<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『新たな鼓動』

●明日に吹く風
「さて、ひと仕事ついたし……次はどうすっかな……」
 ワグネルはレクサリアの街を一人歩いていた。
 隊商の護衛はつつがなく終了。何事も無く、僅かばかりのお金をもらってパーティは解散した。
「しばらくはここで仕事を探すか……」
 この街は大規模な震災があったとかで、街が復興途中だ。しかも、一部の廃墟にはモンスターがいたりして、冒険者としての仕事も多い。 
(ん……?)
 奇妙な既視感を覚えて、ワグネルは立ち止まった。
 『明日に吹く風』と掲げられた看板。どうやら宿を兼ねた酒場のようだが。
(前に使ったことあったっけな?) 
 首を捻りながらも、深くは考えずに扉を押すワグネル。
 途端に、店の中から酒飲み達の陽気な声が聞こえてくる。
 とりあえず、今夜の宿を取ろうとカウンターに向かう。
「へい、まいど!」
「宿を頼む。ベッドがあればいい」 
 二階の一室を押さえ、荷物を置きに上がる。
 その背中に視線を送る幾つかの影がある事に、彼はまだ気づいていなかった。


 軽装に着替え、酒場に降りてきたワグネルはとりあえずエールを注文した。
 パーティを組んだ連中と馬鹿騒ぎをする事もあるが、一人で飲む時は静かな酒を好む方だ。
 ちびりちびりとやっていると、背後から肩を強く叩かれた。
 ジョッキのエールが弾みでこぼれる。
「何しやがる!」
「男がちびちび飲んでんじゃないよ。もっとぐいっといきな、ぐいっと!」
 叩かれた力から屈強な男を想像していたら、そこに立っていたのはハーフエルフの女性だった。
 燃え上がるような赤毛が印象的だ。
(あれ……?)
 またしても既視感を覚える。酒場の喧騒と、赤毛の女性。
 だが、思い出そうとすると、それは泡のように消えてなくなった。
「おまえも冒険者だろう? 今フリーならちょっと付き合わないか?」
「いい話なんだろうな」
 この手の話は多いが、実際に実入りが良かった事は少ない。
「まぁ、任せときな……カイ!」
 女性は奥で話の輪の中にいた男に声をかけた。 
 長身の、一見すると只の優男に見えなくもない。だが、ワグネルの目はその足取りから盗賊ギルドの関係者に近いものを感じ取った。
「なんだよ、明花ちゃん」
 こちらをちらりと見て、軽く手を振ってくる。
 初対面だというのに馴れ馴れしい男だ。だが、そういった人付き合いでいろいろな話を聞き出しているのかもしれない。
「兄貴からの依頼、まだ決まってないんだろ?」
「ああ、あれね。まだ決まってないけど……連れて行く気?」
「当たり前だ。あんたにも来てもらうからね」 
 カイは軽く首をすくめると、改めてワグネルの方に向き直った。
「えーと、初めまして……でいいのかな?」
「ああ」
 差し出された手を軽く握る。
 どうしてか。二人の握手を見る明花の目に複雑な光が浮かんだ。
「俺の名はカイ。カイ・ザーシェンだ。ギルドからの仕事を斡旋したり、街のちょっとした頼まれ事を請け負ったりしている」
 ちょうどいい。
 ワグネルは思った。こういう奴を一人くらい知り合いに持っていた方が、仕事が途切れなくて済む。
 もちろん、信用できればの話だが。
「あんた、最近出現した『混沌の迷宮』については知っているか?」
「いや……隊商の護衛で戻ってきたばかりでな。ここ最近の事は知らないぜ」 
 カイの説明によると、突如として街の南側に迷宮に通じる『門』が出現したというのだ。
 ギルドでは状況を観察するため、冒険者達に一定期間『門』への接触を禁じるように通告した。
 しかし、手つかずの遺跡であれば、先に入った方がお宝にありつける確率は高い。そう考えた一部の冒険者達が、無断で『門』の中に入ってしまったらしい。
「……そいつらが一週間経っても戻らない。様子見だから5日くらいで戻ると仲間に言っていたにも関わらず、だ」
 優雅な手つきでワインを開けるカイ。
 どこからともなく取り出した3つのグラスに注ぎ、ワグネルと明花にも振る舞った。
「そこで、ギルドの方から救援隊を出すことにしたって訳だ。人目につかぬよう、少数で動ける腕の立つ奴らでな」
「それが俺達だと?」 
「そういう事」
 一気にワインを飲み、グラスをテーブルに置く。
「俺の仲間に頼むつもりだったが、明花ちゃんの頼みでは仕方がない。出発は明朝の日の出だ。飲み過ぎるなよ」
 そう言って立ち去ろうとするカイに、ワグネルは慌てて声をかけた。
「お、おい。ちょっと待てよ」
「なんだよ。明日早いから俺はもう寝るよ。可愛い子ちゃんのご機嫌取りもしなきゃなんないし」
「そうじゃなくて。俺でいいのかよ。腕の立つのが条件なんだろ?」
 カイが目を細める。どことなく、笑っているようにも見える眼差しだ。
「問題は、命を預けられるかどうかということさ。お前になら……預けられる。理由は明花がお前を信じたからって事にしておいてくれ」
 今度こそ、手をひらひらと振りながらカイは階上へと消えていった。
 彼もここに寝泊りしてるらしい。
「それじゃ、明日な。寝坊するなよ」
 明花も席を立つ。
 そのまま何も言わず、店の外へと出て行った。
 まるで、何度も冒険を共にした間柄であるかのように。
 ワグネルは一人、残ったワインを喉に流し込んだ。それは、奇妙に甘いものに感じられたのであった。


●混沌の迷宮
「そっちはどうだ、ワグネル?」
「駄目だ。マップがまるで役に立たない。ついでに言うと、さっき階段を降りた所で方向感覚がいきなり狂った。やっぱりここは普通の場所じゃないな」
 日の出と共に、淡く輝く巨大な門を潜ったのが半日くらい前になるだろうか。
 いきなり遭難しそうな雰囲気だ。
 どうやら、少々この場所を甘く見ていたらしい。怪物がわんさか出てくるといった事はないものの、こういった遺跡などに詳しいワグネルにとっても初めての事ばかり起こる。
 反対側を偵察に行っていたカイも戻ってきた。
「向こうにランタンっぽい灯りが見える。もしかしたら先に入った連中かもしれん。行ってみるか」
 三人は足音を消し、静かに灯りの方へと近づいていった。


「遅かったか……」 
 悔しそうに呟くカイ。
 視線の先に、既に食い散らかされたと言っていい状態の遺体が転がっている。
 ワグネルもそれらをざっとチェックする。
 気持ちのいいものではないが、遺体の状況から何に襲われたかを判断できれば自分達の生存率が上がる。見過ごせない情報には違いない。
「狼やなんかではなさそうだな」
「ああ。弄んだ様な形跡もある。灯りもついたままという事は……誘き寄せられたな。魔物の類だろう」
 カイが懐から取り出した水晶球に何事か呟くと、瞬時に彼の体がシアンの鎧に包まれた。魔法の防具なのだろう。 
「それにしても……?」
「来るよ……!」
 首を捻るカイの横で、明花が油断なく暗がりの方に目を向けた。
 闇から溶け出してきたかのように、一体、また一体と魔物たちが具現化していく。
 翼の生えた小鬼といった感じだが、見覚えはなかった。 
「ちぃっ……!」
 魔物たちの飛びかかってくる軌道を予測しながら、ワグネルはスライシングエアを投擲した。
 弧を描くそれが、二体の翼を切り裂く。
 同時に、カイも周囲に生み出した氷の戦輪を自在に操って、魔物を薙ぎ払った。
 狭い空間なので通常の飛び道具は使えない。
 二人のように自在にコントロール出来ればこその攻撃だ。
「飛雷掌!」
 地面に落ちたそいつらを、明花が確実に止めをさしていく。
 残った魔物たちは金きり声をあげながら、散り散りに逃げていった。


 三人は遺品を回収すると、一旦その場を離れた。
 さっきのは小物だったが、次もそうであるとは限らない。
(見たところ、二人ともかなり余裕があるように見えるが……)
 ワグネルの見たところ、明花もカイも魔物たちとの戦いには慣れている様だ。
 今も殆んど一蹴したような感じだった。
(それにしても、さっきの戦輪もこちらのタイミングを読んで投げているようなかんじだったな)
 そう何度も戦闘しているわけでもないのに、三人の息はぴったり合っていた。
「さて、依頼は果たせなかった訳だが……」
「まぁ、仕方ないよね」  
「問題は、我々も遭難しそうだという点だ」
 先程の遺体を見つけられたのも、ほぼ偶然に等しい。何しろ自分達の位置さえ把握出来ていないのだ。
 そこへ。
「おーい!」
「あれ? 太行の兄貴?」
 立派な体格をした戦士が二人と、小柄な少年が灯りと共に近づいてきた。
 あちこちに魔物のものと思われる返り血をつけている。ここまでに幾度となく戦闘を繰り広げてきたらしい。
「何だよ。結局、兄貴まで来ちゃったんじゃ、あたしたちが来た意味が無いじゃないか」
 太行と呼ばれた男は首を振って答えた。
「何言ってやがる。一週間も音沙汰なしじゃ救援隊の救援を出さないわけにもいかんだろうよ」
「は?」
 明花がぽかんと口を開ける。
 カイが何か納得したかのように頷いた。
「そういう事か」
「何を納得している?」
 ワグネルの方を見て、カイはにやりと笑った。
「さっきの遺体を見てな、変だとは思わなかったか?」
「変……というと?」
「あれはここ数日で出来たような遺体じゃなかった」
 それはワグネルも感じた事であった。
 一部、白骨化し始めたところがあったくらいだ。
「そして俺達の体感時間では二日と経っていないのに、追ってきた太行は一週間が経過しているという。これはつまり?」
「……この迷宮は時間の流れが狂っていると?」
「そういう事なんだろうな」
 追ってきた三人は互いに顔を見合わせ、微妙な表情を浮かべあったのだった。


●エピローグ
 その後、一行はロクト石というマジックアイテムの力を借りて地上へと戻った(そんな便利なものがあるなら先に出せと、明花は怒ったが)。
 街に戻ると、やっぱり10日近い月日が経っていて、ワグネルは子供の頃に聞かされたおとぎ話を思い出したりもした。
 ギルドからの依頼は果たせなかったものの、迷宮の謎を幾つか明らかにしたという事で、ワグネルはそこそこの報酬を手に入れた。しばらくは、隊商の護衛なんてちんけな仕事はしなくても済みそうだ。
「さぁて、報酬も入ったことだし……」
「飲むか」
 びっくりした様な顔で明花が振り向く。
「どうして分かったのかと言いたげだな。あいにく、おまえらの考える事なんてお見通しさ」 
 ワグネルはにやりと笑い、二人の肩を抱いた。
「とりあえずは無事に帰って来られたんだ。祝杯を挙げても良かろう?」
「いいねぇ」
 カイがにやりと笑い、駆け出した。
「そうと決まれば……行くぞ、お前ら!」
 ワグネルは明花と顔を見合わせ、同時に頷いた。
 『明日に吹く風』の看板が見えてくる。
 その重い扉を押しながら、ワグネルは大きな声でこう言った。
「ただいま!」
 と。



                                    了






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2787/ワグネル/男/23歳/冒険者

【NPC】
 
猛明花/女/20歳/魔法拳士
カイ・ザーシェン/男/27歳/義賊

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 記憶を『喰われた』ワグネルの新たな冒険です。
 既視感はあちこちにあるものの、記憶は絶対に戻りません。記憶障害ではなく、完全に記憶を喪失しているのです。
 それでも、身体は昔の仲間とのコンビネーションを覚えている。その辺を伝えられたでしょうか。
 楽しんで読んでいただければ幸いです。

 次回、窓を開けるのがいつになるかは未定ですが、また依頼していただける事をお待ちしております。
 それではまた。