<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『探索に出よう〜大地の治療〜』

 色気のないファムル・ディートの診療所にも春がやってきた。
 草が生い茂ってゆき、診療所を隠していく。
 駆け出し魔術師のダラン・ローデスは、広場を何度も往復して草を踏み固めながら、診療所への道を作った。
「薬、出来たかー?」
 そして断りもなく、ダランは研究室のドアを開けた。
「こら、研究室に入る時くらいノックをしろ」
 実験を行なっていたファムルは、言っても無駄だと思いながらも、一応注意をしてからダランの問いに答える。
「薬の開発なら、順調だ」
「んじゃ、完成したら1本くれよな。いざっていう時の為に、常に持っておこうと思うんだ」
「そうだな。ただ、使用期限には注意しろよ」
「りょうかーい。そんじゃ、魔術の訓練すっか!」
 頭の後ろで手を組みながら、ダランが部屋から出ていく。
「家を壊すなよー。というか、診療室と研究室の方には絶対魔術を放たんでくれ」
「まかしとけー!」
 元気に答えたその時だった。
「おっす!」
 診療所のドアが開き、小麦色の肌の少年が姿を現した。
「おー、虎王丸! ちょうどよかった、今から魔術の特訓しようと思ってんだ。ちょっと実験台になってくれ!」
「調子に乗んなっ」
 虎王丸は軽くダランの頭を小突くと、ドアの外を指差した。
「訓練もいいけど、ちょっと出かけねえか。遊びに行こうぜぃっ♪」
「行く行く! どこで何して遊ぶんだ〜?」
「そりゃもちろん、大人の男の遊びだぜっ」
 その言葉に、ダランは目を丸くする。
「お、おおー。そ、それはどんな遊びなんだっ?」
「なんだー? お前金持ちのクセに、そういう店に行ったことないのか?」
「ない。……っていうか、俺と虎王丸の好みの女の子ってちょっと違うんだよな。俺は自分よりちょっとだけ年上の女の子が好きなの。だから、黒山羊亭のエスメラルダとかは、射程外で、白山羊亭のルディアとか、これから色気が出るぞってくらいの女の子が好きなんだっ」
 ダランの言葉に、虎王丸は腕を組んだ。
「んー、そうなってくると、お前好みの女がいる店ってのは……メイドカフェとかか?」
「なんだそれ?」
「それはだな、最近どっかの街で話題になっている店なんだが、エルザードには存在しねぇんだよなあ」
 噂に聞いた程度で、どんな店なのかは虎王丸も知らない。ただ、10代半ばから後半の少女が多く勤めているという話だ。
「ふーん、だったら作ればいいじゃん。ほら、あの池の辺りに」
「池?」
「ほら、冬の祭りで虎王丸優勝しただろ? その賞品として、あの邂逅の池周辺の土地の使用権がプレゼントされたんだよ。なーんにもないところだし、好きにしていいんだぜ」
 そういえば、そんなこともあった。
 しかし使用権といわれても……。
 虎王丸は頭を掻く。
「まあ、なんか面白いこと出来たらいいよな。とりあえず行ってみっか!」
「おー!」
 ダランが楽しそうに腕を上げた。

    *    *    *    *

 雪は全て融けていたが、邂逅の池周辺はまだ肌寒かった。
「ん……」
 蒼柳・凪が小さな声を上げる。
「どうだ? 再生できそうか?」
 虎王丸の問いに、凪は身をかがめて土に触れた。
「ここなら思い切り魔術使えそうだよなー」
 ダランが伸びをしながら言った。
「そうだよな。お前水のなんちゃら力が強いなら、魔法の練習場にしても良いじゃねーか、もっと魔法上手くなってまた怪盗やれば?」
 虎王丸がそう言うと、ダランは張り切って手を伸ばした。
「おおーし、修行すっか! 大怪盗になってやるぜー!」
「ちょっとまって」
 ダランを制した後、凪は精神を集中し、周囲の状態を探る。
 精霊の力を感じる。
 芽吹こうとする、植物の力も。
 大地の力もある。
 風も淀んではいない。
 水もまた、浄化されつつあった。
「なんとかなりそう、かな」
「そっか、じゃ、頼むな!」
 そう言って、虎王丸は凪の肩を叩いた。
 凪は小さく吐息をつく。
 広い池である。一人で元の姿に戻すには、相当の時間と精神力を要するだろう。
 虎王丸に相談され、うっかり「植物が魔術的なものに汚染されていないなら、再生できるかも……」などと言ってしまったが故、凪は半ば無理矢理ひっぱられてここまで来た。
「んじゃ、凪の邪魔しねーように、俺達は村にでも行くか? 近くに住んでる奴等いるからさー。ちゃんと観光地になるよう指導しなきゃな!」
「でも、どうしたら観光地になるんだよ?」
「それなら、あまり人間の体を魔法薬漬けになるのは良くないかもしれないけど……」
 虎王丸とダランの会話に、凪が口を挟んだ。
「ファムルさんに言って、何か名物となるような食べ物でも作って貰ったら? 例えば、美容に効果のある新種の果物とか、惚れ薬ではない健康的な薬の入ったクッキーとか……肌が綺麗になる入浴剤とか」
 最後は2人には聞こえないほどの小声で呟くに止める。
「入浴剤! それで決まりだ!!」
 しかし、地獄耳の虎王丸には聞こえていた。
「じゃあさ、宿もつくっちゃおうぜー。日帰り入浴も可能な宿!」
「おお、それ最高だな! 行くぜ、ダラン」
「おう!」
 2人は勇み足で村の方へと消えて行った。
 残された凪は、苦笑した後ため息をつく。
「さて」
 邪魔者達が戻ってこないうちに、任された池の再生を行なってしまおう。

 まずは、池の周辺を歩いて回る。
 池自体の広さは、数分で一周できてしまう程度の広さだ。
 水に触れてみる。
 とても心地よい感触の水であった。
 手で感じたのではない。心に染み入るような不思議な水だ。
 確かに、この水にこの環境は不釣合いである。
 木々は落雷でも受けたかのように、枯れている。
 植木と思われる植物も枯れ果てている。
 さて、一体どのように再生させるべきか。
 この周辺は、手入れされた土地であったと聞いている。
 だけれど、この池には職人により作り出された環境よりも、自然の環境が合っているようにも思える。
 まずは自然の環境を作り出し、必要に応じて、手入れを施せばいいのではないか……。
 そう考えながら、凪はその土地の中心に向って歩いた。

 ――その頃。
 虎王丸とダランは。
「昔みてーに活性化させてえなら、人が来たくなるようなモノ用意しようぜー!」
 虎王丸の言葉に、せっせと内職をしていた男性達がこくこく頷いた。
 亜人の多い集落である。
「それじゃ、女の子の好きそうなものとかっ」
「やっぱ、女っつったら、食い物だろ。そんじゃここらで取れる美味い食べ物だとか持って来いっ!」
 虎王丸が集まっていた男性達に命令を下す。何故か仁王立ち。何故か腰に手を当てて、踏ん反り返っている。隣に立つダランも同じポーズだ。

 そんな2人とは対照的に、凪は一人精を尽くしていた。
 万全の準備をすれば、舞術で一晩で森にすることも出来るだろう。
 しかし、この土地の状況や植物と、凪の故郷の世界との違いもある。
 急に再生させたことにより、後に歪みが来ては困る。
 だから、ゆっくりと。
 少しずつ、再生を促していく。
 範囲を最大限に広げた「天恩霊陣」で、生命力が活性化した環境を作り出していった。

 ――その頃。
 虎王丸とダランは。
「美味い! この料理うめーじゃねーか! お前達、意外な才能あるな!」
「ホントだ、うちのコックと同じくらい料理上手じゃねぇかー! お代わり持ってこーい!」
「へい。しかし、この辺りは例の件で、あまり植物も育たず、拙者たちも出稼ぎに出てはいますが、なかなか食料が手に入らず……」
「構わねえ、環境を元に戻してやっからな、今あるだけ持ってこーい!」
「持ってこーい」
 虎王丸とダランは亜人の料理人に空になった器を差し出す。

 ……そんな2人とは対照的に、凪は一人、環境の回復に勤しんでいた。
 『天恩霊陣』それは、精気を空間に満たして、持続的な治療空間を作る舞術だ。
 つまり、無理矢理草木を生やすのでない。
 空間を癒し、大地を癒し、植物を癒していくことで、成長を促しているのだ。
 一人、凪は舞を続けた。
 傷ついた大地を、優しい癒しの力で覆う舞を。

 ――その頃。
 虎王丸とダランは。
「おい、何か特技や才能がある奴は俺んトコ出て来い!」
 虎王丸の言葉に、答える者はいない。
「お前等、全員才能あるじゃんかよー。腹出てる奴は裸踊り。頭光ってる奴は、カツラ自警団なんてゆーのが今流行りなんだぜっ」
 虎王丸とダランは身近な男を引っ張り、前に立たせると、芸を強要する。
「やっぱ、宴会には芸が必要だからな」
「女の子を笑わせるのにしてくれよ〜」
「勘弁してくださいよー。変な趣味が芽生えそうですよーっ」
 そう言って、男はババッと上着を脱ぎ捨てた。なんだかやる気満々だ。寧ろこの村の男達ってMっぽい……。

 そんな2人はさておき。
 丁寧に、丁寧に凪は舞っていた。
 邪魔をする存在は何一つなかった。
 癒しの空間だけが、そこには在った。
 遠くに聞こえていた鳥の声が、少しずつ近付いてくる。
 癒しを求めて、動物達が集まってきた。

 数時間に渡る舞を終えた後、凪は大きく息をつきながら、汗を拭った。
「おーい! 終わったか〜? ってか、あんまし変わってないじゃんか」
 虎王丸の声が響く。隣には、ダランの姿があった。なんだかとても満足そうな顔をしている。
 この辺りには若い女性は殆どいないと聞いている。変な遊びをしたわけではないと思うが……。
「分かってるって。自然に生えてくるんだろ?」
 ダランが笑顔でそう言った。
 その言葉に、凪は頷いた。
 数日後には、この場所は見違えるような緑溢れる空間になっているだろう。
「さーて、宿はどこに建てるか?」
「足湯なんかも設けようぜー。池の水をつかってさ」
「料理人は確保できそうだし、あとはファムルに手伝わせて名物品を作ることだな!」
 旅館の方向で話が進んでしまっていることに、少し眉を寄せる凪だが……まあ、それもいいだろう。
「この辺りは花が咲くと思うから、建物を建てるのなら、あっちがよさそうだ」
 凪も2人に協力をし、邂逅の池の観光地化に努めるのであった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】
【NPC / ファムル・ディート / 男性 / 38歳 / 錬金術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
邂逅の池の環境回復及び開発に関する行動、ありがとうございます。
凪さんばかり苦労しているように思えますがっ、無事皆にとって有益で楽しい空間が出来上がることを願います!