<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の紋章―手薬煉―』

●会議
 会議には、月の騎士団との戦いに関わった人物、全てが集まった。
 しかし、聖獣王の言葉に、即答する者はいなかった。
「……で、俺が向こうの手の者だったら、どうすんだ?」
 最初に口を開いたのは、冒険者のワグネルだった。
 その言葉に、今度は聖獣王が沈黙をする。
 今までの話、そしてこれから話し合われる話をアセシナート側の人物に聞かれていては、作戦を立てる意味はない。
 しばらくして、聖獣王は重い口を開く。
「君達の中に、騎士団の手の者がいるのなら、止むを得んと思っている」
 その後、また沈黙が訪れる。
「……要するにさー」
 仏頂面のキャビィが声を上げた。
「王はこの問題を国の問題にしたくないんだよね。奴等が占拠している聖殿へ乗り込んだこととかも、国は関係ないということにしておきたいわけ。その上で、被害を最小限に食い止めたいわけだよ」
 キャビィが不機嫌そうなのは、そういう理由からだった。
 キャビィは聖獣王の依頼で聖殿調査へ向ったわけだが、彼女自身はカンザエラより先に進んではいない。
 また、王直属の騎士が率いた冒険者もカンザエラへ向いはしたが、それ以上、つまりアセシナート騎士団や聖殿への乗り込みは国の指示とはいえない。
「フェニックスの聖殿って元々聖都エルザードの土地って訳じゃないでしょ? そういうところや、アセシナートの騎士団本部に国の命令で派遣された人物、つまり諜報員が潜入したとなると後々問題が起きるかもしれないじゃん。話なんて通じない相手なんだから、こっちの悪いところだけを取り上げて、一方的な大義名分作り出して、宣戦布告してきたら……沢山の人が巻き込まれるから」
 聖獣王はキャビィの言葉に何も言わない。
 それは恐らく、キャビィの言葉が真実だからだ。
「まあ、そういわけで。あたしらで決めるしかないんだよ。騎士は派遣してくれないだろうけど、お金は出してくれると思うからさ」
 なれなれしくキャビィは聖獣王の肩をパンパンと叩いた。
 聖獣王は僅かに苦笑する。
「エルザードが危機に瀕した時には、相応の対応をとるつもりだ。警備体制も以後、強化することを約束しよう。そして、この件に関しては、元々君達が得た結果だ。国を護るものとして、意見は出させてもらうが、最終的な判断は君達に任せたい」
 王の言葉は重かった。
 集まった者達は一介の冒険者、もしくは一般市民でしかなく、国の命運を決めるような意見は出し難くて当然だ。
 ワグネルはもう何も言わず、ただ硬い顔で場を睨んでいた。
「では、被害を抑えるという視点から、考えてみましょう」
 重い空気を破ったのは、自警団のフィリオ・ラフスハウシェであった。
「ザリス・ディルダは魔術関係の幅広い知識を有しているように思えます。過去の経緯から、集落を吹き飛ばす仕掛けは爆破する魔法陣を仕掛けておき、取引の相手が自爆したところを見てから発動させるのではないかと考えています。また、取引の相手は強い衝撃で爆発するように兵器化する薬を服用している可能性もあり、ザリスが操る魔術をかけて、取引を不利と取ったら即座に衝撃を与えて爆破する可能性をも挙げておきます」
「あの人は、自分の魔術能力はそこまで優れていないと思う。だから、自分で操るのなら近くにいる必要があるけど、今回の場合、近づけば自分も爆発の被害を受けるはずだから、近くには来ないんじゃないかな? それか、集落の半分が消し飛ぶっていうのは単なる脅しで、実際の威力は大したことないとか、自爆自体嘘だとか」
 そう言ったのはザリスの魔術を受けていたキャトルであった。
「どちらにしろ、対策は必要だな。俺は直接ザリス・ディルダという、敵に会っていないのでうまくいえないが、ある意味奴の策に陥らないように慎重に動くべきだと思っている」
 それはクロック・ランベリーの言葉だった。
 フィリオは頷いて、言葉を続ける。
「仕掛けがあると考え、事前に密かに集落に忍び込んで仕掛けを探知し、取り除いて集落の吹き飛ばしを防ぎましょう、取引当日は取引を行うもの以外に周囲を探るものを付けて、取引相手以外の月の騎士団の手のものが事を及ぼさないように食い止めておいてから、取引相手を無力化して捕らえてはどうかと思います」
「強攻策に出るならば、場所を移動して仕掛けるべきだ考えていたが……なるほど、前半は賛成だ。しかし、後半は反対だ」
 クロックが腕を組んで続ける。
「取引相手を捕らえた場合、成功したとしても、取引は失敗に終わる。一見こちらが有利に終わらせたように見えても、実際はどうだ? 取引が失敗すれば、相手側は報復に出る。屈辱を受けて黙っている奴等には見えんのでな。あくまで強攻策や捕縛は最終手段として考えておくべきだ」
 アルメリア・ザデッドを思い浮かべながら、クロックはそう言ったのだった。
「交渉役というか、その土地に行く場合俺も同行する予定だ。資料は得られないでこちらは取引材料を失うというのは避けたいからな。で……」
 クロックが山本健一を見た。
「レザル・ガレアラをこの世界に戻すことはできるのか。俺なら戻ってこれないような片道切符にするからな」
 その言葉に、健一は小さく吐息をついた。
 皆の視線が一斉に健一に注がれる。
「レザル・ガレアラは封印した上で異世界に追放したため、戻すことはほぼ不可能です」
 絶対ではない。
 満月の夜なら門を開き戻せる可能性があるが、成否に係わらず消耗はかなり激しいだろう。
 しかし、その言葉は伏せておく。
「杖の返還……これは私自身を含めて、複数の術者で封印をしました」
「つまり、可能ということか?」
「はい」
 クロックに答えた後、健一は皆に向けて言った。
「それを踏まえての交渉になります。皆様はどう思いますか?」
「……交渉、は、無理、だけど……資料、は……必要。欲しい、と、思う……」
 そう言ったのは、カンザエラの民達と深く関わっている千獣であった。
 真剣な瞳であったが、彼女は一切の感情を表さず、冷静であった。
「……実験、体に、された、人たち、少しでも、良くなる、なら……水守の、村の、人たちの、安全も、考えて、資料を、得られる、方法を、選ぶ、べきだと、思う……」
「そうだね」
 そう言ったのはキャトルだった。
「同感だ。資料は確実に入手したい」
 クロックもそう答える。
 多分、皆も同じ考えだろう。
 しかし……。
 目を伏せて考え始めたものもいる。賞金稼ぎのケヴィン・フォレストだった。
 資料を得る、そして人々の安全を考える。
 つまり、双方共にザリス・ディルダが語ったとおりの取引を成功させるということになる……?
(レザルと杖に関しては、渡してしまったらまた同じことが繰り返されるだけじゃねえの? 渡すにしても、杖の力を限りなく0に近いように細工とかをできないもんなのか……)
 一人そんな事を考えていた。
 しかし、先ほどのクロックの発言を思い出し、小さく息をつき、結局ケヴィンは何も口には出さなかった。
「それじゃさ、取引を持ちかけた当人は来なそうだし、エルザードから持ち出されたことがわかりさえすれば、取引場所にいる相手は見た目と魔力を感じられさえすればごまかしが効くんじゃない? 魔力をこめた杖のレプリカを作って、本物と偽物両方持ちだして、取引場所へ向かう直前に偽物を持っていくっていうのはどうかな?」
 ケヴィンの思いを代弁するかのようにそう言ったのは、郵便屋のウィノナ・ライプニッツであった。
 その言葉に、キャビィがこう意見した。
「その場しのぎにはなるかもしれないけど、万が一気づかれた時は、ドカーン!だろうし、後にザリスに気づかれた時には、やっぱり報復とか、あるんじゃない? 例えば……聖都の井戸に毒を流されたりしたら、犯人わかんないし、死者沢山出ると思うし。その後にもう一回取引を持ちかけてくるんだよ、犯行声明とか出さずに、お悔やみ申し上げますー。で、杖返して欲しいんですけどーって、陰で嘲笑いながら」
 そう、もし杖を無効化したのなら、ザリスが報復をする可能性がある。
 返しても、返さずとも、使えなくして返しても……被害を受ける可能性があるのだ。
 自分達には、守るべきものが多い。
 ケヴィンはそっと目を閉じた。やはり自分は何も発言できそうになかった。
 ワグナルは苦笑していた。キャビィの言葉に納得できる。自分やキャビィが関わってきた裏社会の人物には、確かにそういう輩がゴロゴロいる。
「渡しちまってもいいんじゃねぇか?」
 そう発言したのは、冒険者のリルド・ラーケンだ。
「どちらにしろ相手が黙っているはずねぇし、元凶を絶つまで終わらない。その方が相手が派手に動いてくれるだろ。相手が見えない事には戦えねぇ。悪いな、俺の方法はこうなんだ。戦うことでしか自分も仲間も守れない」
 リルドの言葉に、一同考え込む。
 結局、取引をザリスの言葉通り成功させるしかないのだろうか……。
 エルザードに有利なように取引を行い、攻め込まれてから対処するか。
 向うに有利な取引を飲み、向うが安定し、動きを見せた時に攻め込むか。
 リルドの考えは後者であった。この聖都エルザードが受ける被害にしても、後者の方が少ないと考えられる。
 ただ、自分達「月の騎士団」に目をつけられている者は、不特定多数がターゲットになる前者より、後者の方が危険度が増すことだけは確かだ。
「……けどな、関わったのはアンタだ。俺はアンタの意見に一票入れるぜ」
 リルドは最後にそう付け加えて、健一を見た。
 健一は軽く眉根を寄せて、こう答える。
「向こうにとっては、すでに研究体はいないわけですし、資料のコピーを用意しておけば損害は少ないでしょう。つまり、資料は本物と思われます。杖は効果の程が判明していませんのでなんともいえませんが、レザルに関してはクローンの成功体です。そういう意味で渡すのは極力避けたい。戦えば損害が大きいですし」
「なら、杖は渡しちまおうぜ。で、この杖がこっちの手の中にあるってことが、レザルを殺った証拠だって言う。そんなんでいいんじゃねぇか? 俺も交渉には同行する。奴等に聞きたいこともあるしな」
 リルドの言葉に少し考えた後、健一はこう答えた。
「そうですね。上手く交渉を纏めることが出来ればいいんですが……申し訳ありませんが、私は取引にはいけません。しかし、万が一の時には駆けつけられるよう、準備をしておきます」
 今回の取引に名前は挙げられていないが、山本健一はザリス・ディルダに最も目をつけられている人物といってもいい。
 この取引自体、健一をおびき出すことが狙いである可能性もあり、レザルの引渡しを行なわないとなれば、真実を知る健一の身柄が狙われることになるだろう。
「取引には、ボクも行くよ。でも、交渉はちょっと無理かな」
 そう言ったのはウィノナだ。
「……私も、行く。早く、行って、村に、罠、ないか、調べる……」
 千獣もそう言ったが、やはり彼女も交渉には不向きだ。
 リルドも駆引きには向かず、完全な好戦派である為、任せるわけにはいかない。
 一言も喋らないケヴィンは、思うところがありそうだが、やはり交渉には全く向いていない。
「俺も行くつもりだが、交渉は遠慮したい」
 ワグネルも矢面に立つつもりはなかった。自分のポジションをわきまえているつもりだった。
 皆の視線は、フィリオに注がれた。
「私は……」
 フィリオは、不安げに自分を見ているキャトルに目を向けた。
「事前の村の調査には参加したいと思いますが、当日はキャトルの護衛をさせてください」
「あたしなら、大丈夫だよ」
 キャトルはすぐに、そう答えた。
 しかし、フィリオは首を左右に振った。
 例え、城で待っていると言ったとしても、それを信用してはならない。
 アセシナートの騎士が、どこに紛れ込んでいるかは、分からないのだから。
 キャトルの周りを手薄にして、彼女に接触をすることが狙いである可能性も絶対ないとは言いきれない。
「そうだな。それで構わん」
 聖獣王がそう言った。
 フィリオは聖獣王に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「うーん」
 キャビィが皆を見回しながら、唸り声を上げた。
「そうだよなー、誰も交渉に向いているとは言い難いよなあ。冒険者とか一般人だもんねぇ。あたしもだけどさ」
「ああ、資料を確認するのに薬師が必要なんだったよな。どうせ、国からは派遣できないんだろ? なら一人、信頼のおけるヤツがいるんだが」
「高度な知識を持った者でなければ、難しいと思うが……余も知っている人物か?」
 リルドに聖獣王が訊ねた。
「多分な。キャトルを見舞いに来たことあるだろ? 錬金術師のファムル・ディートだ」
「リルド!」
 リルドの発言を咎めるかのように、キャトルが声をあげた。
「知識の面で些か不安ではあるが、なるほど適任ではある」
 聖獣王はそう言った。
 キャトルの保護者と名乗っている彼は、すでに関係者である。
 事情も簡単に理解してくれるだろう。
「やだ……。ファムルを巻き込まないでっ」
 キャトルが悲壮な顔で言った。
「キャトル……」
 それは、ウィノナも思っていたことだ。
 薬に詳しい人物が必要と知り、ウィノナの脳裏にも、真っ先にファムルの顔が浮かんだ。
 しかし、キャトルがそう思っているからではなく、ウィノナ自身もファムルを巻き込みたくないと感じ、口には出さずにいたのだ。
 だけど……。
「じゃ、全然関係ない人を巻き込むべきって思うわけ?」
 そう言ったのは、キャビィであった。
 その言葉に、キャトルは押し黙った。
「……では、皆の意見を纏めると」
 クロックが声を発する。
「水守の村には、千獣とフィリオが事前に調査に向い、罠があった場合は解除をする。更に、王のご許可がいただければ、人々を避難させるべきと考えるが……」
 そう言って、聖獣王を見ると、聖獣王は強く頷いた。
「村長に手紙を書こう。大規模な地質調査を行なうため、一晩、隣町で過ごすようにと。宿泊費用なども、こちらで負担する」
「では、そのように頼む」
「分かりました」
 フィリオが返事をし、千獣が頷いた。
「取引は、杖は返還し、レザル・ガレアラについては……他界したと伝え、杖が我々の手の中にあることが証拠だと言う。この発言は俺が担当する。その後駆引きが必要ならば、臨機応変に皆でサポートしてくれ。同行はありがたいが、失言をしそうな奴は口を開くな」
「了解」
「分かった」
 リルドとウィノナが答え、ワグネルとケヴィンは軽く頷いた。
「相手方が持ってくる資料の確認は、ファムル・ディートという錬金術師に依頼する」
 その言葉を聞き、キャトルが目を伏せた。
「それでいいな?」
 クロックの問いに、健一が頷く。
「では、よろしく頼みます」
 聖獣王が立ち上がり、頭を下げた。
 その場に集まった者達は、各々複雑な気持ちを抱えていた。

●事前調査
 指定された日の数日前。フィリオと千獣は、水守の集落を訪れていた。
 ここはユニコーン守護地区の外れに位置し、アセシナート占領区に近い場所だった。
 小さな小さな集落である。
 少ないながらも、子供達が明るい笑顔を浮かべ、走りまわっていた。
「……村長、さん、どこ……?」
 千獣は屈んで小さな男の子に聞いた。
「あの家」
 男の子は得意気に古びた家を指差した。
「……ありが、とう……」
 千獣は男の子に礼を言うと、フィリオと一緒に村長の家に向う。
 ドアはフィリオがノックした。
 しばらくして現れたのは、年老いた老人であった。
「急ぎの知らせをお伝えしに、聖都から参りました」
 そう言って、フィリオは聖獣王からの手紙を渡す。
 手紙と共に、こう説明を始める。
「この辺りの地盤に、異変が生じています。近日中に高温の溶岩や温泉が噴出す可能性があります。緊急に地質の調査をしたいと思いますので、とりあえず一晩だけ、隣の街に避難していただきたいのです」
 丁寧に、不安を煽らないように、しかし、当日は絶対にこの村にいてはいけないのだと、話していく。
「まあ……一晩だけ、隣町との交流をタダで楽しむとでも考えればいいのかのう」
「はい、皆様へのご伝言、どうぞよろしくお願いいたします」
 時間をかけて村長を説得した結果、どうにか理解は得られたようだ。
「……当日、一応、見回る、から……」
 千獣がフィリオにそう言い、フィリオは千獣にも「よろしくお願いします」と頭を下げたのだった。
 その後、村の中を手分けして見回る。
 フィリオは精神を集中し、魔術的な異変を探る。
 しかし、現時点では特に何も感じられなかった。
 千獣は、子供達や村人達に、怪しい人物が来なかったか、作業を行っていった人がいないかなどと、話を聞いて周り、村を探っていくが、やはり何も見当たらなかった。
 最近訪れたのは、フィリオと千獣だけで、ここ1月ほど村関係者以外の人物をこの集落付近で見かけることはなかったそうだ。
 あとは、当日。約束の時間前にも探ってみるつもりであった。罠を見つけたとして、解除できるかどうかは分からないが……。
 ただ、フィリオが見た人体爆発だが……あの時『充電前ならこんなものか』と騎士風の男が言っていた。
 衝撃を与えると爆発する薬品というものも存在する。
 その薬品を体内に大量に流し込んだら?
 起爆札や、爆発系の魔法具を体内に仕込んでいたら……?
 アセシナートの技術を知らない今は、人体爆発のみで集落の半分を消し飛ばせる可能性も否めない。

●決意
 満月の日。
 皆を送り出した後、キャトルとフィリオはファムル・ディートの診療所にいた。
「ちょっと出かけてくるな」
 ファムルはそう言って、キャトルの頭に手を置いて撫でた後、出かけていった。
 2人の間で、今回の件について話し合ってはいないらしい。
 互いに、そのことを口には出さなかった。
 フィリオはキャトルと共に、診療所で待つことにした。
 万が一の場合、戦闘ではなく、逃げることを最優先に考えたかった。
 となると、城にいるよりも、周りになにもないこの場所の方が感知もしやすく、逃げ場もある。
 ソファーで不安気に押し黙っているキャトルに、買って来た飲み物を渡して、フィリオは隣に腰掛けた。
「ただ、物を交換するだけですから、皆大丈夫ですよ」
 そう、微笑んで見せる。
 しかしキャトルは哀しげに首を横に振ったのだった。
「あたし……なんで、ここにいるんだろう。なんで、皆と一緒に行かなかったんだろう……」
「それは、キャトルが狙われているから。キャトルは何も悪くないのに」
「なんかね、そうじゃなくて……。違うと思うんだ、うん」
 そう言って、キャトルは首を捻り、フィリオを真剣な目で見た。
「フィリオや、ワグネルは、あたしを助けに来てくれた。だけど、あたしは皆が危ない場所に行くのに、一緒にさえ行かないの? 危険な目に合う皆の、ずっと足手まといでいるの? それって違う。違うんだよ、フィリオ」
「キャトル……」
 妙な胸騒ぎがした。
 彼女の口を塞いでしまいたかった。
 フィリオはただ、キャトルと笑い合っていたかった。
 楽しい日々を過ごしたかった。
 彼女に楽しい時を過ごしていてほしかった。
「あたし、戦う。あたしも戦うよ。ファムルや皆のお陰で、普通に動けるようになったんだ。魔術は相変わらず使えないけど、魔力の量だけは誰にも負けない。上手く発動できないけど、体内の魔力のコントロールだって、本当は人一倍上手いはずなんだ。だから、魔術を発動できる魔法具とか、スペルカードを使えば、あたしも皆と同じように戦える」
「そんな……戦闘技術は簡単に身につくものではありません!」
「だけど、戦闘に長けてない人だって関わってるじゃん。ウィノナとか、キャビィとか! ……ファムル、も」
 強い目でフィリオを見据えて、拳を固めて、キャトルは言った。
「自分の大切な物を守りたかったら、戦わなきゃダメなんだ。皆を失う恐怖に怯えながら生きていても、楽しくない。この世界で生きる意味を、守りたい。だから、強くなる。――絶対ッ」
 強くキャトルは言い放った。
 彼女の目に、迷いはない。

●取引
 取引当日。
 千獣は皆よりも早く水守の集落を訪れ、家々を回っていた。
 集落に残っていた最後の家族を送り出した後、確認の為、集落全体を回ってみる。
 小さな小屋や祠も見て回った。
 送り出した家族に聞いた話では、先日千獣達が訪れた日以降にも、関係者以外の人物を集落で見かけたことはなかったそうだ。
 それでも念のため、何らかの仕掛けがないかどうか、念入りに見て回る。
 他のメンバーも、日が暮れる前に、到着をした。
 ワグネルもまた、無言で見て回る。罠の類いなら自分の分野ではある。
 ただ、“集落の半分は消し飛ぶだろう”という言葉。
 その言葉を聞いた自分達が、取引までの時間に、こういう行動に出ることは相手も分かりきっているはずだ。
 事前に解除できるような罠を仕掛けることは、相手にとって無意味ではないか?
 もしくは、その言葉自体が罠ということもある。自分達にこういう行動をとらせるための。
 ワグネルは会議中、最初の一言以外、何も発言をせず、ただ黙って、皆の言葉を聞いていた。
 ザリス・ディルダの言葉。
 会議での皆の発言。
 会議中の皆の表情。
 結果、会議室に相手の手の者と思われる人物の存在は感じられなかった。
 しかし、あのザリス・ディルダの言葉には、いくつもの裏が感じられる。
 その裏を探る発言は、会議では無く、自分自身もその場で思いつくことはなかった。
 もう一度頭の中で整理してみる。
 今回の取引は、ザリス・ディルダ個人と対象を特定していない人物との取引だ。
 ただし、取引が失敗した場合、杖に関しては、彼女が所属する『騎士団』が如何なる手段を用いても、奪還すると断言している。騎士団の奪還作戦となると、エルザードは大規模な被害を被る可能性がある。
 何人で来ても構わないという言葉にも違和感を感じる。
 聖都の軍が動くとは考えないのだろうか?
 寧ろ、それは彼女にとって願ってもないことなのかもしれない。
 聖獣王は国の関与を内密にしておきたいらしい。
 しかし、相手側としては、将来的に大義名分を作り出すためにも、聖都の正規兵を引っ張り出したいという狙いがあるとも考えられる。
 そして派遣した人物の自爆。これも当然、こちらが阻止に動くことは目に見えているはずだ。
 人体爆発の技術を、こちらに見られていることも解っているはず。
 資料を消滅させると共に、自分の手のものの口を封じ、且つ、携った人物全員を始末するという意味だろうが……。
 何かひっかかりを覚える。
「ワグネル、そろそろ時間だ」
 クロックの声に、ふと、周囲が赤く染まっていることに気づく。
 日が暮れ始めた。
「わかった」
 ワグネルは皆の元に戻ることにする。
 水守の集落の入り口。
 そこに、6人の男女が揃った。

 正面に立ったのは、クロック。
 その両隣に、リルド、千獣。
 少し離れて、ワグネルと、ケヴィン。木に寄りかかり、場を注視している。
 2人よりも後方に、フードを被ったウィノナ。その隣には、錬金術師ファムル・ディートの姿があった。
「……待たせたな」
 思いの外、相手は早く訪れた。
 まだ、日が暮れてからさほど時間は経っていない。国境付近で待機していたのだろう。
 現れたのは2人の男だった。
「ああ、おっさんか。久しぶりだな」
 リルドが浅く笑みを浮かべる。
 一人は、リルドと面識があった。……ヒデル・ガゼットだ。聖都の近衛騎士だった男である。
 もう一人は何も言わず、メンバーを見回して、ケヴィンに目を止めた。
 その男は、鋭い視線でケヴィンを見た。
 ケヴィンは何も言わず、普段の表情でその男を見るのだった。
 ディラ・ビラジス――直接聞いたのではない。資料で知った彼の名前。
 ケヴィンが切った腕の腱は治ったのだろうか。
 ディラはケヴィンから視線を逸らすと、軽く俯いた。
 その表情は、思いつめた表情のようであった。
 取引が失敗したら自爆する。
 確か、ザリスはそう言っていたらしい。
 彼が自分の目の前で、自爆をするのだろうか。
 ケヴィンの頭の中で、複雑な思いがぐるぐると巡っていく。
 もし、腕の怪我が治っていないのなら、ディラは騎士団にとって不要な存在だろう。
 ならば、捨て駒として扱われてもおかしくはない。
 だが、騎士団の為に命を捧げる理由が、彼にあるとは思えなかった。
 ケヴィンは彼の思いを聞いている。僅かながら、過去を知っている。
“こっちに来い”
 そう手を伸ばしたくなる。
「よう、隊長殿は元気か?」
 浅い笑みを浮かべたまま、リルドがヒデルに問う。
「……隊長は遠征に出かけている。功績を上げられ、直ぐに返り咲くだろう」
「ははは、降格でもされたのか」
 リルドが笑い声を上げる。ヒデルは強くリルドをにらみつけた後、視線をクロックに向けた。
「レザル・ガレアラの姿がないようだが?」
 一定の距離をとったまま、ヒデルはそう言った。
「残念だが、すでに他界した。これが証拠にならんかね」
 そう言って、クロックは宝玉の嵌められた杖を取り出した。
 健一により、封印が施されたままの状態である。
 ヒデルとディラが顔をあわせ、一言二言言葉をかわす。
「……まあ、いいだろう」
 そう言った後、ヒデルとディラは更に足を引いて、後方へと下がった。
「聞いていると思うが、この男の身体には、爆薬を入れてある。本人の意思で爆発させることが可能だ。下手なことは考えないことだな」
「それは、こちらも望んではいない。貴様等こそ、下手なことは考えないことだ」
 クロックの言葉に頷くと、ヒデルはディラに目配せをする。
「双方、1人のみ、中央に一切の武器を持たず歩く。取引材料を持ってだ」
 特に取引方法を考えていなかった一同は、その言葉に従うことにする。
「こちらは、この男が行く」
 ヒデルが、ディラに軽く首を向けた。
 頷いて、ディラは上着を脱ぎ、肌が透けて見えるほどの薄着になる。武器は身に付けていないようだ。
「そちらは、この資料を理解できる者に来てもらおうか。偽物でもいいというのなら、誰でも構わないが」
 その言葉を受けて、ファムルがウィノナの肩を軽く叩いた。
「じゃ、ちょっと行って来る」
「気をつけて」
 ウィノナはフードを被ったまま、ファムルの後姿を見送った。
「杖が本物であるかどうかの確認が必要だ。結界を解いてもらおうか」
 ヒデルの言葉に頷き、クロックは健一から聞いていた解術の言葉を紡ぐ。
 結界が解け、宝玉が怪しい輝きを放つ。
「頼む」
 そう言って、ファムルに杖を渡す。
 集落の半分は嘘か本当かわからないが、本当に自爆を行なったのなら、自分達はタダでは済まされない。少なくても、防御の手段のないものは死亡する可能性があるだろう。
 杖を受け取ったファムルとディラが目を合わせる。同時に足を踏み出し、中央へと歩く。
「互いの腕を掴め」
 ヒデルに指示されたとおり、ファムルはとディラは互いの腕を手の平で握った。
「いい身体をしているな。自爆なんてもったいない。中和剤作ってやろうか?」
 小声でファムルが言った。
 ディラは軽く眉間に皺を寄せた後、腕に力を込め、ファムルと一緒に膝を折る。
 ディラが紙を地面に置く。ファムルも杖を地面に置いた。
 互いの目を見ながら、手を放し、双方の目的のものに、手を伸ばして掴んだ。
 そして、立ち上がる。
「力を感じます。恐らく本物でしょう」
 ディラは真っ先にそう発言した。
 ファムルは手を振って、折りたたまれた紙を開いて目を通した。
「どうだ、本物か?」
 ヒデルの言葉に答えず、ファムルは真剣な顔でその紙に書かれた文章を読んでいた。
 しばらくして、声を上げる。
「アゼリアール、キラビラス、トラステル、いずれも劇物だ。人体に使うことの意味が分からん」
「その資料は偽物だと?」
 クロックが緊迫した声で訊ねる。
「いや、この資料には書かれていないが、あと幾つかの素材を使って、調合を行なえば……特異な薬が作れるだろう」
「その幾つかの素材とは? そして、出来上がる薬とは?」
 ディラが静かに問いかけた。
 ファムルはしばらく考え込んだ後、こう言葉を発した。
「グライム鉱石、バージュの葉、中和剤としてシシュウ草。その他つなぎに微量の素材が必要だろう。出来上がる薬は、エネルギー凝縮薬の類いだ。非人道的な薬だ」
「正解だ」
 途端、ディラが口元に笑みを浮かべ、踵で大地をコツンと叩いた。
 彼の踵から光が発せられる。
 瞬間、ウィノナが術を発動する。
 それは空気を固定して、相手の動きを止める印術であった。
 リルドもまた、魔法を発動する。予め、回りの水に働きかけてあったため、最小の動作で周囲を氷で覆いつくす。
 ディラとファムルの動きが鈍る。しかし、発動された相手の術は消えることはなく、2人の姿が薄くなっていく。
 千獣は鎖での拘束を試みる。だがやはり、一瞬の拘束は叶っても、消えうせる体を止めることはできない。即座に千獣は対象を踵を返したヒデルに変える。
 ケヴィンが地を蹴り、鎖に腕を捕まれたヒデルの背に、棒による強い打撃を浴びせる。
「くっ……。必要な資料は手に入っただろ」
 呻きながら、ヒデルはそう言った。
 ファムル・ディートは消える直前に、資料を手放しており、地面に資料は落ちていた。
 一同ヒデルの元に駆け寄る。……しかし、ウィノナだけは、ファムルが消えた場所に立って、資料を手に佇んでいた。何を、どうすればいいのかわからない。一体、何がどうなったのか、理解できていなかった。
「あの男は、レザル・ガレアラの代わりだと思え。私が帰還すれば、取引は無事成立だ」
 そう、ヒデルは続けた。
「……違、う……」
 鎖を引きながら、千獣が言った。
「……代わり、じゃない。あの人、を、大切に、思って、る、人が、いる……返し、て……」
 会議の時だけではない。冬祭りの日に、キャトルがファムルを愛しげに見ていたことを、千獣は思い出していた。
 そして、あの時キャトルが語った言葉。
 そのターゲットに、彼女の大切な人がなってしまったというのだろうか。
 リルドは剣を抜いて、倒れているヒデルの首に向けた。
「よう、おっさん。笑わせんなよ。帰還すれば? 違うだろ。爆薬も仕込まれてないアンタはアイツにとって用済みってわけだ。帰還を待っちゃいねーだろうよ」
 その言葉に、ヒデルは青ざめる。
「さて、色々吐いてもらおうか」
 リルドとクロックは、ヒデルの両肩を掴んで起き上がらせる。ケヴィンがヒデルの武器を奪い、投げ捨てる。
 千獣は鎖で彼を完全に拘束した。

 ワグネルは一部始終、黙って見ていた。
 資料を持って、たた呆然としているウィノナ。
 皆に拘束されるヒデルを見ながら――ファムル・ディートの言葉を思い出す。
 以前。そう、聖殿で手に入れた薬を、ファムルに提供した時だった。
 その薬の調合と、自分の調合の手法が似ていると。
 調合主に会いたいと、確かそのようなことをファムルは言っていた。
 それが現実のものになったということか。
「いや、元々何らかの繋がりがあった可能性も……」
 魔術に関しての知識は薄いため詳しいことは分からないが、一般的に魔法具類は、念じるだけで効果を発揮できるらしい。そういったものをディラは身に付けていたのだろう。なるほど、ザリス・ディルタという人物は特異な魔法具を装備している人物だという報告も、報告書に書かれていた。魔法陣に魔法薬、そして魔法具。……あらゆる魔道に精通した女といったところか。
 なんにせよ、ザリス・ディルダの目的の1つは、有能な薬師をおびき寄せることにあったらしい。
 取引の際、薬師が資料の内容を理解できなければ、資料が本物だと判断できないため自分達は新たに他の人物を派遣しただろう。
 そうして、結局は有能な薬師にたどり着く。
 無論、主目的は宝玉の杖だろうが……。

 山本健一は、遠方から一部始終を見ていた。
 駆けつけようにも、魔法で駆けつけて、間に合う状況ではなかった。
 もし、その場にいたのなら、自分もターゲットになっていたかもしれない。
 自分だけではない。
 ザリスが目をつけている相手が、取引の相手として、ディラと接触をしたのなら、その人物がザリスの元へと連れ去られていたかもしれない。
 全て、憶測でしかないが。
 ……深く、吐息をついた。
 ザリス・ディルダは非常に疲れる相手だ。
 
 ヒデルを縛り上げた後、馬車の場所まで連れて行き、一同帰路についた。
 リルドは同行をしなかった。
 一人、徒歩で隣町へと向う。
 “元凶を絶つまで終わらない。渡しちまっても良いんじゃねぇか? その方が相手が派手に動いてくれるだろ。相手が見えない事には戦えねぇ”
 そう言ったのは自分だ。
 そしてザリスが欲していた物を、ほぼ彼女の思惑通り、渡すことになった。
 結果、ザリスの目的も多少は見えた。
 しかし――。
 今回のことで、一番危うい立場にいるのは、自分かもしれない。
 ファムル・ディートには、自分の秘密を知られている。
 彼が敵に回り、敵に情報を与え、与したのなら。
 自分は確実に窮地に立たされる。
 そして、彼は……自分を友達といってくれる少女にとって、大切な存在であることもリルドは知っていた。
 握り締めた拳が僅かに震えた。
 身体に緊張が走っている。
「窮地に立たされる? ……いいじゃねぇか。これで、抜け出せなくなった。どうあろうとも、奴等を潰す。完全になッ」
 低く言い放ち、リルドは口元に笑みを浮かべた。

    *    *    *    *

 数日後、ファムル・ディートの診療所に一通の封書が届いた。
 宛名も、送り主もファムル・ディートであった。
 その封書は、キャトル・ヴァン・ディズヌフにより開かれた。
 中に書かれていたのは、キャトルの治療薬に必要な素材と、調合法だった。
 それから、請け負っている仕事の資料のありかが、キャトルにだけわかる書き方で書かれていた。
 他には、何も入っていない。
 何の言葉も添えられていなかった。 
 自分にもしものことがあった際に、必ずキャトルが手紙を開封するだろうと。
 一番大切なことだけ、簡潔に記した手紙であった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2787 / ワグネル / 男性 / 23歳 / 冒険者】
【3425 / ケヴィン・フォレスト / 男性 / 23歳 / 賞金稼ぎ】
【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】

【NPC】
ヒデル・ガゼット
ディラ・ビラジス
キャトル・ヴァン・ディズヌフ
ファムル・ディート
キャビィ・エグゼイン
聖獣王

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
予想外の展開でしたでしょうか?
続く次回作でもお会いできましたら幸いです。
ご参加ありがとうございました。