<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の紋章―戦いの果てに<約束>―』

 幸い、雪は殆ど降らなかった。
 森を切り開いた空間には、春の訪れと共に、小さな花々が咲き乱れていた。
 まだ、庭に花を植えるほどの余裕はないけれど。
 きっと来年には、人々の家に様々な花の種が植えられ、咲き誇るのだろう。

 今日は村の広場で昼食会を行なった。
 菜園で採れた野菜や、エルザードから支給された食料を持ち寄って、皆で鍋を囲み、食事と会話を楽しんだ。
 一通り家も出来上がり、エルザードからの支給品も揃った。
 なんとか村として形になってはきたが、やはり足りないものもある。
「でもね。既に、カンザエラにいた頃より、私達の生活はずっと楽になってるわ」
 リミナは微笑んでそう言った。
「はいそこ! 肉ばかりとらない!」
 姉のルニナは鍋奉行をやっている。
「千獣、ちゃんと食べてるかい? 君は人一倍働くからね、人一倍食べなきゃだめだぞ」
 壮年の男性が、千獣に器を差し出した。
 カンザエラの人々と交わるようになって、既に数ヶ月。
 千獣は仲間として皆に認められていた。
 沢山の人々が、集まって、こうして鍋を囲む。
 エルザードでもたまにはあるけれど。
 人同士が、とても近く感じるのは――この村が、とても小さいから。
 皆、同じ苦しみを味わってきた人々だから。
 そして、同じ不安を抱えている人達だから。
 自分は、今、その中にいる……。
 千獣は器を受け取って、食べ始める。
 1つの鍋の中の、同じ料理を。

「今日あたり、医者が来るはずだよ」
 昼食後、家に戻ったルニナがそう言った。
 全体的な作業もひと段落し、ようやく村として自立するための人員の受け入れ態勢も整った。
 医者が到着するまでの間は手が空いていたため、3人で家具作りをすることにする。
 ベッドは既に2台完成している。
 最近では、その2台のベッドをくっつけて3人で寝ているのだけれど、もう1台――千獣の分も作ろうという話になっている。

 コンコン
 家のドアがノックされ、3人が一斉に振り向く。
 真っ先に玄関に駆けつけたのは千獣だった。
 ドアを開けると、見慣れた顔がそこにあった。
「千獣?」
 自分の名前を呼んだのは、ルニナが入り込んでいた相手、キャビィ・エグゼインであった。その後ろには、ウィノナ・ライプニッツと見知らぬ男性の姿もある。
「……キャビィ、ウィノナ……」
「久しぶり! ルニナとリミナに話があって来たんだけど、いる?」
 ウィノナの言葉に、こくりと頷いて、千獣はドアを奥まで開く。
「どうぞ」
「いらっしゃい、どうぞ入ってください」
 ルニナとリミナが、キャビィ達を招きいれる――。

 キャビィが連れて来た男性は、聖都から派遣された医者であった。
 ルニナは男性を連れ、診療所へと向うことになった。早速診てもらいたい人もいる。
 千獣は少し迷ったが、ルニナと一緒に診療所へ向うことにした。

 木で建てられた診療所には、まだ何も無い。
 普通の民家と同じような家具があるだけで、医療器具は何一つなかった。
 医者の男性はトランクを開き、医療器具を並べていく。
「先に持ってきてもらった、カルテはここ」
 ルニナが本棚を指差す。
「じゃ、診てもらいたいって言ってる人連れてくるから、準備しておいて」
 そう言って、ルニナは急ぎ足で診療所から出て行った。
 千獣はルニナについていかなかった。
 カルテを見る医者の傍に近付き、カルテを覗き込んだ。
 しかし、千獣には、何が書かれているのか全くわからなかった。
「……皆、の、状態、は……?」
「んー、私は日常的な風邪や怪我の治療の為に派遣された医者だからね。専門的な治療は出来ないんだが……」
 カルテを見ながら、医者は頭を掻いた。
 眉根を寄せるその様子から、あまり良い状態ではないということが窺える。
「普通の診察では、特別異常は見当たらないんだ。しかし、内臓や細胞が異常な状態になることがあるらしくてね。そうなると、医学では手の施しようがない。魔術の類いでも、異常を食い止めることは出来ても、治すことはかなり難しいんじゃないかな」
「……難、しい……? それ、は、絶対、治らない……じゃなくて、治る、可能性、も、あるって、こと……?」
「いや、正確には“治す”のは無理だ。しかし、再生する手段はある可能性もある。……例えば、高度な時空魔術で肉体を昔の状態に戻すとか、異常な部分を切り取り、肉体を再生する方法で補うとか、あとは他人の臓器を入れるとかだな。でも、その方法は倫理的な問題がある。それを許していくと、クローン人間を作り出し、脳や魂だけを移し変えるという手段を講じる人物も現れるだろうからな」
 話が難しく、千獣にはあまり理解ができなかった。
 だけれど医者の言葉の中に出てきた――肉体を再生する方法――という言葉が耳に残った。やっぱり、リミナ達にとって、フェニックスは唯一の希望だったのだと、胸が痛くなった。
「連れて来たよ、とりあえず5人」
 しばらくして、ルニナが村人達を連れて戻ってきた。
 常々身体の不調を訴えている人達だ。
「他にも診て欲しいって人がぞろぞろ現れると思うけどさ、どうかよろしく。態度が悪いヤツがいたら、あとで教えてよね、私から注意しておくからさ」
 そう医者に言った後、ルニナは千獣を見た。
「家にも寄ったんだけど、ちょっと聖都に行く用事が出来ちゃった。千獣も行く?」
 ルニナの言葉に頷いて、千獣はルニナと共に診療所を後にした。 

**********

 馬車に揺られて、聖都へと向う。
 千獣には見慣れた街だが、ルニナやリミナは、滅多に来ることのない場所だった。
 特にルニナはここに来ることを嫌がっていたはずだ。
 それなのに、今回は特別な理由があるらしい。
 エルザード城に向うまでの間に、千獣も説明を受ける。
 キャビィやウィノナが村を訪れた理由について。
 フェニックスの聖殿で、アセシナートの騎士団に利用されていた少女――キャトル・ヴァン・ディズヌフが、騎士団幹部により、術に掛けられているとのことだ。その術の解呪をウィノナが2人に依頼したらしい。

 エルザード城の一室に、キャトルはいた。
 宿の一室のような部屋であった。
「うわっ、ホントに来てくれたんだ」
 彼女はルニナとリミナの来訪に、飛び上がって喜んだ。
 元気そうに見えた。
「入って入ってー。あ、千獣も来てくれたんだ!」
 キャトルの言葉に、千獣はこくりと頷いた。
「ああ、座りきれないほど、人が着てくれるなんて、嬉しーっ」
 そう言って、キャトルはウィノナを引っ張り、ウィノナのことは自分の隣……ベッドに座らせた。 
「なんだ、元気そうじゃん」
「うん、あたしは元気だよっ」
 ルニナの言葉に、キャトルが元気よく答える。
 ウィノナが小さく吐息をつきながら、薬瓶をキャトルに渡した。回復薬のようだ。
「これは、特別制なんだ。今日の為に作ってもらったものだよ」
「そうなんだ……」
 少し緊張をしながら、キャトルは瓶を受け取った。
「それじゃ、とりあえず状態見てみようか。薬飲むなら飲んじゃってよ」
 ルニナの言葉に、キャトルがウィノナを見た。
「大丈夫。薬飲んで、ベッドに横になって」
「……わかった」
 キャトルは言われたとおり、薬を飲むと、ベッドに横になった。
 ウィノナはキャトルの足の方に移動し、リミナがキャトルの傍に近付いた。
「少し、眠っていてくださいね」
 そう言って、リミナはキャトルの額に触れた。……途端、キャトルは安らかな眠りにつく。
 リミナが後ろに下がり、今度はルニナがキャトルに近付く。
「ごめん」
 言ってルニナはウィノナとキャビィを見た。
「解くことは約束するけど、試してみたいことがあるんだ。まあ、彼女の身体に悪影響を及ぼすことはしないからさ」
 その言葉に、千獣は不安感を覚えた。
 彼女の身体に悪影響を及ぼすことはしない。
 だけど、ルニナは何かをしようとしている。
 止めるべきか?
 リミナを見るが、リミナは普通に姉を見守っているだけだった。
 ルニナはキャトルの額に、自分の額を当てた。
 しばらく、ルニナはそうしていた。
 皆、不安気に見守っていた――。
 数分後、ルニナが身体を起こす。
「もういいよ、リミナ、あと頼める?」
「うん」
 ルニナが下がり、リミナがキャトルの傍近付いた。身をかがめて、キャトルの額に両手を当てた。
 リミナが目を閉じる。
 ルニナより長い時間、リミナはキャトルの額に触れていた。
 千獣はルニナに近付くと、その腕を引っ張った。
「……何、したの……?」
 ルニナは小さく笑みを浮かべると、ドアを指差した。出ようという意味らしい。
 千獣は、ルニナと共にドアに向い、部屋の外へと出た。

「あの子の中にはさ、あの女性――研究所の所長、ザリス・ディルダの魔力が入っていたんだ。その魔力を少し、頂いたってわけ」
 ルニナの言葉に、千獣は眉を顰めた。
「……そんな、ことして、何に、なるの……?」
「連絡、とれるかもしれないから」
「……何で……っ」
 千獣は睨むように、ルニナを見た。
 何故、アセシナートと連絡を取る必要があるのだろう。
 まだ、ルニナはアセシナートと交渉をするつもりなのだろうか。
「何でって言ってもね……」
 ルニナは腕を組んで壁に寄りかかった。
 今すぐ、何か行動を起こそうってわけではないらしい。
 だけど……。
「……ルニナ、山の中で、言った。仲間と、リミナ、助ける、ため、なら……どんな、犠牲も、自分も、犠牲に、するかも、って……。でも、それ、は……みんな、も。みんな、も! ルニナの、こと、そう、思ってる。ルニナの、こと、大切に、思ってる……。……私、も、私も、思ってる。だから、だから……っ」
 ルニナの眼を強く睨み据えて、千獣は言葉を一生懸命続ける。
「……一人で、危険な、こと、したら、ダメ。……ルニナは、私の、こと、仲間、って、言って、くれた。……私、も、ルニナの、こと、仲間だと、思ってる。もう、何も、起きて、ほしく、ないけど。もし、何か、起きるの、なら、その時は、一緒に、戦う。……今度、こそは、一緒に、戦、えるから、だから、だから、自分だけ、とか、自分を、犠牲に、とか、考えない、でっ……!」
 ルニナは黙って、千獣の言葉を聞いていた。
 千獣の言葉が終わると、ルニナは小さく息をついて千獣に手を伸ばした。
 両肩に手を置いて、真剣に見つめ返す。
「その言葉、あなたにも言いたいよ、千獣。あんた、あの時相当無理したじゃん。自分を犠牲にして、リミナ達を逃がそうとしなかった? ……じゃあ、約束しよう千獣。私達は“仲間”だから。共に協力し合うし、見捨てない。自分を犠牲に、誰かを助けようとは思わない。奴等に立ち向かう時は、運命共同体だ」
 その言葉に、千獣は強く頷いた。
 ルニナは手を離すと、表情を崩して吐息をつく。
「だけどさ、私達って、ちょっと似てるかもしれないよ、千獣。いざという時、あなたはやっぱり身体を張って仲間を助けようとするだろうし。私もやっぱり護りたい者の為に、身体を張るんだと思う。それは、意思でコントロールできない本能だよ」
 言って、ルニナは千獣の頭を撫でた。
「でも、約束するよ。皆の為に、勝手に一人で飛び込むことはしない。さっきまで、ほんの少し考えていたんだけどね。やめることにした。――ありがとう、千獣」
 ルニナの手は、とても暖かかった。
 言葉は、リミナより強い口調だというのに、リミナと同じくらい暖かかった……。

 その日のうちに、3人揃って村に戻ることにした。
 キャトルの解術は無事、済ませることができたという。
 少しずつ、アセシナートの呪縛から解放されていく。
 千獣は一人、振り返って城を見る。
 術は解けても、キャトルは完全に解放されたわけではないだろう。
 このまま、ずっと何も起きずに。
 安らかな日々を送ることができたらいいのに。
 でも分かっている。
 何もしないでいたら。
 近いうちに、大切な人を失ってしまうということが。
 だからきっと、ルニナもリミナもまた動くのだろう。

 今度は、自分も一緒に――。
 少し、前を歩く2人に、千獣は走り寄った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】

【NPC】
キャトル・ヴァン・ディズヌフ
キャビィ・エグゼイン
リミナ
ルニナ

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■         ライター通信          ■
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いつもありがとうございます。
ライターの川岸満里亜です。
村の人々の状態ですが、例えるのなら放射能やアスベストなどに、長期間さらされたような状態に近いと思います。
その都度の治療はともかく、村人の寿命を延ばす手段の方向に話を進めた場合、倫理上難しい展開になりそうでもあります。
その手段があるかどうか、何を手段とするかは不明ですが、その方法の為に、今後もルニナとリミナは動くのだと思います。

ご参加ありがとうございました。
またお目に留まった際には、どうぞよろしくお願いいたします。