んだ賊が一同の潜む森へ姿を見せる。
 千獣の見つけたいくつかの迎撃するポイント候補から、小船を出す岬へと直接続く道が無い、そして、身を隠す場所が近くにあると言うこの森を、あえて選んだのだ。
 勿論、ここで賊を根こそぎ排除するつもりだが、二人の逃げる先が相手に知れるのは得策ではない、と言うキングの判断だ。
「足音、近づいて、いる……もうすぐ、来る、よ」
 茂みで腰を屈めていた千獣が、皆に伝える。
 シッチは緊張で硬くなっているし、ムムはこれから起こる事を思い震えていた。
 その二人を優しく励ますようにみずねが柔らかく二人の手を握る。
 その背後で、アレスディアが立ち上がった。
「万一流れ弾がお二人に当たってはいかん。私はお二人の傍からは離れず、盾となる」
「盾……そ、そんな……」
 盾を持っていないのに、盾となるなんて、と、ムムが驚いたようにアレスディアを見上げる。
 当のアレスディアは、涼しげに微笑んで、
「我が身盾として、牙持たぬ全てを護る」
 と、静かに唱えた。
 たちまち灰銀の鎧がアレスディアを包みこむ。
「何、鉛玉如きに貫かれる鎧ではない」
 自身の装備の強度を確信した声に、ムムは硬い表情で頷いた。
「さぁて、団体様のおいでだぜ」
 ようやく、賊の一団を肉眼で捕らえる。
 リルドは目を細めて相手を確かめ、にやりと笑って立ち上がった。
 がさがさと、わざと音を立てて茂みから立ち上がったので、賊達はすぐにアレスディアやリルドに気がついた。その背後で、震えるシッチとムムの事にも、当然目が行く。
「何だオメェ」
「おそラぐ、雇われだ傭兵だべ?」
「おい、おとなスく、そいつら、渡せ」
「痛い目にあうべ」
 賊達は、そのような野蛮な言葉を口に、それぞれ武器を構える。
 南の方からやってきた、と言うことだったが、随分訛りが酷いように思った。が、肝心の情報は、そこでは無い。相手は、前衛にナイフ五人、その少し後ろに弓が八人、そして、ライフルを構えているのが七人最後尾に控えていた。
「なるほど、この人数に攻め込まれてはどうしようもない、”皆、逃げろ”」
 遅れて木の影から現れたキングがそう言うなり、”賊に追い詰められた一同”は、じりじりと後退をはじめる。
「びびってンべか?」
「んだべ、大人しくそのハネツキを渡せば、半殺しで勘弁してやるべ」
「んだんだ」
 ”自分達を見て二人を守る傭兵は後退した”と言う光景に、賊は気を良くして、勢いづいた。
「おい、他のチームもこっちに呼べ!」
「んだ、全員でかかれば、怖くねぇべ」
 先頭でナイフを構えていた賊の二人が、懐から大きな法螺貝を取り出し、独特の音色を奏でる。
 やはり、幾つかの組で行動していたのだろう。岬に続く道へも捜索に行ったのだろうか。それを、わざわざ、ここに集めてくれると言う。
 一同は、敵がしっかりと全員集合する時間を与えながら、森の奥の一本道を目指した。

□04
 目的の場所にたどり着くと、最初に千獣が足を止めた。
 それにつられるように、賊達も足を止める。この頃には、賊は最初に出会った人数の倍ほどにも膨れ上がっていた。
「ははは、もう逃げ場はねぇべ」
「大人しく、ハネツキ渡せ!」
 そうだそうだと、賊達は各々の武器を高らかに掲げる。中には、獲物を追い詰めたと言う快感にげらげらと笑い続ける者もいた。
「……、じゃ、飛ぶ、よ……」
 賊の言葉を無視して、千獣は身体の一部を翼に変える。そのまま、流れるような動作でとんと地面を蹴り、空へと舞い上がった。辺りでは、遅れて、風が巻き起こる。
「お二人は私の背後へ」
 千獣が空へ向かうと同時に、アレスディアが二人をかばうように腕を広げた。これから始まる戦闘独特のぴりぴりとした雰囲気に二人はおろおろと顔を見合わせていたが、みずねに手を引かれ結局アレスディアの背後に回る。
「刃を向けてくる奴に容赦しねぇ、止めるなら今のうちだぜ?」
 二人の安全は、ほぼ間違い無い。
 両側を高い崖に挟まれ、細い一本道の奥でリルドは紳士的にも一応、賊へ警告した。
「誤解で命を散らしたくはねぇだろ?」
 しかし、賊達はその言葉に首をひねるばかり。お互いの動き一つで、今にも争いが起ころうとしているのに、賊達はひそひそと話し合い、
「誤解?」
「何言ってんべ?」
「……、ハネツキがオラ達のために命を散らすのはしかたねぇ」
 と言う、全く見当はずれな結論に達した。
 んだ、んだ、と、一人の賊が言い出した答に、満足げに頷き合う。その様子を見て、リルドは嫌そうに顔をしかめる。
「ヤベー、マジで状況が分かってねぇよ」
 そして、心底、賊達を哀れんだ表情で、首を横に振った。
 その動作が癪に障ったのか、賊達はいっせいに飛びかかる。
 ただ、細い道だったので、どうしても押し合いへし合い一人ずつになってしまったが。

□05
 空を飛んで賊達の群れを飛び越した千獣は、軽やかに賊の最後尾で銃を構える者の背後についた。
 あまりにも自然な風だったので、賊達は最初、千獣が現れた事に全く気がつかない。
 先頭がムムをめがけて走っていて、しかし、あまりスムーズに進まず、いらいらと自分の出番を待っていた賊の一人が、退屈しのぎに振り向いて、はじめて千獣の存在を認識した。
「な、誰だ、オメェ?」
「どうした?」
「……、おい、傭兵の一人じゃねぇべか?」
 賊は、ようやく、自分達の敵が背後に突然現れた事に思い至り、それぞれ武器を構える。
「……襲うって、ことは、襲われる、ことも、あるって、覚悟が、あるん、だよね……?」
 相手を襲うと言う事は、戦うと言う事。
 戦うと言う事は、逆襲される事だってあるのだと、千獣は言う。
「襲われる?」
「何でだべ?」
「お嬢ちゃん、怪我しねぇうちに帰れ、いんや、優しくしてやるっぺから、まず服脱ぎな」
 げらげらげら。
 辺りに響く、笑い声。
「例え、覚悟が、なく、ても、もう、遅い……加減は、しない、よ……」
 千獣は、賊達の声など全く意に介さず、大地を駆け出した。

 一方。
 賊達の先陣を目の前にして、リルドとキングもそれぞれ戦闘を開始していた。
 警告は、した。けれど、賊は気にも留めず向かってくる。だったら、ああ、仕方が無いじゃないか。
 リルドは口の端を持ち上げてひそやかに笑い、幾つか氷の槍を発生させた。氷の槍はそれぞれ自由に浮遊し、あらゆる方位からの攻撃に供えゆっくりとリルドの周りを回る。
 リルド自身は短刀を構え突っ込んでくるナイフ使いの動きを見据えた。
 細い道幅を認識し、群れを成して向かってくる敵の行動を分析する。数は多いが、それだけのスペースが無いので全て同時にかかって来ない。他者に見せびらかすようにナイフを構えているところを見ると、刃で脅すことしか知らない素人、と言うところか。ちらりと背後のキングの動きを確認し、リルドは腰を落とした。

 リルドの動きと示し合わせるかのように、キングは銃を構えた。
 突っ込んでくる先陣に向けて威嚇射撃をはじめる。先刻まで、自分達が有利だと確信していたであろう賊は、キング達が抵抗をはじめた事に驚いたようだ。ぱん、と、乾いた音が何度か響いたら、先頭を切る二人が一瞬足を止めた。
「あいつら、飛び道具使うべ!」
「こっちも出せ出せっ、ハネツキ以外は殺したってかまわねぇ」
 わざわざ牽制の意味を込めて発砲したと言うのに、賊はそれを”自分達にあてる腕が無い”と逆に自信を見せる。先頭の言葉が響くと、弾かれたように弓矢が降って来た。

 アレスディアは、降り注ぐ矢を長剣でなぎ払う。
 リルドの氷の槍が反応して矢を撃ち落とす、キングも器用に打ち落とす、けれど、如何せん数が多すぎた。正面からの攻撃は自分の身で防げばよいけれど、降り注ぐ矢に対していちいち身を投げ出したのではかえって効率が悪い。リルドとキングの迎撃から漏れた矢を確実に切り落とし、接近してくる敵に備えた。
 その背後で、震える男女を励ますように、みずねは二人の手を握り締めていた。

 千獣は、敵の群れに飛び込み、確実に一人一人殴打し意識を奪っていく。
 少しでも逃がして情報が漏れてしまっては元も子もない。飛んでくる矢を、近くに立つ賊と共になぎ払った。どさりと崩れ落ちる賊を足蹴にして足場を確保する。すぐにナイフを大きく振り回した賊が飛びかかってきたが、怯む事無く正拳突きを叩きこんだ。

「うおぉぉうおお」
 野太い叫び声と共に突き出されたナイフを器用にさばき、リルドは無造作に短剣を振り下ろした。柄の部分で頭部を殴ると、ぐぅと鈍い声を漏らし賊が倒れこむ。
 すでに、彼の足元にはそうして意識を失った賊の山が出来上がっていた。
 中距離から銃で援護射撃する者に対しては、キングが確実に仕留めていく。いや、実際に急所を狙い殺すのではなく、戦線離脱させる、と言う表現の方が正しい。賊の背後は千獣が押さえているので逃げ場は無い。正面はリルドが順番に片付けるので崩れない。結果、賊は先頭、中列、後方からがたがたと崩れていった。
「ああ、し、しな、ない……、羽だぁ、ぁ、ハネ……」
「ひっ」
 その時、意識を失っていた賊の一人が、意識を取り戻したのか這いつくばる様にして進んできた。武器もなく、ただムムの羽だけを目指して、手を伸ばす。その異様な執着に、ムムは震えた。
「……他者の命を軽んじる輩。一刀の元に成敗してしまいたい気持ちも、ないではないが……」
 アレスディアは目を細めて、その様を見る。
 こうまで生に執着する者が、他者の生を犠牲にしてしまう。いっそ、手にした長剣で両断すれば、怒りは収まるのだろうか? いや、自分までも命を軽んじてしまっては、本末転倒。
 意識を取り戻した賊を鞘で殴打し、再び気絶させた。

□Ending
 当然と言っては当然なのだろうけれど。
 遭遇してから一時間を過ぎた頃には、細い道に気絶した賊達が積み重なっていた。ひゅうひゅうと、両側の崖にぶつかる風の音だけが、今は少し煩い。
「はぁ、なんつか、燃えねぇなぁ」
 期待はずれのくじを引いてしまったような表情で、リルドは賊達を見ていた。
「とは言え、然るべきところへ突き出し、裁きを受けさせるのが筋だろう」
 アレスディアも、冷ややかな眼差しで賊を見下ろす。ここで怒りに任せて彼らを私刑にしたところで、得るものなど何もない。その意見に、千獣やキングも異を唱えなかった。
「さぁ、もう大丈夫。これからは、貴方達次第ですよ」
 まだ呆けているシッチに向かい、みずねはそう語りかける。
 その言葉に、シッチは慎重に頷いた。
 これで賊は一網打尽になったわけだけれど、この先、何が起きるか分からない。次の時には、彼女を守るのは自分だと、自身に言い聞かせているようだった。
「皆さん、本当に有難うございました」
「これからは、彼女と二人で頑張ります」
 リルド、千獣、みずね、アレスディア、キングの五名に見送られて、シッチとムムは船で離れ小島へと渡って行った。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3544 / リルド・ラーケン / 男 / 19 / 冒険者】
【3087 / 千獣 / 女 / 17 / 異界職】
【0925 / みずね / 女 / 24 / 風来の巫女】
【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女 / 18 / ルーンアームナイト】
【2872 / キング=オセロット / 女 / 23 / コマンドー】

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■         ライター通信          
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 この度は、悩める男女の依頼にご参加いただきましてありがとうございました、ライターのかぎです。今回の依頼は、一度やってみたかった多数決判定でした。しかし、ただ多数決と言うだけではなく、様々なご提案を有難うございました。おかげ様で幅のある色々な選択肢が生まれ、嬉しい悲鳴でした。
 今回は、相談と限られた場所での戦闘でしたので、全編共通描写です。

■キング=オセロット様
 こんにちは、ご参加有難うございます。シッチの家の事、それから、戦う場所の提案など、ありがとうございます。今回、戦闘については、中距離〜遠距離の武器を持つキング様に頼らせていただきました。いかがでしたでしょう。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。