<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『ファムルの診療所β〜聖獣への願い〜』

 キャトル・ヴァン・ディズヌフの身体は少しずつ良くなっているように見えた。
 しかし、それは治っているのではなく、補っている状態であった。
 彼女の障害は無くなってはいない。
 ある日、キャトルはフィリオ・ラフスハウシェの前で言った。
「自分の大切な物を守りたかったら、戦わなきゃダメなんだ。皆を失う恐怖に怯えながら生きていても、楽しくない。この世界で生きる意味を、守りたい。だから、強くなる。――絶対ッ」
 真剣な目で、強く言い放った。
 キャトルは強い意志を持った少女だ。
 フィリオはこれまでの付き合いで、彼女が十分強い女性であることを知っている。
 だけれど、彼女の身体は脆いのだ。人間よりも、魔女よりも。
 キャトルの決意を覆すことは、自分にはできない。
 無茶をしてまた体を壊したのなら……今度こそ取り返しのつかないことになるだろう。
 だから、フィリオは決意した。
 彼女に力を与えるためではなく、彼女の身体の為に。

 診療所を訪れたフィリオは、キャトルに聖獣ユニコーンについて話して聞かせた。
 経緯を話しはせず。ただ、一度だけ。キャトルが真剣に願えば、聖獣が願いを叶えてくれるかもしれないと。
「聖獣ユニコーンの能力は解毒に特化しているそうです。もしかしたらキャトルの身体が改善するかもしれません。行きますか?」
「行く」
 間を開けず、キャトルは即答した。
「連れて行って」
 短い答えだった。
 目はとても真剣であり、まったく笑みを浮かべていない。
 明るく元気で、優しさを現していた彼女の目は、ファムル・ディートの失踪をきっかけに、変わってしまった。
 笑わなくなったわけではない。
 しかし、その瞳には、どこかしら影がある。
 そして、強い芯と決意が込められている。

    *    *    *    *
 
 他愛ない話をしながら、一角獣の洞窟に向った。
 だけれど、その会話も長くは続かない。
 沈黙の方が多い道中となった。
 今は互いに、楽しい話をする気分になれなかった。
 洞窟に入ってからは、キャトルは自然にフィリオの手を掴んでいた。
 恐れているからではないだろう。
 いや、恐れているとしたら、フィリオがいなくなることをだろうか。
 闇の中に溶け込むように、自分の大切な人がいなくなってしまう恐怖――それはフィリオもまた、感じていた。
 互いのぬくもりを感じながら、洞窟の奥へと足を進める。

「キャトル、これを持っていってください」
 地底湖近くで、フィリオはキャトルに一通の手紙を渡した。
「何? 聖獣に渡すの?」
「はい、私の願いが書いてあります。私はもう会う資格はないかもしれませんが、自分の願いはまだ叶えてもらっていませんから」
「……わかった。自分の、願いだよね?」
 確かめるように、キャトルが言った。
「はい、私が叶えたい、私の個人的な願いです。返事を貰ってきてください」
 そのフィリオの言葉に頷くと、キャトルは掴んでいた手を離した。
「じゃ、行ってくる」
「はい。私はここで待ってますから」
 見送るフィリオの方が少し不安な眼をしていた。
 キャトルはもう一度頷いて、地底湖へと消えた。

 フィリオは一人、待っていた。
 会話はこの場所まで聞こえてこない。
 盗み聞きするつもりも、意見するつもりもなかった。
 ただ、彼女が何か聖獣と取引をするのなら。
 彼女が対価として、何かを差し出すというのなら。
 その対価を、自分も分け合うことを望む。
 そう、手紙に記した。
 それは自分の願い。
 身勝手な願い。

    *    *    *    *

 どれくらいの時間が流れただろうか。
 酷く長く感じた。
「ただいま」
 そう言って戻ってきた彼女は――とても落ち着いた表情をしていた。
 暗くて顔色はよくはわからない。何か変化はあったのだろうか。
「フィリオ、ありがとね。教えてくれて、本当にありがとう」
 キャトルはそう言って、来た時と同じようにフィリオの手を掴んだ。
「調子、良くなりました?」
 その言葉に強く頷いて、キャトルはフィリオ見上げた。
「あたし、キャトルになれるかもしれない」
「え?」
「ほら、あたしの名前、キャトル・ヴァン・ディズヌフでしょ。これは、99を現す名前。あたしは、ランク99の失敗作。だけど、本当のあたしは、キャトルなんだ。4を現す今までの最高傑作。――あたし、キャトルになれるかもしれないよ、フィリオっ!」 
 そう言って、キャトルはフィリオの腕をぎゅっと掴んだ。
 そして、眼をぎゅっと閉じる。
 何も言わずに、しばらくキャトルはそのままでいた。
「15年間……」
 再び、キャトルはゆっくりと語り出す。
「辛いことも沢山あったけれど……諦めていたんだけれど、あたしは、ずっとキャトルになりたかったんだ」
 自然に――フィリオはキャトルの肩を抱いていた。
 そっと頭を撫でた。
 キャトルは眼を瞑った。
 そして、何度も何度も大きく息をついた。
 心を、落ち着かせるために。
「ありがとう、フィリオ――」

    *    *    *    *

 キャトル・ヴァン・ディズヌフは、聖獣ユニコーンを前に、こう誓った。
 
 あたしの色素を正常な状態にしてくれたら、命尽きるまで、あたしはあたしの大切な人の為に戦う。
 あたしの大切な人は、聖都に生きる人達だから。それは、あなたの大切な人達を守るってことになると思う。
 あたしは、この世界の人間じゃないけれど、この世界の人にこの命を捧げるから!
 だから、あなたの配下のあたしを癒してください。
 
 聖獣ユニコーンは彼女の願いを聞き入れた。
 ただ、彼女の身体は特異であり、一度の処置で完全に治すことは不可能であった。
 聖獣ユニコーンは、彼女にきっかけを与えた。
 節制を心がけ、自身で体質改善に努めれば、体質が改善していくように。
 彼女の身体に、どんな変化が現れるのかは……共に過ごしていくうちに、判明していくだろう。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【NPC / キャトル・ヴァン・ディズヌフ / 女性 / 15歳 / 無職】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
聖獣ユニコーンはフィリオさんの手紙を確かに受け取りましたが、特に返事は必要ないと判断いたしました。
アーリ神殿で既に約束して下さっているので!
機会がありましたら、今後のキャトルとの会話の中で表していけたらと思います。
発注ありがとうございました。
引き続き、キャトルを見守っていただければ幸いです。