<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


のどかな休日!? - 贈る甘み -



「もう大丈夫ですよ」
 朗らかにそう言った。
「仕事に戻っても……?」
「えぇ。これからはしっかり休息して下さいね。また意識を失ってしまいますよ」
 しっかりと頷く。

 完治したお墨付きをもらい、んっと体を伸ばした。空も雲一つなく晴れ渡り、ウィノナの心を表しているかのよう。
「ボク、元気になったんだ」
 満足気に呟くと、森から一陣の風がふわりと体の周りを踊る。木々も喜ぶようにささやいていた。
「何かお礼しなきゃ」
 倒れてから数日お世話になった身。そのためにも想いが伝わるものでなくてはいけない。既製品よりも手作りがいい。
(んー、何がいいかな)
 しばらく歩きながら考え込んだ。
 装飾品は時間がかかってすぐには出来ない。勉強中の身では魔力で何かを披露することも出来ない。郵便屋の職についてるだけあって街を駆け回る足の速さは特技だが、お礼には結びつかない。

 どうしたら……と悩んでいるうち、いつのまにか村の中心まで来てしまっていた。
 目の前を親子が横切る。子供が母の手を必死につかんで見失わないようにしていた。
「マ、ママ! おたんじょうび、なにするの?」
 ウィノナはその台詞にピクッと反応する。突然ひらめいた。
(そういえば……歩き回ってたとき、あれを見つけたんだ……)
 この前から目をつけていた食材……。以前作って、美味しかった物。異世界からの来訪者が多いソーンでは例のあれが流れつくのは珍しくなかった。異世界では特別な日に食べられることも多いとか……。

「うん! あれを作ろう」
 そうと決まったら、まずは材料集め。ソーンに伝わってからというもの、それ用の食材と関連書籍が売られるようになった。この村にも必ずあるはず!

  *

 村を駆け回り、本と必要な食材を買ってきた。腕から提げた籠の中では今か今かと出番を待っている。
 フィアノの家に辿りつき扉を開けるとレナがいた。
「どうしたの!? そんなに買い込んで」
 人差し指を唇に添えて。
「ふふっ、秘密」
 何かをたくらむ笑顔で返す。
「台所、借りてもいい?」
「いいけど、なんなの? 教えて!」
 レナは身を乗り出して、隠すウィノナに詰め寄った。
「出来上がるまで楽しみに待ってて」
 優しくかわして台所へ消える。
「……何だろう。でも楽しみかも」
 ウィノナの口が堅いと、それだけ期待が増す。何を作ってくれるのか、わくわくしてきた。

 台所の中央に置かれたテーブルの上。食材を並べ、袖をまくる。
「さあ、始めるぞ」

  *

「完成ー!」
 もうすでにレナのいる居間には、スポンジ生地の香りが漂っているだろう。ホールケーキが出来上がった。リキュールがちょっぴり入った定番のショートケーキだ。それでも外見は少し変えてみた。
 四等分に分けて皿に盛る。ついでに買ってきたシャンパンもあけてグラスに注ぐ。

「お待たせ〜」
 居間に運ぶとレナ以外にもすでにサーディスとエリクがいた。レナとエリクはいつも通り口論している。
「サーディスさん、レナ」
 ウィノナの声に三人の注目が集まる。
「今までお世話になったお礼にケーキを作りました。良ければ食べて下さい」
 テーブルの上に二つの皿と気泡が昇るグラスを置く。
「お、女らしい……!?」
 ぼそっと漏れた声が聞こえたがウィノナはあえて無視する。
 サーディスとレナが席につく。
 二人は眼前にあるケーキに目を奪われた。黄金色のスポンジの間にはたっぷりと生クリームが敷かれ、苺の顔が覗いている。全体を青みがかったクリームが包み、上には小さな山が連なり、真珠のように煌く粒が散りばめられていた。僅かにチョコレートらしき粉末が降り積もっている。
 シンプルだが、甘いものが苦手でも食指が動くケーキだろう。食べてくれと言わんばかりだ。
「すごい、これウィノナが作ったの? 美味しそう!」
「本当に」
 二人はフォークで切り、口へと運ぶ。

「んっ!?」
 レナが詰まる。体も一切動かなくなった。
「お、美味しくなかった?」
 ウィノナ自身、ケーキを久し振りに作った。もしかしたら分量や順番を間違えたりしたかもしれない。
 しかし、レナは金縛りが解けたように頭を横に振る。ごくっと飲み込んで。
「ううん、違うの! すっごく美味しくて、頬がとろけちゃいそう。ウィノナ、店開けるわよ! 甘さ控えめだし、女の子に受けそう」
 サーディスも同意見だったらしく、頷いた。
「え、あ、良かったー」
 ほっとした。喜んでもらえなかったら、どうしようかと。気持ちを込めて作ったのは自信があったが、失敗したらどうにもならない。
 ウィノナは隅にいたエリクに近づき、ケーキの皿を差し出した。
「へ? オレにも?」
「うん。仲直りのために」
 エリクの片眉が一瞬上がる。
 結局、エリクはあれからレナとウィノナに報復した。だが何度したところで軽やかに二人はかわし、不発に終わったのだ。勘が良くて、エリクは敵にもなれなかった。それをまた、反撃されたら元も子もない。
「毒……なんて、もの……入ってないよな?」
 身を引いて恐る恐る尋ねる。
 ウィノナはふっと笑う。
「もしかしたら本当に、変なのが入っているかもね〜♪」
 冗談ぽくからかう。その視線は上からの目線だった。
「うっ」
 冗談か本気か分からなかった。ウィノナは演技が上手く、エリクには見抜けないことが以前証明されている。そろりと他の二人を窺うと、肩を震わせくすくすと笑っていた。カチンッと頭にくるが、判断がつかないエリクでは何も言えなかった。
(こうなれば覚悟の上だ!)
 ウィノナの言葉に惑わされた少年は皿をがしっと掴むと、フォークを突き刺す。半分に切ったケーキの欠片を大きな口を開けて放り込む。次の瞬間には目が丸く開かれ、素早い動きで頬張った。あっという間に皿の上はからになる。
「うまかった! 疑ってごめん。すげーよ、レナでもここまでいかねぇ」
「なんですってぇ!」
 レナが突っかかり、また喧嘩が始まる。今度はいがみ合うだけではない、なんだか安心できる喧嘩だ。
 ウィノナは素直なエリクの言葉に驚きながらも、三人全員に喜んでもらえたことがとても嬉しかった。気持ちは伝わったらしい。

  *

 ケーキを配って数刻後。サーディスは薬草をつみに森へと出かけていた。
 「そろそろ帰ってくるわね」とレナが紅茶を用意し外へ持っていこうとする。ウィノナはそれを止めた。
「ボクが持っていくよ」
「そう? じゃあお願い」
 手渡されたトレイを慎重に運んでいく。レナは家の周囲にいるはずだと言っていた。
 ゆっくり見回してみると家と森の間に巨木が横倒しになり、その横に銀の髪を見つける。小さな切り株の上で本を手に薬草と見比べていた。

「サーディスさん」
 そばまで近づくと、本が魔導書だと気づく。魔術を勉強した者しか読めない本。世界で使われてる一般的な文字とは違う文字。
 サーディスは本から顔を上げる。
「お茶を持ってきて下さったんですか。申し訳ありません」
「いえ、ボクこそ、これぐらいのことしか出来なくて……」
 サーディスは悪戯っ子のように微笑む。
「本当にそうだと思いますか?」
 ウィノナは首を傾げる。
「レナさんはお友達ができ、なおかつ毎日話せることが嬉しいようです。ウィノナさんが来る前と比べて明るいですしね。エリクさんも……」
「そうだったらボクも嬉しいです」

 サーディスは何もない場所に向けてくるっと人差し指を回す。すると、以前からその場所にあったかのように小さなテーブルと椅子が二脚現れた。
 初めて魔導士の魔法を見た。無詠唱で難なく発動させた。テーブルも椅子も夢幻ではない。

 「かけて下さい」と誘われ腰を下ろす。
 紅茶を口に含むと、ウィノナに視線を戻した。
「何か聞きたいことがあるようですね」
 ウィノナは瞳を見開く。確かにサーディスに問いたいことがある。何度も声をかけようと思った。でもどうしても一歩動けずにいた。
「何でしょうか」
 魔導士は促す。
「あの……。前に、ボクの魔力を見破った理由を知りたくて。あの時はオーラだとおっしゃいました。あと……。それから……とも。言葉を濁したのはなぜですか?」
 サーディスはじっと少女の漆黒の瞳を見つめる。奥まで見透かすように。
「知りたいですか?」
「はい。でも言えないのなら……」
 深くは聞かない、と。
 じっと見据える紫の瞳。その視線にいたたまれず、この場を逃げ出したくなる。
「……話しましょう」
 うつむいていた顔をぱっと上げた。
「あなたの師には全てを視られていますしね」
 はっと口をつぐむ。その瞳に「なぜ」の二文字が浮かんでいた。
 魔導士は無言でウィノナの腕を指差す。膝に乗せられた手ではなく、銀色に光る腕輪を。
「それにはウィノナさん、あなたの魔力は感じません。別の魔力が込められています」
 考えれば分かることだった。魔女と匹敵するかもしれないサーディスだ。腕輪を見抜いていても不思議ではない。
 サーディスは腕輪を通して、監視されている”目”を感じていたという。四方八方に行き届く目。一瞬たりとも見逃さないそれを。
「あなたを廻る魔力は瞳に強く現れています。渦巻く魔力が今にも体から放たれる、そんな動きが見て取れるのです。使いこなすのは容易ではないでしょう」
「瞳に……」
「しかし、それだけではありません」
「まだ他にも?」
「あなたは好かれていますね」
 にこっと微笑む。
 突然、話の方向が変わったことに戸惑いを覚える。
「え? だ、誰に」
「精霊です」
 さらりと言ったので聞き逃すところだった。
「せ、精霊!?」
「自然界には数多くの精霊が存在します。光にも森にも水にも風にも」
「はい、聞いたことがあります」
 軽く頷く。
「特に森と風の精霊から好かれているようですよ」
「視えるんですか!?」
「魔力を駆使すれば、あなたなら視えるようになるでしょう」
 サーディスの瞳にはウィノナの周りで戯れる何人もの精霊の姿が映っていた。飛んだり跳ねたり髪の毛に悪戯したりして、はしゃいでいる。
「……いつか、視えるといいな」
「もし視たいとご希望ならば、手ほどきしますよ」
 看病してもらい完治まで置いてくれた、その上に教えてもらえるとは思ってもみなかった。申し訳なくて返事をためらい、感謝の言葉と共にお辞儀するだけにとどめる。

「でも、精霊と魔力にいったい、何の関係が……?」
 不思議になって尋ねた。
「これはあくまでも予想ですが。ウィノナさんの師と私は、魔力を導き出す手段も織り込む手法も違うと思います。よって考え方も違います。それを前提に聞いて下さい」
 少女は頷く。
 サーディスは森に視線を流した。
「精霊の力は魔力の源です。精霊が存在しなければ魔力もなくなるでしょう。精霊からたくさん愛され受け入れられれば、それだけ魔力も大きくなります。精霊の力を借り、自分自身が持っている魔力を引き出せていると言ってもいいかもしれません。限界はありますが。ただ精霊を視る力があろうとも、もしかしたら魔力が強大なはずなのに、そばにいないこともあると思います。それは、その人自身が遮断しているのです」
「遮断……?」
「えぇ、寄せつけないように。自分が強い力を持っていると他人に知らせないように」
 サーディスは地面を見つめる。アリが懸命に巣穴へと餌を運んでいた。
「そんなことも出来るんですか……」
「遮断しても精霊は不快になったりしません。遠くから見守っているでしょう」
「……」
 ウィノナは居候している館の魔女はどうだろう、とふと思った。精霊がいるだろうか。それとも隠しているだろうか。

  *

 翌日――
「今度は遊びに来てね!」
「待ってるからな」
 喜びに満ちた笑顔で微笑んで「うん、絶対また来るよ」と、三人のもとを離れた。

「静養とはいえ、楽しかったなぁ」
 そんなことを思いながら村へと歩く。見送ると言ったレナだが断った。お世話になった身でそこまでしてもらうのは忍びない。

 あと数十歩で村の出入り口。
 程なくして笛の音が聴こえてきた。いつもの吹き手が変わる笛のしらべだ。体に音を刻み込もうと立ち止まり、すっと空気を吸った。メロディがじんわりと染み込んでいく。

 そんなウィノナを物陰から見つめる瞳。少女は気づかなかった、その視線に。
 笛の歌が終わる頃。

 ピュイ、ピーーーーーーーーーーーー…………

 音が長く続き、静かに細くなって霧散した。
 少女を見つめる者はもういない。「ピュイ」と、今までになかった甲高い微かな音に反応して消えたのだった。だが、その音には誰も気づけなかった。少女も然り。

 ウィノナは歌が終わると出入り口に立って村を振り返る。
 すると、村人が全員出てきているのではないかと疑うほど、大勢の人が少女の旅立ちに涙していた。手を振っている子供もいる。
 ウィノナは深々とお辞儀をした。村人に発見してもらったことに感謝を示して。


 もう一度、サーディスとレナにきちんとお礼がしたい。ケーキだけでは返せないほど大きい。そして、今の笛の音の謎。興味ひかれるそれを本格的に調べるためにも、ここに来よう。

 ――また、いつか。

 後ろ髪を引かれる想いで踵を返す。銀髪がふわりと舞った。
 漆黒の瞳が遥か遠くを目指す。

 エルザードへ!



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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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【整理番号 // PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 3368 // ウィノナ・ライプニッツ / 女 / 14 / 郵便屋

 NPC // レナ・ラリズ / 女 / 16 / 魔導士の卵(見習い)
 NPC // エリク・ルーベルト / 男 / 16 / 薬屋のバイト
 NPC // サーディス・ルンオード / 男 / 28 / 魔導士

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■             ライター通信               ■
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ウィノナ・ライプニッツ様、いつも発注ありがとうございます。

あのタネはこういうことでした。けれど、もう一つ重要なポイントを説明していません。それは精霊の話を希望された時にサーディスからお話したいと思います。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
リテイクなどありましたら、ご遠慮なくどうぞ。
また、どこかでお逢いできることを祈って。


水綺浬 拝