<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


あおぞら日記帳







 ルツーセはペンを走らせ、今日の日記を書いていた。
「揃ってお食事というのは素敵ですね、うふふ」
「うわぁあああ!!」
 ばばっと日記を腕で隠して振り返る。
「え…えっと…?」
 そこに立っていたのは、青い髪に額には青い瞳の女性。ルツーセは一瞬この世界の有石族だろうかと思ったが、髪の毛の先が元素化しているのを見て取り違う種族だと理解する。
「お元気になられてなによりです」
 女性――シルフェはルツーセを見てニコニコと笑う。だが、当のルツーセは何のことか分からずに困惑に目をぱちくりとさせていた。
 まだ街の謎が解けていなかったときに起きた黒山羊亭で受けた依頼においてルツーセを助けたことがあったが、その時は意識を失っていた。だから意識を取り戻して顔を合わせたのは今回が初めてだった。
「あ、シルフェちゃん!」
 トコトコと本を抱えて建物の奥からホールへと歩いてきたのはコールだ。
「うふふ、お久しぶりですコール様」
 ルツーセの日記を覗き込んでいたシルフェは、視線を体勢ごとコールに向けてにっこりと微笑む。
「あ、コールさんの知り合いだったのね」
 だったら直ぐお茶にするね。とルツーセはしっかり日記を持ってかけて行く。
「今日はどうしたの?」
「下宿を始められたと、耳にしましたので拝見に」
「僕じゃなくてルミナスが始めたんだけどね」
 自分はそれに半分乗っかっている部分もあるとコールは笑う。
 そういってシルフェのそばまで歩み寄ったコールの服装は、シルフェが今まで知っているものとはまったく違うものだった。
 今までがどこかアジアンチックならば、今の服装は完全に洋風。ルミナスとも似ているとは言い難いが、アクラとは遠いと言えない。
 どこかパチっとしたようなコールの格好に、シルフェはほうっと息を吐く。
「それにしてもコール様。なんだかすっかり凛々しくおなり…」
 言いかけた言葉が止まる。
 シルフェはじぃいっとコールの顔を覗き込んだ。
「…でしょうか…うぅん…?」
 服装は何処か硬くなったような気がするが、そのハイネックの上に生えている首から上、所謂顔はやはり変わっていないようにも見える。
 つい首を傾げてしまうシルフェに、コールもそんなシルフェの行動がよくわからず瞳をぱちくりとさせた。
「あら」
 変わったか、変わっていないとコールの顔を見ながら心中会議を行っていたシルフェだが、何かを見つけ思考が止まる。
「わたくしとお揃いのような少し違うような素敵な石」
 少し見上げるようなシルフェの視線の先には、今までバンダナで隠されていた額。そして、その額の中心には、はめ込まれたかのような縦長の六角形の黒い石が有った。
「あ…あぁコレかぁ」
 コールは少し照れるような仕草で自分の額に触れ、どう説明すべきかと言葉を捜す。自分も最近知ったばかりで上手い説明の方法が見当たらないのだ。
 そんなコールを見て取り、シルフェは口元に手を当てて「うふふ」と笑う。
「別物とは存じておりますよ。エレメンタリスではいらっしゃいませんものね」
 この世界には額に石を持つ種族は有石族だけではない。
 その1つがシルフェの種族であるエレメンタリス。
「昔は、知らなかったから」
 他人と違うということは、それだけで迫害の対象になりかねない。多種多様な種族が住むソーンでも、出会わなければ自分が違うことに悩み、他人と付き合うために自分を隠すしかなくなる。ましてや記憶を無くしていたコールにとって、普通のヒトとは違う容姿はある種の恐れを生み、自然と隠すという行為を選択していた。
 しかし今はもう隠す必要は何も無い。
「そんな所で何をしているのですか?」
 穏やかな青年の声と、ゆっくりとした足取りが奥からホールに近づいてくる。
 シルフェはコールの背に完全に隠れていたらしく、誰が来たのかとひょこっと顔を出したシルフェに気がつき、青年――ルミナスはにっこりと微笑んだ。
「お客様だったのですね」
 コールは振り返り、シルフェが見えるよう立ち位置を変える。
「二人は…初めましてかな?」
 何処でどんな出会いをしているかコールにも分からないため、伺うように二人の顔を交互に見る。
「初めましてでございますね。シルフェと申します」
「ルミナスです。兄が何時もお世話になっています」
 軽く頭を下げ、ルミナスは何か気が着いたのかコールに視線を向けた。
「立ち話でもなんですし、座ってお話ししては?」
 そういえば、ずっと立ちっぱなしだったことにコールは今頃気が着いて、どぎまぎとシルフェを見た。
「あ、ああ、そうだね。気が着かなくてごめんね、シルフェちゃん」
「いえいえ、気にしないでくださいな」
 必要以上に気遣うコールに微笑んで、シルフェは1つの椅子に腰掛ける。
「お茶の準備が出来ましたよ〜」
 厨房から紅茶セットを持ってルツーセが食堂ホールに帰ってきた。
「お茶淹れたんでしょ〜? 匂いがしたよ」
 ボクにも頂戴〜と階段からタッタと駆け下りる音と共にアクラの声がホールに響く。
「あ……」
 声に振り返ったルツーセと、その向こうの椅子に座るシルフェに気がつき、アクラはちょっとバツが悪そうにぽりぽりと頭をかいた。
 シルフェはそんなアクラの雰囲気など気がつかなかったふりをしてアクラに微笑んだ。
「お久しぶりです、アクラ様」
「うん、まぁ久しぶり。またね」
 降りかけた階段をアクラはまたトットと戻っていく。やはりあの時逃げたことを多少は悔いているらしい。
 去っていくアクラに向けてルツーセは首をかしげ問いかける。
「お茶、飲まないの?」
 その声に反応してアクラの足が止まる。
「……ルツーセ、感謝しなよ。彼女が君を助けたんだ」
「え……?」
 この言葉が本当ならば、シルフェがここに訪れたとき、ルツーセを見て元気かと問うた理由が分かる。
「そう…だったのですね」
 噛み締めるように口を開いたのはルミナスだった。
「兄だけでなく、僕も大変お世話になったようです」
 ありがとうございます。と頭を下げたルミナスに、シルフェは何のことだか検討がつかず、あらあらと頬に手を当てて少しだけ困ったように微笑む。
「大事に…なってしまったのでしょうか?」
 傍らに立つコールに向けてシルフェは伺うように問いかける。
「んー…ごめんね。僕にはよく分からなくて」
 本当はもう少ししっかりしないといけないんだろうけど……
 情けなく苦笑したコールの瞳の奥に隠れている陰。
「あぁ良いのですよ、兄さんは今のままでいてください」
 ルミナスの言葉は何処か何も知らなくて良いというような空気を含み、コールは一瞬表情をしかめたが、すぐさまふんわりと微笑んだ。
「ルミナスが、そう言うなら」
 過去を知る人が現れて――しかもその人は弟だという――自分が本当は何者なのか知りたいのに、知るなとその人はいう。
 いや、直接は言っていないけれど、行動が、言動が、そう告げている。
 知りたい者と、隠したい者。
 聞けば何かが壊れてしまいそうで聞くことができない。
 二人の間に流れる微妙な空気。
「お茶…冷めないうちにどうぞ」
 じっと二人を見ていたシルフェに、ルツーセが声をかける。
「ありがとうございます」
 ほわりと香るお茶の匂い。
 本当は美味しい紅茶のはずなのに、なぜかその甘い匂いは何かを隠すオブラートのようだった。























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 あおぞら日記帳にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 顔合わせということで何やかんやで出してみたらこんなことになってしまいました。ごちゃごちゃしてしまって申し訳ないです。
 とりあえずこの4人の中で一番シルフェ様との関わりに戸惑いを持っているのはルツーセです。
 それではまた、シルフェ様に出会えることを祈って……