<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『ファムルの診療所β〜信頼関係〜』

 薬草を預けてから数日が過ぎた。
 リルド・ラーケンは再びファムル・ディートの診療所を訪れる。
 木製のドアを叩くと、しばらくして男が姿を現した。
「ようこそリルド君! 決心はついたかい?」
 無精ひげを生やした男は、大袈裟なほどにリルドを歓迎し、診療室へと招きいれた。

 診療室にある、小さなソファーに腰掛ける。
 ファムルはまず、仕上がった薬をリルドに差し出した。
「残った薬草全部もらっていいのなら、この1本分の薬代は不要だ」
「で、この薬の効果は?」
「魔力を抑える薬だ。普通の人間なら舐める程度で全く魔法が使えなくなる。間違って飲んだりしたら、命に関わるかもしれんな。キミの場合は一回に半分くらいは飲んでも平気だと思うが、実戦で使う前に、予め効果の程は自分で試しておくんだな。それでだ……」
 ファムルはリルドの向いに腰かけて、腕を組んだ。
 この男の言いたいことはわかっている。
 しかし、リルドは敢えて自分から口に出すことはしなかった。
「真面目な話、キミの身体、見せてもらえんかね? そうすれば、よりキミに合った薬が作れるんだが。無論、キミに悪影響を及ぼさない範囲での血などの提供を前提で」
 ファムルの言葉に、リルドは吐息をついて浅く笑う。
「何に使う気だ?」
「この間話したとおり、知り合い……親戚のような子なんだが、その女の子の治療に使いたい。今はそれだけだ」
 病気の子など、どの世界にも腐るほどいる。
 それらの子供、全てを治すことなどできやしない。
 リルドは、不憫な子供達の為に全ての血を捧げろと言われて「はい」と返事をするような男ではない。
 寧ろ、そんな男であるのなら、死にかけたあの時、竜と1つになどならずこの世を去っていただろう。
「万病に効くだとか血を飲むと力を得るだとかそういう話は腐るほどあるだろ? その対象になってる奴はそれでどれだけ面倒に巻き込まれるか知ってるか?」
「大体察しはつく」
 リルドの言葉に、ファムルは真剣な表情で答えた。
「ただ、それは何でも一緒だ。特別であれば、どんな存在でも面倒ごとには巻き込まれるものだ。私とて、例外ではない。まあ、過去のことはよく覚えていないがな……」
「アンタの過去には興味がないが。だから、俺等特別である者は特別であることを隠す。この身体も、血の情報も人には知られてはならないことだ」
「では……」
 ファムルは言葉を切って、座りなおした。
「キミは大人になれない子供をどれだけ知っている? 生きたいと泣きつかれても、その手段が自分にあっても、見捨ててきたのか? どんな気持ちで?」
 それは質問というより、一方的な発言であった。リルドは黙って続きを待つ。
「……彼女はこのままでは長く生きられない。既に自身の肉体の力では体力が回復できない状態に陥っているようだ。しかし、私は情に訴えようとして話しているわけではない。彼女を生かすことを私が最優先に考えているということだけを知ってくれればいい。キミとは利害が一致すると考えている。私はキミの竜化を見た。その血の言い伝えも知っている。そして、薬師だ。キミが竜特有の病気にかかった際にも、診てやれる。つまりキミの命を護ることができる。だから、私の大切な者の命を護る手段があるのなら、提供してほしい」
 ファムルの長い言葉に、少し沈黙をして考えた後……リルドは言葉を発した。
「アンタの知り合いの女ってのに効くかは知らねぇが、確かに俺……竜の血には力がある。他人にはそのままだと毒にしかならねぇがな。で、アンタの理性はどうだ?」
 自分の血に、特殊な力があるのは分かっている。
 しかし、それは人を害する毒にもなる。
 竜の血だけではない。
 良い効果も、悪い効果も作り手次第。薬とはそういうものだ。
 この男は薬師として、竜の血という特殊な素材をどう扱うというのか……。
「最低限の礼儀も理性も持っているつもりだ。キミを素材として見ているのなら、強力な麻酔を噴射して眠らせて、血を好きなだけ採取し、その後は記憶を消す薬でも使って、忘れさせてしまえば面倒も後腐れもない。また、キミの方だって、本当に私の話を拒絶したいのなら、山で私が付き纏った際に殺してその場に埋めてくればよかっただけのこと。キミ達の生きている世界ではよくあることだろ? だから、私達はこの取引において、お互い歩み寄ろうとしている……信頼関係を築けていると私は思っているんだが?」
 ファムルが目を煌かせて言った言葉に、リルドは笑みを浮かべた。
 リルドの反応を見るために、山であそこまでしつこくしてきたのだとしたら……侮れない男だ。いや、考えすぎだとは思うが。
「いいだろう。極端な話だがな」
 その言葉に、ファムルは吐息をついたあと、微笑みを浮かべた。
「では、交渉成立ということで」
 ファムルが右手を差し出す。
 あまいこういう事は好きではないのだが……リルドも右手を伸ばし、握手を交わした。

 寝台に寝かされたリルドは、内心不安が残っていた。
 例えば、リルドだけ眠らせて、竜を起こし宥めることも。竜の身体と自我を普段の身体にすることも、この男には可能だろう。
「感覚や力、魔力なんかを引き出す薬は作れるか? あとは、腕だけ竜の身体に変化させ、盾代わりにするとか、頭突きの際に角だけ生やすとか、瞬時に羽を生やして飛ぶとか……!」
 つい、いつもより饒舌になってしまう。
 ファムルは笑いながら、大きな大きな注射器を取り出した。
「…………」
 リルドの言葉が止る。
 いや、断じて注射が怖いわけではないが。
 どれだけ血を採るつもりなんだと。
 血はどれくらい抜いても、大丈夫なんだっけ?
 考えてみるが、普段気にもしていないので、わかりはしない。
「竜の能力の一部だけ現す薬だな。多分作れると思うが、コントロールするのはキミ自身だ。ま、頑張りたまえ」
 そう言って、ファムルは超巨大注射針を“ブスリ”とリルドの身体に刺したのだった。

※入手アイテム
・魔力を抑える薬(リルド用)

※後日完成アイテム
・竜化を制御する薬(リルド専用)

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ライターの川岸です。
再びのご訪問ありがとうございますー。
血を提供していただくことになりました。
後日完成薬の方も、受け取ったとして以後、行動に絡めていただいて構いません。
体内のエネルギーをコントロールすることで、部分的な竜化を可能とする薬です。感覚だけ、力だけ、魔力だけ一時的に上昇させることも可能ですが、あまり人間の身体に負担をかけると、数日激しい筋肉痛のような症状に悩まされると思います。
薬の効果は1日程度ですので、使用を続けるということは、検診も含め、定期的に診療所に来ていただいているということになります(血の提供にも応じ続けることになります)。
それでは、リルドさんの今後の物語も楽しみにしています!