<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『脅威なる幽霊屋敷』



○オープニング

 エスメラルダの話す所によると、ソーンの町外れに古い屋敷があるらしい。そこに幽霊が住み着いてしまったので、屋敷の買取主がその幽霊を退治してくれ、という事らしい。よくありがちな幽霊退治依頼にも見えた。だが。
「その幽霊は若い男性好きのオカマ幽霊らしいわ。普段はお屋敷にどこかに隠れているのだけど、若い男性がお屋敷に入った途端、呼んでもいないのに勝手に出てきて、若い男性を襲うのよ」
 幽霊はあらゆる手を使って、屋敷を取られまいと妨害するらしい。ある意味での危険性を孕んだ依頼ではあるが、驚異的なところと言い、冒険者達にとっては腕のなる仕事であろう。たぶん・・・。



「若い男好きの幽霊ねぇ。それなら屋敷に拘る必要もねぇよな。何か理由でもあんのか?」
 リルド・ラーケン(りるど・らーけん)は、エスメラルダに貰った地図と、今目の前にある古い屋敷を照らし合わせながら呟いた。
「ここに間違いねぇよな。思ったほど普通の屋敷じゃねぇの」
 その屋敷は確かに古かった。木造の2階建ての建物で、灰色の屋根と黒い門はすでにところどころが痛んで形が崩れてはいたが、修理すればまだまだ使えそうに感じた。
「若い男が好きな幽霊って事だが、街中に出れば若い男なんて腐るほどいるじゃねぇか。そう思わねぇか?」
 リルドは、エスメラルダから話を聞き、共にやってきた虎王丸(こおうまる)に話しかけた。虎王丸とは過去何度か、このように依頼を受けた事があるので、今では顔馴染みでもあった。虎王丸は、どこか楽しそうな笑みをうかべている。しかも、虎王丸は今回の屋敷の事をすでに知っているようで、屋敷への道案内を買って出ていたのであった。
「何を、そんなに嬉しそうにしているんだ?」
 そう訪ねたリルドに、虎王丸はにやりとして答える。
「いやあ、まさかエスメラルダさんが、俺の白焔が、不死者だの悪霊だのによく利くのを覚えてくださるなんてな〜。今回の依頼にぴったりだろ?」
「白焔?ああ・・・」
 リルドは虎王丸を見て、わずかな笑みを返す。
「エスメラルダさんに信頼されてるって送り出されたからな!こりゃ、やる気も出るってもんだぜ!」
 やる気満々なオーラを出している虎王丸のさらに横で、マーオ(まーお)は小さくため息をついた。
「でも、何だか可哀想です」
 半透明の体をした幽霊であるマーオは、虎王丸に言葉を返した。
「追い出しちゃうのは可哀想です・・・」
「あのなマーオ」
 虎王丸とマーオの様子からして、2人も依頼を共にした事があるのだろう。
「実際に被害が出てるんだぜ?だったら、このままほっとくわけにはいかねぇだろ?」
 虎王丸がそう言ったあと、リルドも言葉を添えた。
「説得すれば、どこか他の場所にいってくれるかもしれねぇさ。とにかく、まずは奴に会ってみないとな」
 マーオは二人の言葉に少し考えた表情を見せて、やがて真面目な表情をして答えた。
「そうですね。人に悪い事をする幽霊はこらしめないとダメですよね!」
「そんじゃ、早速入るとするか」
 マーオに続けてリルドが言うと、3人は屋敷へと近づいて行き、壊れかけた門を潜った。



 以前は美しい屋敷であったのかもしれない。庭は雑草が生え放題、壁の色は剥げ落ちて今にもひび割れそうであった。主を失い、屋敷は荒れてはいたが、新しい主がやってくればここもまた、賑やかな屋敷に戻るかもしれない。その為にも、今自分達は屋敷に住み着いている幽霊を退治しなければいけないのだ。そう、例えそれがどんな幽霊であったとしても。
「屋敷を買い取りたいっつー事は、だ。余り破壊すんのはまずいよな?」
 屋敷の扉を開き、中に入りかけた時、リルドが呟いた。
「うん、そうだよ。あまりやりすぎると、このお屋敷を買い取りたいって人に迷惑がかかっちゃうよ」
 幽霊であるマーオに、扉をあける必要はない。リルドと虎王丸より先に、扉をすり抜けて屋敷に入ったマーオが、リルドの方を振り返った。
「力ずくよりも、話してわかってくれるならそれでいいと思うよ」
 少しだけ笑顔を見せ、マーオは言葉を続けた。
「僕は幽霊だから、このお屋敷にいる幽霊さんとも接しやすいと思うし、なにか不安に思うこととかあれば相談に乗りたいな」
「ま、何とかなんだろ」
 虎王丸は屋敷を見回しながら答えた。
 まだ日中につき、窓から光が差し込んでくる為、屋敷は思ったほど暗くは無かった。屋敷の中は外から見たよりも広く、今、3人がいる場所のすぐ先に、2階へ続く階段が見えていた。
 床は埃だらけで、虎王丸やリルドが歩く度に埃が舞い上がっていた。中は静まり返っているが、階段の横の廊下に、食器のようなものが数個割れており、ここで何かが暴れた事は間違いないと感じさせるのであった。
「そんで虎王丸、どうしてあんたはこの屋敷の事を知ってんだ?すでに、先にエスメラルダから依頼を受けていたのか?」
「ああ、そいつはな」
 虎王丸が何かを思い出した様な笑みを見せる。
「数日前に、この屋敷の噂を聞きつけてな。若い男が襲われるって言う事だから、試しに、他の冒険者仲間と捕まえた賞金首を投げ込んで遊んでたわけよ」
 ニヤリと笑う虎王丸に、リルドが目を細める。
「またおかしな事を。そんで、どうなったんだ、その賞金首は」
「さあ」
「さあって何だ」
 虎王丸は首を振って答えた。
「遊んでいる途中で大嵐が来て、中の様子を見るどころじゃなくなっちまったんだ。屋敷の中に入って嵐が過ぎるのを待とうと思ったんだけどよ、一緒にいた冒険者仲間のうちの一人が、こんな屋敷には入りたくないっつーから、早々に街へ引き上げたんだ」
「それじゃあ、もしかして虎王丸さんが投げ込んだ人、まだこのお屋敷の中にいるのかも?」
 天井からぶら下がっている、やたらに豪華だが古びて蜘蛛の巣がかかったシャンデリアを見つめながら、マーオが問いかける。
「まあ、数日前の事だからな。ここにいるかどうか知らねえが、その賞金首も再度捕まえねぇと気がすまねぇぜ。せっかく捕まえたのに!」
 悔しそうな表情で言う虎王丸に、マーオがぽつりと呟いた。
「ちょっと、賞金首さんが可愛そうな気もするけど」
 以前ここへ来た事がある虎王丸ではあったが、屋敷に入るのは初めてになる為、3人は手分けをして幽霊を探す事になった。



「襲われるってなんだろう。とっても怖い人なのかな」
 マーオに扉や壁は関係ない。リルドや虎王丸と手分けしてカマ幽霊を探す事にしたマーオは、キッチンをふわふわと漂っていた。
「調理器具もお菓子の元もないけれど、広くて素敵なキッチンだなあ」
 お菓子類なら何でも作れるが、まだ見習いパティシエであるマーオは、この屋敷の広いキッチンを見て目を輝かせた。
「ここではどんな人がお菓子を作っていたのかな」
 広い屋敷であれば、使用人もいたのかもしれない。今はカマ幽霊が住んでいるが、もっと昔は、ここも賑やかな場所で、いつも良い香りがしていた場所だったかもしれない。そんな事を想像しながら、マーオはキッチンを念入りに見回したが、幽霊らしきものは見当たらない。
「ここにはいないのかもしれない」
 そう言ってマーオがキッチンから出ようとすると、後から声がした。
「ちょっと待ってぇん?貴方も幽霊なのねぇ?」
「えっ、誰?」
 振り向くと、キッチンの、今はすっかり枯れてしまった流し台の上に、逞しい胸元が露出した白いワンピースを身にまとい、顎の割れた顔と太い眉毛、青いヒゲを持つ、すね毛まで生やした幽霊が浮かんでいた。
「カマ幽霊さん?」
 驚いてマーオは、幽霊に近づいた。
「今までに色々な人が、ここを訪ねてきたわん。でも、幽霊は初めて」
 意外にもカマは、穏やかな笑顔を浮べていた。
「可愛い子ねぇん。でも、どちらかっていうと、女の子みたいねぇん。可愛い子が好きだけど、アタシが襲うには、もっと大人でちょっとナマイキ入っている、男の子よん?」
「襲うって、何を襲うの?」
 マーオがきょとんしていると、カマ幽霊はふわふわとキッチンを漂った。
「ここはねぇん、アタシが生まれ育った場所。両親がいなくなってからは、アタシは一人になってしまったの。でも、家族で暮らした、この家を手放せなかったわん」
 あまりにもしんみりと話すので、マーオは驚いてしまった。すぐに襲われると思っていただけに、意外であった。同じ幽霊という事で、マーオには気を許しているのだろうか。
「どうして、男の人を襲ったりしたの?」
 真剣な表情で、マーオは訪ねた。
「あれは、アタシの趣味みたいなものだわ。ただの遊びみたいなものよ。だって許せないでしょうん、アタシの家に勝手に入ってくるなんて」
「確かにそうだけど」
 何かが違う、とマーオは思った。にやりと笑う幽霊であったが、そんな幽霊でも、平和的に解決し、誰も傷つけることなく終わらせたいとマーオは思っていた。
「さて、素敵な人がこの家に来ているみたいねぇん。ちょっと、いってくるわぁん」
「あ、待って!僕は家をめちゃくちゃにしたりはしないから、話を!」
 マーオは止めたが、幽霊は壁をすり抜けてどこかへ消えてしまった。同じ幽霊であるから、追いかける事は簡単だ。
 だが、追いかけたところで、あの幽霊をどうにかしなければ、この依頼は解決しない。マーオは幽霊を追いかけずに、マーオ以外には誰もいなくなったキッチンで浮かび上がりながら、どうすればいいのかを考える事にした。



「まあ、幽霊だからな。相手が隠れちまったら倒せねぇし、今回はこの力は使わずにいくか」
 虎王丸とマーオと別れたリルドは、一人大広間へやってきて、幽霊を探していた。
「後は、相手を知れってとこか。しっかし、カマ幽霊に対して何を知りゃあいいんだ?」
 そう言ってリルドは、大広間の中央へと歩き出した。
「男好きって事は、俺自身が餌になれるってことか。ひとまず、屋敷を見て回るか」
 男好きの幽霊なら、リルドが屋敷内にいれば勝手に出てくるかもしれない。リルドはそう考え、自らを囮にすることにした。
 魔力を使うのも1つの方法ではあるが、あまり派手な事をやると、返って幽霊が驚いてしまうかもしれない。
 リルドは大広間を歩き回っていた。あちこちから綿がはみ出している古いソファーと、すっかり黒ずんだ絨毯が敷かれており、壁には肖像画が掛けられていた。
「これは、この屋敷の主か?」
 リルドは肖像画を覗き込んだ。そこには、金色の豊かな髪の毛を持つ、桃色のドレスを身にまとった女性の姿が・・・否、よく見るとその女性はあきらかに顎が割れており、たくましい胸板が露出している。
「こ、これは!?」
 突然、壁の絵がほんの少し動いたかと思うと、その絵が浮かび上がり立体化した。いや、そうではない。壁の肖像画と重なっていたその者が、リルドの前に浮かび上がってきたのだ。
「あらーん、可愛いお兄さん、いらっしゃぁいん?」
 うふんとリルドに向かって、その幽霊はウインクをしてみせた。
「ようこそ、アタシの家へ。ねぇん、何をして遊んでくれる?アタシ、いつも一人ぼっちで淋しいの。お兄さんは、アタシの事、どう思う?」
「カ、カマ幽霊!」
 リルドは目を見開いた。
 肖像画と同じく、顎の割れた顔、太い眉毛に青いヒゲ。ウェディングドレスを連想されるかのような白いフレアスカートのワンピースを着ているが、逞しい胸元が露出しており、幽霊のくせに足にはすね毛まで生えている。
「なんつーか。幽霊は幽霊らしくしとけっ!」
 リルドがそう言うと、幽霊は再度パチンとウィンクをした。
「もう、怖い顔しちゃだーめ!この肖像画はねぇん、アタシが生きていた時の姿なのぉん。可愛いでしょう?」
「んな事、聞いてねぇっつーの!」
 幽霊はそれでも笑みを浮かべている。
「お兄さん、アタシの恋人になりにきたんでしょ?」
「勝手に決めるなっての!」
 リルドは幽霊が勝手に妄想を膨らましているのを見て、苦笑を浮べた。
 その体の向こうに、透けて後ろにある屋敷の家具や壁、窓が見えていなければ、この暑苦しい変なのが幽霊だなどとはとても思えないだろう。一体、何が未練でこの世に残ったのか。リルドは不思議で仕方が無かった。
「ねぇん、お兄さんは、アタシを迎えに来てくれるのねぇん?」
「そんな事言ってねぇだろが。だが、そっちから顔見せたのは都合いい。こっちも仕事なんでな。さっさとやらせてもらう」
 リルドはその手に魔力を集め、雷の鎖を作り出した。鎖のあちこちから放電の小さな稲妻を見せるその鎖を幽霊に向かって放ち、鎖で幽霊を縛ろうと考えたのだ。
「やん!」
 幽霊は気色の悪い声を妙な声を出すと、バレエの様な動きで、両手を広げながら天井の方へと消えていった。
「上の階へ逃げるつもりだな」
 リルドは幽霊を追う為、大広間を出ると、2階へと走り出した。



「カマ幽霊がいるってことは、ここの昔の住人もカマだったのか?」
 虎王丸は不思議で溜まらなかった。
 虎王丸が立っているのは、誰かの寝室であった場所だった。それほど大きな部屋ではないが、くすんだ花柄模様の絨毯が敷かれ、埃だらけのベットが部屋の右側に置かれている。その横には、衣装ダンスがあったが、これも古びてタンスの色が剥げ落ちていた。虎王丸はリルドとマーオと別れ、手分けして幽霊を探しているのであった。
「ま、今回の仕事は楽なもんだよな。俺自身が囮になりゃ、その幽霊ってのもすぐ出てくるだろ」
 部屋を見渡しながら、虎王丸は呟いた。
「で、出てきたら広い部屋に誘き寄せて、白焔で一気に叩けばいいんだよ。楽勝だぜ」
「そうはいかないわよん」
 虎王丸、足の間から、にやにやと笑う顔が急に浮かび上がってきた。
「出たな!つか、出てくるのは早いぜ!」
 それはどこからどう見てもカマであった。顎の割れたごつい顔に笑みを浮べ、太い眉毛と青いヒゲが目に染みる。雪の様な白いフレアスカートのワンピースを着ているが、何故かその胸元は逞しく、足にはすね毛。虎王丸は後ろに飛び退って構えを取った。
「色々悪さしてるそーだが、俺に会ったが最後だぜ!おい、前にここに柄の悪い男がいただろ。そいつはどうした?」
 挑発的な態度で、虎王丸は幽霊を見つめた。あの賞金首がどうなったのか、とても気になったのであった。
「うふふ、あの人ならアタシがいっぱい可愛がってあげたわ。最後は逃げる様にお屋敷から出て行ったけど、すっかり怯えてもう、悪さなんてしないかもねぇん?」
「そこまでかよ。ま、そいつがどうなったかわわかった。次は、そっちが消える番だぜ!」
 虎王丸はいつでも攻撃出来るように体制を整えた。
「もう、これだから男の子ったら乱暴でいやよ。さっき下で見たお兄さんも可愛かったけど、貴方も可愛いわ」
「下で会った?リルドの事か?」
 虎王丸が問いかけると、急に衣装ダンスの扉が開き、中から大量のロープやらヒモやらが飛び出してきた。
「戦う気か!」
「アタシはこのお屋敷の主よ?アタシの家で好き放題はさせないの!」
 虎王丸に幽霊の投げキスが飛んできた。虎王丸が慌ててその投げキスを避けたとたん、後からイスが飛んできて、虎王丸の膝の裏に当った。
「膝かっくん!」
 投げキスに気を取られ、椅子の存在に気付くのが遅れてしまった虎王丸の膝はかくっと崩れ落ち、その瞬間、機械の様な動きでロープが虎王丸の体に巻きつき、その動きを封じてしまう。
「てめー!どういうことだ!」
「どうもこうもないわん。貴方みたいな元気な子、アタシは大好き。イタズラしたくなっちゃうん」
 歌いながらカマ幽霊は、椅子にヒモを使って虎王丸を拘束した。虎王丸の体は椅子にくくりつけられ、身動きが出来ない。
「何するんだ!こんな事して何になるってんだよ!」
「アタシの欲望を、満たせて?アタシ、男の子と遊びたくて、この世に留まっているの」
「んな事で留まるなー!さっさと逝っちまえ!」
 虎王丸は叫んだが、幽霊は止まらなかった。どこからかナイフが飛んできて、虎王丸の履いているズボンをびりびりと切り裂いていく。
「獲物はじわじわと遊ぶのがいいのよねぇん」
 さらにナイフが飛んで来て、虎王丸の服を切り裂き始めた。着ている鎧は紐の部分を着られ、1つ、また1つと身包みを剥がされて行く。裸にされるのも時間の問題であった。
「じゃ、一気にいくわよん?」
 カマ幽霊は両手を挙げた。花の蕾が落ちるが如く、虎王丸の服も地面に落とされていく。
「ああ、何て事だ!」
 虎王丸の後ろから声がした。リルドが寝室に入って来た。
「ここにいたのか!」
「あらん、さっきの素敵なお兄さん。素敵!」
 目をハートにして、カマ幽霊が手を振りかざすと、リルドに向かって、沢山の刃物が飛んできた。その刃は勿論、リルドの体は一切傷つけず、服だけを見事に切り裂いた。
「何をするんだ、こいつは!」
 大量のナイフが飛んできて、一部のナイフを避け切れなかったリルドが舌打ちをする。リルドの服の一部が床に落ちた。
「さあ、もっとアタシを満足させてーん!」
「待って!」
 今度はマーオが部屋に飛び込んできた。壁をすりぬけて部屋に入ってきたマーオは、真剣な表情をして叫んだ。
「ここは君の家。確かにそうだよ。でも、人を傷つけてはけないんだよ。誰かを傷つけたら、自分も傷つくんだよ」
「何を言ってるのよん?」
 カマ幽霊が、マーオに向かって不機嫌そうに頬を膨らます。
「君が大切にしたこのお屋敷だって、こんなに荒れてしまったら可哀想だよ。ここはもっと賑やかでも良いと思う。僕達は、君が誰かにイタズラをして困らせているから、それを止めに来たんだ。出来れば、乱暴な事はしたくないけど、もしどうしても言う事をいけないのなら、無理やり君を退治することになっちゃうよ。そんな事はしたくないんだ」
「そうだぞ、こんな事していいと思っているのか!」
 虎王丸は椅子にくくりつけられたまま、半裸の状態で叫んだ。
「まったく。それに、こちらをいかに裸にして襲おうといっても、自分が幽霊である事を忘れてはいけねぇな。あんたは、俺たちに触れる事は出来ないんだからよ」
 リルドの言葉を聞き、幽霊ははっとした顔をしてみせた。
「アタシ、ああ。アタシは幽霊。生きている人にイタズラは出来ても、その人の肌のぬくもりは感じられない」
 悲しそうに幽霊がささやいた。そのリルドの一言が、幽霊にとっては衝撃的のようであった。
 確かに、カマ幽霊は幽霊なのだ。ポルターガイストで物を動かす事が出来ても、幽霊なので物に触れる事は出来ない。中には、物を掴んだり出来る幽霊も存在するが、このカマ幽霊には難しいことなのだろう。
 幽霊は急に大人しくなった。自分が幽霊である事を意識し、悲しくなったのだろうか。おそらくはカマ幽霊が気にしている事柄を、皆の言葉によって引き出したのだろう。
「そんなに気にすることじゃないよ」
 マーオは優しく幽霊に語り掛けた。
「僕も幽霊だけど、まだやることがあるからここに残っているんだ。色々な事があったけど、今は楽しくやっているよ。君も僕のように過ごしてみたらどうかな?」
「いいえ、アタシには無理だわ。アタシは呪縛霊だもの、このお屋敷から離れられないわ」
 カマ幽霊は小刻みに首を振った。
「わかっていたのよ。アタシが男性を襲うことなんて問題じゃないわ。アタシは幽霊、いつかは逝かなければいけない。そこから逃げる為に、アタシは大好きな男の子を襲っていたの。そう、恐怖から逃げる為に」
「何かずれてないか?」
 リルドが目を細めて苦笑した。
「結局アタシ、現実から逃げているだけだったのね。有難う、貴方達、アタシ、現実に目が向いたわ。もうこれで十分よ。最後に素敵な男の子と、お友達に出会えたんですもの。もう、何もいう事はないわ」
 幽霊は、3人に向かってそれぞれ投げキスを送った。
「さようなら、生まれ変わったら、また会いに行くわん。その時を楽しみにしてねぇん?」
 そう言い残し、カマ幽霊は屋敷から消えて言った。
「もう会いに来なくていいぜ。それよりも、早くこの椅子をどうにかしてくれよな」
 カマ幽霊の気配が消えたあと、虎王丸がリルドとマーオ向かって叫んだ。
「まあ、単純な幽霊でよかったな。もっと皮肉屋だったら、厄介だったかもしれねぇが」
 リルドが長く息をつき、虎王丸の手足に結びついたヒモを剣で切った。
「最後はわかってくれたようでよかった。次、幽霊として会えるかはわからないけど、お友達になれたらいいな」
 マーオの笑顔は、どこまでも純粋であった。
「さ、早く街へ帰ろう。新しいお屋敷の主さんを安心させてあげなくちゃね!」
 マーオの言葉に、リルドと虎王丸は頷いて見せた。(終)



◆登場人物◇

【1070/虎王丸/男性/16/火炎剣士】
【2679/マーオ/男性/14歳(実年齢30歳)/見習いパティシエ】
【3544/リルド・ラーケン/男性性/19/冒険者】

◆ライター通信◇

 虎王丸様

 お久しぶりです。ギャグ好きWR朝霧です。今回は参加いただき有難うございました。
 過去のイロモノ依頼でも虎王丸さんを楽しく描かせて頂きましたので、今回も楽しくいじくりまわさせて頂きました(笑)一番被害を受けた感じもありますが、虎王丸さんだと、どんな場面でも楽しい演出になってしまい、シリアスにしていた場面でもどこかコミカルな雰囲気と成りました。
 今回は有難うございました!楽しんでいただければ幸いです。