<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】茱・作薬






 村人の話からすればこの辺りだったと思う。
 道は獣道。よくただの村人が入れるものだ。
 だがこういった人が寄り付かない場所に薬草は多く生えているのだそうだ。
 歩いて移動する必要があまりない仙人にとってみれば、人のように生活に適した場所に家を構えずとも、目的に即した場所に家を建てたほうが効率的なのだ。
 ―――訪ねるほうにとってみれば、かなり厄介ではあるが。
 その過程の苦労こそが、仙人を讃えさせる要因になりえているのだろう。
 そしてこの先に住むという仙人は、訪れれば拒むことなく仙薬を分けてくれるらしい。
「この洞に人が尋ねてくるのは久しぶりですね」
 洞の主は賢徳貴人―――姜・楊朱。
 手短に、用件を話すと、姜はしばし考えたようだった。
「その仙薬を作ることは難しいことではありませんが……」
 どうやら材料が足りないらしい。
「必要ならば案内を着けますが…どうしますか?」
 あまり山や薬草には詳しくない。暫く考えることにした。






 山道をやる気満々に歩く狸茱の後をシルフェは遅れないように付いていく。
 姜の弟子だという彼女は元気一杯という感じで、師匠と比べると性格はどうも正反対。元々の性格がそうなのか、周りを明るくさせたい性格なのかは分からないが、とにかく明るい少女だった。
「えっと、必要なのは…唐(カラ)と梔子。梔子はあそこで、唐は……」
 少々上目遣い気味に記憶を手繰り寄せている狸茱を見て、シルフェはまぁと手を叩きにっこりと微笑む。
「何処に生えていらっしゃるのか覚えているんですね」
「はい! お師匠様から材料の調達は任されていますから!」
 振り返り満面笑顔で答えた狸茱に、シルフェは微笑を深くする。
「でもでもシルフェ様。梔子は分かるのですけど、どうして唐が必要なのか狸茱分からないのです」
 唐とは葉や茎、その根まで全てが神経麻痺を引き起こすような草。使い方を一歩間違えれば簡単に毒草に変わってしまう。
「もしかして、麻酔薬…みないなものが御所望なのですか?」
 どうやら狸茱は姜から薬草に必要な材料である薬草の名前は聞いていたが、どんな仙薬を作るのかまでは聞いていなかったらしい。
「はい。確かに麻酔薬に似ているかもしれません。なんと言えばいいのかしら…」
 シルフェはどう狸茱に説明しようかと思いをめぐらせ、虚空を仰ぎ見て頬に手を当てる。
「酷い怪我をなされたときに我慢しようとしても動いてしまうことって御座いますでしょう?」
 ふと狸茱を見ると、同意するようにウンウンと頷いている。
「そういったときに、わたくしが癒して差し上げるだけの時間をじっとするような…動く気力を下げるような…そんなお鼻の下にちょっと塗る程度のお薬を姜様にお願いしたんです」
「動きを止めるだけなら、一緒に癒してしまったほうが楽だと思います」
 傷や病気を癒す仙薬は通常一番多く種類があり、効果の程は作る仙人の力量に依存するが、仙薬を扱う仙人にとっては作れて当たり前程度の仙薬にあたる。
 しかしあえてその癒しの部分を排除した薬を頼んだシルフェに狸茱は首を傾げた。
「癒しはわたくし自身で致しますし、あまりに優秀なお薬では逆に色々と、わたくしにもどなたにもよろしくないような気がしますから」
 確かにシルフェや姜がよく知る瞬も街中で薬を売っているが、それは純粋な仙薬ではなく一般の薬に多少毛が生えた程度に抑えられた仙薬。
 普通の人の“眼”で支障が起きない程度まで効能を抑えてしまった仙薬はもはや仙薬とは言い難いかもしれないが。
 奇跡になってはいけない。
 こうしてシルフェは仙人という人々に多く接しているが、この国に住む多くの人々にとって仙人という存在の殆どが雲の上の人。
 人間とは弱い生き物であるから、一度奇跡を味わってしまうとその奇跡に依存してしまう。
 だからこそ―――
「ええと、過ぎた力は要らない、と申しますと言い過ぎでしょうか」
 シルフェは必要以上の力を持った薬を所望しなかったのだ。
 まぁ、もっと単純に言ってしまうと、薬に癒しの効果まで加えてしまうと、シルフェはお役ごめんになってしまう。それはちょっと頂けない。
「いろいろとご事情があるのですね」
 狸茱がどう取ったのかは分からないが、とりあえず納得はしたらしい。
 ピクニックと言ってしまうには少々険しい山道を歩きながら、シルフェはふと問いかける。
「狸茱様は姜様のお弟子さんなのですよね?」
「はい。そうですよ」
「姜様ってどういう方なんですか?」
 シルフェが知っている仙人二人とはまた違った雰囲気を纏い、瞬と比べるとかなりまとも(?)な仙人に見える。
「普段からあのままですよ。お師匠様は人に役に立ちたいと何時も言っているです」
 ガサガサとシダに侵食された道を進む。
「あ、ありました! 唐です」
 狸茱はぱぁっと顔を輝かせ、たったと走り出す。
 唐は草というよりも松の木に似たような風貌で、その高さはちょうどシルフェの身長くらい。
 どう見ても松にしか見えない唐にシルフェは軽く首をかしげ手を伸ばした。
「あ、駄目です!」
 狸茱はシルフェの手を止めて、逆に自分は何事も無かったかのように唐の葉を摘み取る。
「触るとビリビリしちゃいますよ」
 唐の葉をシルフェの見せるように振って、注意を促すように少し強い口調で告げる狸茱。シルフェは、あらあらと少し申し訳なさそうに眉根を寄せた。
「申し訳ありません。でも、狸茱様は触れて大丈夫なんですか?」
「はい。狸茱は人間じゃありませんから」
 ニコニコとさもさらりと告げられて、シルフェは一瞬きょとんとする。
 そういえば、楼蘭の宰相も人間ではなかった。
「後は梔子ですね」
 胸中でノンビリと考え込んでいたシルフェに気がつかないまま、狸茱はシルフェにそう告げてまた意気揚々と歩き始めた。
 唐とは違い梔子は結構何処にでも生えているし、観賞用としても悪くないため、その実は直ぐに見つけることが出来た。







 姜から手渡された軟膏は、手を握り締めてしまうとその中にすっぽり隠せてしまうほど少なく感じた。
「濃度が程ほどに高くなっていますから、鼻の下に塗る以上に使わぬように」
「承知いたしました」
 シルフェは軟膏をそっと両手で包み込むように受け取ると、懐に仕舞い込む。
「あ、姜様。よろしければ薬草などの保存方法の小技など御座いましたら教えていただけませんか?」
「保存方法ですか? “草”という形である必要はありませんから、私はいつも乾燥させて粉末状態にして保管しています」
 話しながら姜は机の上に小さな小壷を並べていく。
 小壷の蓋は布で覆われ、墨で中に入っている薬草名が記載されていた。
「ですが、あなたは薬草の加工法を知りませんから、この方法では薬草を逆に駄目にしてしまうかもしれませんね」
「薬草の扱いも素人には難しいものなんですね」
 シルフェはほぅっと息をついて少し消沈気味に頬手煮を当てる。
「薬と言う形に加工するつもりが無いのなら、難しいことではありません。お茶として飲めば良いのですからね」
 水や湯出ししてしまえばどんな乾燥薬草も摂取できると言えば出来るだろうが、それが美味しいかどうかと言うのはまた別の話。
 ついでにと姜は1つの小壷をシルフェに差し出す。
「ありがとうございます」
 軟膏だけではなく薬草の小壷までくれるという姜に、シルフェは仙人も色々いるのだなと思いながら、小壷を受け取った。


























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】茱・作薬にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 フライング開けに気付いていただきありがとうございました。1件でも春シナリオが書けてよかったです。
 今回、内容的にそこまで難しい薬でもなかったので、探すよりも会話のお話になりました。
 それではまた、シルフェ様に出会えることを祈って……